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『なぜ、サムスンは中国で勝てたのか? 』

『なぜ、サムスンは中国で勝てたのか? 』
金柳辰・著
彩図社

サムスンといえば、日本では比較的安価なAV機器
のイメージがまだ強い。
この間、泊まった大阪のホテル一栄は
客室に液晶ディスプレーとDVDプレーヤーを備えており、
どちらもSAMSUNGブランドだった。
電気街が近い難波のホテルらしいセレクトだと思った。

原題は『三星と中国』。
1、2章はタイトルどおり、韓国企業サムスン(三星)が
いかにして中国進出をなしとげたかという話だが、
3、4章は14年にわたって中国を見てきて著者が
その歴史、経済成長、今後の問題点を解説している。

サムスンの中国進出の成功要因は、
「徹底した事前準備、現地企業とのパートナーシップ構築、
高級ブランドイメージ戦略、現地採用者に対する積極的な教育投資、
企業市民意識の養成」であるという。

たとえば、著者はビザをとるのが難しかった1985年頃から
中国進出をめざし、現地と友好関係を築くことに尽力し、
中国を愛する心がなければ成功することはできないと
歴史や文化も深く理解しようと努めている。
(中国の香辛料シャンチャイはクセのある香りがあり、中国駐在員が
これに慣れれば帰国の辞令が出る時とまで言われるそうだが、
著者は食文化を受け入れる努力をすべきという。)

サムスンは人材育成として、社員を1年間海外に派遣し、
6ヵ月は語学研修を中心に現地事情を学習し、
残りの6ヵ月は各自中国全域をリュックサックで旅行して、
国民性や地域特性、環境や文化をレポートするのだそうだ。

CDMAの商品化に世界で最初に成功したことで、
サムスンは携帯市場でトップに立つ。
1995年には、品質向上のため、携帯、ファックス、キーボードなど
15万台の不良製品をすべて回収し、
工場の職員の前で燃やすという強攻策を行なっている。

サムスンのイメージ広告では、
チェン・カイコーやケリー・チャンを起用して、
高級ブランドの印象をアップさせている。
'90年代半ばは「テレビをキログラム単位で売る」という
低価格攻勢で市場に参入した中国地元企業も
今では、レノボのように“価格優位”から“ブランド優位”へ
営業戦略を転換している。
中国の家電企業ハイアールは、市場占有率が30%未満の製品は
一切生産しないという話まであるそうだ。
また、著者は中国の指導部の経済手腕を高く評価している。

経済的な話は少々難しく、韓国や中国の市場に疎いので
理解できないことも多いが、
日本が中国の経済成長を脅威と考えたとき、
韓国はチャンスととらえたという。
韓国と中国が経済協力を進める一方で、
日本は歴史問題が大きく思うように進出できないという話も重い。
あとがきの日付は「2005年光復(解放)60周年記念の日」
となっている。

『トンデモWeb業界』

トンデモWeb業界 Webサイトはこうして作られる
『トンデモWeb業界 Webサイトはこうして作られる』
小田原貴樹・著
ソフトバンククリエイティブ

そもそも“Web業界”って何よって感じだが、
ここで書かれているのはWeb制作ビジネスの話。
Webプログラマーである著者が、Web制作の裏側を語る
というか、これは単なる愚痴であり、恨み節だ。

顧客(ホームページ制作依頼主)から言われた無理難題、
アート志向ばかりが強く、使いやすさを考慮しないWebデザイナー、
経営能力のないITベンチャーなど、
これまで著者が出会ったトンデモ話が次から次へと出てくるが、
著者の感情が多分に含まれているため、どれも笑えない。

もともとは「ITベンチャーって華やかに見えるけど、
実際はこんなトンデモなんですよ」って本をねらったらしいけど、
まえがきにあるように、執筆が遅れているうちに
ライブドア事件が起こって、話全体が古くなってしまった。
ITベンチャーが華やかだなんてもう誰も思ってないし、
(実情はかなりヤバいとこが多いだろう)
だいたい世間が考えるITベンチャーとWeb制作ビジネスって
まったく違う業種なんだけど。

じゃあ、Webデザイナーやプログラマーをめざす人には
役に立つのかというと、これも怪しい。
企画とタイトル、実際の内容が微妙にズレちゃってるのだ。

あと、もうひとつ気になったとこで、
著者はWeb2.0について
「次世代、未来のインターネットを示しているらしい。
現段階では夢物語に近い」と書いているのだが、
(これもあとからあわてて追加したものらしく数行触れているだけ)
私の認識ではWeb2.0とはこれからくるものではなく、
今、現在(数年前から)、ネットに起こっている“変化”を総称したものだ。
私も最初にオライリーの定義を聞いたときは「なんだそれ」と思ったし、
タグやアフィリエイトをつけただけで「うちはweb2.0!」と
言っている企業サイトもあったりするけど、
Web2.0を「夢物語」と言っているようでは、
Webプログラマーとしてはかなり遅れているんじゃないだろうか。

『現代思想の遭難者たち』

現代思想の遭難者たち 増補版
『現代思想の遭難者たち 増補版』
いしいひさいち・著
講談社

ハイデガー、マルクス、フーコー、ドゥルーズ、デリダなど
哲学者34人をいしいひさいちの4コママンガで紹介。
元ネタを知らないとパロディを楽しめないのと同様、
哲学者たちの思想を知らないと、わからないネタが満載。
ちょっとはわかるフロイトやレヴィ=ストロースは笑えたが、
あとはこれがネタなのかギャグなのか、
本当にそういう思想なのかちんぷんかんぷん。
それでも、マンガだからなんとなく読めちゃうんだけど。

というわけで、一度、ここらへんの現代思想に
かぶれたことのある人にはかなり楽しめるだろう本。
だけど、哲学入門書にするには笑いのレベルが高すぎ。

全体を通して書かれているのは、
哲学者といっても偉いセンセイではなく、
教え子に手を出したり、ほかの哲学者とケンカしたり(論争ともいう)、
非常に人間くさく、おろかで、かわいい人たち。
ある意味、言葉ばかりが先行してしまう哲学の本質を
ちゃらっと書いている。

『宇宙エレベーター』を読んで、
「科学と哲学の差ってあいまい」だと思ったけど、
実際に、哲学者の中には文学者や言語学者のほか、
物理科学者もいたりして、やっぱりここらへんは同じ世界なんだなと思ったり。

今週の記録

10km 1時間20分26秒

10km完走ー。ふーっ。
しかし、今90%くらいの力を使って完走しているので、
あと1、2km走れと言われれば走れるかもしれないが、
あと30km走れと言われても無理かも。

10km走れたら登録しようと目標にしていたので、
やっとエントリーする。受付番号539000番台。
ねーさんが527000番台だから、約1万2000人増えている。
あと、1万人は増えるだろうから、
最終的にエントリーは5、6万人、当選確率は5割くらいかなー。

『宇宙エレベーター』

宇宙エレベーター
『宇宙エレベーター』
アニリール・セルカン・著
大和書房

宇宙物理学者であり、トルコ人初の宇宙飛行士候補である著者が
自身の子供時代について、宇宙について、タイムマシンの可能性について
原子について、科学の歴史について語った本。

著者は子供時代に川の水力や太陽エネルギーを利用して
野球スタジオの照明を点けるという模型を作り、
科学コンテストで優勝。それがきっかけとなってスイスに留学、
その後も世界を移り住み勉強や研究を続けたため、
数ヶ国語を操り、日本でも暮らしている。

ときに自伝として、ときに科学の本として、ときにSF調の物語として
スタイルを変えながら語る語り口はユニーク。
しかし、語り口が平易だからといって
彼の言っていることがわかるかというと、ほとんどさっぱり。
4次元ですら、ついていけないのに
11次元やゼロ次元なんて、とても理解できない。
一般相対性理論や量子論にしても、「量子がここにあるということは
確立でしかいえない」のだから、科学というより、もはや哲学の世界。
まあ、昔の人にすれば「地球が丸くて、太陽の周囲を回っている」
という考えも、かなりSF的な理解の範囲を超えた話だったのだろう。

しかし、シュメール文明はかなり進んだ天文学の知識をもっていて
地球が丸いことも理解していたという指摘はおもしろい。
ノアの箱舟やオルフェスのような伝説は各地にあり、
シュメール文明の石盤に書かれた物語と古事記もよく似ているという。
インドの叙事詩『マーハブハラタ』には原子爆弾のような武器がでてくる。
(多神教のルーツはシュメール文明であり、
「自然の力を様々な神として崇めたあらゆる文明がなくなってしまった今、
日本はまだその考え方をどこかで持ちつづけている数少ない国だ。」
という指摘も興味深い。)

基本的にこの本は科学の本ではなく、
科学者や宇宙飛行士を志す者へ向けられたメッセージだ。
最初の章で、トルコのニュースで「将来何になりたいか」と聞かれた少年が
「セルカンになりたい」と答えてくれて、感激した話がでてくる。
15歳のときにタイムマシンを作ろうとした話や
宇宙にソトがあると考えてみようという話など、
チャレンジ精神、物事を普通と違う視点で考えてみる創造力、
何よりもそれが未来を作るということだと著者は言っている。


『PHONE BOOK―世界のケータイ』

『PHONE BOOK―世界のケータイ』
ヘンリエッタ・トンプソン・著
トランスワールドジャパン

『COLLECTABLE TECHNOLOGY』
トランスワールドジャパンから出版された
ユニークな携帯本。

世界各地では携帯電話をなんと呼んでいるか
「日本の“ケータイ”は持ち運ぶという意味がある」とか、
各国のケータイ事情、ケータイ文化を解説。

中近東では、
1日5回の礼拝を通知するテキストメッセージを送信、
メッカの方向を示すコンパス付き、コーランのテキストを収録。

北朝鮮では、
携帯電話を禁止している理由はテロリストの攻撃で
爆弾を起爆させるために使用される可能性があるから。

スペインでは、
選挙前日にテキストメッセージで抗議行動を呼びかけ
選挙結果に大きく貢献した。

中国では、
電話番号をダイアルすると、独り言やジョークが流れる。

オーストラリアでは、
飲みすぎたときに電話したくない番号(昔の恋人や上司)
を事前に通知しておくと、翌日朝6時まで
その番号にかけてもつながらないサービスがある。
メールを打つ練習をする、テキストエクササイズや
包帯を巻いて親指を保護する、セーフテキスト記念日がある。

などなど。世界レベルで比較しても
日本のケータイはデザイン、テクノロジーとも進んでいて
日本人はケータイが大好きだと分析する。

携帯の歴史では、
ハンディートーキー(1941)、
モトローラ・ダイナタック(1984)、
ノキア2110(1994)など50機種を紹介。

携帯のCMなどのイメージ写真と短めの文字で構成されており、
おしゃれな絵本のような作りだが、
イメージ写真が何を意味しているのかわかりにくい。
ケータイごとの情報も少なく、どこの国のどのメーカーなのか、
すぐにはわからないのも難点。意味不明の翻訳文も多い。
と、残念な点は多いが、この本を読んでいると、
新しいケータイが欲しくなった。

『少女小説から世界が見える』

少女小説から世界が見える
『少女小説から世界が見える ペリーヌはなぜ英語が話せたか』
川端有子・著
河出書房新社

『若草物語』、『家なき娘』、『小公女』、『あしながおじさん』、
『赤毛のアン』といった少女小説から、
歴史的背景やジェンダー意識を読み取る本。

サブタイトルにもなっている『家なき娘』のヒロイン、
ペリーヌが英語を話せたのは、
彼女が生まれたインドが当時イギリスの植民地だったという背景がある。
そして、フランス人の父とドイツ人の母の混血であるペリーヌは
英語が話せるバイリンガルであり、この英語力でもって、
女工から社長秘書へとなり、身分を隠した上で祖父に認められ
工場の改革を進めるのである。

一方、『小公女』のヒロイン、セーラは
イギリス人の父とフランス人の母のもと、やはりインドで生まれ
流暢なフランス語を話すことで学校で一目置かれ、
インドの言葉を覚えていたことでラム・ダスと知り合い、
彼女の身分がわかるきっかけとなる。

ペリーヌとセーラはともに混血であり、ともにバイリンガルであり、
この国境越境性が彼女たちの強みだった、
という指摘は非常におもしろい。
そしてラストでは、個性的な少女たちだった2人がともに、
ペリーヌはフランスの社会に、セーラはイギリスの社会に
レディとして組み込まれていくという点もなるほどと思う。

セーラは幼かったので保護者が登場するのみだが、
これが『あしながおじさん』になると
ジュディはおじさんと結婚する。
(彼女は作家としての未来を捨ててしまうのだ)
少女たちが成長し淑女となり家庭に入るというのが
当時の少女小説が描いたジェンダーなのだ。

男の子になりたかったジョー、
男の子にまちがえられたアンにも
ジェンダーの話がでてくるが、これはちょっとあいまい。
むしろ『アンの娘リラ』に代表されるように、
戦争が少女を成長させるイニシエーションとなり、
以後、牧歌的な少女の世界は失われたという最終章がおもしろい。

ペリーヌは賢い少女は紺の服を選ぶものだと
私に教えてくれた。
学業に優秀なセーラやアン、
ジュディの寮生活も私のあこがれだった。
そういう元少女たちに、新たな読みを提案する、
なかなか知的なおもしろい本。
「不幸せな結婚をするより、幸せな老嬢でいたほうがいい」
というマーチ夫人(ジョーのお母さん)の台詞は名言。

ハッとしてGood !

以前に「現代の三種の神器、パソコン、新聞、PiTaPa」の広告で
私の心をぐっとつかんだ大阪ですが、今回も見つけました。

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建設工事中の淀屋橋アップルレジデンス。
イメージキャラクターはなんと田原俊彦。
「新・TOSHI生活宣言」という一言が言いたかったための人選としか思えない。
「ハッとして、梅田。グッときて、なんば。パッと目覚める、淀屋橋。」
……。

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としちゃんほどのインパクトはないが、左下に書いてある
「ええんかいな お得すぎるでー!」がかわいい。
期間限定で割引したり、乗れば乗るほどお得になったり、
ICカードの利点を生かしたPiTaPaのサービスは
ぜひ東京メトロでも見習って欲しい。

今回は見て回るだけで終わっちゃった建物も多いので
今度大阪に行く機会があったら、
近代建築を利用したお店まわりをしてみたい。
行ってみたいとこ覚え書き
フランス料理店『シェ・ワダ』、
新井ビルのスイーツ『五感』、
北浜レトロビルヂングの紅茶店、
青山ビルの喫茶店、
ダコタハウスの『ROBOCAFE』などなど。

大阪一人旅 2日目

朝は10時30分ごろにチェックアウト。
昨日、炎天下を歩いていたせいか、眼の下(クマができるとこ)が真っ赤に
なってしまったので、反省してまず帽子を買おうと、
建築ウォッチングもかねて高島屋へ。でも気に入ったのがなくてうろうろ。

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大阪なんば新歌舞伎座

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前回、食べられなかったクレープ屋アルションで朝食。
クレープといってもフランス料理っぽいお店なので、
冷製スープ、有機野菜のサラダ、リンゴのクレープ、セイロンアイスミルクティー
というサラダランチで1050円。本格的な味がしておいしかったです。

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大阪日本橋教会

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前回ゆっくり見れなかった大丸大阪心斎橋店を再訪。

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基本的に店内撮影はNGでしょうが、これくらいならいいかなと階段を盗撮。
ここでも帽子を探すが、気に入らず。
結局、大丸の向かいにあるOPAで帽子を買って、
これでばっちりと外に出たら空が曇りだしたので帽子いらないかも状態に。

淀屋橋に移動して昨日に引き続き北船場コースのウォッチングを開始。

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大阪ガスビル

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渋川ビル

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伏見ビル
となりのツタで覆われているのは青山ビル。

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この伏見ビル、昨日も目の前を通っていたのに、
1階が綺麗なギャラリーだったので気づかず通り過ぎてました。
そのときも2階の窓にウォーホルのポスターが貼ってあったりして、
ボロビルにカラフルなポスターって使い方が気が利いてると思った。

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日本生命本館

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大阪倶楽部

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山内ビル

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フジ工業

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ダコタハウス
1階が「ROBOCAFE」という非常に魅力的な名前のカフェだったのですが
時間がないので断念。

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日本基督教団大阪教会

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大阪教会の向かいに立つ、結婚式場アスタープレイス。
大阪教会をおもちゃにしたようなデザインを真向かいに立てちゃう神経がすごい。
そして式場の係員みたいな人がうろうろしていたので、
大阪教会もゆっくり見れずジャマ。

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ダイビルの大大阪で休憩しようと思ったら、日曜日は休みでビルにも入れず。
前に来たときは何にも考えず土曜日に来たので入れたけどラッキーだったのね。

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ダイビル正面玄関上の「鷲と少女の像」。

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ダイビルの柱にはロマネスクな彫刻が。

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怖い……。

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川向こうに住友ビルディングを眺める。

ここで雨が降り出し、やっと帽子が役に立つ、と思ったら、夕立に。
あわてて中之島図書館に逃げ込む。
図書館も日曜なので休館。入口で雨宿り。
10分ほどで雨もあがりましたが、中之島図書館で雨宿りなんて贅沢な経験かも。

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大江ビルディング
こういうふうに道路にあわせて角を切ったデザインって好き。
「番画廊」というすごいネーミングセンスのギャラリーの看板が出ていたので、
入ってみようとしたら、守衛さんに「今日は休みです」と止められる。
大阪の近代建築は喫茶店やギャラリーとして現役利用されてるのが良いと思う。

今回、目標としていた建物はほぼすべて回り終わったので
そのままテクテク歩いて、梅田駅へ。

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前回、ぎりぎりで工事前だった梅田阪急ビルは、現在こんな状態。
コンコースは完全に立ち入り禁止になって迂回路ができてました。

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まだ多少、余力があったので梅田スカイビルへ。
最上階には世界でもめずらしい屋外にある「空中庭園展望台」があります。

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シースルーエレベーターで35階へ、そこからシースルーエスカレーターで39階へ。
さらにエスカレーターと階段を登って屋上へ。

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北側の風景。大阪って意外と川の町なんだなーと再確認。

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この空中庭園展望台、入場料が700円もするので
ケチな私はどうせなら夕焼けと夜景も見ていこうかなと思うものの、
日没までまだ1時間近くある。まわりは当然のことながら8割がカップル。
それでも、疲れたのでぼーっと窓の外を見ていると、
いきなりおじいちゃんに話しかけられました。

おじいちゃん曰く、
「こうやって上から見ると大阪もずいぶん違って見えるわな。
ビルが人みたいに見えるやろ。大きいのやら小さいのやらあって。
ビルも作った人がおるからな」と、
まるで私の旅の目的を見透かしたみたいなことを言う。
建物も作った人がいるから、華美だったり、まじめだったり、
地味だけど綺麗だったり、作った人の性格が反映されるのかな。

その後、約1時間、ほとんど一方的におじいちゃんがしゃべり続け、
今、68歳だということから、息子さんは厚生省に勤めてて、
この間、老人ばかりでヨーロッパを旅行してきたこと、
昔、リオデジャネイロに行ったときはイラク戦争があったので
飛行機の乗り継ぎに苦労したことなんかを延々と聞く。
しまいには「あんた、ひとりかい。若いうちはいいけど、
歳とったら寂しくなるし、結婚はしたほうがいい。それが人間やし、動物や。
そりゃ失敗することもあるけど、挑戦することが大事や」
と説教までされる。よけいなお世話ではあるんだけど、
なかなかおもしろいことをおっしゃるので、拝聴する。
おかげで日没まで退屈せずにすみました。

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南側。梅田駅周辺の夜景。

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SFちっくな夜の梅田スカイビル。

8時ごろまで展望台で夜景を見て
8時30分ごろの新幹線で帰京しました。

大阪一人旅 1日目

また大阪に行ってきました!
一緒に行くはずだった妹が仕事で行かれなくなったので急遽一人旅。
前日、遅くまで働いていたのと、東京も大阪も33度を越える猛暑だったので、
無理をしないスケジュールにすることに。

昼に東京を出発して、大阪に2時ごろ到着。
3月に回れなかった北船場を中心に建築ウォッチングを開始。
淀屋橋駅から大阪市立愛珠幼稚園へ。
と思ったら、その隣が緒方洪庵旧宅で、一般公開していたので、
とりあえず入ってみる。

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緒方洪庵旧宅(適塾)
受付こそクーラーが入っているものの、あとは障子を開け放しているだけ。
それなのに外に比べるとずっとひんやり涼しい。さすが日本家屋。

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塾生大部屋。
塾生には昨日、みたままつりで見たばかりの大村益次郎をはじめ、
橋本佐内、福沢諭吉など、錚々たる面子が。
大部屋の柱には塾生が暴れたときにできた刀傷が残っている。

建築ウォッチングの参考にしたのは『大阪の近代建築』というサイトで
北船場コースに取り上げられている建物は10件ほどですが、
ここに載っていない建物もごろごろ。
右へ行けば数ブロック先に近代建築が、ふりかえると向こうのほうに
それらしき建物がって感じで、それほど広くもない範囲を3時間かけて
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
以下、このときウォッチングした建物たち。

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八木通商

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八木通商のアラベスク文様。

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シェ・ワダ(旧大阪教育生命保険)

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日本基督教団浪花教会

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新井ビル (旧報徳銀行大阪支店)
新井ビルの右側最上階はギャラリー、左側はパティスリー、五感・北浜本館。
(有名なスイーツ店らしく、女の子たちが行列してました。)
入れる建物にはとりあえず入ってみる。

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新井ビルの階段踊り場。こういうのって問答無用で好き。

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最上階のギャラリー。セルフポートレートで有名な澤田知子の初期作品を展示してました。

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大阪証券取引所

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北浜レトロビルヂング(旧桂隆産業ビル)
ここも有名な紅茶屋さんらしい。

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高麗橋野村ビルディング

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高麗橋野村ビルディングの入口。なぜ月?

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三井住友銀行・大阪中央支店

Osaka213
生駒ビルヂング

Osaka214
旧東京貯蓄銀行(旧日本短資)大阪支店

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小川香料

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武田道修町ビル

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渋すぎる綿業会館
ここらへんで暗くなってきたので、今日の散策は終了。

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宿はこの前と同じホテル一栄。
前回は洋室でしたが、今回はモダン和室にしてみました。
悪くないけど、洋室の方が広くてのびのびできるかも。
「一人これなくなっちゃったんで」と言ったら、当日にもかかわらず
一人料金にしてくれました。良心的だ。

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暖簾(?)の奥には寝室。ちょっとあやしげ。

Osaka220
一人なので落ち着いて食べれるお店を探して、白鱧の冷たいおそばを食べ、
「りくろーおじさんのチーズケーキ」のプリンとチーズケーキ、
「大たこ」のたこ焼きをテイクアウト。
道頓堀や歌舞伎座をちょっとぶらぶらしてからホテルに戻って
『チャングム』を見ながらチーズケーキを食べました。

みたままつり

久々に会ったTさんと、Y君、Y君の愛娘Aちゃんと、みたままつりへ。
といっても今日は暑すぎ。
人込みに加えて、小さな子供(Aちゃん)と
大きな子供(Tさん。途中ではぐれた)がいることもあって、さっぱり歩調は進まず、
大村益次郎の銅像あたりを少し過ぎたあたりまで歩いただけで
奥の懸け雪洞とかは見ないで帰ってきてしまいました。

それでもヨーヨーやキラキラ光るおもちゃに
すぐひきつけられるAちゃんがいると、いつもよりお祭りっぽい。
(普段は祭りというより屋台で食ってるばかりだから)
子供っておもしろいなー。

Mitama
今年も大村益次郎の足元で盆踊りが。

『2ちゃんねるで学ぶ著作権』

2ちゃんねるで学ぶ著作権
『2ちゃんねるで学ぶ著作権』
牧野和夫、西村博之・著
アスキー

牧野弁護士と2ちゃんねるの管理人ひろゆきの対談集。
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」は著作物か?
モナーや、のまねこ、電車男は?
2ちゃんねるにニュースサイトからニュースをコピペした場合、
これは引用になる?
などなど、2ちゃんねるをめぐる具体的な話題について
著作権とは何か、誰のものかを語る。

元々牧野氏はネット関係の法律について何冊も本を書いている人で、
その語り方も「ネットにおいて~すると法律違反となります」
といった○か×かという紋切り型ではなく、
「この場合、著作権の侵害になるかもしれませんが、
書き込みに思想があると判断されれば、主張として認められる可能性があります」
とか「著作権としては問題ありませんが、道徳的に認められないのでは」
といった感じで、非常に具体的かつ実用的な答えをしてくれる。

対する、ひろゆきも「問題が起こるたびに勉強しましたからね」
というだけあって、著作権についてちゃんとした知識をもっている。
元々、頭のいい人らしく、牧野氏の言葉に対して、
「だったらこの場合、オイラが許可をだせばOKですね」
といった調子で、一を聞いて三も四も理解できる回転の早さには感心する。

優秀な2人の対談はそれだけで十分おもしろいが、
読み進むうちに著作権とは何かということが漠然と理解できる。
それと同時に、ネットの状況に法律がおいついていないことも多く、
まだまだケースバイケースなのだということ、
法律というものが一枚岩ではなく、民法や刑法、過去の判例など、
どの法律をあてはめるかによって
○にも×にもなりうるということがわかってくる。

著者の2人が優秀なので、司会役の編集が狂言回しのようで
バカっぽく見えてしまうが、これは意識的なのかもしれない。
ただ長々と対談をしたからといって、この本ができるわけもなく、
事前にすごい準備をしているか、
あるいは対談後にすごい編集作業をしていると思われる。
2ちゃんねるの使い方を紹介したコラムは余計で、
掲載している画面には首をかしげるものもあるが、
ネット関係の法律本としては群を抜いて良書。


『レナード現象には理由がある』

『レナード現象には理由がある』
川原泉・著
白泉社

川原泉、久々の新作!

川原泉の作品で、いちばん完成度が高いのは
『銀のロマンティック…わはは』だと思うのだが、
好きなのは初期の『真実のツベルクリン反応』とか『月夜のドレス』のような、
まだ荒削りだったけど素朴なのほほん系の作品。
(『美貌の果実』や『オペラ座の怪人』になると、
レベルは高いが彼女の陰と陽の陰の部分が強くでてくる。)

今回の『レナード現象には理由がある』は、
成績優秀だが人とうまくコミュニケーションできない男子と
どっか抜けてる、のんびり女子、
という彼女お得意のカップリングが4組登場し、
いわば原点回帰のような作品。
『バビロンまで何マイル?』以降、方向性の定まっていないような
中途半端な意欲作ばかりだった気がするので
古いファンとしては素直に嬉しい。

途中、『プロジェクトX』ネタが出てくるので
初出一覧を確認したら「レナード現象には理由がある」は2003年1月号メロディ掲載。
「ドングリにもほどがある」は2003年11月号~2004年1月号、
「あの娘の背中に羽がある」にいたっては2004年11月号~2005年8月号の掲載。
(どれも読みきりぐらいの長さの中編である。)
あいかわらず、筆が遅そうだなと勝手な心配をしてみる。

『魔法の天使クリィミーマミ』

魔法の天使クリィミーマミ コレクションBOX(3)

魔法の天使クリィミーマミ コレクションBOX(2)

GyaOで配信されていたのをせっせと見てました。
最初の4話は逃しちゃったけど、第5話~52話までコンプリート。
これが“再放送”らしく、毎週4話ずつ更新されるので、
毎週4話見なくてはいけないのは結構大変。
この歳になってまでマミを追いかけるはめになるとは。

クリィミーマミ、リアルタイムで大好きだったんだけど、
(1983年~84年放送。23年前!)
あらためて見てみると、最初の方はだいぶ子供向けで
話の出来不出来にもずいぶん差がある。
何かで読んだけど、初めの頃は
優=妖精など異世界もの
マミ=アイドルもの
と交互にやってたんだけど、アイドルものの人気が高くなったので、
途中からそちらにシフトしたらしい。
境になるのが第19話『マミの一番長い日』で、
第17話『時の眠る森』ではユニコーン、
第18話『ざしきわらしの冒険』では、ざしきわらしが登場するのに、
第19話は、マミのセカンドシングル発表コンサートの話、
第20話『危険なおくりもの!』では、レコーディング風景まで出てくる。
このセカンドシングル「BIN・KANルージュ」はアニソンの名曲だと思うけど、
第19話で「BIN・KANルージュ」を歌いながら、
ヘリコプターでマミがコンサート会場に降りてくる場面を見ながら、
「ああ、この時点でマミはアニメ界において本当の意味でアイドルになったんだな」
と思ったりした。

1983年といえば、松田聖子が『SWEET MEMORIES』、
中森明菜が『禁区』を歌っていた頃で、アイドル全盛期である。
そんなときに、魔法を使うアイドルなんて話がよく作れたもんだとも思うが、
ベストテンやどっきりカメラ(第34話『スネークジョーの逆襲』)、
アイドルの親衛隊など、当時ならではの話もいっぱいあってなつかしい。

昔は何も考えず楽しく見てたはずだけど、
今見ると、「この回の作画ヘタだなー」とか、「今回の脚本はきっと誰だな」
とか考えてしまう。大人って嫌ね。
作画では後藤真砂子がピカイチ。彼女の回では瞳の星の数や、
髪の毛の線が、他の回の5倍くらい細かい。
細かすぎて、違うアニメみたいに見えてしまうけど。
優は遠藤麻未の作画の方がかわいくみえる。
脚本では伊藤和典は別格として、島田満もわりといい。
金子修介や土屋斗紀雄が参加している回もあったりする。

以下、印象に残った回など。
第13話『鏡のむこうのマミ』 脚本:柳川茂

第19話『マミの一番長い日』 脚本:伊藤和典・島田満
昔はわかんなかったけど、マミがはぐれたのは箱根なのね。
遊覧船やロマンスカーが出てくるのもおもしろい。

第23話『星のパラソル』 脚本:小西川博

第25話『波乱!歌謡祭の夜』 脚本:伊藤和典

第26話『バイバイ・ミラクル』 脚本:伊藤和典
本来はここで終了する予定が、人気に押されて延長が決定。
以後、第2シーズンとなるわけだが、クリィミーマミはこれ以降が
いちばんおもしろかったと思う。

第29話『ロープウェイ・パニック』 脚本:金子修介

第37話『マリアンの瞳』 脚本:島田満
この回の後藤真砂子の作画がすごい。マミが一番美人に見えた回。

第39話『ジュラ紀怪獣オジラ』 脚本:伊藤和典
話自体はそれほどおもしろくないんだが、今見ると、パパのアイパッチといい、
『ゴジラ』へのオマージュが満載。
後に伊藤和典と金子修介が平成『ガメラ』を撮ると思うと感慨深い。

第42話『ママの思い出ステージ』 脚本:まるおけいこ

第44話『SOS!夢嵐からの脱出』 脚本:伊藤和典
建設途中の新宿副都心が舞台。
ストーリーにも高層ビル群がからんでいておもしろい。

第46話『私のすてきなピアニスト』 脚本:土屋斗紀雄
これがマミの初恋だと記憶していたんだが、
第38話『ときめきファンクラブ』もあるから、マミは結構ほれっぽい。
ピアノ伴奏の「LOVEさりげなく」が流れる中、
ビル街に夕日が落ちていく場面は名シーン。

第48話『優とみどりの初デート!』 脚本:伊藤和典
最終回が近くなって、みどり君の片想いに決着がつけられた回。
今見るとちょっと悲しい。

第50話『マミがいなくなる…』 脚本:伊藤和典
ここでも後藤真砂子の作画が光る。

第51話『俊夫!思い出さないで』 脚本:伊藤和典
優が俊夫に告白する萌え場面があるが、
10歳の小学生と14歳の中学生カップルって。
幼なじみだとしても大人ぶりたい中学生にとって、小学生は子供。
マミにあこがれて優を子供扱いする俊夫の気持ちが今ならわかる。

第52話『ファイナルステージ』 脚本:伊藤和典
すべてに気合が入った最終回。
マミのステージが歌、衣装ともにちゃんとアイドルに見える。
23年前に見たときも泣けたけど、今見ても泣けました。
この回だけ細かい台詞までやたらと覚えているので、
あれっと思ってよく考えたら、最終回をテープに録音してたんだっけ。
(ビデオではなくカセットテープである。)
妹にその話をしたら、
「A面に最終回を録音して、B面に借りてきたレコードから歌をダビングして、
カセットレーベルに雑誌の付録のクリィミーマミのシールを貼ったんだよ。
まだどっかにあるはず」とのこと。
バカなことしてたんだなー、私。

今週の記録

8km 1時間3分20秒

途中、小雨が降ってきましたが、
むしろ涼しかったので、続行。
意図的にちょっとペースをあげてみましたが、疲れた。

ねーさんが東京マラソンにエントリーしたら、
520000番台だったとか。
Nさん情報では最初の一桁はコース区分(フルマラソンか10kmか)で、
一応、10万人越えてもいいように番号は用意されてるらしい。
そろそろ覚悟をきめてエントリーしないとね。
(私もYくんも騒いでいるわりにはまだしていない。)

『世田谷一家殺人事件』

世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白
『世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白』
斉藤寅・著
草思社

現在、めちゃくちゃ売れてるらしく、どこの本屋でも平積みになっている。
2000年12月30日に起きた世田谷一家殺人事件は、
衝撃的な事件だったので、私もよく覚えている。
犯人が一家を殺害した後に、
のんびりアイスを食べていたという報道がとくに怖かった。
少し前のニュースでは、近くの公園で慰霊式(?)のようなものをやっていて、
女性捜査官が犯人に向けて「覚えていますか、あの日のことを。
私たちは絶対にあなたを許しません」みたいなことを訴えていたのを見たが、
はたして、そこで訴えることに何の意味があるのか、とも思った。

この本では、犯人はクリミナル・グループと呼ばれる、
アジア系外国人の犯罪集団であると特定している。
グループの一員から聞いた話として、事件を再現している場面は生々しくて、特に怖い。
(逆にいえば、こうした週刊誌の記事のような書き方に違和感も覚える。)
女子大生誘拐事件の直後だけに、外国人による犯罪集団という話にも説得力がある。
しかし、取材上の秘密もあるだろうが、
その結論にいたるまでの過程が一足飛びなので、
なぜ彼らが犯人だと断言できるのか、根拠ははっきりしない。
(推理小説ではないので、当たり前だが、真実に一歩一歩近づいていくような
緊張感もないのに、著者が取材に走り回っていたことを強調するのも少し冷める。
警察の不手際や、警察のソースばかりを鵜呑みにするメディアを批判しているのに、
著者が得た情報だってほとんどは警察からだ。
それを自分の情熱が警察に訴えたように書くのはどうなんだろう。)

世田谷の事件にしても、同じグループの犯罪としてあげられている
大分の恩人殺しや大阪の風俗嬢殺人事件にしても、
残酷な殺害を犯していながら、
目的である金は数万円程度しか得ることができていない。
これは犯人側にしても効率が悪すぎるんじゃないだろうか。
これを“大きな仕事”と呼ぶなら、そこには日本に対する深い憎しみがある。
著者は「外国人留学生のほとんどはまじめな学生である」と断っているが、
正直なところ、読み終わったあと、アジア系外国人を怖く感じたのも事実だ。
そして、実際にネット上のレビューを読むと、
アジア系外国人に対する非難につながっているものも多く、
そうした読み方に危機感も感じる。

著者が犯人を特定し、写真を入手したのが2003年なら、
なぜ、その後もこの事件は解決しないのか。
この本が出版されるまでにかかった3年はどういう意味があるのか。
ノンフィクションとしてはかなり読み応えがあるが、
事件が解決していないので、不安ばかりが残る本である。

『東スポ黄金伝説。』

東スポ黄金伝説。
『東スポ黄金伝説。』
赤神信・著
太陽出版

冒頭に「志半ばにして去って行った、すべての記者たちに捧げる。」
とあるように、これは東スポを辞めた人たちの物語だ。

マドンナの来日記者会見に遅れてしまったので、
しかたなく滞在していたスイートルームの写真を撮って
ごまかそうと思っていたら、偶然、薬の箱が写っていたので
『マドンナ痔』と見出しを打った、というプロローグから、
銭湯を改造したビルを使っていた話や、
キオスクで売っているライバル紙にカレーやガムをつける“作戦”、
ビートたけしが無名時代に記者と親交があり、
講談社事件後、野球で負けたために、たけしが編集委員になったとか、
おもしろそうなエピソードは満載なのに、
あまりおもしろくない。

これはたぶん書き手に問題があり、
個性的なキャラクターもたくさん登場するのだが、
彼らのユニークさが伝わってこない。
特に後半は社内抗争の話になってしまうので、
誰が誰やらよくわからないままに次々と人が辞めてしまう。
ひとりひとりのキャラクターがもっとはっきりしていれば、
辞めていったときの著者の寂しさにも共感できただろうに。
ここらへんには優秀な記者たちをむずむざ辞めさせてしまった
会社に対する著者の恨みみたいのがあるのかもしれないし、
「事実に基づいたフィクション」とはしているが、
いろいろと書けなかったこともあるのかもしれない。

どちらにしろ私のような読者が知りたいのは
なぜ東スポが“東スポ流”になったかである。
『ネッシー出産』が生まれた経緯なんかを読みたかった。

『仏像のひみつ』

仏像のひみつ
『仏像のひみつ』
山本勉・著
朝日出版社

これはおもしろい、よくできた本。
売れてるのも納得。
仏像にもソシキがあって大きくわけると、
「如来、菩薩、明王、天」になる。
それぞれのポーズや格好にも意味があって、ここを見ると、どの仏像なのかわかる。
などなど、仏像の意味、種類、作り方などをイラストをまじえて紹介。
簡単に読めるけど、これから仏像を見る眼がまったく変わる本。

「~っていうんだけど」、「そうだ。たとえば~」
のような子供向け文体はむしろ読みにくいのだが、
東京国立博物館の職員だった著者が、
最後にてがけた特別展示「仏像のひみつ」が評判になり、
内容を改めてまとめた本なのだそうで、
子供に向けた特別展示という意向を継承しているらしい。

そもそも私たちはキリストの誕生日を知っていても
釈迦の誕生日が4月8日だということを知らない。
仏教の信者でなくても、日本の文化のベースになってるはずなのにね。

三尊像には、
釈迦如来の両側に、普賢菩薩と文殊菩薩が並ぶ「釈迦三尊」、
薬師如来の両側に、日光菩薩、月光菩薩が並ぶ「薬師三尊」、
阿弥陀如来の両側に、観音菩薩、勢至菩薩が並ぶ「阿弥陀三尊」
があるとか、
愛染明王は、「どろどろとした愛情や欲望も、
それが激しく深いほど、大きくて深いさとりの心に変わる」
と愛欲を否定しない仏であるなど、勉強になりました。


『ポエム番長』

ポエム番長
『ポエム番長』
マッコイ斉藤・監修、ピエール瀧・解説
サンクチュアリ出版

元ヤクザや暴走族など、全国のワル、50人を取材し、
詩を書いてもらうという企画モノ。

詩って言っても、番長たちが書いたのは一部だけで、
あとは、取材中の言葉の抜粋なのだが、
おもしろかったところでは、
「郵政民営化より先にモザイク透明化して」
「最近パソコン買ったんですけど、
クリックよくしてますよ。」、
「最初の窃盗が宝石店だった。
女にあげるために。」
「梅酒飲んでは酔拳のまねしてました」とか。

意外に「『ビーバップ』見て不良になった」なんて人もいて、
そんなに単純でいいのかと思ったり。
おもしろい人やおもしろい台詞もあるけど、10人にひとりくらい。
“本物の”ワルを取材したっていうけど、
彼らなりにくぐりぬけてきた修羅場なり、人生なりがまったく感じられず、
彼らにしか書けないポエムがあったはずなのに、
一発ギャグみたいになってしまっているのが惜しい。
ある番長が書いていたように
「人生いろいろ。ワルもいろいろ」なはずなのに
50人それぞれの違いが見えてこないので
なんだか単純でバカな愛すべき人たち、って小さくまとまってしまっていて残念。

『ネット犯罪から子どもを守る』

ネット犯罪から子どもを守る―被害者にも加害者にもしないために親がすべきこと
『ネット犯罪から子どもを守る 被害者にも加害者にもしないために親がすべきこと』
唯野司・著
毎日コミュニケーションズ

『Web2.0でビジネスが変わる』のところにもちょっと書いたけど、
今、ネットユーザーのコアとなっている30代、20代と、
生まれたときからインターネットがある世代では、
ネットにおけるコミュニケーションのあり方や
考え方に大きな差があるんじゃないだろうか。

著者の娘たちは学校でパソコンの使い方を習っているが、
著者が見る限り、必ずしも有効な使い方を学んでいる訳ではない。
そんなとき、長崎県佐世保市で小六女児殺害事件が起こり、
加害女児と被害女児の仲が悪くなる原因のひとつに
ネットの掲示板での交流があったことに著者は大きな不安を覚える。
インターネットとどうつきあうべきか、学校を当てにはできない。
親が子供に教えるべきだと著者は言う。

ネット上のコミュニケーションは難しい。
ささいな発言が顔の見えない相手に届くことは
おもしろいことでもあり、すごく怖いことでもある。
ましてや今の子たちは著者が言うように
「現実の世界でも交流のある相手とネットでも付き合うこと」になるのだ。
小学生だった女児たちは、2人ともホームページをもっていた。
小学生や中学生なんて狭い世界だ。それがネット上にまで続けば、
楽しい遊び場にもなるし、いじめの場にもなるだろう。

ほっておけばそのうちルールを学ぶだろうと楽観的に考えるには
ネットも学校の教育もまだ成熟していない。
親しか教えることができないのだという著者の意見には一理ある。
しかし、その具体的な方法が、
「子供に隠れてでも、子供が利用している掲示板に親は目を通すべき」
とか、「今日はどんなサイトを見たの?と親から子供にたずねよう」
ってのはどうなんだろう。
私が子供だとしたら、今日見たサイトの話なんて親としたくないしな。
また、ネットは日々変化してる。
新しいサービスのすべてを親が理解するのは難しいだろう。
実際、著者はWinnyのようなファイル交換ソフトについて
「チームで仕事をしているときには便利でしょう」と書いているが、
これはWinnyの使い方をよくわかっていない。
親がネットにおける子供の振る舞いを逐一監視しなくては
子供を守れないのだとしたら、嫌な世の中になったもんだと思う。


上映会

深夜、人のいなくなった会議室にMくんとNさんが
プロジェクターを持ち込んで上映会を開催。
(一応、プロジェクターの性能をチェックするという仕事。)
2、3メートルくらい距離をとると、壁一面がスクリーンに。
最初はパソコンでDVDを再生して投影していたのだが、
「音が小さい」と文句を言うと、AV担当のMさんが
スピーカーを設置してくれたので、迫力倍増。
映画館とはいかないが、試写室ぐらいの雰囲気は十分。
あとからAくんがお菓子を持参してくれたので、パクつきながら見る。
家は狭いからプロジェクターは無理だけど、
こうやって食べたりしゃべったりしながら見るのもいいかも。

上映したのは『ターミネーター3』。
前にも見てるんだけど、ついつい最初から最後まで見ちゃったよ。
で、やっぱりこのラストはどうよ、と思うわけだが、
シュワ抜きでいいから『T4』を作って、ぐるっと『T1』につなげてほしい。

ターミネーター3 スタンダード・エディション
がんばってはいるが、ストーリーで『T1』、アクションで『T2』を
越えられないのはしかたないところ。
ニック・スタールも悪い役者じゃないが、
エドワード・ファーロングが出れなかったのは残念。
「ママみたいだ」ってとこは好き。


今週の記録

8km 1時間7分5秒

暑かったせいか、ペースは大幅ダウンだが、
なんとか8km完走。
そろそろ外で走るにはつらい季節だなー。

お引越し

といってもハーブの話(またかよ?)。

花の咲くハーブということで、ローズマリーとラベンダーと
タンジーとカモマイルを一緒のプランターに植えていたんだけど、
タンジーとカモマイルの成長がいちじるしく、
他のハーブの領域を侵食し始めたので、植え替えることに。

しかし、慣れていないもんだから、あっちの鉢に植えてみたり、
こっちの鉢に植え替えてみたり、落ち着くまで2、3度移動。
こんなんでちゃんと根付くかしら。

Herb5
植え替え後のタンジー(左)とカモマイル。
心なしかぐったりして見える?
カモマイルの下の皿は、受け皿を探していたらベランダから出てきた。
(前に母が使っていた植木鉢やプランターが残っている。)
まっ黒だったけど洗ったらノリタケの皿だった。
なんかの引き出物だったのかもしれないが、受け皿にしなくても。

Herb6
ねーさん用にさし木しておいたミントから根っこが出てきた。
枝を水につけておくだけで根がでてくるなんて、すごい生命力。


『クラッシュ』

クラッシュ
『クラッシュ』
at 下高井戸シネマ

今年のアカデミー賞候補は、同性愛(『ブロークバック・マウンテン』)、テロ(『ミュンヘン』)、
赤狩り(『グッドナイト&グッドラック』)と地味ながら問題作が多かった。
その中でこの『クラッシュ』が受賞したのは、
一番無難なものを選んだのかと思っていたのですが、そうじゃなくて、
人種差別というテーマが一番現代的で誰もが感じてる普遍的なものだったからなのでしょう。

アメリカに行くと、英語をまともにしゃべることのできない私に対し、
ホテルの従業員でさえ、見下したような態度をとることがあるし、
人によってはそれを隠しもしない。
日本にいると、人種差別を感じることは少ないけど、
たとえば、外国人に会ったとき、その人がしゃべっているのが
英語なのか韓国語なのかイスラエル語なのかによって
はたして私の態度はまったく変わっていないと言えるのだろうか。

ビリヤードのように、ひとつの衝突がひとつの怒りを産み、
それが別の誰かに向けられてまた衝突が起こる、
エピソードとエピソードをつなぐ人間模様がうまい。
玉突きの連鎖の末、たぶん誰かが死ぬことになるだろうと
予想がつくから、映画の間中、緊迫感が続く。
それでも見終わった後には、オープニングの
「人と人はぶつかりあっている(クラッシュ)けど、
本当は触れ合いたいのさ」という言葉を信じられるような気になる。

マット・ディロンは表情だけで複雑な感情を演じていて相変わらずうまい。
タンディ・ニュートンは『M:I-2』でスカーフをなびかせていたかと思えば、
その後、さっぱり見かけず、久々の『リディック』の悪妻ぶりに驚いたけど
今回の彼女は良かった。
そのほか、ドン・チードル、サンドラ・ブロックなどもいい演技をしてる。
ライアン・フィリップもいい役者だと思うので、
奥さんに負けずにがんばってほしいところ。

『ヤバいぜっ!デジタル日本』

ヤバいぜっ!デジタル日本―ハイブリッド・スタイルのススメ
『ヤバいぜっ!デジタル日本 ハイブリッド・スタイルのススメ』
高城剛・著
集英社

相当恥ずかしいタイトルだと思うのだが、
著者が言うには、タイトルの「ヤバい」とは「危ない」という意味だけではなく、
英語のCOOLに近い意味であり、現代社会でコミュニケーションするためには
「ヤバいぜ」くらい使いこなせないといけないのだそうである。

しかし、正直なところ、私はこの本で著者が言わんとすることが
ほとんどわからなかった。それが「ヤバいぜ」くらい使いこなせない私の
リテラシーの問題だとすれば、もうそれはそれでかまわない。
たとえば「携帯トリプルX」とか「高速リラックス」とか、
言葉自体は活きがいいが、本質的な意味はさっぱりつかめない。
本書全体がそんな調子であり、かろうじて理解できたのは、
これからの日本はコンテンツを文化をスタイルを売るべきだということだ。
それにしたって、スタイルって具体的に何?

「多くの人がクリエイティブに力を注ぐと、国民のクリエイティビティが上がり、
国としての活気が出てくる。だから、これからの日本は創造産業に
もっと力を注ぐべきだろう。」
「人気番組をテレビで見ながら、携帯メールで友人の恋愛相談。
これぞ、マルチメディアやマルチタスクなスタイルだと言えるだろう。」
「東京には歴史がない。その役目は、京都が持っているので、東京には必要ない。
東京こそが万博なのである。歴史は京都で一度見たら終わり。
ディズニーランドの成功がリピーターにあるように、リピーターをいかにとらえるか、
が観光立国のポイント。浮遊都市東京は、常に新しいスタイルを提案し続けるのだ。」
これ何を言わんとしてるのか理解できますか?

著者である高城氏はかなりクセのある人で、元々、私は苦手である。
だから、というのもあるだろうが、
これからはクリエイティブ・ディレクターの時代だとか、
クリエイティビティの高い人を誘致しろとか、DJを海外に派遣しろとか、
言われると、意地悪な読み方をすると、それって「俺を使え」ってこと?
という気がしてしまうのだ。

いろいろおもしろい指摘もあるのだが、
私のように、このノリについていけない人には読みにくい本である。
「コピーはすべて悪か?」、「次世代DVDもコピーしやすい方が勝つ」
という点は、私も同意見なのだが、
「大体、人間のDNAはコピーして引き継がれていく。
優秀なDNAはコピーされ、さらに強く改良され、次世代の人間に
英知が引き継がれていく。その根本的な人間の機能を否定しようと言うのか?」
となると、やっぱり何が言いたいのか理解できない。
DVDのコピーとDNAのコピーはまったく次元が違うはずだ。

この本もそこそこ売れているらしい。
『ウェブ進化論』は読んだあとに読者に何か始めなくちゃ
という気分にさせる本だから、『ウェブ進化論』の次に読む本として、
Web2.0やグーグル関係の本が次々に売れ出した。
この本や『Web2.0でビジネスが変わる』
その流れの中で登場して、売れているのだろう。
一方で、新書はタイトルだけで中身がないと多くの人が思い始め、
市場自体がパワーを失い始めているそうだ。
神田氏も高城氏もユニークな書き手かもしれないが、
新書というスタイルや内容が本当に合っていたのか。
そろそろ、新書は売り方を変える時期だと思う。


『Web2.0でビジネスが変わる』

Web2.0でビジネスが変わる
『Web2.0でビジネスが変わる』
神田敏晶・著
ソフトバンククリエイティブ

本屋で見かけたときには「あー、また『ウェブ進化論』二番煎じ本か」
と思い、手にとって著者が神田氏であることにちょっと驚いた。
といっても、彼の文章は雑誌のコラム程度しか読んだことがないのだが、
元々軽いノリのレポートなどを得意とする人と思っていたので、
この手の新書の書き手として向いているのか疑問に感じた。

私が考えていたよりも神田氏はIT業界に長く、
ネットに対する知識も豊富であるようだが、
それがこの本にうまく生かせているとは思えない。

たとえば、トラックバックについて
「多様な議論もふまえつつ、自分の主張を自由に展開する姿勢は、
健全なジャーナリズムである。
各人の頭の中身を同時に眺めることのできる視点は神の視点にほかならない。」
って、何か認識変じゃないですか?
ほかにも、
「サービスをベータ版で評価してもらうという手法は
もはやグーグルのスタイルと認知されている」とか。
グーグルのベータ版をみんなが利用して評価するのは、
それが無料だからでもグーグルだからでもなく、
おもしろそうであり、優れたサービスだからでしょう。

そのほか、なんとなくピントがずれているんじゃないかという解説が多い。
(ちなみに誤字も多い。特に神戸の震災が2001年となってるのは痛い。)
これが神田氏の個人的なエッセイとしてならかまわないと思う。
神田氏が言うように、「(個人メディアの)一つ一つは無力かもしれないし、
間違ったことを言う場合もあるだろうし、
テーマによって議論が分かれるかもしれないけれど、
何を信じるのかは読者や視聴者が決めることであり、
判断材料として求められるのはさまざまな視点なのだ。」
神田氏という視点から見たWeb2.0としてなら納得のいく内容なのだが、
タイトルにあるように、ビジネスチャンスとしてのWeb2.0を知りたくて
この本を手に取った人は、なんだかよくわからないままだろう。

むしろ自分自身の体験を語った第5章、
現在のネットの課題をざっくばらんにつづった第6章の方が示唆に富んでいる。
著者は、彼の娘たちのように、もの心ついた頃からインターネットを使っていた世代と
それ以前の世代では、ネットとの付き合い方に大きな差があると書いているが、
私もそれは感じていて、その差はどんどん大きくなっていると思う。
(私的には「mixiの足あとが容認できる世代と苦手な世代」)
現在web2.0のコアは著者も指摘するように「アンダー30」で、
それ以前の世代は頭を切り替える必要があるのだが、
(そういうおじさんたちが『ウェブ進化論』やこの手の新書の読者となる。)
現在の高校生や大学生、さらにその下の世代は
web2.0なんて言葉や技術を知らなくてもさっさと乗り越えていくだろう。
(もちろん、年齢だけじゃなくて、経験値やネット依存度で個人差はあるけど)

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