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『アイコ十六歳』

アイコ十六歳
『アイコ十六歳』

GyaOで配信していたので思わず見てしまいました。

昔、テレビ放映かなんかを見たことがあって、たいした映画じゃないんだけど、
サザンの『NEVER FALL IN LOVE AGAIN』が流れるキャンプファイアーの場面とか
富田靖子が泣きじゃくる場面とか、なんとなく忘れがたいところのある映画だった。
ところが久々に見てみると、ひどい出来だ(笑)。

瑞々しい印象のあった富田靖子も、今見るとちっともかわいくないし、
演技はボロボロ。名古屋弁にしたって台詞回しは何言ってるんだかわからない。
キャンプファイアーの場面は、私の記憶では
松下由樹(当時は松下幸枝)演じるオキョンがみんなの輪に入っていけなくて
遠くから見ている、という場面だったんだが、
キャンプファイアーを一歩離れて見ているのは富田靖子で、
オキョンは松下由樹じゃなくて別の女の子だった。
(松下由樹はもっと元気なリンリンという友人役。)

それでもこの映画が描いている
青春時代に誰もが通り抜けるだろう生と死というテーマは
やっぱりちょっと印象に残る。
中学生や高校生の頃って今よりずっと死が近いところにある。
生と死っていっても深刻なことじゃなく、
「生きるってどういうこと?」、「今飛び降りたら死んじゃうかしら」
みたいな感じだ。大人になった今では死はすごく恐いけど、
あの頃はなんだか身近な存在だった。
このテーマを正面から描いた青春映画はそんなにないと思うけど、
『今夜はトークハード』や『エンパイア・レコード』みたいに
本当に死にたいわけじゃないんだけど、ふらっと手首を切ってみたりする
登場人物っていうのは青春映画にはめずらしくない気もする。
死と対比しないと生が実感できないくらい、
この頃のアイデンティティーというか自分の存在って希薄なのだ。
と、今なら思う。

かといって、この映画が生と死を描けてるかというとそんなことはなく、
むしろ安易に自殺や事故死を描いてるみたいで嫌な感じだ。
自転車を飛ばす冨田靖子も今見るとオヤジ視点のいやらしさがただよう。
(製作総指揮が大林宣彦だから当たり前か。
監督の今関あきよしはこの映画で監督デビューして、
持田真樹やモー娘などのアイドル映画を撮り続けていたが
2004年に児童買春で逮捕された。)

原作の『1980アイコ十六歳』は
高校生だった堀田あけみが文藝賞を受賞して話題になった。
ずいぶん前に読んだきりだが、生と死の問題にしても
アイコと紅子の関係にしても、高校生にしか書けない小説だったと思う。
その後の堀田あけみの小説も何冊か読んだが、
初期のものに『1980アイコ十六歳』を超えるものはなかった。

堀田あけみはこの映画化に際し、弓道指導としてロケに参加し、
そのときの体験を元に『フェアリーガール』という小説を書いている。
(クレジットを確認したら確かに弓道指導に「堀田朱美」の名前があった。)
『フェアリーガール』によると、ロケ現場で、若い女の子たちは
スタッフやキャストにつかの間の恋をして騒ぐ。
主人公である弓道指導の大学生は、
同じく弓道を指導するスタッフに微妙な恋心を抱くが、
女の子のひとりが彼を想っていることを知り、自分の想いを口には出さない。
その後、女の子の一人は「テレビで見ない日はないくらいの」スターになるが、
彼女の恋敵であった女の子は、彼との平凡な幸せをつかむ。そんな話だ。
実際、富田靖子と松下由樹以外の女の子たちは
この映画以外ほとんどクレジットされていない。
『フェアリーガール』を読むかぎり、
そこには「ひと夏の青春」があったはずなのだが、
映画としてそれを焼きつけられなかったのは残念だ。

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