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今週の記録

約8km 60分

せっぱつまっているので、
隠居所にもシューズやジャージを持ち込んで、近所の村営グラウンドを走る。
400mトラックだと思うが、コースがはっきりしないので、適当に20周。
南アルプスのふもとで雄大な景色が楽しめるのだが、
誰もいないグラウンドを自分の足跡を目安にグルグル回るので
5周ぐらいで飽きる。
寒さ対策としてウィンドブレーカーと手袋を着用してみたが、
風が吹かなければ暑いくらい。しかし、山があるせいで日が沈むのが早く、
東京では5時ぐらいの日没が、ここでは4時には日が沈む。
そして、日没後はあっという間に寒くなり、時々、向かい風まで吹く。
(おまけにランニングシューズで足裏を靴ずれ。
やっぱりワセリンは必要かも>ねーさん)

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走ってるのはここ。

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どっちを見ても山ばかり。


『音楽入門』

『音楽入門 音楽鑑賞の立場』
伊福部昭・著
全音楽譜出版社

2006年2月に亡くなった、日本を代表する作曲家、伊福部昭による音楽論。
(それだけで語ってしまうのは失礼だろうが、私にとってはやっぱり『ゴジラ』!
ミュージシャンでもあった今は亡きSさんに「伊福部とかもってないですか?」
と聞いたら、「なんで君が伊福部なの?」と笑いながらCDを貸してくれたっけ)

1951年に刊行され、1985年に改訂版、2003年に新装版として発売。
冒頭に博物館を訪れた学生たちが、解説ばかりを一生懸命メモし、
肝心の展示物そのものをまったく見ていないという話が紹介され、
音楽を音楽そのものとして聴くべきという伊福部のごくシンプルな
しかし、深遠で真摯な主張が語られている。
解説にもあるように1951年当時の音楽に対する批判もこめられていたり、
音楽史あたりは門外漢にはわからない人名や用語もたくさんでてくるが、
なにより文章が読んでいて美しい。
デザイナーが書くと、簡単な地図であっても絵のように見えたりするが、
音楽家が書くと、文章もこんなに響きをもつのかと感嘆する。

◆読書メモ

真の教養とは、再び取り戻された純真さに他ならない
ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ

このように直接的な感動力をもっている音響ないし音楽から、
人類である私たちが、なんら感銘を受け得ないとするならば、
恐らく、人類だけがもっている知性がわざわいしている
と考えることも不可能ではないでしょう。

このような立場からいいますと、音楽は、自分の心の中に描いている
諸々のイメージの単なる伴奏として取り扱われているに過ぎないのです。
イメージと音楽が合致しない場合、または、イメージを創り上げ得ない場合は、
その音楽を理解しないと思い込むのです。

「鳥の鳴く声を聴いて誰もその意味を聞こうとしない。
それで、聴いて楽しいではないか、それなのに何故、
自分に向かって作品の説明を求めるのだろう」
これは画家ピカソの言葉なのですが、
むしろ音楽の場合にこそいわれていい言葉なのです。

ゲーテは「建築は凍った音楽である」と述べておりますが、
この言葉は、誠によく本当の音楽の在り方を示しており、
また同時に音楽の鑑賞の立場をも示しているのです。

「音楽は音楽以外の何ものも表現しない」ストラヴィンスキー

マルラメの有名な「詩は思想で創るのではなく言葉で創るものだ」
という言葉がありますが、これを音楽に当てはめれば
「音楽は思想で作るものではなく音で作るものだ」ということになります。
また観賞の立場からいえば「音楽は思想で聴くものではなく、
その音を聴くべきものだ」ということになるのです。

そして実際につまらない作品に、自ら感動しようと努めたりも致しました。
また、どうしても感動のできない作品であっても、あまり世評の高いものであれば、
自ら感動しているはずであると、自分に、いい聞かせたりもしたものです。
しかし、これは実に間違った努力でした。
いわば、音楽を聴きながら音楽を聴かないように努力していたというべきものでした。

ピタゴラスの教義によりますと、その根源は数学にあり、まず数の一は理性、
二は弁論、三は力、四は正義を意味するというのです。
五は最初の女性数二と最初の男性数三との結び合いによって
作られているところから婚姻の意を寓すると共に、色彩に関する秘密も
隠されているとしたものです。六は寒冷の秘密、七は健康、
八は三の力と五の婚姻との和によって、愛の秘密が含まれているとするのでした。
また形体の面から申しますと、六面体は土、四面体(ピラミッド)は火、
十二面体は天空の秘密を抱いていると考えたのです。
中でも球は完全なる形であり、この完全なる球の配列によって作られている
天空の十二面体の中における星の距離は、
音の高さが弦楽器の弦の長さに反比例し、それぞれ調和するのと同じように、
調和級数をなしていると考えたのでした。ですから音楽を奏するということは、
数学の世界の問題であり、がっちりと数理的に構成された天体の運行は、
最も完全なる音楽であると考えたのです。

わが国にキリスト教が伝来した時「磔になって、涙を流すような意気地のない男を
何故に神としてあがめなければならないのか」
といった武家の人たちと同様の戸惑いを感じたのでありましょう。

ひとりミレナリオ

通勤途中に毎年クリスマスライトアップをやっている家がある。
年々、力が入ってくるようで今年は流行の青色LED。
クリスマスライトアップには賛否両論あるようだけど、
期間限定イベントだし、近所に迷惑かけない範囲ならOKかな思う。
(自分でやろうとは思わないけど。)

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この近所の住宅街でライトアップしてるのはここだけ。
がんばれーと小さく声援を送ってみる。

以下は私の作ったクリスマスディナー。
(うそです。すみません。ごちそうさまでした。)

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『35年目のリクエスト』

35年目のリクエスト—亀渕昭信のオールナイトニッポン
『35年目のリクエスト 亀渕昭信のオールナイトニッポン』
亀渕昭信・著
白泉社

1969年から約4年間、『オールナイトニッポン』のDJを務めていた亀渕昭信が、
自宅に残っていた手紙を元にリスナーを探し出し、話を聞く、
という特別番組を書籍化。

手紙を書いた当時は16歳だったリスナーも今では50歳を越えている。
だが、根本的な部分ではどのリスナーも驚くほど変わっていなくて
若々しい。「昔は良かったねー」という過去を懐かしがる話ではなく、
昔の自分を振り返ることで、今の自分を肯定しているところがいい。

「(今の小学生だって)全然醒めてませんよ。ただね、あのときは
いろんなことに関心をもつことがカッコいいことだったんですけど、
今は関心を持たないことがカッコいいんですよ。だから、本当は
関心を持つような子がみんな持たないフリをしているんじゃないかな、と。
ファッションです、それは。たとえば、学生運動なんかも、
もしかしたらファッションだったのかなという気がするんです。」

「きっと変わらないんですよ。今の若い人から見て、
オバサン臭さとか、オジサンぽさの、その元になるものって、
その人たちが若いころに影響を受けたもので、
昔はそれが若者らしさだったんです。だから、今の若い人たちは
今の自分をそのまま将来に持っていくのだと思います。
そして、彼らが中年になったとき、そのころの若い人に、
オジサンだオバサンだと言われるんですよ、きっと」

「今は今で、また幸せなんですよね」
-それぞれの時代がベストでしょう。だと思うな、きっと。
「そうなんですよ。それぞれの時代で頑張ってきたと思うんだけど……
ただ懐かしいとなると、高校時代のあのころなんです。
30代のころはあまり思い出さないんですよ」

1960年代後半といえば、まだ熱い時代。
リスナーたちからの手紙も大真面目だ。

「ただ流されている生活ではなく、何かを残さなくてはいけない。
中学の頃のあの楽しい生活が今の私に無理だとすれば、
なにか他に私の青春の一ページとして
苦しいことでも楽しいことでもなんでもいいから、
何か一つ記録として心に残しておきたい」

「この重苦しい社会において、
せめて音楽だけは心の安らぎを与えてくれるものを聞こう。
そして、抜け出そうではないか、この荒廃した社会、ロックから!」

『オールナイトニッポン』は聞いたことがないんだけど、
歌謡曲を録音するためだけに聞いていたベストテン番組より、
生方さんの語りが好きで聞いていた『夕べの広場』が印象に残っている。
本文で何度も触れられているようにリスナーとDJの間には
特別のつながりがあったんだなと思う。

著者の亀淵氏はその後ニッポン放送の社長となり、
ライブドア騒動の渦中にいた人なので、
(このリスナー探しの旅はライブドア騒動が一段落してから始まった。)
変わりゆくラジオへの思いもあちこちに書かれている。

「聴取者が自分の思い出の人に宛てた手紙を、
小島さんとアシスタントの女性が読み、音楽をかけるという単純な番組でした。
50年近くも前のこの番組を思い出すとき、
ラジオ番組はいったいどのぐらい進歩したのだろうと思わずにはいられません。
人に物事を伝える方法っていろいろあります。
世の中も大きく様変わりして、たくさんのメディアが出てきました。
ラジオはその中でも一番古いメディアだと思います。
でも、誰かに自分の思いを伝えたいという人の気持ちを仲立ちして
確実に聴き手に届けるということが、いつの時代だって変わらないラジオの原点だ、
われわれの仕事だというふうに思います。」

「近い将来、たとえラジオがデジタル化されても、アナログ的なものを失っては
その楽しさおもしろさは半減するでしょう。音声メディアはいつだって
人間のぬくもりや暖かさを感じさせるメディアであって欲しいと思います。」

「人の言葉を伝えるラジオって素晴らしいメディアです。
小さくてシンプルかもしれませんが、優しく暖かいメディアです。」


◆読書メモ

一人一人、十人十色、千差万別。
一見似ているようで皆違う人生を送られていました。
平凡な人生などというものは、絶対にありません。自分では気がつかないだけ。
皆さん意外と波乱万丈な人生を送っておいでなのです。

同じことをもっとわかりやすく教えてくれたのは、
作家の井上ひさしさんが書かれた色紙でした。
その色紙には「難しいことを易しく。易しいことを深く。深いことを面白く」とありました。
そのとおり、それが我々モノづくりの基本です。

「1977年はアメリカのエンタテインメントの変革の年だったんです。
それまでの時代を象徴するエルビス・プレスリーと
マルクス・ブラザーズのグルーチョが亡くなって、
『スター・ウォーズ』が誕生した年なんです」

早苗さんが高校二年のとき、担任の先生が「この世の中で最後に信じられるものは
何ですか?」というアンケートを出しました。クラスには40何人の生徒がいて、
ふたりを除いた残り全員が書いた回答が「自分自身」。
先生は誰とは言いませんでしたが「ふたりバカがいる」と言って、
その答えを読み上げました。「ふたりのバカ」の答えは偶然にも同じでした。
書かれた言葉は「愛」。

「人が嫌がることをどれだけ自分で出来るかですね。
我々営業ですから、評価がすぐ跳ね返ってきますから。
そういうことを大事に出来る人間か出来ない人間かで大きく分かれますね」

先輩から「人生はどう始まったかより、どう終わったかが大切なのだ」
と教わりました。

『無印良品の「改革」』

無印良品の「改革」―なぜ無印良品は蘇ったのか
『無印良品の「改革」 なぜ無印良品は蘇ったのか』
渡辺米英・著
商業界

1980年、西友のプライベートブランド(PB)として誕生し、
90年代、無印神話といわれるほどの増収増益を維持。
2001年に大幅減収となり、そこからV字回復を果たした無印良品の軌跡を追う。

ユニクロに続いて、無印の本。
あとがきによると著者は『ユニクロVSしまむら』の月泉氏と知り合いらしい。
『ユニクロVSしまむら』が両ブランドや流通ビジネス対する著者の勝手な思いが
書かれていたのに対し、本書は客観的を心がけたらしく、
改革の道のりが淡々と書かれている。
そのため、ちゃんと取材しているらしいのに、無印のリリースかマニュアルを
読んでいるようなそっけなさがあって、多少飽きる。
改革にしても、「在庫コントロール」や「店頭業務の見直し」、
「店舗開発を再構築(しまむらの出店基準書を参考)」って言われても
(そんなこともやってなかったのか)、具体的にどうしたのかわかりにくい。
結局、この手の話に期待するのは、やっぱり『プロジェクトX』であり、
人と人のドラマなんじゃないのかなー。

私は特別、無印ファンではないんだけど、
高校生くらいのころから目に付くようになり、当時は雑貨ブームだったから、
無印のそっけなさとかシンプルさが「かわいい雑貨」に見えた。
無印のノートに自分でイラストを描いたり便箋を愛用している友達もいた。
(花柄やポップなイラストではなく、無印の茶色の便箋ってとこが
彼女にとってはオシャレだったのだ。)
そのそっけなさやシンプルさが、やがて野暮ったく感じるようになった。
有楽町店には一度行ったことがあるけど、広い店内がガランとして見えた。
衣料品も悪くないんだけど、カジュアルならGAP、
オフィスよりならNATURAL BEAUTYで似たようなものを買ったほうがいいかな、
と結局何も買わなかった。本書によると、それがちょうど低迷期で
店舗の大型化に商品が追いつかず、
ビジネスウェアまで手を広げた衣料が苦戦しているころだった。
で、本書を読んで、ファミリーマートで売っている無印をチェックしてみたら、
ボールペンとか確かにシンプルだけどちょっとかわいいかも、と思った。
昔、買ったポストカードアルバムとそっくりな商品が今も売ってるところも好感。

流通業界の本を続けて読んで思ったのは、
自分がなんとなく思っていることって、他の人もなんとなく思っていて
それが結局、経済を動かしているんだなということ。
たとえば、本書の冒頭で紹介されている女性客の
「無印がいつごろからかつまらなくなって遠ざかっていたけど、
最近、またおもしろくなってきた」という言葉は、
そのまま消費者を代表する言葉だ。

無印ファンや改革の秘密を知りたい人にはもの足りない本だけど、
無印もがんばってるんだなーという気分にはなりました。

◆読書メモ

1980年、西友のプライベートブランド(PB)として誕生
(1978年、ダイエー、ノーブランド、1984年、セービング)
1983年、青山店オープン
1989年、西友から分離独立、良品計画設立
1993年~99年、増収増益を維持
2000年、無印良品プラッツ近鉄(1020坪)オープン
2001年、大幅減収
2006年8月、インテリアのイデーを買収
2006年9月、2003年に解消したファミリーマートとの株式持合いを復活

婦人服投入後、1週間の販売量が計画値の1.3倍以上なら追加生産、
0,7倍未満ならデザイン変更で素材を使い着る。

「団塊ジュニア世代と心中する」有賀薫前社長

「デビュー以来四半世紀が経過して、
お客様の無印良品に対するイメージが固定化している。
商品は変わっているのに、それが伝わっていない」

『ベビー・ビジネス』

ベビー・ビジネス 生命を売買する新市場の実態
『ベビー・ビジネス 生命を売買する新市場の実態』
デボラ・L・スパー・著
ランダムハウス講談社

人工授精(AI)、体外受精(IVF)にはじまり、
代理出産、養子縁組、着床前遺伝子診断(PGD)、クローン作成まで
ベビー・ビジネスの実態を追う。

倫理的な抵抗が根強くある一方、自分の子どもを得るためなら
どんな大金を払ってもかまわない人々がおり、それに答える技術も進歩している。
需要と供給のバランスで、ベビー・ビジネスが成立しているのに、
法律や制度は一向に追いつかない。
子どもが売買されている現実を直視し、制度を整えるべきだと著者は訴える。

女に生まれたからには子どもを産んでみたいと思ったこともあったけど、
今は子どもを産むのも育てるのも大変そうだからいいやと思ってるので、
どんな苦労をしても子どもが欲しいという気持ちはよくわからないのだが、
実際、そう考える人たちの想いはかなり深刻なんだろう。

「女性の妊娠のしやすさは27歳前後でピークを迎え、
その後、36歳以降に劇的に下降する。
平均的な28歳の女性は、妊娠に至る可能性が72パーセントある。
それに対して、平均的な38歳の女性の場合、
わずか24パーセントの可能性しかない。」

「不妊の女性は、がん、HIV、心臓疾患などによって
引き起こされるものと同じように、異常に高いレベルのうつ状態に陥る。」

「ある不妊患者はこう語る。
『生物学的に子どもを持つことができる能力を奪われるというのは、
死に直面しなければならないようなもの--
ほとんど自分の半分が死んでしまうようなものです……
なぜなら、子どもを持つことは、人間は必ず死ぬという事実を
人が受け入れていくために、何より大切な方法だからです』」

クローン作成は一時期クローズアップされた話題だったが、
現在、そのほとんどが頓挫しているらしい。
是非はともかく、ミッシー・プリシティはニュースを追っていたこともあったので、
ビジネスとして成り立たないまま終了しているらしいのは残念だ。

「1996年、クローン羊ドリー誕生。
2002年、ロズリン研究所の科学者たちが悲しげに報告したところによると、
ドリーは年齢不相応に老化していて、
通常もっとずっと年老いたヒツジがかかる急性関節炎にかかっていた。
2003年2月14日、わずか生後6年半で、
ドリーを創造したチームは不本意ながら彼女を安楽死させた。」

「1997年にミッシーという名のイヌのクローンを作るためのプロジェクト
『ミッシープリシティ』プロジェクトが始まった。
2002年、プロジェクトの一環として、ネコのCC(カーボンコピー)が登場。
ベンチャー企業GSC(ジェネティック・セービングズ・アンド・クローン)には
依頼が殺到、2004年までに5万ドルの企画(クローン作成、過程を撮影したビデオ、
カリフォルニアまでの旅費をパッケージにしたもの)は8人の顧客を確保した。
(2006年10月、GSCは不採算を理由に同年末で廃業することを発表した。)」

「1998年、クローン作成の態勢が整ったことを発表したリチャード・シードは
一躍有名になったが、物議をかもした以外は対した成果を上げないうちに引退した。
2002年、カルト教団ラエリアンは、
母親の皮膚細胞から作られたとされる赤ん坊イブの誕生を主張した。」

代理母ビジネスにまつわる人種格差、胚性肝細胞(ES細胞)は生命か否か、
病気の子どものためのドナーとして、次の子どもが欲しいという親に
遺伝子診断を認めるべきか、加熱する精子バンク、卵子提供などなど
ベビー・ビジネスをめぐるいろんな問題が書かれていて興味深い。

レインボー・キッズのサイトでは養子縁組を求める子どもたちの写真やビデオが
ずらっと並んでいて、まさに人身売買という気分になる。
(著者はすでに息子が二人いるが、女の子をひとり養子縁組している。)

翻訳が読みにくく、同じ話がくりかえし出てきてだらだら長いのは難点。
それでも日本ではなじみのない話(西欧の不妊の歴史、母親代行業としての
乳母の話、アメリカにおける養子縁組の歴史)はカットされているとか。
ベビー・ビジネスの現状を知る上ではおもしろい一冊。

「ある不妊の女性が言ったように、
『万人にとって正しいことでないのはわかっているけれど……
ある人にとって自分の子どもを持つ唯一の方法がこれだとしたら、
そしてその人が一か八かやってみたいと思うなら、その機会を奪うべきではない』」

◆読書メモ

中にはもっと極端なバンクもあり、子どもが18歳になったら
連絡をとることを承知した男性をドナーとすることによって、差別化を図っている。
レインボー・フラッグ・ヘルス・サービスは、透明性を徹底するため、顧客に約束する。
「あなたの子どもは隠しごとなく成長します。『父親』が行方不明のババリア王や
チャールズ・マンソンかもしれないと空想することもありません」

1999年には、アイビーリーグの大学新聞に掲載された小さな広告が、
非常に限定された卵子に対して支払うと謳った5万ドルという額で、
人々を驚かせた。求められたのは身長178センチメートル以上、
SAT(大学進学適性試験)得点1400点以上、家系に医学的問題がないことだった。

悪名高いベビーMのケースでも、ニュージャージ州の最高裁判所は、
最終的には「人が(つまり代理母が)親権を放棄するという契約同意事項は
……当裁判所では強制力を持たない
……文明社会では、金銭で買えないものもある」と判決した。

新しい代理母の多くは、生殖補助技術によって
白人の子どもを身ごもることが可能になった、有色人種の女性だった。
2000年には、アメリカの最も大きなプログラムにおける
ホスト型代理出産の30パーセントが、代理母と夫婦の人種が異なるものだった。

このような不平等は赤ん坊ビジネスのほとんどすべての面に見られることは
認めざるをえない。複数回のハイテクの不妊治療を受ける財力があるのは、
あるいはグアテマラ人の子どもを養子にするために
2万5000ドルの費用を支払えるのは、裕福で高度な教育を受けたカップルだ。

出生前検査への次の段階は、超音波の出現とともに始まった。
最初は第一次大戦中に潜水艦の探査のために使われた技術である。
「海中の潜水艦と子宮内の胎児にはたいした違いがない」

2005年の2月、シカゴのあるカップルが、5年前に凍結した胚を廃棄したかどで、
地元のクリニックを訴えた。クリニックは誤って財産を破壊してしまったと主張したが、
それに対して原告はクリニックが自分たちの子どもを殺したと申し立てた。

大富豪のカップルがオーストラリアのクリニックで受精して複数の胚を得たが、
その後二人は、胚の移植以前に飛行機事故で亡くなった。
カップルが遺したかなりの財産を相続する資格を得ることを期待して、
その胚を宿したいと申し込んだ女性が何人かいた。

IVFやICSIで生まれる子どもたちの35パーセントが多胎児だ。
また無視できない割合の子どもたちが未熟児や低体重児として生まれる。

今週の記録

8km 56分40秒82

走る前に「寒いなー、走りたくないなー」とブツブツ言っていたら
妹に「大会はいつなんだ」と聞かれた。
答えたら、「週1回走ってる場合ではないのでは」と言われた。

練習は半そでTシャツに上下ジャージなので
本番はもう少しまともな格好で走ろうと思っていたのだが、
今さら慣れない服では走りにくいだけかも。
それでも寒さ対策は必要かなとネットを物色しながら
ストーブの温度を上げたら(風呂上りだったのでTシャツ姿だった)、
妹に「走るときの寒さ対策を考える前に今まず上着を着ろ」と言われた。
ごもっとも。

『ハチミツとクローバー』

ハチミツとクローバー ~恋に落ちた瞬間~
『ハチミツとクローバー』
at 下高井戸シネマ

ねーさんとスーさんに遅れること数ヵ月。
今さら見てきました『ハチクロ』。

原作コミックは一部(竹本くんが自分探しに出て~帰ってくるとこ)を抜かして
読んでいますが、かわいい絵柄とか美大生活の雰囲気は悪くないと思ったものの
登場人物たちがそろいもそろってイライラさせる奴らばかりで、あまり好きじゃない。
ファンには人気のあるらしいコミカルな部分(ローマイヤ先輩とか毬男&類二兄弟)が
ストーリー展開とうまくマッチしていないとか、偶像劇といえば聞こえはいいけど、
いろんな人物の視点で物語が進行するので、結局誰にも感情移入できないとか、
漫画としては微妙な完成度だなーと思ってる(そこが良かったともいえる)。
実際、この世界に乗れるかどうか好みの分かれるところで、
『ハチクロ』や『のだめ』が売れ出したころ、「人気があるというから読んでみたけど、
どこがおもしろいのかわからなかった」という人も結構いたようだ。

そんな独特の世界を持つ『ハチクロ』だけに実写にするのはすごく難しかったと思う。
まだ竹本くんや山田さんは、こういう子いるかもみたいなキャラクターだが、
はぐちゃんは漫画だから許せる特異なキャラクターで、
そのまま実写にしてしまうと、リアルな世界ではかなり浮いてしまうはずだ。
その点、蒼井優はすばらしかった。
天才的な才能ゆえに人とうまくやっていけない内向的な感じや、
小動物のような雰囲気、絵を描くときだけ自由に生きられる、
そんなはぐみというキャラクターを見事に再現していた。
彼女が小さな声で「ひらがな」と言って笑えば、竹本くんでなくても一目ぼれする。
「長野県民の4割は海を見たことがないって本当?」と聞かれて、
眉間にシワをよせる顔は、原作のはぐちゃんそのものだ。
先日見た『鉄コン筋クリート』でも、蒼井優の才能に驚かされたが、
うまい下手以前に、彼女は天才的に演技のカンがいいのではないか。
いままでかわいい女の子だとは思っていたけれど、今後は女優としても注目したい。

竹本くん役の櫻井翔もよくがんばっていた。
森田役の伊勢谷友介はちょっとやりすぎな感もあるが、
原作のキャラクターが非現実的だったのを考えると、よく現実の人物にしていると思う。
山田さんはがんばってるけど、元のキャラクターが痛いので
(原作でいちばんイライラ度が高い)がんばればがんばるほど、現実感がなくなる。
真山も同様。主役級の中で彼がいちばん実写度が低かった。
花本先生は原作での展開を考えるともっとかっこよくても良かったのでは。
原作のイメージに忠実に演じている理花が、いちばん浮いている点でも実写の難しさがわかる。

かように、この映画は映画としておもしろかったかどうかよりも、
どこまで原作を実写化できているかが最大のポイントになってしまう。
この映画を見に来る客の多くは原作ファンなのだから、
それはそれでいいのかもしれない。
むしろ毬男&類二兄弟が原作より浮いていなかったことに驚き。

青春映画だから当たり前なのだが、
山田さんが「人生って大変だよね」と言うとき、
あんたはただ「真山が好き」って言ってるだけじゃんという気がしてしまうのだが、
大人になった今、恋愛より大変なことって世の中にいっぱいあるよなーと思う。
好きだとか嫌いだとか、それだけで世界が回ってられるのは青春時代だからこそ。
『ハチクロ』の原作は全10巻かけて「君を好きになったことは無駄じゃなかった」
ってことを書いてるわけで、ストーリー構成に難のあった原作にしては、
あの最終回はよくできている方だと思うのだが、
意味がわからなかった「ハチミツとクローバー」というタイトルをうまく使っている。
で、映画を見て、あー、あのタイトルはエミリー・ディキンスンの詩から取ったのね
と思っていたら、実際はスピッツのアルバム『ハチミツ』と
スガシカオのアルバム『クローバー』から取ったそうだ(by wikipedia)。
そのわりにはエミリーの詩はこの物語によくあっている。

草原をつくるには クローバーと蜜蜂がいる
クローバーが一つ 蜜蜂が一匹
そして夢もいる――
もし蜜蜂がいないなら
夢だけでもいい

エミリー・ディキンスン『自然と愛と孤独と』

To make a prairie it takes a clover and one bee,
One clover, and a bee,
And revery.
The revery alone will do,
If bees are few.

『ユニクロvsしまむら』

ユニクロvsしまむら―専門店2大巨頭圧勝の方程式
『ユニクロvsしまむら 専門店2大巨頭圧勝の方程式』
月泉博・著
日本経済新聞社

ユニクロとしまむら、デフレ時代を勝ち抜いた2社を比較しながら
その強さの秘密をさぐる、という本。

ユニクロは知ってるけど、しまむらは知らないなーと思ったら
それもそのはず、しまむらの都内店舗は
西葛西店とか青梅新町店とか東久留米店とか、圧倒的に郊外型なのだ。
一方のユニクロは、一時期のブームを過ぎて(私もフリース買ったよ)
経営が苦しい時代もあったみたいだが、最近ではユニクロの下着や
キャミソールはかなり便利と思うようになったし、
広告からトレンドファッションにも手を出してることがうかがえる。

そんな両社だが、ユニクロは「完全SPA小売業」、
しまむらは「ベンダー(メーカー、問屋)集荷の品揃え小売業」
ユニクロがそのとき一番安い会社を選んで商品を搬送するのに対し、
しまむらは自社の物流システムを使っている。
とかなり両社のやり方は異なる。
しかし、そこに彼らの強さがあると本書は解説する。
「藤原(しまむら会長)は、ユニクロとしまむらの違いを問われ、
あっけらかんと筆者にこう言い放った。
『結局、同じことだよ。富士山を、どちらの側から登るかの違いでしかないよ』と。」

両社のやり方から流通システム、MD(マーチャンダイジング)、
現在の百貨店やGMSの問題点、今後の流通業界などが見えてきておもしろい。

この本でSPA(自社オリジナル企画ブランドによるアパレル製造直売専門店)
という言葉を知ったが、アメリカのギャップ、リミテッド、
スペインのZARA、スウェーデンのH&Mなど
リーズナブルな価格で成功している各社はどれもSPA。
しかし、景気が回復してきた今、安くすればいいという時代は終わった。
そもそも「安い」だけがユニクロの勝利の理由ではないのだ。

「ユニクロ、しまむらの両社は、もはや日本の大衆衣料の価格(相場)決定権を
結果的に牛耳ってしまった。しかも追随する他社の多くは、
それができる(安く売る)仕組みや経費構造、そして明確な政策を欠いている。
これでは勝てるわけがない。」

「日本の大衆消費者は、通常、カジュアルウェアやデイリーウェアをどこで買うのか。
百貨店でもスーパーでも従来の専門店でもなく、
『カジュアルはユニクロ、デイリーはしまむらで買うのが今どきの標準(スタンダード)』
とでもいうべき価値観と購買スタイルを、両社は見事に根づかせ、育てた。」

「「デフレの勝ち組」とは、ユニクロ、しまむらを筆頭に、
ダイソー、ニトリ、西松屋チェーンなどであり、
対極にあるもう一方の勝者は、ルイ・ヴィトン、プラダ、シャネル、エルメス
などに代表される欧州のスーパーブランド勢だ。
コモディティとブランドの狭間にこそ、今後の成長領域がある」
と筆者は予測する。そう考えると、最近のユニクロがベーシックだけでなく、
トレンドを取り入れているのも理解できる。
ZARAはいつ行っても商品が違う、小ロット多品種の品揃えだし、
H&Mは有名デザイナーのコレクションを格安で発表して話題を呼んだ。
(ちなみにH&Mは2008年秋に日本上陸予定。)

また、「わが国の小売業界において、トップまで上り詰めた後に失速し、
そこから見事に這い上がったケースは、
このユニクロと無印良品くらいしか見当たらない」と筆者は言うのだが、
「(無印良品を経営する)良品計画は02年から、
しまむら会長の藤原(当時社長)を社外取締役に迎え入れている。」

ユニクロの柳井社長は一度、社長職を玉塚氏に譲ったが、
その後、経営不振が続き、玉塚氏を更迭、再び社長に就任している。
「柳井は玉塚を後継指名する前に、当時副社長だった澤田貴司に社長就任を要請。
しかし澤田はこれを固辞し、退社している。その後、澤田はリヴァンプを設立。
その代表パートナーとして、ユニクロを退社したばかりの玉塚元一を迎え入れ、
業界に話題を投げかけた。」
先日、バーガーキングの再上陸のニュースが流れたが、
ロッテとともにこれを手がけているのがリヴァンプ。
こういった流通業界の話もわかりやすく書かれていて興味深い。
今まで考えたことなかったけど、しまむらのパートとかおもしろそうだ。

◆読書メモ

「我々はあらゆる人に合う服を作ろうとしている。日常を快適に過ごせ、
老若男女だれでも着られるしっかりとした普段着だ。そういう意味での服は、
コーラとかビールとか洗剤とか、他の消費財と何ら変わらないと思う」(柳井)

それを可能にするのが、商品の頻繁な店間移動である。
同社(しまむら)では独自の自社物流システムにより、
単品2、3枚、売価3000~4000円程度の小ロットで
店間移動のメリットが十分出る仕組みが構築されている。
商品1枚単位の店間移動を実行しているのは、
世界中のチェーン企業の中でもしまむらだけだろう。

あくまで事実とデータ重視の同社(しまむら)では、
各部署における下手な“カン”や経験などは全く評価されない。
「“俺の経験によると……”などと言い出したら、その人はもうオシマイ。
それ以上伸びることはない」(藤原)という考えによる。

島村オーナーは後継者を(赤の他人である)藤原に指名して以降、
ほとんど表に出ることなく、ただその経営を見守るだけに徹したという。
聞くところによれば、島村は世界中を旅するなど、
超優良上場企業のオーナーとして、悠々自適に人生を楽しんでいるという。

過去5年間(02年8月期~06年8月期)の推移を見ると、
ユニクロ出店387店に対し退店が191店と、およそ2対1の割合になっている
(しまむらは86対1)。

同社(ユニクロ)では、06年春からブログ形式の双方向型社内WEBが稼動し始めた。
これは(アルバイトを含む)全社員が随時参加可能で、自由かつ活発に情報や要望を
やり取りできるという大変すぐれたシステムだ。

しまむらには社内デザイナーがいない(必要がないので置かない)。

『「ニート」って言うな!』

「ニート」って言うな!
『「ニート」って言うな!』
本田由紀、内藤朝雄、後藤和智・著
光文社

「ニート」という言葉が、本来の意味を離れ、
働く意志もなく、親に依存し、家にひきこもっているというネガティブな若者像
ばかりが強調されている。その背景と本来の問題点を指摘した本。

「ニート」という言葉の輸入元であるイギリスでは
16歳~18歳の若者を対象とし、失業者を含んでいたのに対し、
日本では15歳~34歳を対象とし、失業者を含んでいない。

「ニート」として統計されている人の中には
働きたいという希望はあるけれど具体的な求職活動をしていない「非求職型」と
働くことを希望していない「非希望型」がある。
「非希望型」とは、いわゆる家事手伝いだったり、結婚準備中だったり、
どの時代にも一定程度は存在する働かなくても生活に困らない人々であり、
「非求職型」には、留学準備中や、病気のため療養中、
資格取得や浪人のための勉強中という人が多い。
10年間の統計では、「非希望型」はたいして増えていないが、
「非求職型」はやや増加している。
しかし、ニート以外の「求職型(失業者)」や「フリーター」は
もっと増加しており、こちらの方がずっと問題が多い。

実際にニートと言われている若者たちは
働く気がまったくない訳ではなく、むしろ前向きに何らかの活動に取り組んでいる。
問題なのは、希望の仕事につくことができない、
あるいは仕事についても正社員と格差のあるバイト待遇である
といった現在の就労システムの方であり、
それを、若者の怠慢や甘やかしている親の責任にするのは間違い
と主張している。

私は今の仕事に就く前に1年以上、プー太郎(当時はそう言った)だった時期があり、
半年は失業保険、半年はバイトで暮らしていた。
「毎日が夏休み」みたいな日々だったので、
『ねじまき鳥クロニクル』が出たときは、1週間、家で本を読んでいたりしました。
たらたらと就職活動はしていたけど、
今だったら「ひきこもり」とか「ニート」と呼ばれていたのかも。
今の仕事もバイトから入って契約社員、正社員となったのだけど、
正社員とパートの間に大きな壁がある企業もたくさんあるわけで、
氷河期と呼ばれた就職難の時代には、正社員として就職できず、
フリーターかニートにならざるえない若者が増加したのも当たり前。

統計データをもとに、「ニート」の本当の問題点は就業にあると指摘する
本田由紀氏による第1部は読みやすくわかりやすいが、
「ニート」という言葉がマス・メディアによって
若者のネガティブ・キャンペーンに利用されてしまったと批判する
内藤朝雄氏の第2部は論調が感情的すぎて読みにくい。
軍隊式の教育指導など無意味だという主張には一理あり、
犯罪数を検証すれば「若者の犯罪が凶悪化」していないという話も興味深いが、
著者の主張そのものが一方的で、これでは批判しているマス・メディアと同じ。

この本の出版は2006年1月なので、その後、
ニートという言葉も古くなり、だいぶ使われなくなった。
(と思ってニュースをググってみたら、まだ「ニート支援」とか
「ひきこもりからの脱却」とか結構ありますね。)
少なくても本書を読んで、「社会的ひきこもり」と呼ばれる人は
「ニート」のごく一部であり、「ひきこもり」自体を問題視することも、
そのネガティブなイメージをニート全体に当てはめることも間違っている
ということは理解できました。

雨のオペラシティ

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仕事で久々に初台で降りる。
オペラシティには巨人とクリスマスツリー。
雨なので寒そうだ。

カフェ・ラ・ミルだったところがエクセシオールになっていたり、
パークタワーの近くにあった文房具屋が松屋になっていたり、
初台の交差点がかなり工事が進んでいたりした。
吉野家は営業中だった。

『洒落男な時代』

洒落男(しゃれお)な時代
『洒落男な時代』
川島蓉子・著
PHP研究所

1960年以降のファッションの変遷を追い、
男性のビジネスウェアを検証する、という本。

元々のねらいは、最近クローズアップされている
40代から50代の中年層(いわゆるLEONなオヤジたち)の
ファッション論だったと思うのだが、
結果的にはファッション史をふりかえっただけになってしまい、
男性のビジネスウェア(っていう言葉があるんですね)
の変遷はあまり見えてこない。
ファッション史としてはなかなかおもしろいが、
やはり女性が流行を先導してきたんだなという印象が強い。

各世代ごとに当時の流行を追っているのだが、
「どの年代も、10代後半から20代前半に、どんな流行を経験したかが、
その後、30代になっても、40代になっても、割合、大きな影響を及ぼしている」
という指摘には納得。
私の世代は、学生時代は渋カジ、OLになってからはミラノベーシックあたりが
流行だったのだが、結局、それが自分のファッションの中心になっている気がする。

しかし、自分が一番綺麗だったときのファッションのまま、
時が止まっちゃってる人もいるので(石原真理子とか)、
時にはいろいろ取り入れて行きたいのだ。
でも、今年の80年代テイストってどうよ。
ロングセーターにベルト、スキニージーンズにレッグウォーマーって
カーリーヘアだったら『恋人たちの予感』のメグ・ライアンか
『セント・エルモス・ファイアー』のデミ・ムーアだ。
記憶にある時代の流行がリバイバルするのってイヤだな~。

あと、「自分のステイタスを顕示してモテたい男性、
高収入でステイタスのある男性と結婚して
優雅なマダム生活を送りたい女性、その願望がファッションに現れている点で、
バブル景気下と現在は共通している」という指摘もなるほど。

著者が言うには「新しいファッション市場が生まれるには、
ブランド=商品、売り場、情報、大雑把に言うと三つの要素が求められる」
そうなので、基本的に本書に出てくるファッション史はこの3つの変遷を追っている。
以下、大まかに抜粋。

●キネマ世代(1936~1945年生まれ)
●団塊世代(1946~1951年生まれ)
アイビールック
1951年 ヴァンヂァケット創業
1958年 JUN創立
1964年 平凡出版(現マガジンハウス)より『平凡パンチ』創刊
1968年 新宿伊勢丹「男の新館」オープン
1968年 ピーコック革命
1970年 レナウン「ダーバン」発売
1973年 省エネルック

●DC洗礼世代(1952年~1958年生まれ)
1970年 『an an』創刊
1971年 『non・no』創刊
1072年 『ぴあ』創刊
1973年 「パレフランス」オープン
1973年 「渋谷パルコ」オープン
1975年 「パルコパート2」オープン
1976年 『POPEYE』創刊
1976年 「ビームス」オープン
1978年 「東急ハンズ」オープン
1978年 「ラフォーレ原宿」オープン
1979年 「渋谷109」オープン

●ハナコ世代(1959年~1964年生まれ)
1975年 『JJ』創刊
ハマトラ、ニュートラ
プレッピー・ファッション
1975年 「アフタヌーンティー」
1980年 ライフスタイルブランド「イクシーズ」
1980年 『Brutus』創刊
1982年 『MR.ハイファッション』創刊
DCブランド
デザイナーズブランド
 川久保玲「コム・デ・ギャルソン」、山本耀司「ワイズ」、山本寛斎「カンサイ」、
 松本光弘「ニコル」、菊池武夫と稲葉賀恵「ビギ」、大川ひとみ「ミルク」
キャラクターブランド「コムサデモード」、「フランドル」、「スクープ」
1986年 『MEN'S NON-NO』、『FINEBOYS』、『JJボーイズ』創刊
インポートブランド「シャネル」、「エルメス」
イタリアン・インポート・ブランド
「ジョルジオ・アルマーニ」、「ジャンニ・ベルサーチ」、「ジャンフランコ・フェレ」

●バブル崩壊
ディフュージョン・ブランド(ブランドコンセプトを守りながら、
価格をリーズナブルにしたカジュアルラインのサブブランド)
「カルバン・クライン」→「CK」、「ドルチェ&ガッバーナ」→「D&G」、
「ダナ・キャラン」→「DKNY」、「ジョルジオ・アルマーニ」
→「エンポリオ・アルマーニ」、「A/X(アルマーニ・エクスチェンジ)」
1991年 「デザイナーズ・コレチオーネ」、「バーニーズ新宿店」オープン
「マハラジャ」、「ジュリアナ東京」
前髪を鶏のトサカのように立てたロングヘアにタイトなミニワンピース、
腰にエルメスのスカーフがこの当時のファッション(あー、いたいた。)
1992年 「青山」銀座に進出
1994年 日本IBM、PC事業部から「カジュアル・フライデー」をスタート。

●団塊ジュニア世代(1971年~1976年生まれ)
「渋カジ」「紺ブレブーム」「フレンチ・カジュアル」
「キレカジ=キレイ・カジュアル」、「デルカジ=モデル・カジュアル」、
「パラカジ=パラダイス・カジュアル」
「ウラハラ」「ポーター」「ミハラヤスヒロ」
古着、グランジ・ルック
1995年 「ギャップ」上陸
セレクトショップ「ビームス」、「シップス」、「ユナイテッドアローズ」
1980年 「無印良品」登場
1994年 「ユニクロ」関東進出
1998年 ユニクロ原宿ショップオープン、「1900円のフリース」キャンペーン

●プリクラ世代(1977年~1983年生まれ)
コギャル・ファッション、V男、ギャル男
ツープライススーツストア
1998年 オンリー「ザ・スーパースーツストア」
AOKIホールディングス「スーツダイレクト」、青山商事「ザ・スーツカンパニー」
コナカ「スーツセレクト21」、はるやま「パーフェクトスーツファクトリー」
2003年 新宿伊勢丹「メンズ館」オープン
2005年 ユナイテッド・アローズ「ダージリン・デイズ」
2005年 クールビズ

こうやって追っていくと、おもしろかったり恥ずかしかったり。
「時代が変わるなかで、何らかの進化を遂げながら、
スパイラル状になって上昇していくのがファッションなのだ。」

◆読書メモ

ネクタイ「戦いの象徴として剣を置く」という謂れがある。

『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』

テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか
『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』
吉野次郎・著
日経BP社

以前、ネットはジャーナリズムを変えるのかに以下のように書いた。
「テレビ局はテレビで放送したものをもっとネットでも配信して見られるように
すればいいと思う。実際にネット配信に積極的なテレビ局もあるけど、
どこもコンテンツ作りには苦労してると思う。
一方で、メディアがのどから手が出るほど欲しがっている人気コンテンツが
YouTubeにはある。現在、障壁となっているのは著作権だと思うが、
最初の段階で、この番組はネットでも流すという契約を
出演者たちや権利者と結んでおくとか、方法はあると思う。
iTunesでは人気ドラマを放送した翌日にポッドキャスティングしている。
新ドラマなど最初の1、2回を夕方に再放送しているケースがあるが、
視聴率がふるわないくらいなら、ネットで配信するのもひとつの手なのでは。」

なぜテレビのコンテンツをネットで配信しないのか、
なぜテレビとネットの融合が進まないのか、本書は明快に解答する。
それはテレビが50年かけて築き上げたビジネス構造があるからだ。
そのビジネス構造とは、
映像を配信するインフラである電波塔、
番組を流通するキー局から地方局への系列、
NHKと民放の“二元体制”、芸能界からの人材供給、
下請け制作会社が作るコンテンツの支配などで、
これがテレビ局だけを儲けさせるシステムとなっており、
このビジネス構造の前では、ネットから得られるかもしれない
コンテンツ収入など小さな利益にすぎない。
それよりも、ネットにコンテンツを流すことによって、
このビジネス構造が破壊される脅威の方がずっと怖いのだ。

しかし、ネットが確実にこのビジネス構造に亀裂を入れ始めている
とも本書は解説する。
電波塔に変わるインフラとしてブロードバンド放送があり、
地方局やNHK、制作会社、芸能界も
テレビに変わる舞台としてネットへの進出を模索している。
長い間テレビを保護してきた政府の政策も
通信と放送の融合を推進し始めている。

NHKアーカイブスが出来たときに、なぜ番組をネット配信しないのか
不思議だったけど、NHKは本格的なネット事業が制度的に禁止されているそうだ。
当時は二元体制の崩壊を恐れた民放からの大きな抵抗もあったが、
NHKが受信料のみに頼ることができなくなったこともあり、
2008年あたりから法制度を整え、NHKは本格的にネットに進出する。

テレビ界ではマルチウインドウなど“余計なもの”が
テレビ画面に映ることを「画面が汚れた」というそうだが、
もはやテレビ画面はテレビだけを見るものではない。
本書に載っているNHK、電通総研、総務省の調査では、
「一人が地上波テレビを見ている時間は一日当たり平均3時間31分である。
一方、BS放送やCS放送は合わせても平均12分にとどまる。
DVDとビデオの平均視聴時間は合計8分。
テレビ・ゲームに至っては平均5分に過ぎない。
テレビ局の番組がテレビ画面を占領している時間が、いかに長いかわかる。
インターネットの一日の利用時間も平均37分と地上波テレビを下回る」
そうだが、私の実感としては、
地上波テレビ30分、BS放送1時間、ネット2時間、という感じ。
DVDレコーダーで録画したテレビ番組をどこに位置づけるのかよくわからないが、
妹でいえば、DVDレコーダー2時間、ゲーム2時間。
映像コンテンツという意味でいえば、Yahoo!動画とかYouTubeとか、
ネットで見ている割合もずっと増えた。ワンセグチューナーを買ったら
テレビではなく、PCで見ることも増えるだろう。
これは私だけの特異な事情ではなく、今後もっと加速するのでは。

「芸能ビジネスはテレビを中心に展開してるんです。
長年をかけて築き上げられたテレビと芸能界の関係が、
そう簡単に崩れるわけないじゃない。
ましてテレビとネットの融合なんて、夢物語ですよ」
「今やジャニーズのタレントが登場しない人気番組って
ほとんど見つけられないですよね。そのジャニーズは所属タレントを
絶対にネットには出さないわけですよ。
テレビでしか見られないようにすることで、
メジャーなイメージを演出しようとしているのです」
と、本書に出てくる電通のテレビ広告担当者は言うのだが、
これを今でも本気で言っているとしたら、よっぽど危機感が薄いか、
あるいは私たちには見えないテレビ業界の構造がよっぽど歪んでいるかだ。

何年後になるかわからないが、テレビの天下は長くないだろう。
ネットに飲み込まれずテレビが生き残ろうとするなら、
自らネットに進出し、新たなビジネス構造を築くしか道はないように思われる。

◆読書メモ

1970年代半ばまでに新聞社とテレビ局のスッキリした系列が完成した。
読売新聞社と日本テレビ、毎日新聞社とTBS、産経新聞社とフジテレビジョン、
朝日新聞社とテレビ朝日、日本経済新聞社とテレビ東京という形の系列である。
(現在は、毎日新聞社とTBSの資本関係は切れているものの、
友好会社として交流は続いている。)
新聞社とテレビ局が系列化している市場構造は、世界的にも珍しい。

「もともと吉本は、劇場に来たお客さんから木戸銭をもらって収入を得ていたんです。
けれどテレビの時代になると、テレビ局を通じてお金をもらうビジネスが増えていった。
それが、ネットを通じてコンテンツを売ることで、再びお客さんから直接お金を
ちょうだいできるチャンスが増えたのです」

『となりの801ちゃん』

となりの801ちゃん
『となりの801ちゃん』
小島アジコ・著
宙出版

腐女子である彼女との毎日を描いた人気サイトを書籍化。

先日、今年の流行語大賞が発表されたことで、
来年は何がくるかが会社で話題になったのだが、
若者Sくんが言うには来年は「イタかわいい」が流行るんだそうだ。
イタかわいい、つまりしょこたんみたいなの。
で、私とRさんの予想では、来年は腐女子が市民権を獲得すると思う。
BL市場や乙女ロードがあるのだから、そこらへんで莫大な金が動いているのは確か。
腐女子は長らく隠すべきものだったけど、
「俺の彼女、実は腐女子なんだ」とか、「彼女はメイド喫茶で働いている」
というのが来年のトレンドになるのでは。
まあ、これは適当な予想だけど、その根拠のひとつが、
この『となりの801ちゃん』。
同じく腐女子の彼女との恋愛を書いたブログ『腐女子彼女』も書籍化される。

まず、鉛筆描きの4コマ漫画をそのまま本にした出版社の英断を称えたい。
この漫画はこれでいい。
彼氏の方もオタク青年なので、彼女の趣味に理解があるようで
「腐女子って怖い」と言いながら、そこに彼女への愛が感じられるところがかわいい。
彼女の腐女子レベルは高く、「エウレカ」や「プリキュア」とか登場する用語に
ミニ解説が加えられているものの、さっぱりわからない話も多数。
特に「鉛筆と消しゴムでどっちが受けでどっちが攻めかって議論は
もう10年前に通過してるの。」はレベル高すぎ。鉛筆と消しゴム……。

一方の『腐女子彼女』は、「赤は3倍速い」という彼女の台詞に一同沈黙
と書かれているんだが、「赤は3倍速い」程度は常識。
ファーストガンダムを見ていなくても、ケロロをかじっていればわかるだろ。
腐女子の趣味は私にも理解などできないが、
結局、相手の好きなものに対してどれくらい寛容でいられるか、
相手をどれくらい認めてあげられるか、なんじゃないのかなー。
理解できなければ理解できないで、いいわけだし。

腐女子の本体は“801ちゃん”という不思議な生物で、
外側の女の子としての外見は“擬体”っていうのもおもしろい。
ちなみに801ちゃんの元ネタは御薗橋801商店街のキャラクターで、
801とは「当商店街の全長距離が800m、プラス未来の発展を意味して1を加えた」
というのも微笑ましい話だ。

◆読書メモ

(エロゲーやギャルゲーに)興味はあるけどね。
でも、あれすごいMP(マジックポイント)削れない?

彼氏って付き合うまでは攻めだけど
付き合いだすと受けになるよね

今週の記録

7km 50分23秒71

ふー。

『パーマネント野ばら』

パーマネント野ばら
『パーマネント野ばら』
西原理恵子・著
新潮社

田舎町に暮らす女たちの恋心を描いた、
西原理恵子によるオールカラーのコミック。

いやー、めちゃくちゃ「痛い」物語である。
西原理恵子のぬるいとも言える絵に、グサッとした台詞。
青とオレンジの絵の具を流したような絵で
海に沈む夕日の美しさを表現する。
「白馬の王子様なんてツチノコと同じ。探してもおらん」と言いながら、
愛を求めずにはいられない女たち。探しているものが幻だとしたら、
女は永遠にどこにもないものを求め続けるんだろうか。
それを象徴する主人公のオチは、なんだか納得できないが、
さらっと読めるのに後を引く一冊でした。

◆読書メモ

私の母が鬼のように怒ってんのは
その同せい相手が母よりはるかに年上で
母よりはるかにぶさいくだからだ

男の人生は真夜中のスナックや
夜中のたとえば2時に何でか次のスナックにはしごする
男の気持ちわかるか?
2時やで2時。次行く店は絶対ここよりろくでもないで
けどやっぱりワシとゆう男をここで終りにするワケにはいかんのや。

今度こそ負ける思うのよ。
人のこと悪うにゆうたら
悪いことばと悪い気持ちに、自分がダメになると思うのよ

今日もな私は100点満点がまんしたって思うから
80点分でええから誰かにほめてほしいのに
けどな、私のことなんか誰もみてくれてないしほめてもくれへん
生きていくのをほめてもらうのはあかん事なんやろか

私の経験上、顔のええ男は120%バカです
おかげで今では男前をみると、それが石ころにみえるようになりました

だって私たち何にもないのに愛されたいもん

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