« 解体 | トップページ | 『仁義なき英国タブロイド伝説』 »

『写真ノ話』

写真ノ話
『写真ノ話』
荒木経惟・著
白水社

アラーキーの写真論。
といっても、ラジオ放送や講演の口述筆記を加筆修正したもの
というから、ほとんど荒木さんがしゃべっているだけ。
なんだけど、しゃべりなれてるのか、さすがにトークがうまいのか、
さらっと話してることがちゃんと“写真論”になっている。
第一部なんて20ページくらいしかないんだけど、
この本のテーマは全部この20ページに凝縮されている。

「浄閑寺のお墓で遊んでたことがアタシのその後に影響っていうか、
いちばん染み付いちゃったんだね。それはどういうことかっていうと、
「生」と「死」だね。エロスとタトナスね。
アタシは「エロトス」なんて言葉を作ったりしてるんだけど、
やっぱり、「生」と「死」、それがもう交互にまざりあってるっていう
意識が強いのよ、アタシには。」

死んだお父さんの写真を撮るときに、
闘病生活でやつれてしまったお父さんの顔はカットして
刺青した職人の手を撮った。これがフレーミングで、
お母さんが死んだときには、グルグル回って
一番素敵に見える顔を探した。これがアングル。
「父と母の死から、アタシはフレーミングとアングルという
写真のことを教えられたんだね」っていう話がすごい。

アラーキーというとやっぱり過激なヌード写真だけど、
モデルの女性たちの顔が壮絶で妖艶で扇情的。
(『愛の新世界』の鈴木砂羽について、誰かが
「アラーキーの写真みたいな顔だ」と評していたがその通り。)
10年以上前に、敬愛する年上の女性がラフォーレの展示会に行きたいというので
着いて行ったことがあって、そのとき見たのがデビュー作『さっちん』だった。
こういう下町の子供たちの写真も昔は撮ってたんだー
ってそのとき初めて知って、いい写真だなと思った。
それから青春18きっぷのポスター用に撮った『旅少女』。
このCD-ROM版をもってるんだけど、これはもう傑作。
女の子たちの子供でもない大人でもない、
少女の瞬間を捉えていて、みんなすごくかわいい。
見ていると「この子たちは今どうしてるんだろう。
もうこの瞬間の少女はどこにもいないんだ」という気がして
なぜだかすごく悲しくなる。
写真の本質が生と死だっていうのがよくわかる。

父と母の死から写真を学んだという話について、
「だから、息子を写真家にしたかったら、お母さんは早く死ぬっていう努力をしなきゃ。
一番愛する人の死っていうのが、一番勉強になるんだから。」
とも語っているんだが、これでふと思い出したのが
『small planet』の本城直季のインタビュー。
彼は母親の死が悲しくて夜の街を撮ってまわったことがあると言っていて、
それを読んで『small planet』に死とか孤独を感じたのは偶然ではなかったんだと思った。

◆読書メモ

電通時代には昼休みの銀座をスナップして、
そこから中年女性だけ切り抜いて白い紙に貼っていた。
「肖像写真の背景は無地にしなくちゃいけない。
それはね、写真っていうのは「その場のこと」じゃなく「時」のことだからなの。
写真は過去、現在、未来を想像させなくっちゃいけないのよ。そうすっと、
そこにはやっぱり「死」っていうことが絡まってくるわけ。彼岸のことが、さ。」

「こうこうこうだから撮るとか、そんときそれに気づいて
撮ってるわけじゃないんだね、アタシの場合。
だから、そのとき出会う女性、出会う場所、
出会う時に何か教えられて、何か感じとるだけ。
そういうことがあるから、アタシは無意識に撮ると感じたら撮るの。
それがどうかっていうのは後で気づけばいいって感じで
写真撮ることをやってきてる。写真撮ることは、
アタシにとって生きることと同しだから、生き方もそうなんだよ。」

「ローライっていうのは真四角だよね。四角っていうのはね、
収まっちゃうわけだ。それを、続いている次の写真とまぜこぜにフレーミングして、
トリミングしてプリントしてあるんだね。
でね、次の写真が前の写真につながっちゃうわけ。
そうするとどういうイメージになっていくかっていうことなんだけど、
お話がもうひとつ出来んだよね。全然関係ない写真をつなぐ。
ね、全然関係ないのやってんのに、なんかこう話が出来てくるでしょ。」

「このころから日記をつけるんだね。これは偽日記なんだけど、
そのころは「オレは現在だけじゃなくて過去も未来も撮っちゃう」
って言ってた時期だね。カメラの日付ダイヤルを変えるんだよな。
そうすっとね、未来とか撮れちゃうわけ。
んで、過去撮りたいと思ったら、また日付ダイヤルを変えればいい。」

「近代美術館のフィルム・ライブラリーで、ドレイエルの
<裁かるるジャンヌ>と、ロベール・ブレッソンの<抵抗>から
“ドキュメントとは人間を凝視しつづけることによって、
その本質を発見することである”ということを教えられた。」
『さっちん』太陽賞受賞時の言葉。

「だいたい、戦争なんか恐くて行かないからさ、アタシの場合。
そのころはドキュメンタリーっていうと戦場だから、六十年代は。
戦争行かないやつはドキュメンタリストじゃないんだよ。
戦争写真家じゃないとドキュメンタリーは語れない(笑)。
そういう時代だったでしょ、ねえ。」

« 解体 | トップページ | 『仁義なき英国タブロイド伝説』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/27590/3809179

この記事へのトラックバック一覧です: 『写真ノ話』:

« 解体 | トップページ | 『仁義なき英国タブロイド伝説』 »