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ゲーム&ウォッチ

『COLLECTABLE TECHNOLOGY』に萌えていたら、
Nさんが「ゲーム&ウォッチなら家にある」と持ってきてくれた。
おまけに秋葉で電池まで買ってきてくれた。

Gamewatch
これは『パラシュート』。
空から落ちてくる人を下で受け止めないと、サメが出てくる。
得点によって、落ちてくる人の数が変わったり、
GAME Bだと、人が途中で木にひっかかったりするけど、
基本的には単純で、それゆえ楽しい電子ゲーム。

昔は学校で友達に借りて遊びました。
(今でもNさんに借りてるわけだが)
すごいブームになって、学校では禁止令も出たりしたっけ。

『COLLECTABLE TECHNOLOGY』

COLLECTABLE TECHNOLOGY
『COLLECTABLE TECHNOLOGY』
ペペ・トッツォ・著
古谷真佐子・訳
トランスワールドジャパン

これはかなり萌えた!
電子計算機からポケ・コン、電話、デジタル腕時計、ゲーム機など、
デジタルグッズを紹介した本。

ディスプレーを使わず、計算結果は紙にプリント、
携帯型とはいえ重さは450gを超えていたという
電子計算機『キヤノン・ポケトロニック』。
美しい電卓『シンクレア・ケンブリッジ』。
1975年、ソユーズ宇宙探査機との作戦行動を計算するために使用された、
世界初のハンドヘルドコンピュータ『ヒューレットパッカードHP-65』。
世界初のパーソナル・コンピュータ『アルタイル8800』。
ペン型の計算機『カルキュペン』。
操作システムを内蔵し、スイッチをオンにすると直接起動したという
1977年の『コモドール・ペット』(パソコンとはこうあるべきってデザイン!)。
1980年のシャープ『MZ80K』。
オリベッティーのデザイナー、マリオ・ベリーニの名前を
どこかで聞いたことがあると思ったら、リゾナーレのデザイナーだった。

シャープのポケット・コンピュータ『PC-1211』は、
子供の頃、月アスに載っていたのを見た覚えがある。
「1424ステップに使用できるBASICプログラム言語を組み込んでいた」
と説明があるけど、たしか、誌面でも、ショートプログラムコンテストなんかをやっていた。
(Kさんはもってたそうだ。)

1977年のセイコーの『液晶ディスプレイ腕時計』は
腕時計がデジタル化した時代の製品で、ワールドタイムや
ストップウォッチ機能も搭載していた。
この手のデジタル時計って今では少なくなったなー。

1977年『テレテニス』は日本ではテレビゲームって呼ばれてたやつ。
線のラケットでドットのボールを打ち合う。
カメラマンTさんは「話には聞いたことがあるけど、見たことはない」とか。
私は当時、たいして仲良くもなかった男の子の家に、
このゲームがやりたいがために遊びに行ったりしたよ。
1980年『任天堂ゲームウォッチ ファイアー』。名作!
1997年『サイオン5』も見覚えがある。4色のキーが光った順番を覚えて、
その通りにキーを押すという単純ながら、よくできた電子ゲーム。

そのほか、目に付いたもの。
『ターミネータ2』に出てきた『アタリ・ポートフォリオ』。
1964年『ブリオンベガ・アルゴルテレビ』
1965年『ブリオンベガ・RR126 ミュージックセンター』は、
ステレオがロボットの顔に見えるようにコントロール機器を配置。
1972年『グルンディッヒ・サテライト1000』。
1975年『電子チェス』。
1977年『シンクレア・マイクロビジョン・テレビジョン』。
1978年『ミルトン・ブラッドレイ・サイモン』
1982年『シンクレアZXスペクトラム』
1982年『ソニー・ウオッチマン・ポケットテレビ』。

2002年のソニーのデジカメ『DSC U20』
なんて最近の製品も載っているのだが、
惹かれるのは60年代~70年代の製品。
このころのデザインってなんでこんなに美しいんだろう。
「70年代はつまみとライトの10年だった」という言葉に深くうなづく。
そうそう、それがかっこよかったのだ。

イギリスの本なので、日本の製品よりイギリスのブランドが多い。
猛烈にシンクレアの電卓が欲しくなったり。
LED表示かっこいいー。

「20世紀で一番重要な携帯電子ゲームはどれか。
おそらく、任天堂の『ゲームボーイ』だろう」なんて言葉の一方で、
ゲームキューブについて、
「ソニーの『PS2』との激戦が繰り広げられた。しかし、
それもマイクロソフト社からの刺客が登場するまでだった」
なんて書かれているあたりも、日本のゲーム機事情とはちょっと違う。


踏切

いつの間にか踏切がついていた。
S女史からのプレゼント。

Fumikiri


不定時法

『見て楽しむ江戸のテクノロジー』を読んで
不定時法に興味をもったので調べてみた。
日の出と日没を境に、一日を昼と夜に分け、それぞれを6等分する時間法。

たとえば、夏至(今年は6月21日)の日の出は4時25分、日没は19時なので、
昼の時間は14時間35分、これを6等分すると一刻は2時間24分。
夜の時間は9時間25分で、一刻は1時間34分。
つまり、同じ一刻でも、昼と夜では時間の長さが違う。

さらに、冬至(12月22日)は、日の出が6時47分、日没は16時32分。
昼の時間は9時間45分で、一刻は1時間36分。
夜の時間は14時間15分で、一刻は2時間22分。
季節によっても、時間の長さが変わる。

日の出とともに起きてきて、日没になると仕事を終える、
日照時間が長い夏は長く働き、寒くて暗い冬は短く働く、
ある意味、とても健康的な時間法だ。

昼の6時間は、卯、辰、巳、午、未、申、
夜の6時間は、酉、戌、亥、子、丑、寅、
と呼ぶ。
“丑三つ時”は丑を4等分した3つめ、
夏至の頃なら1時16分、冬至の頃なら2時あたり。

ほかの呼び方では、
昼の6時間を、明六つ、朝五つ、朝四つ、昼九つ、昼八つ、夕七つ、
夜の6時間を、暮六つ、夜五つ、夜四つ、暁九つ、暁八つ、暁七つ
と数えた。“明六つ”が日の出で、“暮六つ”が日没。
“おやつ”は“八つ”からきた言葉だそうで、
夏至の頃なら14時8分、冬至なら13時17分。

まとめて表にすると、こんな感じ。

        6月21日  12月22日
      22時55分  22時28分
(暁九時) 23時42分  23時39分
       0時29分   0時50分
(暁八時)  1時16分   2時01分
       2時03分   3時12分
(暁七時)  2時50分   4時24分
       3時37分   5時35分
(明六時)  4時25分   6時47分
       5時37分   7時35分
(朝五時)  6時50分   8時24分
       8時03分   9時13分
(朝四時)  9時16分  10時02分
      10時29分  10時50分
(昼九時) 11時42分  11時39分
      12時55分  12時28分
(昼八時) 14時08分  13時17分
      15時21分  14時05分
(夕七時) 16時34分  14時54分
      17時47分  15時43分
(暮六時) 19時00分  16時32分
      19時47分  17時43分
(夜五時) 20時34分  18時54分
      21時21分  20時05分
(夜四時) 22時08分  21時17分

正確に言うと、日の出は「日が上る少し前、空が明るくなった時間」で、
「太陽の俯角が7度21分40秒」となったとき、日の出の36分前あたりだそうだ。
日没も同様に、「日が沈んで、暗くなり始めた時間」で、日没の36分後。
ほかにもサイトによって、計算方法が少しづつ違ったりするので、
計算が間違ってるかもしれないけど、
そもそも1時間くらいの誤差は気にしないのが不定時法だし。

不定時法を表示してくれるフリーソフトやサイトもありました。
Flash江戸の和時計
『鐘つき時計』
『時間系不定寺法』

私はエクセルで計算してみたけど、
江戸時代の人たちはいったいどうやって時刻を計算していたのか。
人々は寺の鐘で時を知り、
お寺は日時計や水時計を使っていたらしい。
さらに洋時計の技術が入ってくると、それを応用して和時計を作ってしまった。
ひとつは24節気にあわせて時計の文字盤を交換する方法。
『江戸之刻』はこの方法を使っている。
別の方法では分銅を動かして、動作スピードを変えている。
さらに、12個の駒を動かす“割駒式”があり、田中久重の『万年時計』はこれを使っている。

参照
和時計の暮らし
時の歴史

江戸の技術ってすばらしい!
和時計を展示している大名時計博物館もあるらしいので、行ってみたい。

『見て楽しむ江戸のテクノロジー』

見て楽しむ江戸のテクノロジー
『見て楽しむ江戸のテクノロジー』
鈴木一義・監修
数研出版

からくり人形や万年時計、エレキテル、魔鏡など江戸時代の科学技術を紹介した本。
鎖国というと閉鎖的なイメージがあるが、江戸時代はまれにみるほど安定した時代であり、
独自の文化が発展した、という。
“和算”と呼ばれる高度な数学を庶民レベルで見につけていた話、
東芝の前進である田中製作所を創業した田中久重が、
“からくり儀右衛門”の異名をもつからくり師だった話などおもしろい。

江戸の時刻を「暮れ6つ」とか「卯の刻」と数えるのは知っていたが、
それが、昼の時間を6等分、夜の時間を6等分する“不定時法”だ
ということは初めて知った。つまり、季節によって時間の長さが違うのだ。
最近ではすっかり夜明けが早くなり、昼の時間が長くなったけど、
それを時刻として知ることができるなんて、なんてロハス!(ちょっと違う?)

田中久重が作った万年時計は6面それぞれに、洋時計(今の定時法)、
和時計(「9つ」、「8つ」と時を刻む)、二十四節気(「立夏」、「大雪」など)、
月齢までも表示し、天頂部のミニ・プラネタリウムでは季節にあわせて
太陽と月が回転するっていうんだからすごい。
もっと簡単なやつでいいから、不定時法時計がほしい。
(と思ったら『たのみこむ』で売ってた。高いけど。)
なんていうか、夏は時間が長くて、冬は時間が短いって、自然でいいじゃないか。

巻末に博物館リストも掲載されており、
平賀源内のエレキテルは、逓信総合博物館にあるそうなので、
そのうち見に行ってみよう。


今週の記録

まだ走ってるのだ。
5km 37分42秒

今日は意図的にペースを落としてみたので、
わりに楽に走れたけど、これ以上ゆっくりだと逆に疲れるんだよね。
これでやっとフルマラソンの8.5分の1。まだ先は長い。

『グッドナイト&グッドラック』

『グッドナイト&グッドラック』
at 新宿グランドオデヲン座

全編モノクロ映像。
といっても、昔の白黒映画とはカメラもフィルムもライティングも違うから
ずいぶん明るい印象。それでもオープニングのジャズが流れるなか、
カラーの時代からモノクロの時代へ、ゆっくりタイムスリップできる。
女性のルージュや宝石の輝きがカラーよりずっと際立つ。
色白でプラチナブロンドの美人がモノクロ映像に映えた訳だと思う。

赤狩りを描いた映画には、『真実の瞬間』や『マジェスティック』があるが、
監督や脚本家など迫害された映画人の側から描いていた。
『グッドナイト&グッドラック』はジャーナリストの視点から描いた映画。

集会に姉が出席しただけで、親兄弟に共産主義者の嫌疑がかかり、
職を奪われるのだから、赤狩りとはずいぶんひどい時代があったもんだと思うが、
声を大にして訴えたほうが勝つのでは、ジャーナリストもマッカーシズムも同じでは。
「真に公平な報道はありえない」し、報道がいつも正しいわけじゃない。
この場合、「正しい側についているのか」というスタッフのつぶやきが一番真実味がある。

赤狩りを糾弾している映画でもなく、ジャーナリズムの正義を訴える映画でもないので、
盛り上がりにはイマイチかけるし、わかりにくくなってるのも事実だが、
ジョージ・クルーニーがこの時代に生きた男たちのかっこよさを描きたかったのであれば
それは成功していると思う。白シャツにネクタイで決めた男たちの渋いこと。
立ち上るタバコの煙まで決まっている。

この映画が1953年~1958年の話で
『クイズ・ショウ』が1956年の話。
そう思ってみると最後の演説の背景がなんとなくわかる。

『アニメへの変容』

アニメへの変容―原作とアニメとの微妙な関係
『アニメへの変容-原作とアニメとの微妙な関係』
竹内オサム、小山昌宏・編著
現代書館

タイトルから勝手に「原作コミックとアニメ化作品の比較論考」だと予想していたのだが、
それは最初の章「漫画のアニメ化における諸様相」で取り上げられているものの、
章によって書き手もテーマもかなり異なる。
3回アニメ化された『鉄腕アトム』それぞれの変遷をさぐる
「「鉄腕アトム」、アニメのアニメ化―テレビアニメおよびマンガの分身」、
ゲームとアニメ作品を比較した
「進化しない『ポケモン』―アニメとゲームの共生関係」など8章。
興味深く読んだ章もあるが、よくわからなかった章もある。

『鉄腕アトム』に始まるコマ数の少ないアニメが
「原作漫画の止まっている絵を忠実にアニメ化」することになり、
日本アニメ独自の表現を生んでいったことや、
(アニメとは関係ないけど)
『ゲーム&ウォッチ』の生みの親、横井軍平が
ファミコンの十字キーやゲームボーイを開発したこと
などはアニメファンやゲームユーザーには知られてることだろうが
なるほどと思ったり。
「いつか王子様が現われて、キスで目覚めさせてくれる」という
“おとぎ話”は、口承文学でもグリムでもなく、ディズニーが作ったんだという事実を
今さら思い出したり。

「アニメのパロディー―『やおい』から見るアニメ・アニメキャラの特徴」では、
「男同士の強い絆、男だけの価値観を共有する世界を、
恋愛至上の価値観に転換することで」、
「従来の男性性、女性性といった性概念を切り離し、
両方の世界を自分の世界とすることが「やおい」の醍醐味である。」
「ホモソーシャルな社会をホモセクシュアルな関係に読み替えることで、
物語から排除されていた女性が主導権を握ることができる方法でもある。」
ってさっぱりわからない。

「『ジャングル大帝』が『ライオン・キング』成功の鍵
―ディズニーは手塚アニメをいかに模倣したのか?」は
当時の新聞記事を基に経過をなぞっただけなのがもの足りない。
『ファインディング・ニモ』盗作疑惑を一緒に語るのもおかしいし、
「漫画家 里中満智子 ジャンヌ・ダルクに変身!」という見出しもひどい。

私は、ジャパニメーションが文化であり、芸術であり、
大学で教育されるべきものであり、海外に誇るメディアだという
“大人たちの意見”をいくぶん薄気味悪いと思っているのだが、
アニメを論じること自体はおもしろいと思う。

以下、勝手に考えてみた。
原作コミックからアニメ化してよりおもしろくなった例
『YAWARA!』、『キャンディ・キャンディ』、
『ONE PIECE』、『こどものおもちゃ』、『ドラえもん』

アニメ作品が原作の良さを伝え切れなかった例
『キャプテン翼』、『SLAM DUNK』、『タッチ』

原作コミックとアニメ作品、両方見てるものがそれほどないんだけど
アニメ化に失敗、というかイマイチだった例は
あげるとキリがなさそうなので省略。


『ロボットと暮らす』

ロボットと暮らす 家庭用ロボット最前線
『ロボットと暮らす 家庭用ロボット最前線』
大和信夫・著
ソフトバンク クリエイティブ

以前は新書といえばもっと読み応えのある教養本だった気がするのだが、
最近は数時間で読み終わって、テーマを広く浅く紹介した軽い内容の新書が多い。
この本も、現在、買うことのできる家庭用ロボットから、
5年後、10年後、近い将来の実現可能なロボット像を探ろう
というテーマは悪くないのだが、つっこみが甘すぎる。

家庭で使われることを考えるなら
安全性のため、かならずしも人型ではなく、
腕をつけないとか、二足歩行ではなく車輪にしたほうがいい、
インターフェースは音声認識、またはニンテンドーDSのようなペン入力、
といった指摘は、実際のロボット開発を知っている人からでた現実的な声だろう。
日本のロボット開発がアトムの呪縛にとらわれているとか、
「アシモがうちのリビングにいたら邪魔だな」という意見や、
外出時には頭脳部分を取り外して持ち運びができるマイロボット像もおもしろい。
それだけに、さらに先をいく議論がほしかったところ。

ロボットとは直接関係ないのだが、
家事は愛情のバロメータであるから、ロボットから料理を出されたら
「僕は妻に料理も作ってもらえない」と感じるとか、
洗濯というのは、ただ洗って乾かせばいいのではなく、
もっと高度で知的でめんどうな作業で、
子供が脱ぎ散らかした服を集め、色物や手洗いを分け、
たたんで収納するところまで洗濯とよぶのだと
女性は力説するのだが、自分で洗濯をしたことのない男性陣にはピンとこなかった
といった話は、なんだか保守的だなーと思いながら読んだ。


How to make 9000形

買ったはいいものの放り出しておいた9000形を組み立ててみました。
プラモデルなんて、お菓子のおまけについていた戦車を作ったことがあるだけ、
どこの何を切って、どう組み立てていいのやら。
しかも、電車なので、車両によって屋根や妻板などのパーツが違う。
4両の場合は、新宿寄りから9000形、9100形、9200形、9300形
という車両になると、編成図までついてるんですが、
私としては、正直、どれでもいいんだけどと思ったり。
鉄道マニアが扉の位置なんかに詳しくなるはずだ。

Odakyu01
パーツがいっぱい。これで車両一台ぶん。
ニッパはS女史にお借りしました。

Odakyu02
ガラス部分(本当はプラスチックだけど)をブロックで取り付け。
窓ガラスと車体が別パーツなことに驚き。

Odakyu03
屋根を取り付け。屋根とガラスの間に微妙にすき間がある設計がにくい。

Odakyu03b
屋根パーツ。私には全部同じに見えるんだが、
左から9100形(9500形)、9600形、9200形(9550、9650形)。

Odakyu04
側面をつけたとこ。いきなり電車っぽくなります。

Odakyu05
妻板パーツもいろいろ。左から配管付き(両側)、配管なし、配管付き(左側)で
例えば配管付き(両側)は、9100、9300形のパンタ側、
配管なしは9200、9550形の新宿寄につけろと説明書に書いてある。うわー。

Odakyu06
妻板をつけたとこ。これは9100形新宿寄なので、昇降手すり付きの妻板をつける。

Odakyu07
シャーシのパーツ。

Odakyu08
床板と台車を組み立て車輪とカプラーをセット。
カプラーは磁石になっていて、ちゃんとくっつけたり離したり連結できる。

Odakyu09
ひっくり返して両側に台車レリーフをつける。

Odakyu10
シャーシに車体をかぶせて完成。
最初の1台は訳がわからなかったので30分もかかりました。

Odakyu11
こんな萌えシールもついてましたが、めんどうなのともったいないのとで貼らなかった。

Odakyu12
できあがり。線路はS女史からいただきました。
ちゃんとそれっぽくってかわいい。
でも、プラモデルって、こんなに大変なのかー。

『ブログ進化論』

ブログ進化論—なぜ人は日記を晒すのか
『ブログ進化論—なぜ人は日記を晒すのか』
岡部敬史・著
講談社

ほとんどパクりなタイトルにはびっくりだが、
月アスも特集のタイトルを「PC進化論」にしていたし、
“○○進化論”はもう流行語なのかもしれない。

『このブログがすごい!』の編集者らしく、
空の写真だけをアップしているブログから、
4歳と71歳のブロガー、眞鍋かをりが支持された理由まで
具体例をあげてブログのおもしろさを紹介しているところはさすが。

具体例の中でいちばんおもしろいのは、
ブログ『食べたものを淡々と記録するよ』が
新潟県中越地震後、5日間更新を停止し、
その後、菓子パンやおにぎり、ペットボトルなどをやはり淡々と記録し続けることで
雄弁に被災者の状況を伝えていたという話。

これまでのブログ本は
「ブログが人生を変える」とか「ブログで儲ける」とか
「ブログがメディアを駆逐する」とか唱えていたが、
もっと地に足のついたところでブログ論を展開している。

「そもそもウン百万という人が発信しているのだから、
もうネット上のコンテンツを一括りにして良いとか悪いとか言及できない」
という意見は納得。発信するユーザーが増えたことで、
ネットはメディアとして力を持つわけだから。

総務省が、「サイバースペースでは現実世界でいうところの躾が行なわれてこなかった。
サイバースペースで他人と安全に交流する術を身につけるための教育が必要だ」として
ブログやSNSを推奨するあたりは、まあ、総務省の言いそうなことだよねー、という感じ。

「なぜ人は日記を晒すのか」というサブタイトルについては、
あとがきで端的に「人間というものは、発信せずにはいられない生き物だから」
と答えている。もうひとつの理由として、
「ブログは自分の手紙に対する返事のような楽しみを与えてくれる」
とあるのだが、この意見とはちょっと異なるが、
ブログ=日記ではなく、ブログ=不特定多数の人に向けた手紙
と考えると、人がそれを晒すのも納得できるような気がした。
(ここでブログを書いている以上、ある意味、私だって晒してるんだけどさ)

『電子材料王国ニッポンの逆襲』

電子材料王国ニッポンの逆襲

電機メーカーや半導体メーカーが、台湾や韓国に抜かれ苦戦する一方で、
日本のデジタル素材メーカーは、世界でもトップのシェアを誇っている。
そんなデジタル素材メーカーの実情をレポートした本。

まず、驚くのはパソコンや携帯、液晶ディスプレーに使われている材料。
液晶ディスプレーには、ガラス基板、カラーフィルター、バックライト、
偏光フィルム、位相差フィルム、配向膜材料、スペーサー、シール材、
液晶ブレンド、TABテープ、ITO膜などなどが使われている。
精密機器にハイテク素材が使われているのは当たり前なのだが、
今まで、どんな材料が使われて、どこが作っているのか考えてみたことがなかった。

こうした材料は開発から商品化まで十数年かかることもあり、
日本の材料メーカーにはそれに耐えるだけの忍耐強さがある
と著者はいう。
しかし、材料メーカーの成功要因が日本人の国民性にある
と言われると、コツコツ努力してきた開発者たちに対して
そんな簡単な言葉で片付けていいのかという気がする。

「大和まで沈められて黙ってられるか。
もし、レーダー技術や半導体技術が日本にあれば、
決して、日本の連合艦隊は負けることはなかった」
という開発者の言葉と、
戦後、日本のエレクトロニクス技術不足を認識した人たちが、
各メーカーで半導体産業を立ち上げていったという指摘はおもしろい。

このほか、現場で働いている人たちのエピソードや歴史には
それなりにおもしろい話もあるのだが、
ほとんどが、どこどこのメーカーは何々を作っていて、
そのシェアは何%で、最近、○○億円の投資を行なった
という話ばかりが続くので、正直、飽きる。
著者は「半導体産業新聞」の編集長なので、
(そんな新聞があるのも驚き)
経済的観点から書くとこうなってしまうのだろうが、
お金の話は簡単でいいから、彼らの作っている材料について
もっとわかりやすく説明してほしかった。
“シリコンウエハー”といきなり言われても、
いったいどんなもので何のどこに使われているのかわからないと、
材料メーカーの技術のすごさもピンとこない。

「今回開発した手法は、レジストパターンを保護膜でコートすることで、
低アスペクト比のレジストパターンでも十分なエッチング耐性を
付与できるというもの」なんていわれても、ちんぷんかんぷんだ。

帯に「注目株ザクザク」と書かれているが、
たしかに投資先となる優良メーカーを探すにはいい本。


今週の記録

今日も走ってみました。

4km 28分10秒。
ペースよりも距離を伸ばしたかったのだが、
体は先週よりも動くものの、心臓がバクバクで呼吸困難。(肺活量不足なのか)

いつまで続くか自分でも自信がないのだが、
自分へのプレッシャーとして記録。

『メソポタミヤの殺人』

『メソポタミヤの殺人』
MURDER IN MESOPOTAMIA
アガサ・クリスティー・著
高橋豊・訳
ハヤカワ文庫

1936年のポアロもの。
クリスティーは“殺人事件”よりも“人間模様”を描きたかったんだろうな
と思うのだが、そういう意味でこれはポアロもののなかでも名作。

殺人事件時のアリバイではなく、「殺されたレイドナー夫人はどんな女性でしたか」
と聞いて回る捜査方法がいかにもポアロらしい。
犯人は早い段階で予想がつくが、
レイドナー夫人という魅力的な女性をめぐる人間模様が最後まで飽きさせない。

助演女優賞は、まちがいなくレザラン看護婦だが、
ルイズ・レイドナーは影の主役。
クリスティーと考古学者マローワンが知り合うきっかけとなった
発掘隊を指揮していたウーリー卿の夫人、キャサリンが彼女のモデルだとか。
しかし、クリスティー作品って女性に厳しいよね。
男性は殺人者であってもわりと同情すべき人として書かれていたりするのに。

『猟奇の社怪史』

猟奇の社怪史
『猟奇の社怪史』
唐沢俊一・著
ミリオン出版

唐沢俊一氏による猟奇殺人の事件簿。
『夫婦生活』、『風俗科学』、『犯罪科学』、『奇譚クラブ』などなど、
よく集めたというようなヘンな雑誌がいっぱい登場する。

なぜか猟奇殺人事件記事が好きだったという『夫婦生活』の見出しなど
「青山墓地の若妻殺し・夫の麻雀狂いが生んだ夏の夜の惨劇」、
「満天下驚愕! 漁色魔郵便局長虐殺事件」、
「弱耗の夫への不満から三人の男と姦通、雑木林で情夫に殺された多淫の人妻」、
「軽い揶揄を誤解され、訪ねてきた青年に茶の間で絞殺された年増妻」、
「愛撫を拒否する妻に逆上、精神異常となり下腹部を切り裂いて弄ぶ四十男」
などなどエロ小説のあおりじゃないんだから。

青酸カリが毒薬の代名詞になったのは「帝銀事件」と「光クラブ事件」から、とか
秋葉原のメイド喫茶などではなく、
本物のメイドが殺された「米国総領事官邸メイド殺人事件」とか
おもしろいエピソードは満載だが、
雑誌のコラム連載をまとめたものなので、
唐沢氏にしてはつっこみが浅いのが残念。
「他の鬼畜系ライターがブームの終息とともに消えてしまったのに
自分がライターとして生き残ったのは」みたいな、まえがきで始まるのも興ざめ。
『漫画実話ナックルズ』と『ラジオライフ』、
それぞれに連載されたものをまとめているようだが、
『ラジオライフ』連載が基になった「特別講義」のほうが断然おもしろい。
ので、第2巻に期待。

『フォトモの街角』

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『フォトモの街角』
糸崎公朗・著
アートン

“フォトモ”とはフォトグラフとモデルの造語で
写真を切り抜いて組み立てた模型であり、3D写真のこと。

表紙になっている浅草・場外馬券場トナリのビルや
新宿西口の思い出横町、一橋駅前商店街など
味のある町並みを写したフォトモを掲載。
本からパーツを切り取って組み立てることで
自分でもフォトモを工作できるようになっているのがおもしろい。

著者は散歩をしながら見つけたヘンな風景を
“超芸術トマソン”だと思い、
「作者不在のトマソンは、
路上でそれを発見する観察者によって“創造”される」と言います。
そして、こうした風景は普通に撮っても伝わりにくく
フォトモにすることによって“オブジェ”になるのだと。

フォトモのようなミニチュアの町並みを作ることには
それほど興味はないのですが、
この本と『超合法建築図鑑』は、
なにげない普通の町並みがとってもおもしろかったり、
実はいちばん美しかったりするんじゃないか
ということに気がつかせてくれました。

『超合法建築図鑑』

超合法建築図鑑
『超合法建築図鑑』
吉村靖孝・編著
彰国社

これは、おもしろかった!
高層階の片側だけスパッと斜めにカットされたビルや
階段状に並んだマンションなど、
よく見かけるけど、なんだかヘンなデザインが、
実は建築基準法を遵守したがために生まれた、苦肉の建物だったということがわかる本。

左ページに実際の建築物の写真、
右ページに補助線を加えた図解と法律解説を載せる
という構成も非常にわかりやすい。

「道路および道路を挟んで反対側の敷地への採光・通風を確保し、
閉塞感を緩和するために、“道路斜線”と呼ばれる高さ制限が設定されている。
前面道路の反対側から住居系地域では1:1.25、それ以外では1:1.5の
角度で引かれた斜線を超えないように建てなければいけない」
って知らなかった。

道路斜線のほか、隣地斜線、北側斜線の斜線制限や
容積率、建蔽率、天空率など建築物はいろんな制限を受けるので、
その結果、屋根がギザギザの家が並んだり、上半分だけ大きいビルや
パズルのように一部だけ欠けたデザインの建物ができたりする、と。

著者がまえがきで書いているように、
本を読んだ後は町並みを見る目が変わる。
変な形の建物をみつけると、ついつい頭の中で補助線を引いたり、
角度を目で測ってみてしまう。

子供のころ、近所に赤と白の煙突が建っていて
それがどこへ行っても目に入る風景だったんですが、
実はそれも「煙突は高さ210mまで7分割して赤白交互に塗り分ける」
と航空法で決まっているからだったんですねー。(平成16年には緩和。)

建築基準法が町並みを作る、
という当たり前だけど、すごいことを教えてくれました。

Shasen
右側のベージュの建物の上部分が斜めになってるのは斜線制限?

さよなら9000形

Kさんによると
「日本人の男性には2種類しかいない、
鉄道が好きな人と鉄道が大好きな人」
なんだそうだ。
(正確に言うと、KさんじゃなくてKさんが見た雑誌かなんかに
書いてあったらしいんだけど。)

日本人男性じゃないけど、
小田急の広報誌でBトレインショーティー『さよなら運転限定9000形4両編成セット』
というのが発売になると聞いて、買ってみました。

Odakyu

9000形と型番を聞いてもピンとこないのだが、
掲載されていた写真には見覚えがあった。

交通博物館で模型を見たときにも思ったけど、
「あ、これ」と思う電車は、
たいてい1970年代に登場して、今は走ってない電車なんだよね。
電車好きでは全然なかったんですが、それでも記憶のどっかに残ってるんだろうな。

9000形は、1972年から千代田線乗り入れ用として製造された通勤型電車。
2006年5月13日のさよなら運転で引退。
白地に青ラインってとこが、私の小田急線のイメージそのもの。

もうひとつ、子供のころ乗っていたはずなのが5000形。
こちらも白地に青ライン。
最初、写真を見たとき9000形と5000形の区別がつかなかったんだけど
正面の窓の形がだいぶ違う。
9000形は“ガイコツ”とも呼ばれてたそうです。
こちらももうすぐ引退の噂。

ちなみに、“Bトレインショーティー”ってNゲージと違うのと思ったら、
長さだけ短くショートカットしてるんだそうで、
パーツを交換するとNゲージ走行も可能なんだとか、
鉄道模型って奥が深い。

チャングムクッキー

ねーさんからNHK土産にもらったチャングム印の韓国唐辛子クッキー。
食べてみたらほんとに辛かった。

でも、「チャングム大辞典」では、唐辛子が朝鮮半島に伝わるのは17世紀のことで
チャングムの時代(16世紀)の宮廷料理には唐辛子は使われてないって言ってたような。

Changumu01
プリントされているのはチビチャングム。ちゃんと韓国からの輸入品なのだ。

Changumu02
袋も楽しい。右側のなめくじみたいなキャラは「ななみちゃん」。
「きゃぁ」とか「ひゃぁ」とか、かわいこぶった偽善的な感じがまったく好きになれないが、
NHKはアニメを作ったり、ご当地ななみちゃんというローカルバージョンを作ったり
せっせと売り込んでます。


めざせ東京マラソン?

とりあえず走ってみなくては始まらない
というわけで、近所の公園を走ってみました。

6kmの予定だったんですが、200m走っただけで、
体のあちこちがガタガタで、全然ダメじゃん、と予定を変更。
4kmを走って29分58秒。このペースだと42.195kmで5時間16分。
実験的に1kmを歩いてみたら、11分36秒。このペースだと42.195kmで8時間9分。
半分走って、半分歩けばなんとかなるか?
しかし、速さより問題は走りきる体力のほうですね。道のりは長い。

『プライドと偏見』

『プライドと偏見』
at 下高井戸シネマ

原題は『Pride & Prejudice』。原作は『高慢と偏見』とか
『自負と偏見』など、堅いタイトルで知られていますが、
『プライドと偏見』という邦題に配給会社の苦労を感じます。ヘンだけどね。

ジェーン・オースティンの魅力は、文体であり、キャラクターであり、
ユーモラスな会話だと思うんだけど、
特に会話の場面ではそれがちゃんと映像化されてて感心。

衣装と館、自然風景などの美術も完璧。
特にダービシャーの風景はあまり綺麗なんで、
「これ本物? CGじゃないの」と思ってしまったバカな私。
(CGスタジオ、ダブルネガティブがクレジットされていたけど、
舞踏会シーンのワンカットの担当?)

キーラ・ナイトレイは本当に魅力的で、
彼女がやるとクスクス笑いもかわいい。
けど、エリザベスって役に合ってたのかはちょっと疑問。
ダーシー君やビングリー君、ウィカム君はもっとハンサムでも良かったのでは。
ロザムンド・パイクのジェーン姉さんもおばさんっぽい。
みんなキーラの引き立て役みたいに見えちゃうんだよね。
一方で、コリンズ役のトム・ホランダーはgood。
ちゃんとキャラクターのおもしろいところをつかんでます。
ジュディ・デンチのキャサリン夫人もあの鼻を下から撮らせる根性はさすが。

まとめると、美術や役者は悪くないけど、
もともと起伏のないストーリーなので、原作に忠実なのはいいけど
映画としてはひねりがほしかったところ。

クレジットに「thanks to エマ・トンプソン」と書かれてましたが、
ゴールデン・グローブ賞のとき、彼女が『プライドと偏見』の紹介をしていて
「ジェーン・オースティンは私たちの十八番なのにね、アン。
(『いつか晴れた日に』のアン・リー監督。
『ブロークバック・マウンテン』の受賞で会場にいました。)
「今回は新鮮なキャストでいきたいんです」って言われちゃったのよ。
新鮮ってどういうことかしら、失礼しちゃうわ」と笑いをとってました。

※公式サイトをチェックしたらちゃんとロケしてました。
以下、覚書。いつか行ってみたい。
メリトン=リンカーンシャー南部スタンフォード
      セント・ジョージ・スクエア
キャサリン夫人邸=バーリー・ハウス(スタンフォード)
ダーシー邸=チャッツワース(ピーク・ディストリクト)
ダービシャー=ハドン・ホール(ピーク・ディストリクト)
         ハザセージ(ピーク・ディストリクト)
ロングボーン=グルームブリッジ・プレイス(南東部タンブリッジ・ウェルズ)
ビングリー邸=バジルドン・パーク(中部レディング)
ロージングスの庭=ストアヘッド(南部ソールズベリー)
ダーシー邸客間=ウィルトン・ハウス


『スタンドアップ』

スタンドアップ 特別版
『スタンドアップ』
at 下高井戸シネマ

シャーリーズ・セロン演じるシングルマザーが、炭鉱での女性差別に苦しみ
集団訴訟を起こす物語。
邦題の『スタンドアップ』は「まず誰かが立ち上がって真実を述べるべきだ」
という台詞からとられているが、映画にあっていないような気もする。
かといって原題の『NORTH COUNTRY』や、原作の『集団訴訟』もわかりにくいしね。

女性差別というより、これは父と娘の物語であり、母と息子の物語だった。
クリント・イーストウッドのように、枯れたおじいちゃんに弱いのだが、
パパ役のリチャード・ジェンキンズの「俺の娘だぞ」には泣かされた。

そのぶん、集団訴訟の話はちょっと弱い。
ネットの感想を見ていると、おそらく男性の人たちの多くは
「炭鉱で行なわれている差別は、嫌がらせというよりひどい犯罪だ」
と書いているのだが、私的にはむしろソフトな方で、
映画だから描写を控えたのかなと思ったぐらいだ。
もちろん、自分が同じようなことをされたら泣いて逃げ出すのだが、
現実の女性差別はもっとひどいはず。
今でも多くの女性が受けている精神的被害は、
世の中の男性が感じているよりずっと大きいと思う。

シャーリーズ・セロン、フランシス・マクドーマンド、シシー・スペイセクの
オスカー女優たちも堅実な演技を見せるのだが
(特にフランシス・マクドーマンドはさすがの存在感)、
むしろ、リチャード・ジェンキンズ、ショーン・ビーン、ウディ・ハレルソンら
男優たちが良かった。

シャーリーズ・セロンは自身の経験からか、
『モンスター』や、今回のような社会的な作品にも熱心だが、
この映画のヒロインをやるには彼女は美人すぎやしないか。
たとえば、訴訟を起こしたのが、ジョージーのように
美人で、男性遍歴に問題のある女性でなかったら、
もっと裁判も楽だったんじゃないか、なんて考えてしまうのだが、
そう思うこと自体が女性差別なのかも。
「君は童貞か? 彼女の男性遍歴をたずねるのなら、こちらも聞きたい」
という台詞に、ああ、確かに、そういう風には考えていなかったとドキッとした。

『Suica、Edy、ICOCA 電子マネー・ビジネスのしくみ』

Suica、Edy、ICOCA電子マネー・ビジネスのしくみ
『Suica、Edy、ICOCA 電子マネー・ビジネスのしくみ』
竹内一正・著
ぱる出版

タイトルどおり、Suica、Edyをはじめとする電子マネーについての解説本。

磁気式自動改札が導入された当初は、切符をカチカチするほうが好きなんだけどとか、
いちいち定期出して改札通すのめんどうとか思ったりしましたが、
今やそれも昔の話、Suicaとパスネットは必ず持ち歩いてるもんね。

JRの自動改札は、10cm以内の距離でスイカカードを認識し、
0.2秒以下で処理するとか、
アイカ、イルカ、ニコパなど変な名前のICカードがいろいろあるとか、
Edyはユーロ(Euro)とドル(Dollar)と円(Yen)の頭文字を取った名前だとか
道後温泉街でも使えるとか、
イコカのキャラクターがカモノハシなのは、哺乳類なのに
卵から生まれ、くちばしをもっているという“先進性”があるからだとか
(それって先進性か?)、いろいろと無駄知識は楽しいが、
カードの略称や名前の由来をそんなに説明しなくてもいいだろうという気も。

カードの使い方や仕組みについては、イメージイラストではなく、
実際の製品写真や画面写真で説明がほしかった。
個々のカードについても、スイカは○○で、Edyは△△で
……という調子なので、いまひとつ全体像やそれぞれの違いがわかりにくい。
今の電子マネー事情はこうなってるんですよ、というのをなんとなく知るには
よい本だが、導入方法や未来像についてのつっこみは弱い。
電子マネーの歴史はけっこう長いはずだから、
なぜフェリカが技術として選ばれたのかも知りたいところ。

大阪に行ったときに「現代の三種の神器 パソコン、新聞、PiTaPa」
という広告に笑ったが、PiTaPaはポイントがついたり、
利用回数や利用額に応じて割引サービスがあったり、工夫されている。
Suicaは最低運賃以下だと改札を通れないのに対し、
ICOCAだとカード残額がゼロでなければ改札を入れるというのもおもしろい。

個人的にはパスモやセブンイレブンの電子マネーに期待。

『東京R不動産』

東京R不動産
『東京R不動産』
アスペクト

ちょっと変わった物件を紹介する、ウェブサイト『東京R不動産』の本。
古くさいマンションがシェアオフィスになったり、
ガレージがカフェになった改築例や、実際の物件を紹介している。

前にみーこさんが「トスカーナのヴィラ」とか「プールつきマンション」を
オススメ物件としてIPしてくれたことがあるので、東京R不動産のことは知っていた。
建築マップに出てくるような有名な建物や、大正時代のオフィスも売りに出ていたりして、
その気になればこういうとこも住めるんだと思う。

本を見ていると、今すぐ素敵な家に引っ越したくなるんだけど、
逆にこの本が教えてくれるのは、住民の心意気や気の持ち方次第で
どんな家でも素敵な物件になるんですよってことかも。
私の家だって十分、モダンなデザインだし、緑も多いし、
けっこう素敵じゃないかと思ったりするのだ。

Uさんに言わせると
「日本人の心の言い訳に最適の本」だそうだが、
そういうUさんは「泰山館なら住んでみたい」そうだ。月30万ですよ。

『アスピレーション経営の時代』

アスピレーション経営の時代
『アスピレーション経営の時代』
江幡哲也・著
講談社

オールアバウトの江幡社長の本。
のっけから「ビジネスを通じて世直しがしたい」という江幡氏。
ビジネス本を何冊か読んでると、わりとそういうことを言う企業家は多いので、
それほど驚きはしないが、「本気かよ」という気もする。
なんだか偽善的な気がしてしまうし、本気で言ってるならそれはそれでちょっと恐い。

医者が娘さんの病気について、
ブラジルの専門医にメールで相談してくれた経験談などは
けっこうおもしろいと思うのだが、
あとは江幡氏が考えるビジネスのルールや
リクルート時代に年間100本企画書を書いて成功させてきた話などで、
いまひとつ、誰に向けて何を言いたいのかわからない。

「女性にはお金を払わせない」とか
「メールより電話、電話より顔を合わせることでわかりあえる」とか
「コミュニケーションのミスやロスを減らす」とか
堂々と言い切っちゃうところは熱い人だなーと思うのだが、
飲み会の席で、うるさい先輩に捕まっちゃったような気分にもなる。

あと正直なところ、私はオールアバウトがそれほど便利だとも思えないんだよなー。

江幡氏の前職であるリクルートは、USENの宇野社長をはじめ、
若い企業家を数多く輩出しているところだが、
実際に新人のころから「俺は社長になるためにリクルートにきた」
と言い切るエリートぞろいなのだそうだ。ひゃー。

ナチュラルビート

くーさんとすーさんにナチュラルローソンに連れて行ってもらう。
噂どおり、ダイエット食品や野菜スープがずらっと並んでいたり、
こじゃれたチップスや自然派化粧品もあっておもしろい。
さらに、このナチュラルローソンはカフェも併設してるので、
ナチュラルビートでトマトクラムチャウダーを買う。

Natural
トマトクラムチャウダーとライスパンのセット。

ナチュラルビートのサイトを見ていたら
「多忙な生活を送りながらもしっかりとした価値観を持ち、
肩の力を抜いた自分の「ビート」を感じて生きている、
そんな自分なりのスタイルを持ったすべての方々が……」
とか書いてあるので、「宗教くさくないか」とくーさんにIPしたら
「社長の名前でググったけど、元マクドナルドの人みたいだよ」と返事。
なぜ社長の名前でググる、と思ったが、まねして調べてみたら、
2002年、マクドナルドの50%出資で英国のサンドイッチ専門店『プレタ・マンジェ』がオープン。
数年前にマクドナルドが手を引いて、プレタ・マンジェが日本撤退。
で、マクドナルドからプレタ・マンジェの日本社長をしていた友成氏が
独立して作ったのがナチュラルビートだということが判明。

グーグルって便利と思ったけど、くーさんには
「そんなに詳しくなってどうする」と言われました。
ちなみに、あのナチュラルローソンはカフェ併設1号店だということも判明。

『邪悪の家』

『邪悪の家』
PERIL AT END HOUSE
アガサ・クリスティー・著
田村隆一・訳
ハヤカワ文庫

『青列車の秘密』に続く、ポアロもの。1932年の作品。
冒頭に青列車事件の話がちょっとでてきたり、
ものをまっすぐに直すクセが解決した事件(スタイルズ荘?)の話がでてきます。

海辺の町セント・ルーで会ったマドモアゼル・ニックが、
誰かに命をねらわれてるらしいと知り、ポアロが彼女を守ろうとする話。

最初の何章か読んだところで「あれ?この話、知ってる?」
と思ったら、ちょっと前に妹がドラマ版のビデオを見てたのでした。
(私は冒頭しか見てなかったので、犯人までは知らなかった)
妹にビデオを探してもらおうとするものの、「そんなタイトルはない」と言われ、
よく調べたらドラマのタイトルは「エンドハウスの怪事件」でした。

陽気でチャーミングなマドモアゼル・ニックはブロンドのショートウェーブ、
神秘的なフレディー・ライスはブルネットのボブ
というイメージで読んでたんですが
本を読み終わってからドラマ版を見たら、
ニックがブルネットで、フレディーが金髪という逆の設定でした。
(ドラマ版はどっちの女優さんもあまり美人じゃなかったのが残念。
エンドハウスよりも、マジェスティック・ホテルの
緑のダイヤ型の窓のインテリアが素敵でした。)

クリスティーの作品には
犯人がAさんだろうと、Bさんだろうと、誰になってもOKなものと、
『アクロイド』のように、「詐欺だ」というものがありますが、
今回は後者。読み終わったとき「うそつきっ」と思いました。


フォークロア

今回、休み中にやりたかったことのひとつが、雑誌の切り抜きのスキャン。
家には段ボールひと箱ぶんぐらい、雑誌の切り抜きがあり、
クリアファイルでは話にならないので、スキャンしてデジタル化しようというわけ。

本当は紙は紙のままがいいんだけど、
スキャンすると、1ページに3つ写真が掲載されていても、
自分の好きな写真だけ選択して拡大できるのが便利。
商品データは必要ないので
(商品自体がもう売ってないし、ブランドがなくなってるものもある)
写真だけ切り抜いておくと、ビジュアルとしての一覧性も高いかな、とか。

確認できたなかで一番古い切り抜きが1996年のもの。
ファッション的には今ではありえないだろうとか、
フォークロアが流行ったのって何年前だよとか、
あー、この頃赤いコートが欲しかったんだよねとか、
いろいろ自分の好みがわかっておもしろい。

なかには、この切り抜きのいったいどこに惹かれたのか、
服なのか、モデルの表情なのか、レイアウトなのか、
それとも、この小さく写っている時計なのか、
よくわからなくなっちゃってるものもありました。

Zassi
床に広げてみました。
めったに見ないんだから、さっさと捨てろよって感じなんですが、
やっぱり、こういうの好み!という写真もたくさんあった。

菖蒲

端午の節句にはちょっと早いんじゃないのと思ったが、
5月3日頃から家は菖蒲湯。
家の親はわりとこういうことが好きで、
ゆず湯や冬至にかぼちゃを食べるなどの風習(?)もよくやっている。
私や妹は冬至のかぼちゃに餡をかけたやつはあまり好きじゃないんだけど、
まあ、こういうことってハロウィーンやクリスマスより大切よね。

Shoubu
こっちは飾られている菖蒲。

Shoubu2
こちらは蘭。埋もれちゃってるけど、白鳥型の花びんらしい。

毎年、この時期は田んぼに水が入って湖みたいになって綺麗なんだけど、
今年は冬が寒かったせいで、まだ水が入っていない田んぼも多い。
2、3日前からぽつぽつ水が入りだしたようで、
水が入るのに1日、かきまぜるのに1日くらいかかる。
さらに2週間くらいおいてから田植えなんだそうだ。

Tanbo
田んぼに水が入った風景はすごく好きだが、
休日も関係なく働いているお百姓さんは本当に大変そうだ。

家の前の田んぼは老夫婦が2人でほそぼそと続けていたけど、
おじいさんが倒れてしまったのか、
数年前からおばあさんと息子夫婦が田んぼにきている。
息子が機械でがーっと田植えをしていく後ろから、
おばあさんが苗をひとつひとつ手で直していた。
息子さんは会社仕事の合間にやっているらしく、熱心じゃないんだけど、
おばあさんは毎日落穂拾いまでやっていた。
今年からは人に貸すことにしたらしく、
水も入らないままになっていて、ちょっと寂しい。


武運長久

DVDを見たり、本を読んだり、ブログを更新したり、
楽しくGWを過ごしてるわけですが、
この快晴にずーっと引きこもっているのもどうかと思い、
山をテクテク登ってチューリップ畑に行ってきました。

Mukawa01
真原の桜並木(咲いてないけど)。

Mukawa02
チューリップ。

といってもチューリップ畑は今年で3回目。
さすがにちょっと飽きたなー
ということでさらに足をのばしてフレンドパークむかわへ。

フレンドパークむかわは大武川のそばに作られた公園で、
キャンプ場やバーベキュー広場、アスレチック施設があります。
水のテーマパークということなんですが、
すぐそばに本物の川があるのに、なぜ人口の川で遊ばなくちゃいけないのか
いまひとつ不思議。(そのほうが子供連れには安全でいいのかもしれないけどね。)

Mukawa03
フレンドパークむかわ。
まん中は“海ゾーン”。連休中なので結構な人出でした。

Mukawa04
橋に滝、なせか風車まである。なんていうかオモチャみたいな公園。

Mukawa05
アサヨ峰と甲斐駒。
いい天気で山が綺麗に見えましたが、他の山の名前は知らないのだ。

歩いていたら、道の両脇に石の柱が。
このへんは徳川に仕えて活躍したという柳沢吉保ゆかりの土地なので、
その関係かと思って、近くにあった案内板を見ると、「凱旋門」と書いてある。
これが、凱旋門?

Mukawa06
凱旋門。

で、よく見ると、
右の柱には「歓 武運長久」、
左の柱には「送 紀元二千六百年記念 ○○(柳沢だと思うが読めず)戦友会」
と彫られている。
家に帰って、紀元2600年を調べてみると、1940年(昭和15年)。
当時は戦時中ということもあり、戦意高揚のため、いろんな式典が開催されたそうです。
父に話すと「きげんにせんろっぴゃくねーん、っていう歌があったじゃないか」
というのですが、もちろん、そんなの知らない。
あちこちの村の入口に鳥居などが作られたそうで、柳沢の凱旋門もそのひとつのようです。
武運長久……。

『キング・コング』

キング・コング
『キング・コング』

今さらながら1933年版『キング・コング』を見る。
こうやって見てみると、ピーター・ジャクソン版はかなりオリジナルに忠実だったんだなー。
船員が脚本家になったり、ディティールを描きこみすぎてバカみたいに長くなっているけど、
キング・コングが恐竜と戦う場面や船員たちを木からたたき落とす場面は構図までそっくり。
キング・コングのねぐらや、原住民の祭壇など髑髏島の風景もオリジナルを再現している。
しかし、そのぶんオリジナルの良さが際立つ。
CGや美術セットが派手になると、逆に安っぽく見えるのはなぜだ。

キング・コングも登場シーンでこそ「なんだ、このドンキー・コングのオモチャみたいなのは」
と思ったけど、慣れてくると、ギクシャク感がうまいことキング・コングの動きに活きてくる。
美女をつかんで走る場面なんて、ジャクソン版のCGよりずっといい。
ストップモーションでこれだけのクオリティーを実現していたことに驚く。

ジャクソン版のナオミ・ワッツとキング・コングの間にはシンパシーがあったけど、
オリジナルのフェイ・レイはキング・コングの片想い。
そう思って見ると、エンパイアステート・ビルでも、キング・コングがフェイ・レイに向かって
むなしく腕を伸ばしているように見えなくもない。
ピーター・ジャクソンはきっとキング・コングの片想いを感じとってしまったんだろうな。
まあ、私はジャクソン版でも「キング・コングの愛? なんだかんだ言ったって猿じゃん!」
と思っちゃったんだけどね。

ジャクソン版のラストでジャック・ブラックが「Beauty killed beast」と言う場面は
どうにも余計なので、きっとオリジナル版にある台詞なんだろうと思っていたら、
やっぱりそうでした。

『銀座並木座』

銀座並木座―日本映画とともに歩んだ四十五年
『銀座並木座 日本映画とともに歩んだ四十五年』
嵩元友子・著
鳥影社

「いつどこで誰と見るかで映画の印象は変わる」
と誰かが言っていたが、
たいていの映画はどの映画館で見たか覚えている。
『晩春』、『麦秋』、『秋日和』、『秋刀魚の味』、小津作品の多くは並木座で見た。
小津映画は食事の場面が多いので、見終わるといつもおなかが空いて、
近くのファーストフードでアップルパイを食べた。
(学生だったから貧乏だったのさ)
『あらくれ』や『山の音』など成瀬作品も並木座。
平日でも休日でも昼間でも夜でも、いつ行っても並木座は満員だった。
「高峰秀子よ、若いわねぇ」、「佐田啓二よ、やっぱり似てるわね」(中井貴一のことか?)
といった、おばさまたちの会話も楽しかった。
客席に大きい柱があって、立ち見をするとスクリーンの何分の一かが隠れた。
フィルムの状態も音響も椅子も決して良いものではなかったけど、
並木座にはあそこでしか味わえない雰囲気があった。

そんな並木座の45年間をつづった一冊。
といいたいところだが、実際には開館時の話に多くのページが割かれている。
元々は印刷所であの柱はその名残だったこと、
『青い山脈』の名プロデューサー藤本眞澄が創立者だったこと、
財政難を乗り切るために、一時は日活ロマンポルノや任侠映画も上映したことなど
本書を読んで初めて知ることも多い。
'98年に並木座が閉館したとき、「結構、客は入っていたはずなのになぜ」
と思ったのは私だけではないだろうが、そこらへんの事情ははっきり書かれていない。
後期の並木座の歴史については、よくわからないままだとか
つっこみの甘さに不満はあるものの、
冒頭の数枚の写真だけで、懐かしくて泣ける。
やっぱり1月はいつも小津特集だったんだということがわかる上映リストや
『NAMIKI-ZA Weekly』復刻版が付いているのも嬉しい。
著者もあのときあの映画館にいた一人だったんだなと思う。

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