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くま35

私的に写真ブームが続行中。
ついクリックして買ってしまいました『くま35』。
紙製のピンホールカメラです。35mmフィルムを使うので『くま35』。
詳しくはここ
私が買ったのはここ。1780円ですが、楽天ポイントを利用しました。

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かわいい物とか癒し系はむしろ苦手なんですが、
このすっとぼけた感じは良いと思います。
まんなかの「くま35」と書かれているシャッターを上下して撮影します。

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セット一式。貼り付けに使う両面テープと黒テープ、
完成後にケースが開かないように止める(!)黒い輪ゴムまで付属。

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切ったり貼ったりして組み立てます。
説明書には作成時間1時間とありますが、他の人のサイトを見ても2時間はかかるらしく、
覚悟をして作り始めたら、なんと4時間もかかりました。不器用だから?
フィルムの巻上げ部分はプラスチックだけど、あとは紙製。
シャッター周りの白い切り口はマジックで黒く塗る。なんてアナログ。

『りんこ日記』

りんこ日記
『りんこ日記』
川内倫子・著
フォイル

『うたたね』、『花火』で木村伊兵衛写真賞を受賞した
川内倫子の携帯写真日記をまとめたもの。
といっても、私はこの本パラパラ見ただけでちゃんと読んだわけじゃない。
1日1ページにまとめた構成はかわいいけど、
写真家の本なのに写真が小さいのが不満。

ここは実際のサイト『りんこ日記』を見て欲しい。
何枚かはよくあるケータイ写真なのだが、
何枚かは、はっとさせられる。ケータイで撮ってるのにすごくうまい。
(しかも、「最近になって接写モードがあることを知った」なんて書いている。)

川内倫子については前に『情熱大陸』で紹介されているのを
ちらっと見たことがあって、二眼カメラを上からのぞいている
撮影スタイルがいいなーと思ったのと(ローライが欲しくなったほど)、
そうやって彼女がさらっと撮った写真が
見事に「向こう側の世界」になっていることに驚いた。
リトルモアの名物編集長は
彼女の写真を初めて見たときの感想を「こわかった」と言っている。
普通の人には見えないものが彼女には見えているのでは。

『きっこの日記』

きっこの日記
『きっこの日記』
きっこ・著
白夜書房

いまやブログの女王は、真鍋かをりでもしょこたんでもなく、きっこ。
そんな人気ブログを書籍化。売れているらしい。

ブログ『きっこの日記』は何度か見たことがあるけど、
どうでもいい内容を最後まで読ませる文章力に感心したものの、
そのワイドショー的な内容が好きになれなかった。
きっこの日記の魅力は、なんでそんなこと知ってるの?
という芸能・政治暴露ネタだと思うのだが、
本書からはキレイさっぱりその辺はカットされている。

5年分の日記から良いものを選んだということで、
中心となるのは、母への想い、俳句のこと、政治への関心など。
きっこの日記の本質的な良さがよくわかる構成だとも言えるが、
お母さん想いで、雑学に長け、俳句が好きな30代の女性のブログ
ってだけなら、ここまで人気ブログにはならなかっただろう。

この間、「うまい文書」と「読ませる文章」は違うという話を聞いたが、
彼女の文章には確かに読ませる力がある。
雑学的知識を掘り下げていく内容のおもしろさもあるけど、
同じ内容をほかの人が書いてもこんなに長文にはならないだろうし、
こんな風に飽きずに読めもしないだろう。
そういう意味ではエッセイストとしての才能は相当なものだと思う。
それでも、彼女の文章に読ませる力があるからこそ、
その内容については疑問に思う点も多い。
日本語の美しさについて述べながら、(意識的にではあるが)
「ニポン語」とか「ビックルを飲む」とか「話はダッフンするけど」
といった言葉の使い方とか、「27文字ですべてを表現するアメリカ人に
ニポン語の豊かさなんてわかりっこない」といった発言は気になる。
政治的な発言にしても「コイズミのバカが」といった
感情的な書き方をしなくてもいいのにと思う。

本の装丁はもう少しなんとかならなかったのかとか、
ブログっていっても顔文字が出てくるわけじゃないんだから、
横書きじゃなくて縦書きのほうが、
エッセイとして読めたんじゃないかとも思ったり。

2005年5月に彼女がお母さんと箱根旅行に行き、
ラリック美術館と星の王子様ミュージアムを見学してるのには笑った。
私も4月にまったく同じコースを逆にたどったけど、
あの時期、ねーさんとすーさんも星の王子様ミュージアムに行った
って言ってたし、えもやんは家族でラリック美術館に行ったらしいし、
みんな考えることは一緒なのね。

『Tira mi su だから私はがんばれる!』

Tira mi su―だから私はがんばれる!
『Tira mi su だから私はがんばれる!』
荒川静香・著
角川書店

荒川静香のエッセイ。
といっても、公式サイトに書いていた日記に、ファンのメール、
「今だからいえるエピソード」を追加した程度で
最初に手にとったときに感じたのは「ずいぶんお手軽な作りだなー」
ということでした。1時間もあれば読み終わる。

それでも、さすがに金メダルを取った(それだけの努力をした)
荒川静香本人の言葉なので、ところどころに光るものがある。
ファンのメールも最初はこんなの不要ではと思ったけど、
オリンピックのフリーの演技を、実況中継的にメールでつづる
というのはおもしろかった。
文字で普通に読んでもフィギュアの演技はわかりにくいけど、
ファンの生の声はそのときの感動をちゃんと伝えてくれる。

オリンピックもすごかったけど、
去年の全日本選手権は本当にすごかった。
村主章枝、荒川静香とも「絶対オリンピックに行く」という気迫が
テレビのブラウン管を通してもビシバシ伝わったきた。
4位になった恩田美栄も良かった。
あの時点で、彼女のオリンピック出場はすでに難しかったはずで、
だからこそ、自分の最高の演技を全日本でしたのだと思う。
オリンピック出場は総合点で決定されたが、
荒川と4位の中野友加里のポイント差はわずか17点。
全日本での恩田美栄の活躍がなかったら、
順位点で中野友加里が上回ることもあったのでは。

去年のグランプリファイナルからオリンピックまで
荒川の試合を見ていないと、このエッセイの背景がわかりにくい。
試合結果は載っているものの、そのときの荒川の演技まで覚えていないと。
また、NHKが彼女の新採点システムへの取り組みを特集していたけど、
(オリンピック前に放送され、オリンピック後は何度も再放送していた)
それも見ていないと、わかりにくい。
そういう意味ではフィギュアファン限定の本でありながら、
荒川ファンにはもの足りない内容なのでは、と思う。

◆読書メモ

「何が自分に足りなかったのか? 彼女(浅田真央)が目をひくのはどうしてなのか?
それは、新鮮さだったとわかりました。
結果にこだわらず、スケートが楽しいという気持ちで純粋に滑ること。
今の自分に足りなかったのはそこだ、と。
守りに入ったプログラムでは、結局は守った以下の点数しか得られず、
守るのではなく、どんどん攻めて戦う。気持ちを全面に出して戦う。
それが大切なんだと、そういう気持ちを彼女から学びました。」

(全日本選手権でホテルから試合会場に移動)
「カップルだらけの中に、
ひとりすごい派手なメイクでジャージ姿の私、完全に浮いてましたね~。
クリスマスの最中に、イベントでにぎわっている都会での大会は、
選手の精神衛生的に良くないと思います。」

(フリーの曲を直前に『トゥーランドット』に変更)
「プログラムを変えずに音楽をプログラムに合わせた。
プログラムを撮影したビデオをコンピューターに取り込み、
そのプログラムに合わせて音楽をコンピューターで処理し、
回転数などをうまく合わせながら、私が滑っている映像に(音楽を)当てはめました。」

オリンピック期間中は選手がコメントを出すことができないため、
期間中の日記は後日、WEBサイト上に公開したもの。
(これちょっと不思議。選挙中の政治家でもないのに、
なぜこんなシステム?)

「試合の前は誰かしら捕まえて、たわいもない話をしたりして。
傍から見たら、試合前に集中してないように見えていたと思うのですが、
緊張しないように、わざとそうしていたのです。
私の場合、集中力は試合のためだけに使うほうがいい。
あまり事前に集中し始めると、肝心の試合のときに集中力が切れてしまうのです。
私は、集中力があまり長く持続するほうではありませんから。」

「全日本での失敗は、それまでの私によくあったケースで、私の弱点でした。
自分の弱点を見つけるのも、認めるのも簡単ではありません。
その弱点を受け入れることができ、
だから、オリンピックで気をつけようと、
直前の全日本ではっきりと認識できて良かったと思います。」

「あのラストステップ。ホンの10秒あるかないかの短い間でしたが、
これは私にとって、まるでスローモーションのように感じられました。
いろいろなことがよみがえりました。楽しくて、そして、嬉しかった。
そんな風に気持ちが充実してたので、
メダルは、そのときはもうどうでもよかった。」

You Rise Me Up
「Rise Me Up」はイタリア語で「Tira mi su」

『フォトモンタージュ 操作と創造』

フォトモンタージュ 操作と創造―ダダ、構成主義、シュルレアリスムの図像
『フォトモンタージュ 操作と創造 ダダ、構成主義、シュルレアリスムの図像』
ドーン・エイズ・著
フィルムアート社

ダダイスム、ロシア構成主義、シュルレアリスムとの関連を中心に
フォトモンタージュの歴史を解説。

1920年頃、ダダの表現手段として使われたフォトモンタージュは
まだ、写真の切り張り遊びのようだが、第二次大戦を前にして
政治的プロパガンダとして使われるようになる。
(フォトモンタージュの第一人者ジョン・ハートフィールドは、
ヒットラーを強烈に皮肉ったフォトモンタージュを多数作っている。)
フォトモンタージュはさらに、シュルレアリスムや無対象芸術へと結びついていく。

『ザ・キムラカメラ』に端を発し、フォトモンタージュ史を読んでみたわけですが、
もともとの原文が難しいのか、訳が悪いのか、難解。
そもそもダダとシュルレアリスムの違いってわかります?
それでも写真が新しい表現手段として
芸術家たちに熱狂をもって受け止められたことは伝わってくる。
彼らの作品は今でも十分パワフル。
(シュルレアリスム的作品は今でも難解で訳わかんないですが。)

百聞は一見にしかず。ジョン・ハートフィールドの作品はここ
ハンナ・ヘーヒの作品はここで見れます。

「ミシンと傘が解剖台の上で偶然出会ったように美しい」
アンドレ・ブルトンがマックス・エルンストの作品を評した言葉。

「もし誰かが、腕から分離することによって手を置換えようとするなら、
その手は手としてずっと素晴らしくなる」
アンドレ・ブルトン『シュルレアリスムと絵画』

「今日、フォトモンタージュの最も身近なモードは、広告に使われているものだろう。
しかし、広告の社会的および性的な構成は
(フォトモンタージュを使っているかどうかはともかく)、
隠れた偏見や根拠のない思い込みをさらけだすために
広告を利用するフォトモンタージュによって、その本質が明らかにされるかもしれない。
そのような利用は新しくなく、ハートフィールド、ダダ、とりわけハンナ・ヘーヒにまで遡る。
こうして破壊的な曖昧さとでも言えるものが創造されるが、
それがこの芸術形式の中心的戦略なのである。」

ザ・キムラカメラ
こちらが『ザ・キムラカメラ』 (木村恒久・著、パロル舎)
感想書こうと思ったけど、これも百聞は一見にしかずなんだよねー。
今見ると反戦や反文明のイメージは「昭和!」みたいな古さも感じるけど、
ワールド・トレード・センターを使ったフォトモンタージュが
1970年代の作品だったりして逆に普遍性というか先取りにびっくり。
全部アナログで何度もフォトを貼り合わせてるってのがすごい。

◆読書メモ

『ダダ』熱は、その名を赤ん坊が初めて発する言葉から取った。

フォトモンタージュの創始者については、
ラウル・ハウスマンとハンナ・ヘーヒ、
ジョージ・グロスとジョン・ハートフィールド
の2組によって権利が主張されてきた。

本来政治的な挑発遊びから、意識的な技法を発展させることが、
ハートフィールドを勇気づけたのである。

両者(グロスとハウスマン)とも、
フォトモンタージュの意味作用のさまざまな可能性と、
媒体が持つ破壊的なまでの潜在力に取りつかれたことを強調している。

モンタージュがとりわけ政治的左翼と関係があるのは驚くにはあたるまい。なぜなら、
モンタージュはマルクス主義の弁証法の表現に理想的なほど適しているからだ。

ハートフィールドのフォトモンタージュ展が開かれたとき、
彼はオリジナルの他に展示用の複製紙を持っていると言い続けた。
それは自分の作品が広範な世間に対する政治的なプロパガンダであること、
私的で単一で反復不可能な芸術ではないことを強調するためだった。

ゲッベルス博士かく語りき-“目の見えない連中が目を覚まさないうちに
次ぎの放火を始めよう”
ハートフィールドの『光から夜へ』が『AIZ(労働者グラフ新聞)』に掲載されたときの説明文。

「彼が私を含むみんなを嫌っていたのは、
われわれみんなが彼のニュアンスを理解できなかったからである。」
ハートフィールドが雇った写真家の一人、W・ライスマン

ハートフィールドは第一次世界大戦中に、当時グロスと共有していた反国粋主義的態度と
アメリカのすべてのものへの称賛の意味で、ヘルツフォルデから名前を改めた。

「フォトモンタージュの発展には二つの全般的な傾向がある。
一つはアメリカの広告に由来し、ダダイストと表現主義者たちが利用しているもの
-いわゆる形式のフォトモンタージュ。
二つめの傾向は、戦闘的かつ政治的フォトモンタージュであり、
ソ連邦の土壌で創り出された。」
グスタフ・クルツィスの声明文「新種の煽動芸術としてのフォトモンタージュ」

レーニンの公式によれば、
「共産主義はソヴィエト統治+電化を意味する」

「写真家たちの推察によると、写真は絵画に似れば似るほど、
ますます芸術的でよいものとなる。実際の結果は逆である。
芸術的になるにつれて質は落ちていく。
写真には、絵画の構成と何ら共通点をもたいないモンタージュという、
独自の可能性が存在する。ぜひともその可能性を実現しなければならない。」
『レフ』誌第4号

「ぼくは地上の愛の救済者となるだろう、ただ一人で」
「おそらく 幼年時代の 遠い日々
ぼくにだってかなり幸福な時が
十日ぐらいはあったはずだ」
マヤコフスキーの長詩『これについて』
(アレクサンドル・ロトチェンコが挿画にフォトモンタージュを添えた)

平易なサンセリフ字体のアルファベットはバウハウスとも共通している。
リチャード・ニュートラル著『アメリカ』のエル・リシツキーによる表紙デザイン。

ソヴィエト映画のめざましい発展はフォトモンタージュとの密接な相似関係にある。
映画において、ダイナミックで急速な画面転換、時間=空間の一致の混乱、
画面の比喩化や特徴づけ、クロースアップと遠景ショットの交替使用、
モチーフのオーヴァーラップ、二重露出、スクリーン分割の映写、
これらはすべてフォトモンタージュにあるものと等価である。

「どの芸術形式にも二つの技術的要素
-材料それ自体とその材料を組織化する方法-がある」
モンタージュ理論を最初に展開した一人、ロシアの映画監督クレショフ

フォトモンタージュがスターリン時代以後に復活することは実際上なかった。
「私がロトチェンコのポスターや表紙デザインを見つめるとき、
それらは決してあとが続かなかった何かのはじまりであったように見えてきます。」
S・キルサノフ

エルンストがフォトモンタージュという用語も使わなかったのは、
ベルリン・ダダの臭いがあまりに強かったと思われること、
それを偽造ヴァージョンとみなして、エルンストが低く評価したことによる。
「それはまさしくドイツ的だ。ドイツの知識人たちは、
イデオロギーなしでは糞も小便も出せない」

『今日の家庭をかくも異質に、かくも魅力的にするものは
一体何だろう?』において、リチャード・ハミルトンにとって
明日の世界のために不可欠な部類は、
「女性・食料・歴史・新聞・映画・家庭用電気器具・自動車・
宇宙漫画(スペース・コミックス)・テレビ・電話・情報」だった。

「それらは-相異なった写真から構成された-同時表現の実験的方法であり、
視覚と言葉の機知の圧縮された相互浸透であり、
最も現実的で模倣的な手段の想像のうちで成長する奇妙な結合である。
しかし、それらは同時に物語っていてたくましくありうるし、
“人生そのものより”真実でありうる」
「これらの今日まだ原始的な手による作業は、映写と新しいコピー方法を用いて
まもなく機械的にできるようになるだろう」
モホイ=ナジ『絵画・写真・映画』

もともと「モンタージュ」montageという言葉はフランス語に由来し、
「機械の組み立て、据え置き」を意味する。
映画の編集用語としても使われているのは、
「フィルム断片を組み合わせる」という意味からであり、
写真が空間の中でそれを行なうとすれば、
映画は主として時間の中でそれを行なうことになる。
同様の言葉に、やはりフランス語由来の「コラージュ」collageがあり、
これは「貼り付け、糊付け」を意味し、美術用語として流布している。

今週の記録

4km 29分09秒14

ラップが計測できるストップウォッチを買ったので
はりきって400m2分48秒のペースをめざして走ってみたら、
あっという間にバテて4kmしか走れなかった。
このペースでもハーフ2時間33分で制限時間オーバー。
それ以前にこれでは完走できません。

セイコー ストップウオッチ スタンダード
買ったのはこれ。セイコーのスタンダード(SVAE105)。
ラップのほか、スプリットの記録が可能。
高機能になので、使いこなすまで取説が手放せない。
ラップとスプリットはわかるとして、ランニングラップって何?

長時間露光

写真論を読んでいたら当然のごとく写真を撮りたくなった。
で、カメラマンさんに教えてもらった長時間露光を試してみる。

予想以上に簡単に“この世ならざる”写真が撮れておもしろい。
しかし、夜道をより暗いところを求めて歩くのでヤバイ人みたい。
街灯があったり、サッカーの練習をしている少年がいたりすると
「じゃまだな」と思ったり。(カメラマンさんは2度ほど職質されたそうだ。)

闇の中の方が昼間見えなかったものが見えるって不思議。

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F2.5 15秒

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F2.5 8秒

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F2.5 15秒

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F2.5 15秒

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F2.5 15秒

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F2.5 15秒

『脱「風景写真」宣言』

脱「風景写真」宣言―二〇一〇年の花鳥風月
『脱「風景写真」宣言 二〇一〇年の花鳥風月』
宮嶋康彦・著
岩波書店

またまた写真論。
風景写真論なのだが、著者にとっては都市も人も含めて風景だそうだ。
そしてやっぱりそこには生と死という意識が絡む。

「そこでいう自然は、ぼくがやってきて、やがて行くところに他ならない」
「花鳥風月という自然観は、死生観に他ならない。
花鳥図に表された絵図は自然の生と死を詠じている。」

「その“指向”は、長く称美されてきた、伝統的な美意識によるものといえるだろう。
ぼくらの身内には気づかないうちに様式美が育っている。
教授されたわけでもない美の形式が、好むと好まざるとにかかわらず、
ごく当たり前に身についているのだ。それを文化というのだろう。」
「前田信三氏の写真を最も特徴づけたのは、
日本人が共通言語として所有する図像の様式美であった。
その写真はときに、日本画そのものを想起させた。」

と言って著者は日本画の構図に支配されたような
ただ綺麗なだけの風景写真からの脱却を説く。
満開の桜ばかりを追いかけるのは「花を見て木を見ていない」
「花を見るだけで桜木を見ないのは、桜の一面しかみていないことではないか」
と言い、満開の桜だけでなく、冬の桜木も撮り続ける。
「写真のために写真以外の勉強をしろ」と若い頃に言われ、
苦々しく思っていたことが、今はよくわかると言い、
花火を撮るのに花火の名前を知らないカメラマンたちを嘆く。

まあ、ちょっと観念的だなーというか、説教くさい感じもする。
一本の木を撮るために四季を通じて追いかけ続ける
というのはすごいと思うけど、そうして撮られたという著者の写真には
心を動かされるものもあったり、なかったり。
山川を写したものより都市の風景写真にひかれる。

「雨の日には雨情を写したい」という考えは新鮮。
今まで雨の日に写真を撮るということはあまり考えてなかった。

1981年、29歳のときに著者は
「身近なものを亡くした畏れから、東京の暮らしを止した。」
と日光の山中に引っ越す。そして、日光の森の中で
“なにか”を感じ、それを追いかけるうちに風景写真を撮るようになる。
はっきりとは書かれていないけれど、“身近なもの”とは
恋人か誰かだったのだろう。本には何枚もの風景写真にまじって、
「風がその人の髪をゆらした」というコメントとともにひとりの女性が写っている。
ほかの写真には撮影月と場所はあっても年号は書かれていないのに
その写真だけ「1973年」となっている。
写真家はどうしても生と死を背負うものらしい。

◆読書メモ

「ピクトリアリズムの名称が示すように、
写真作品のおおかたは絵画のように撮影されている。
ヨーロッパでは後期印象派を範としたが、日本の場合は日本画であった。」

「日本の神は自然現象のなかから誕生している。
そして、自然のあらゆる事物に神の宿りがある」
「樹木の神ともいうべき須佐之男命の顎鬚は杉になり、胸毛は檜になった。
尻の毛は薪に眉毛は楠に変身したという」
「記紀神話は、自然を構成するすべてのものが神の分身であると記しているのだ。」
「自然のあらゆる現象に神々を想像してきた日本人の自然観は、
すくなくともキリスト教の世界にはない。キリスト教では、
神が天地を創造したのであるが、日本の神は自然世界から誕生したのである。
記紀には、定かならない混沌のなかに「なにか」が兆したと書かれている。
気配こそが神であった。この宗教的体験の「兆し」のなかに、
日本人固有の自然観は生まれ、育ってきたのではなかったのか。
山界に人知のおよばぬ「なにか」が在る、と確信めく気持ちは、
宗教の発生を追体験していることなのかもしれない。」

「海山、ご近所、昆虫や鳥、あるいは池や沼や小川、何でもいい。
オーソドックスな対象でいいから、一つのものに
徹底的にこだわって写真を撮ることを提案する。
長く愛することのできる対象を選んで、
こつこつと、様々なシーンを撮りつづけることだ。」

「世のすべての光は白に集約され、すべての色は黒に集約される。
白と黒は、語り過ぎないけれども、その内側に世界を秘めている。」

「あなたは闇の中からこの世にやってきた、あなたは今、
あなたがやってきた闇へ戻ろうとしている」親鸞

「(航空機から撮影する場合)窓の汚れをぼかすために、
絞りを開放に近い値にすること。」

オウム真理教の教団アジトの家宅捜査の模様がテレビに映し出されていた。
「パソコンが何台も並んだ部屋だった。そのパソコンのひと隅に貼られた文字が、
ぼくの眼を釘付けにした。「世のすべては無常」と書かれていた。」

スナップ

当然のことながら、天才アラーキーにはなれないが、
「無意識に撮ると感じたら撮る」っていうのはいいなと思って、
パチパチ撮ってみた。といってもやっぱり建物だけど。
(ある日突然解体されたりしちゃうから
普通の風景を記録しておくってのも必要かと。)

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東急文化会館跡地。
高校生の頃は、ここに映画の大きなポスターが貼ってあるのが当たり前の風景でした。

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『仁義なき英国タブロイド伝説』

仁義なき英国タブロイド伝説
『仁義なき英国タブロイド伝説』
山本浩・著
新潮社

ダイアナやベッカムを追っかけまわし、王室のスキャンダルを暴く、
『サン』、『デイリー・ミラー』、『デイリー・メール』など
イギリスのタブロイド紙の世界を描いた本。

タイトルは勇ましいが、NHK特派員である著者が
書いただけあって、内容はいたってまじめ。
召使見習いとして王室に潜入、王室の警備体制を非難し、
女王の好きなテレビ番組まで暴いてみせた
タブロイド記者の話はとんでもないが(でもこれ有名な話だし)
黒人青年が殺害された事件が
警察の人種差別によって一向に解決されないと、
犯人と見られる白人少年グループ5人の名前と顔写真を
「殺人者」として誌面に掲載し、告発するなど、
かなりむちゃくちゃではあるが、タブロイド紙は十分ジャーナリストだ。

ノースクリフ卿とローザミア卿の兄弟からマードックまでのタブロイド史や、
ポルノ作家からタブロイド記者、ブレアのメディア対策責任者へと登りつめた
アレスター・キャンベルの物語などもおもしろい。

『サン』の300万部に対し、高級紙『デイリー・テレグラフ』は80万部だそうで、
イギリスのマスメディアはタブロイドが中心なのだ。
日本のマスコミにはこんな元気はないよなー。

◆読書メモ

「GOTCHA(やっつけたぞ)」
フォークランド紛争時、イギリス軍が
アルゼンチンの軍艦を沈没させたときの伝説の見出し

2003年3月27日の『サン』の“ページ・スリー
(3ページ目に登場するヌードガール)”紹介記事。
「前線からニュース!我が査察チームはさらにすごい女の子を見つけ出した。
この発見は、イラクにいる兵士たちにとって大いなる励ましとなることだろう。
二十一歳のセレーナ嬢は言った。
兵隊さんたちに隠すことなど何もないわ。かれらは英雄なのだから。」

「SORRY.. WE WERE HOAXED
(ごめんなさい。我々はだまされていました)」
2004年5月15日、イギリス兵によるイラク人虐待の
写真が偽者だと認めた『デイリー・ミラー』の見出し。

「まず記事にする。そして批判を受ける。これがミラーの編集方針だ。」
『デイリー・ミラー』の編集者ヒュー・カドリップ

『写真ノ話』

写真ノ話
『写真ノ話』
荒木経惟・著
白水社

アラーキーの写真論。
といっても、ラジオ放送や講演の口述筆記を加筆修正したもの
というから、ほとんど荒木さんがしゃべっているだけ。
なんだけど、しゃべりなれてるのか、さすがにトークがうまいのか、
さらっと話してることがちゃんと“写真論”になっている。
第一部なんて20ページくらいしかないんだけど、
この本のテーマは全部この20ページに凝縮されている。

「浄閑寺のお墓で遊んでたことがアタシのその後に影響っていうか、
いちばん染み付いちゃったんだね。それはどういうことかっていうと、
「生」と「死」だね。エロスとタトナスね。
アタシは「エロトス」なんて言葉を作ったりしてるんだけど、
やっぱり、「生」と「死」、それがもう交互にまざりあってるっていう
意識が強いのよ、アタシには。」

死んだお父さんの写真を撮るときに、
闘病生活でやつれてしまったお父さんの顔はカットして
刺青した職人の手を撮った。これがフレーミングで、
お母さんが死んだときには、グルグル回って
一番素敵に見える顔を探した。これがアングル。
「父と母の死から、アタシはフレーミングとアングルという
写真のことを教えられたんだね」っていう話がすごい。

アラーキーというとやっぱり過激なヌード写真だけど、
モデルの女性たちの顔が壮絶で妖艶で扇情的。
(『愛の新世界』の鈴木砂羽について、誰かが
「アラーキーの写真みたいな顔だ」と評していたがその通り。)
10年以上前に、敬愛する年上の女性がラフォーレの展示会に行きたいというので
着いて行ったことがあって、そのとき見たのがデビュー作『さっちん』だった。
こういう下町の子供たちの写真も昔は撮ってたんだー
ってそのとき初めて知って、いい写真だなと思った。
それから青春18きっぷのポスター用に撮った『旅少女』。
このCD-ROM版をもってるんだけど、これはもう傑作。
女の子たちの子供でもない大人でもない、
少女の瞬間を捉えていて、みんなすごくかわいい。
見ていると「この子たちは今どうしてるんだろう。
もうこの瞬間の少女はどこにもいないんだ」という気がして
なぜだかすごく悲しくなる。
写真の本質が生と死だっていうのがよくわかる。

父と母の死から写真を学んだという話について、
「だから、息子を写真家にしたかったら、お母さんは早く死ぬっていう努力をしなきゃ。
一番愛する人の死っていうのが、一番勉強になるんだから。」
とも語っているんだが、これでふと思い出したのが
『small planet』の本城直季のインタビュー。
彼は母親の死が悲しくて夜の街を撮ってまわったことがあると言っていて、
それを読んで『small planet』に死とか孤独を感じたのは偶然ではなかったんだと思った。

◆読書メモ

電通時代には昼休みの銀座をスナップして、
そこから中年女性だけ切り抜いて白い紙に貼っていた。
「肖像写真の背景は無地にしなくちゃいけない。
それはね、写真っていうのは「その場のこと」じゃなく「時」のことだからなの。
写真は過去、現在、未来を想像させなくっちゃいけないのよ。そうすっと、
そこにはやっぱり「死」っていうことが絡まってくるわけ。彼岸のことが、さ。」

「こうこうこうだから撮るとか、そんときそれに気づいて
撮ってるわけじゃないんだね、アタシの場合。
だから、そのとき出会う女性、出会う場所、
出会う時に何か教えられて、何か感じとるだけ。
そういうことがあるから、アタシは無意識に撮ると感じたら撮るの。
それがどうかっていうのは後で気づけばいいって感じで
写真撮ることをやってきてる。写真撮ることは、
アタシにとって生きることと同しだから、生き方もそうなんだよ。」

「ローライっていうのは真四角だよね。四角っていうのはね、
収まっちゃうわけだ。それを、続いている次の写真とまぜこぜにフレーミングして、
トリミングしてプリントしてあるんだね。
でね、次の写真が前の写真につながっちゃうわけ。
そうするとどういうイメージになっていくかっていうことなんだけど、
お話がもうひとつ出来んだよね。全然関係ない写真をつなぐ。
ね、全然関係ないのやってんのに、なんかこう話が出来てくるでしょ。」

「このころから日記をつけるんだね。これは偽日記なんだけど、
そのころは「オレは現在だけじゃなくて過去も未来も撮っちゃう」
って言ってた時期だね。カメラの日付ダイヤルを変えるんだよな。
そうすっとね、未来とか撮れちゃうわけ。
んで、過去撮りたいと思ったら、また日付ダイヤルを変えればいい。」

「近代美術館のフィルム・ライブラリーで、ドレイエルの
<裁かるるジャンヌ>と、ロベール・ブレッソンの<抵抗>から
“ドキュメントとは人間を凝視しつづけることによって、
その本質を発見することである”ということを教えられた。」
『さっちん』太陽賞受賞時の言葉。

「だいたい、戦争なんか恐くて行かないからさ、アタシの場合。
そのころはドキュメンタリーっていうと戦場だから、六十年代は。
戦争行かないやつはドキュメンタリストじゃないんだよ。
戦争写真家じゃないとドキュメンタリーは語れない(笑)。
そういう時代だったでしょ、ねえ。」

解体

通勤途中にちょっと好きな家があって、
普通の住宅なんだけど、
扉の横にステンドグラス調の大きな窓があって
外から推測するに、1階から2階へ続く階段のところが
吹き抜けになっていて、中からはステンドグラスの色が
綺麗に見える洒落た家だと勝手に思っていたのだが、
2、3日前に通りかかったら、解体していた。
(ショックで一度通り過ぎたのを5分くらい戻って確認しに行った。)
ちょうど私が通りかかったとき、シャベルカーが私の憧れの
ステンドグラス窓をグワシッとつかんでひっぺがしていました。わーん。

Rimg0066b
工事中にカメラを向けると怒られそうだったので数日後にこっそり撮った。
さらに数日後には更地になってました。
古い家でもなかったし、空家にも見えなかったけど、
解体して新しい家を建てなおすのかしら。
一度、中からステンドグラスを見てみたかった。

『吉野家』

吉野家
『吉野家』
茂木信太郎・著
生活情報センター

吉野家がアメリカ産牛肉にこだわるのはなぜなのか?
吉野家の謎に迫った1冊。

アメリカ産牛肉の輸入が停止された2003年当時、
アメリカ産牛肉の輸入量は年間約30数万トンから40数万トン、
吉野家の牛肉使用量は年間約3万トン。
アメリカ産輸入牛肉の一割近い量を吉野家一社で使用していた。

吉野家の使用量3万トンを頭数に直すと、300万頭。
これは国産牛の3年分に相当し、国内では確保できない。
吉野家が牛丼に使用していたのはショートプレートという部位。
脂肪分の多いショートプレート(バラ肉)は牛丼には最適であるが、
ステーキを主流とするアメリカでは、ほとんど不要の部位であり、
吉野家はアメリカからショートプレートを輸入することで
十分な供給量を確保していた。
(アメリカでショートプレートのジャパニーズカットといえば、
吉野家規格のことである。)
オーストラリア産牛肉はセット販売が主流で、
アメリカ産牛肉のように部位別で取り引きができないので、
ショートプレートのみの輸入が不可能だった。

とうもろこしのような穀物飼料で育てられたアメリカ牛と
牧草肥育で育てられたオーストラリア牛では味も異なる。
(アメリカの際立って高い食肉生産力は、
同国の穀物生産力に支えられている。)

といった感じで、吉野家から日本とアメリカの輸入事情、
食料自給率、穀物生産と牛の飼育法の違いなど
様々なことが見えてくるところがおもしろい。
きちんとデータを掲げた解説もわかりやすい。

吉野家といえば、以前、会社の近くに店舗があった。
吉野家の牛丼がすごい好きだというわけでもなく、
ある程度ちゃんとしたご飯が食べられて
24時間営業だったから、という程度の理由でしたが、
忙しいときにはめちゃくちゃ世話になった。
週に3回以上、吉野家で食べないように気をつけてたくらい。
特別おいしいとは思わなかったけど、
朝定食とか、けんちん定食とかよく食べたし、
ふらっと行って「なみたまご」と呪文のように言うのにも
すっかり慣れてしまった。

私はその店舗以外の吉野家を知らないので、そこに限っていうなら、
特別、サービスや接客が良かったとも思えないので
(今、チェックしてみたら、その店舗は休業中になっていた。大丈夫か?)
後半の「吉野家のファンが多いのはなぜか」という解説は
ピンとこなかった。(常連が多いのは事実だけどね)
著者は吉野家にも直接取材しているようなのに、
推測ばかりなのも残念なところ。
それでも吉野家から外食産業の経済学を読み解くという点で
楽しく読めました。
アメリカ産牛肉と吉野家の対応をめぐるテレビ報道は
ちょっとうるさいくらいだが、
はたして輸入再開は吉野家にとって吉と出るのか。

◆読書メモ

吉野家は牛丼以外にもカレー店などの新規事業拡大、
はなまるうどん、京樽、ダンキンドーナツを子会社化するなど、
多角経営も行なっている。
(ダンキンドーナツが1998年に日本撤退していることを
初めて知りました。大好きだったわけでもないけど、
ないと思うとさみしい。)

1991年、特盛が登場。
著者はこれによって、吉野家の牛丼の味が大きく向上したという。
牛肉の使用量が格段に増えたことで、ダシの出方や攪拌の具合、
汁と肉の馴染み方が変わったのではないかと推測。

特盛を可能にしたのは、同じ1991年の牛肉輸入自由化がある。
それまでは、牛肉はIQ指定品目であり、
あらかじめ政府によって決められた数量しか輸入できなかった。
すかいらーくの低価格業態ガストも、
マクドナルドの100円セールも、牛肉輸入自由化がなければありえなかった。

2001年、400円の並盛を280円に値下げ。
(これは当時、店舗が近くにあったのでよく覚えている。
会社の人々が喜んでいたなー。)

2003年12月24日の輸入停止後、
吉野家は174店舗で深夜営業を中止、年末年始の休業店を123店に拡大、
2004年2月11日には全店一斉に牛丼販売を休止する。
この営業短縮は、おそらく直営店の収益を放棄してでも、
フランチャイズ店の営業収益を確保するためだったのではないか。

並盛、大盛、特盛、ツユダク、ネギヌキなどをあわせると
吉野家の牛丼メニューは72通りもあるが、
並盛 ごはん260g=160g+100g、トッピング85g
大盛 ごはん320g=160g×2、トッピング110g
特盛 ごはん320g=160g×2、トッピング170g=85g×2
とそれぞれ二通りの方法だけで対応できる。

10年以上前、当時の幹部に、
吉野家の店でもっとも重要なことは何かとたずねたら、
客の順番を決して間違えないこと、と即答だった。

676年、天武天皇は肉食禁止令を下す。
以降、明治まで日本では牛肉食は禁止されていた。
明治の富国強兵政策のもと、日本人の体格を向上させるため
食生活を改革、牛肉食が奨励され、牛鍋(すき焼き)が流行する。

1970年、大阪万博の会場にケンタッキー・フライド・チキンが初登場。
すかいらーくが府中に一号店を開店。
1971年、マクドナルド、ミスター・ドーナツの一号店、
ロイヤルホストの原型となる店がオープン。
1972年、ロッテリア一号店、モスバーガー実験店がオープン。
外食チェーンブランドがいっせいにスタートを切る。

1965年、吉野家は年商一億円を達成。
1968年、当時の社長松田瑞穂は渥美俊一が
主宰する「年商三億円突破ゼミナール」に参加。
松田が渥美に「年商二億円にしたい」と相談したところ、
渥美は「二店にしたら」と答えた。
以後、吉野家のチェーン展開が始まる。

『日本人はなぜ黒ブチ丸メガネなのか』

『日本人はなぜ黒ブチ丸メガネなのか』
友利昂介・著
ごま書房

黒ブチ丸メガネ、カメラを下げた日本人像から
フジヤマ、ゲイシャ、武士道、アニメ、
パールハーバーまで、アメリカの日本観を探る。

『ティファニーで朝食を』に登場するユニオシをはじめ、
アメリカの映画に登場する日本人はなぜそろいもそろって
黒ブチ丸メガネなのか?
著者の考察によると、これにはちゃんと理由があって、
まず、明治時代、近代化政策の中で、(目が悪くなくても)
メガネをかけることが一種のステータスだった風潮が日本にあり、
これが欧米諸国から見ると奇異に写り、風刺漫画に描かれた。
次に、1920年~1930年、黒ブチ丸メガネの“ロイド眼鏡”が日本で流行。
(ロイド眼鏡は、セルロイドとアメリカ人俳優ハロルド・ロイドのダブルミーニング)
東条英機など多くの軍人・政治家がこのロイド眼鏡をかけていた。
(A級戦犯28人のうち、9人が黒ブチ丸メガネだった)
戦時中、海外の目に写った日本人政治家が黒ブチ丸メガネであり、
反日感情をもって戯画化された日本人は
当然黒ブチ丸メガネ姿だった、というわけだ。

マルコ・ポールが黄金の国ジパングとして描く元になった
“黄金の宮殿”は中尊寺金色堂だったとか、
日本の住宅事情を揶揄する“ウサギ小屋”という単語は、
原文のフランス語では“cagi a lapins”という
都市型の集合住宅を指す俗語で侮蔑する意味はなかったとか、
(この言葉、もっと古い言葉かと思っていたら、1979年、
EC事務局がまとめた対日経済戦略報告書に登場したものだそうだ。)
ニンジャによる連続殺人事件を追うサスペンス
『ザ・ニンジャ』がアメリカ人によるニンジャ観の源流であり、
そこには戦時中の日本兵のイメージが投影されているとか、
(「日本人のやり方というのは軍国主義的だからね」、
「(戦時中の日本兵の顔には)知性と呼べるようなものはなく、
だがそこには狡猾さといったようなものがあった」などの台詞が出てくる)
など、興味深い話もいっぱい。

アメリカに輸入された日本のアニメからは
ことごとく暴力的な場面やお色気描写(パンチラ)がカットされているが、
(セーラムーンの入浴シーンは胸の谷間が露出しないように
わざわざ編集でお湯を増やしてある)
日本においてはファンタジーである戦闘シーンも、
「銃犯罪や殺人、麻薬、児童ポルノなどの犯罪が多いアメリカ社会では、
ファンタジーどころか、日常と隣り合わせの厳しい現実」であり、
そのために子供に見せることのできない描写とされた
という話は説得力がある。

また、人が海外の国について最も考えるのは戦時中であり、
「戦争のときほど、他国の情勢や国民の価値観を意識する時機はない」
そのため、戦時中は悪いイメージばかりが強調され、
戦争が終われば相手国に興味を失い、その悪いイメージだけが残る、
という説ももっとも。
だから日本人のイメージは、いつまでたってもパールハーバーで
何考えてるかわからなくて、狡猾なんですね。

という感じでいろいろおもしろかったんですが、
残念なのはその文体。
「「あ、そうか。ゲイシャも普通の人間だったんだ」…本を読み、
映画を観たアメリカ人はそう思ったに違いない。もっと早く気づけよ。」
「彼ならば、「日本のアニメが世界を席巻」という事実を
証明してくれるに違いない。頼むぞ宮さん!なれなれしいよ!」
といった感じであちこちに一人つっこみが入ってるのだが、
これが全然おもしろくないのだ。
私だけかもしれないが、むしろこういう文体って
バカにされてるような気がしてしまう。
戦争責任という微妙な話のときに
「真珠湾攻撃をあれだけ非難する以上は、
ちゃんとヒロシマ・ナガサキについての自らの過ちも
ちゃんと反省しているんだろうな? アメリカさんよ?」
とこられてしまうと、なんだか読むのが嫌になってしまう。
著者はこういうフランクな語り口が読みやすいと思って
やってるんだろうが、結果的に論旨が伝わりにくくマイナスである。

あと重箱の隅つつきのようだが、
『Mr.インクレディブル』に登場する日独ハーフのデザイナー
エドナ・モードも黒ブチ丸メガネであるとし、
「モデルは桂由実という説も」と書いているが、
これについてはブラッド・バード監督があちこちのインタビューで
「どこの国に行っても「エドナは○○○がモデルですか」って
その国の有名デザイナーの名前があがるんだけど、
エドナは誰がモデルでもないよ。みんなにそれを聞かれるんで
驚いているくらいだ」と明確に否定している。
これひとつとって、著者の手落ちを責めるのはバカげているが、
なんだかほかの部分の考察も大丈夫なのかという気がしてしまう。

『ハッカーズ その侵入の手口』

ハッカーズ その侵入の手口 奴らは常識の斜め上を行く
『ハッカーズ その侵入の手口 奴らは常識の斜め上を行く』
ケビン・ミトニック、ウィリアム・サイモン・著
峯村利哉・訳
インプレスジャパン

1995年に逮捕された元・超有名ハッカー、ケビン・ミトニック。
裁判の経過やコンピューター禁止令、Free Kevin運動など、
当時はウェブニュース(主にWired)で彼の名前を見ない日はなかったが、
今では「なつかしー」という感じだ。
ケビン・ミトニックはその後2000年に釈放、
インターネット接続も2003年に解禁、
(彼が最初に見たのは彼女のブログだそうだ)
現在はセキュリティ・コンサルタントとして働いている。

そんなケビン・ミトニックがハッカーたちから
ハッキングの手口を取材してまとめた本。

カジノの機械を逆アセンブルし、RNG(乱数生成器)コードを分析、
ロイヤルフラッシュが発生するタイミングを計算して儲けた話、
刑務所内からこっそりインターネット接続を楽しんでいた囚人の話
など、ハッカーたちが自ら語った“手柄”話だが、
多くの事例に共通するのが、強固なセキュリティーシステムから
たったひとつの抜け穴を探し出し、そこから内部に入り込むという手口。
抜け穴は、システムに接続されたまま使われていない古いパソコンだったり、
外部から従業員がVPNでアクセスするためのポートだったり、
デフォルトのままのルーターのパスワードだったり、
社内の人間のフリをして入り込める会議室だったりするのだが、
いったん、ファイヤーウォール内部に入り込んでしまうと、
あとはなんでも簡単に手に入った、ということだ。

なかでもミトニックが警鐘を鳴らすのは、
ソーシャル・エンジニアリングの手口。
従業員の後ろをついていったり、警備員と知り合いのフリをすれば、
身分証なしでも社内に入り込めるし、
担当のフリをして「セキュリティーを確認したいんだ」と言えば、
簡単にIDとパスワードを教えてくれる例があげられている。
(訳者は「オレオレ詐欺」もソーシャル・エンジニアリング
そのものだと言っている。)

電子メールの本文から「パスワード」を検索して、
「あなたのパスワードは○○○です」
と書かれたメールを見つけ出す方法とか
ほとんどの人がパスワードをデフォルトのままにしているとか、
ペットや趣味、子供の誕生日などからパスワードを類推できる
って話には私もちょっとドキッ。
私のパソコンがハッキングされても盗まれるものはたかがしれているが、
そこから、社内ネットワークにも入り込めると考えると怖いかも。

「もしも、地球上のコンピュータ・ユーザーが全員、
今夜のうちに一斉にパスワードを改善すれば、
そして、パスワードのメモを目立つ場所に放置したりしなければ、
明日の朝、我々が住むこの世界のセキュリティは、
飛躍的に向上を遂げているはずだ。」

◆読書メモ

「若い連中が聞く耳を持っているとは思わないが、
効果的な言葉があるとしたら、自分自身を磨け、
そのときに近道をするな、ってところだろう。
どんな場合でも、最後に報われるのは、長い道を歩んできた奴だ。」
ウィリアムは刑務所内でコンピューターを学び、
釈放後、コンピューター関連の仕事に就いた。

最近、ハッカーのあいだで取りざたされているのが、
潜在的な攻撃対象を丸裸にして、有益な情報を得たいと思ったとき、
驚くほどグーグルが役立つという点。
いくつかのキーワードを組み合わせて入力すれば、かなりの確率で、
攻撃対象のウェブサイトの設定ミスが明らかになる。

セキュリティ・システムは常勝を義務づけられ、
攻撃者は一度勝つだけでいい、という格言は的を射てる。
ダスティン・ダイクス

今週の記録

6km

というわけで、まだ走るのだ。
とりあえず谷川真理ハーフマラソンの制限時間が
2時間30分なので、それが目標。
計算によると、1km7分、400m2分48秒で走らなきゃいけないことに。
速いよ~。

『臨死!! 江古田ちゃん 1』

臨死!! 江古田ちゃん 1
『臨死!! 江古田ちゃん 1』
瀧波ユカリ・著
講談社

青年誌はほとんど読まないので、今までまったく知りませんでしたが
『アフタヌーン』に連載中の4コママンガ。

昼は派遣OL、夜はホステス、
ヌードモデルやフィリピンパブ、テレフォンオペレーターの
バイトもこなし、江古田駅近隣に住み、
彼女持ちの男友達とばかり寝てしまい、
本命のマーくんには遠恋中の彼女がいる、
というヒロイン江古田ちゃん。
ポワポワして男受けのいい女子を「猛禽」と呼んだり、
台所から何か植物が育ったり。
ここまでひどくないよとは思いながら、共感してしまう。
アマゾンのレビューにあった、
「江古田ちゃんと無縁な女の子はいないと思いました。」
という言葉は正しい。

「優しさは裏返さないでください」とか
「まだシンデレラです。靴ここに置いてときます」とか
かなり痛いところをついていながら、
それをシュールなギャグにしてしまうセンスがすごい。
必要以上に力の入った表紙とか、
寝っころがった江古田ちゃんの胸のつぶれ方とか
デフォルメされてはいるものの、絵もかなり達者。

「飲みでインタビュー風にしゃべるのやめて下さい」
は受けた(笑)。男子も読むべし。

赤い殺虫剤

ちょっと前からカモミールに赤い小さい虫が発生。
水で洗い落としたりしてみたが、すぐに再発。
ハーブに殺虫剤は使いたくなかったのだが、
カモミールは食用にしてないし、
このままではどちらにしろ全滅してしまうので、
殺虫剤を買いに行く。

園芸店で「アブラムシだと思う」と言うと
赤いスプレーと白いスプレーが出てきて、
「赤いのはアブラムシのほか毛虫にも効きます。
白いのはアブラムシと病気にも効きます」とのこと。
ちょっと悩んだけど夏に毛虫にも苦労したので、赤い方を買う。
(でもよく考えたら、毛虫がつくのはミントやレモンバームなど
食用にするハーブだから殺虫剤は使えないんだった。)

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赤い殺虫剤と絶滅寸前のカモミール。
園芸店の人によると、「残存期間が長いので、
一度スプレーしたら、次に使うまで2週間くらい置いてください」だそうだ。
結構、怖い。

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気持ち悪いが今後の参考のため写しておいた赤い虫たち。
ネットで調べたらアブラムシじゃなくてダニという説も。

東京マラソン抽選結果

東京マラソンの抽選結果が来た。
落ちた。

うちの会社ではエントリーした7人のうち、
当選したのは1人だけ。
ニュース記事によると、参加申し込み7万7521人に対し、
当選者は2万5873人で、倍率は約3倍というから、
うちらの当選確率悪すぎ。

くやしいので谷川真理ハーフマラソンにエントリーしてみた。

「目標タイムの悪いやつから足きりしてるのでは」
という噂が流れ、2ちゃんの当落報告スレでは
それぞれの当落と目標タイムを申告していた。
これだけ見てると目標タイムや経験の有無は当落に関係なさそう。
なにより、「落ちたのは私だけじゃない」ということに心が和みます。

空飛ぶクジラ

旧岩崎邸に続き、六本木ヒルズへ移動。
空き時間に撮影。
なんだか毎週ヒルズに来ている気がするけど嬉しくない。

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CM期間なのか、まだヒルズは小雪とクジラだらけ。

旧岩崎邸

仕事で旧岩崎邸に行くというカメラマンおかっちとMくんに便乗。
朝8時10分、湯島駅の待ち合わせに到着すると
「人間やればできるんだなー」と言われた。

あくまで仕事なので、撮影時間は30分ほど。
見学する時間もないので、とにかく撮りまくる。
(普通に行っても見学・撮影は可能です。入園料も払った)
岩崎家の建物は多くが公開されていたり、公園になっていたりして
三菱の懐の広さを感じます。
職員らしき人が5、6人いたけど、
私も雇ってくれないかしら。岩崎さ~ん。

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最近気がついたけど、私って“踊り場フェチ”かも。

『人造美女は可能か?』

人造美女は可能か?
『人造美女は可能か?』
巽孝之・荻野アンナ・編
慶應義塾大学出版会

慶應義塾大学で行なわれたシンポジウム『人造美女は可能か』をもとに、
フランス文学から映画、アニメまで広く“人造美女”について語った論説集。

“人造美女”と聞いて私は当然アンドロイドの文化史を期待していたんだが、
『コッペリア(オランピア)』や『未来のイヴ』、
『メトロポリス』、『イノセンス』あたりはまだわかるものの、
『不思議の国のアリス』、『ロリータ』、
恋月姫や『さゆり』まで登場するにいたっては幅が広すぎて
“人造美女”の定義をもっとちゃんとしてほしい。
(ちなみに「アンドロイド」という言葉は、「アンドロ」が男性を意味するので、
人造女は「ガイノイド」というのが正しいらしい。
そして、ガイノイドと言った場合、物語によっては性的な意味も含むそうだ。)

全部で10人の論説(荻野アンナのはエッセイみたいなもんだが)
が掲載されているが、おもしろく読めた文学論から
何を言っているんだかさっぱりわからないものまで様々。
語られている文学や映画やアニメを知っているかどうかで
興味も変わるとは思うが、学者先生が『エヴァ』や『攻殻』について
大真面目に論じてるのはいささかこっけいだ。
人造美女というテーマでフランス文学からオタク論まで
いっしょくたに語ろうとすることにそもそも無理がある。

そんな無理をしようと学者先生に思わせたきっかけは
おそらく映画『イノセンス』であり、これが、
フランス文学からハンス・ベルメール、オタク文化までを一気に結ぶ。
(映画『イノセンス』に出てくる企業ルクス・ソルス社は、
フランスの作家レーモン・ルーセルの作品のタイトルであり、
「孤独な場所」を意味する。)
しかし、本書で新島進が語っているように、
『イノセンス』は「衒学を衒学で嗤うような映像作品」なので、
登場するモチーフひとつひとつをとりあげてみてもあまり意味がない。

草薙素子や綾波レイが人造美女だというのはわからなくもないが、
そういってしまうとなんだかつまらないよね。

エドガー・アラン・ポオが『大鴉』創作について語った
「最も憂鬱で最も詩的な主題は“美女の死”である」
という言葉を受けて、
「いちど死んだ美女だけが人造美女になりうる」
という巽孝之の指摘や、
『フランケンシュタインの花嫁』を受けて、
「敢えて人工の女性を造るならば美女でなければ意味がない」
という高原英理の話などは、なんとなく納得。
(『大鴉』の創作とか昔、文学史で習ったよ。
なつかしかったけど、『大鴉』について知らないと
意味がわからないこの論文ってスノッブ。)

「シュルレアリスムの発想は
ゴシックロマンスにはむしろ親和性を強く持つ」
という話はちょっと興味深かったが、
宝野アリカが自分のゴスロリ趣味や
歌詞について得々と語った部分は意味不明。
ためしに『ローゼンメイデン』の1、2話を見てみたのだが、
こっちのほうが、ずっと本質的に人造美女やゴスロリを描いていておもしろい。

マテルの創始者でバービーの生みの親ハンドラー夫妻の孫娘
ステイシー・ハンドラーが書いた
『The Body Burden Living in the Shadow of Barbie』
という本も読んでみたい。
(彼女の叔母バーバラからバービーの名前はとられており、
彼女の父親からケンの名前がつけられた。
ステイシーもバービーの友達の名として登場する。
彼女は完全無欠のプロポーションをもつバービーに囲まれて育ち、
外見のイメージという抑圧のもと、長いこと過食で苦しむ。)

そのほか、透明花嫁が登場する『ヴィルヘルム・ストリッツの秘密』、
稲垣足穂『少年愛の美学』、
フリッツ・ラング『メトロポリス』のもとになったという
E.T.A.ホフマン『砂男』などもおもしろそう。

アリスやロリータのような美少女にしろ、美女にしろ、
本当に美しいのは一時期。
それを文学や人形やロボットとして
永遠に閉じ込めようとする試みが“人造美女”なのだろうが、
それは何も今に始まったことでもないのだ。

「人造美女創造の物語は、
現実の女性たちが不完全であることに対する失望から作り出される」
フランセット・パクトー『美人-あるいは美の症状』

◆読書メモ

「われわれの神々もわれわれの希望も、
もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
われわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか」
『未来のイヴ』5巻16章

「人間に恋は出来なくとも、人形には恋が出来る。
人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生物。
という妙な考えが、昔から私の空想世界に巣食っている。」
江戸川乱歩「人形」

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