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『次世代ウェブ』

次世代ウェブ  グーグルの次のモデル
『次世代ウェブ グーグルの次のモデル』
佐々木俊尚/著
光文社

佐々木さんの新刊。
本書くペース早っと思ったら、ネットの連載をまとめたものらしい。
そのせいか、一冊を通してテーマが一本通っているというよりは
様々な事例が上げられていて、ひとつひとつはおもしろいのだがちょっと散漫な印象。

要は広大なネットから玉を取り出すためにはどうするか、という話で、
「玉石混淆の中から求める情報を的確にすくい出す最初の試みが検索エンジン」
だったわけだが、グーグルですら、検索結果の上位10件や20件も読めば十分で、
その中にユーザーが本当に求める情報が必ずあるわけではない。

RSSだって膨大になれば、リーダーを使ったところで全部をチェックなんてできない。
ひとつの例として
「はてなブックマークが衆愚化していっている」という話が上げられている。
“みんなの意見は案外正しい”けど、“みんな”が増えていくと
そこから出てくる答えも“みんな”にとって正しい普遍的な答えになっていくわけで、
ひとりのユーザーが求める答えとは違うものになってしまう。
「ソーシャルを軸にした情報収集サービスは、
コミュニティが巨大になっていくことによる希薄化と戦い続けなければならない」

「楽天はウェブ2.0ではない」という話もおもしろかった。
楽天は膨大なユーザー情報(クチコミ)を持っていながら、
それから玉を取り出すシステムがない。
本書には出てこないけど、『@コスメ』について私も同じことを感じていて、
“クチコミ件数”ランキングと“おすすめ度”ランキングの両方をチェックした上で
「なんとなくこれがよさそう」という商品を選び出す必要があった。
少し前にやっとシステムが大幅に変更されて、
今までうまく使われていなかった“ポイント”ランキングを中心とした表示になった。

「膨大な情報から玉を取り出す」にはどんな方法があるのかということで、
占いをマーケティングに取り入れたり、
ソーシャルな関係を検索結果に反映させる考え方とか、
現在、日本のベンチャー企業がとりくんでいるウェブサービスが紹介されているのだが、
まだまだ次世代ウェブは見えない感じだ。


◆読書メモ

インターネットは平等な人々しかいない自由な世界で、
コミュニティこそが本質なんだ。
コミュニティ化できないウェブは消え去るしかない
(クインランド「NIA-MUC」)

集合知の世界では商品力こそがすべてだ。
消費者から信頼されていない企業は、ネットで長くは生き残れない。
自然浄化作用がネットは強い。
(クインランド社長吉村一哉)

Web3.0が登場するとすれば、それはインフラも情報処理も
ピアに分散してユーザー側でコントロールするP2P型だろう。
(池田信夫)

外界からの影響や、本人の内なる精神的志向などをパラメーター化し、
情報収集の精度を上げる方法はないのだろうか

94年1月
インフォシーク、スタート
94年4月
ジェリー・ヤン、デビッド・ファイロ、リンク集を公開
95年
ヤフー、サービス開始。
公式検索エンジンとしてDECが開発したアルタヴィスタを採用。
95年10月
エキサイト、サービス開始
2002年
エキサイト倒産。
日本法人は伊藤忠商事の子会社として検索エンジンからポータルサイトへ。

アルタヴィスタ
ヤフーが標準検索エンジンをアルタヴィスタからインクトゥミに乗り換え、
DECがコンパックと合併するとともに切り離され、オーバーチュアに買収された。

インクトゥミ
ヤフーが検索エンジンをグーグルに乗り換え、
その後、ヤフーとグーグルが決裂すると、ヤフーに買収され、
現在のヤフー・サーチ・テクノロジはインクトゥミの技術がベースになっている。

インフォシーク
親会社であるディズニーによって閉鎖。
日本法人は名称を引き継いで生き残り、2000年、楽天に買収され、
ライコスと統合、楽天のポータル戦略の一環として生き延びている。

mF247

練習再開

6km 42分26秒19

ハーフマラソンをなんとか完走したので(本当になんとかだけど)しばらく休息、
と思っていたら、風邪引いたり忙しかったりで1ヵ月が過ぎてしまった。
効率的な練習をしようとネットで練習方法やランニングコースを調べたり、
次に出る大会や新しいウェアを探したり、ほとんど“丘ランナー”状態。
(ねーさんに「ランナーはもともと丘だ」と指摘されたが、その通りだ。)

東京マラソンで気分が盛り上がってるうちにと思い、やっと練習再開。
新しいコースも開拓したいのだが、今日のところはいつもの公園周回コースで
1ヵ月ぶりなので、無理をせず6km。

ブログパーツもつけてみたよ。

『フラガール』

フラガール メモリアルBOX
『フラガール』

わかりやすいというのは決して悪いことではなく、
うちの母は寅さんシリーズをいつも大笑いしながら見ているが、
寅さんのわかりやすさというのは偉大だとすら思う。
しかし、この映画のわかりやすさには居心地の悪いものを感じる。
泣き所はいっぱいあるが(ありすぎだ)、
どれも登場人物が先に泣き出してくれるので、非常に明快。
つられて泣いてしまう観客も多いだろう。

常磐ハワイアンセンターという目の付け所は良かったと思う。
炭坑+ダンスといえば『リトル・ダンサー』や、(鉄鋼だけど)『フル・モンティ』など
イギリス映画の佳作がある。人員削減の相次ぐ炭坑を舞台に、
変わりゆく時代、起死回生をめぜす町、若い世代の夢を描くあたりはそっくりで、
このテーマなら日本映画でもできると最初に思いついた人はかしこい。
しかし、そこらへんがうまく整理できているかというと、どの話も中途半端。
富司純子演じる母と蒼井優演じる娘の対立、
徳永えりの娘と父、豊川悦司と同僚の関係、
松雪泰子演じるフラダンスの教師と町の関係などで
それぞれテーマは描かれているのだが、どれも浅く、
最後はすべてお涙頂戴でうやむやに解決されている。
どうせお約束のパターンを歩むなら、これらすべての対立が
最後のダンスシーンに集結して昇華されるべきだった気がするのだが。
主役不在というか、軸がきちんと通ってない印象。

松雪泰子は老けメイク(本当に老けてるのかもしれないけど役作りかも)で
新しい役どころを果敢に演じてるが、彼女のがんばりが生かしきれていない感じ。
蒼井優はあいかわらずかわいいし、ダンスも見事だが、
『ハチミツとクローバー』で彼女に惚れた私としては全然もの足りない。

彩度の低い映像は「こんなことが昔あったんですよ」と言っているわけだが、
過去の物語として書く必要があったのかな。
常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)は今でも営業中だし、
さびれゆく町をどうやって活性化するか、未来に希望がもてない中で
若い世代の夢を親たちはどうやって叶えるのか、
勇気を与えるファンタジーは現在にも通用するのでは。

旅行博でパラオの女の子たちが踊るのを見て
すごくスローモーな踊りなのになぜかものすごく感動したことがある。
パラオの踊りとフラでは種類が違うかもしれないが、
プリミティブでストレートなダンスは誰が見ても心に響くはずだ。
蒼井優の練習シーンとステージシーンも
本来フラがもっている魅力を最大限に利用するべきで
あのスローモーションの使い方やカット割りはむしろ踊りを殺していた。

というわけで私は不満だらけなのだが、
もともとの素材(常磐ハワイアンセンターの物語、役者、フラ)は悪くないので、
結果的に多くの人に支持されているのだろう。
今年度の邦画各賞を総なめし、
(まったく信用していない)日本アカデミー賞では5部門で受賞している。

東京マラソン観戦

抽選に落ちてしまった東京マラソンですが、
会社からはKくんとSくんが出場。応援に行ってきました。

マラソンのスタート時間は9時10分でしたが、
私は9時30分頃のそのそと起床。
予報どおり昨日からの雨がまだ降っているので、
ねーさんに「雨だから私やめる」と電話して二度寝しようとすると、
「えー、テレビ中継見てみなよ。おもしろいよ」とハイテンションな返事。
テレビをつけると先頭集団は日比谷を回ったところだが、
Kくんの位置をネットで確認するとまだ新宿ガード下あたり。
(2人とも位置確認のためにGPSケータイをもって走っている)
先頭集団が品川を回ったころ、Kくんは歌舞伎町あたり。
少しずつ移動していくのがおかしくて、
Kくん、Sくんとも5km地点の関門を突破したことを確認して家を出る。

5kmのタイムからすると、
Kくんは9分/km+20分(スタートにかかった時間)
Sくんは7分/km+15分
くらいのペースで走っているらしい。
それから計算すると、12時ごろに銀座に着けば、
Sくんが20km地点を通過するのに間に合うはず
と考えると思わず駅まで早足になる私。私が走ってどうする。

日比谷に着くと、わーみんな走ってる
と思ったとたん、目の前をSくんが通過。
「がんばれー」と声をかけると向こうも気がつく。
(後から聞いたら、あそこに私がいると思わなかったので感動したとのこと。)

Kくんの位置を携帯で確認すると泉岳寺のあたり、
20km地点の関門は12時39分が制限時間なのだが、
Kくんは芝公園、新橋、と携帯の位置は進んでいるもののなかなか現れない。
制限時間まで残り9分になったので、逆方向に移動しながらKくんを待ち受ける。
制限時間を過ぎたところで、ねーさんが「携帯では内幸町にいる」ことを発見。
「内幸町ってここだよ」、「えー、じゃあこのへんにいるんだ、どこ?」と探すと
収容バスに乗ろうとするKくんを発見。
後から聞いたら15km地点の品川あたりからずーっと歩いていて、
何度も自転車の人にリタイアを勧められたのだが、20kmまでは行かないと
ハーフ組(私とねーさんのことらしい)に何を言われるかわからないので
20km地点まではがんばって、そこでリタイアしたそうだ。
いやー、GPS携帯だけでかなりハラハラしたよ。

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銀座を走る(歩く?)人々。雨と寒さがつらそうでした。

その後、Sくんが30km地点にくるのを待つために、銀座4丁目付近に移動。
私の携帯ではSくんの位置はわからないので、他の応援軍団に電話。
「今、どこ?」「え、俺たち、京橋」「誰がお前の位置なんか聞いてる!」
とバカな会話をしながら確認すると、Sくんは両国あたり。
何度か位置確認しながら、1時間ほどSくんを待つ。

私が走ったときは見も知らぬ人の応援も結構嬉しかったので
手当たり次第、「がんばれー」、「ファイトー」と応援。
「もう、足が動かないのよ~」、「歩いていいんですよ」と会話したり、
隣にいたおじいちゃんが「おーい、やすこー」とおばあちゃんランナーに声をかけてたり
(「がんばってください」というとおばあちゃんはニコニコ手をふってくれた)、
知り合いに差し入れをしていたおばさんが、他の人にも差し入れを分けてあげると、
えさに群がるハトのようにランナーがよってきて、
おばさんは後から別のものを買ってきていろんな人に配ってあげていたり、
視覚障害の方が伴走付きで走っていたので
声をかけるとガッツポーズで応えてくれたり、
小さいけど、いろんなドラマがありました。

Sくんの通過を無事見送ってから、
ねーさんとアディダスとアシックスの店を見て周り(わかりやすい行動)
ご飯を食べてから解散。
せっかく近くまで来たので、新橋の中銀カプセルタワーと
『東京駅はこうして誕生した』にも出てきた旧新橋停車場を見学して帰宅。
フジテレビがゴール映像をアップしていたので、
ネットでSくんゴールの瞬間を確認しました(至れり尽くせりですな)。

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建て替えが決定している中銀カプセルタワー。

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旧新橋停車場の0哩標識。
「明治の私鉄と産業発展」という展示を開催中。
国有化の話を読んだばかりだったのでよくわかりました。

ネットのニュースやブログを見ると、大成功ということで
おおむね好評をもって受け止められている東京マラソン。
でも、なかには「マラソンなんてぜんぜん興味がないから迷惑」
「たかだか3万人のために大規模な交通規制をして、
何万人もが不便を被る。意味あんの?」という声も。
私は思いっきりランナーよりなんで客観的判断は無理ですが、
観戦した感想から言うと、東京マラソンは3万人のためだけのものじゃなかった。
走った人、応援した人、通過した町の人、ボランティア、警察、
みんなひっくるめて東京マラソンに参加していた気がする。

初めての都心の大規模マラソンということで、
もっとトラブルが起こるんじゃないかと私も疑っていたのだが、
制限時間が過ぎたとたん、ボランティアが総出で道のゴミをひろい、
5分とたたないうちに、普通に車の通る銀座に戻っていた手際の良さにびっくり。
運営側の努力はすばらしかったと思う。
(水のフタが飲む人もいないのに全部開けられていてもったいなかった反面、
配給用の食糧が足りなくなってしまうなど不手際もあったみたいだけど。
Sくんは知らないおじさんがくれたカロリーメイトで生き延びたと言っていたから
食糧が足りなかったことで、沿道の人が自主的に食糧を配り、
あちこちで感動もあったりしたわけですが。)

翌日の『特ダネ』では「これだけ交通が発展した東京で、
不可能だと考えられていた“祭り”を実現した」とコメントしていたけど、
「東京」で、「3万人のため」だけに、大規模な交通規制をしたこと、
それ自体に意味があるんじゃないかと思うんだよね。
もちろん、本当に仕事に支障をきたしたり、
車じゃないと移動できない人もいるわけで、「1日くらいいいじゃん」とは言えないし、
交通規制の方法は考えたほうがいいだろうけど、
東京という街を見直すきっかけになるイベントとして発展していただきたいと思うのだ。

※追記
東京新聞がなかなかよい記事を書いていました。
「東京マラソンを考える」
「迷惑という発想が出ること自体が、スポーツが自分たちのものになっていない証拠。
たかが市民のお祭りだからこそ公道を封鎖すべきで、
少数のエリートのために封鎖する方がおかしい」
という玉木正之氏の指摘に全面的に賛成。

『東京駅はこうして誕生した』

東京駅はこうして誕生した
『東京駅はこうして誕生した』
林章・著
ウェッジ

日本の鉄道の誕生から、東京駅の建設、山手線の開通まで
鉄道が東京という街を形成した歴史を追う。

交通博物館について調べていたとき、
万世橋駅が東京駅より先に完成していたことにちょっと驚いたのだが、
東京の鉄道は新橋~横浜間に始まり、長い間、上野と新橋間は空白地帯だったのだ。
(東京駅完成後、万世橋駅はターミナル駅としての役割を終えている)

そのほか、当時、国だけで鉄道網を作るには財政負担が重すぎたので、
私鉄により鉄道を拡大し、1906年の鉄道国有化によって国鉄にしたこと
(それまでは私鉄が70%を占めていた)
“中央停車場”という名前は開業直前に“東京駅”となり、
初めて“駅”という呼称が使われた(それまでは“停車場”)など、
日本の鉄道の開拓史がよくわかる。

著者は、お雇い外国人技師ヘルマン・ルムシュッテルが
新橋~上野間を赤レンガのアーチ橋による高架橋を提案したこと、
中央停車場をターミナル(終着駅)ではなく、
パス・スルー(通過)方式の始発駅にすると提案したことを
高く評価している。

赤レンガのアーチ橋は今もその姿を残しており、
シカゴのような鉄橋にしなかったことで、騒音の少ない、現在の景観を作った。
また、東京駅をパス・スルー方式にしたことで、
ロンドンのようにいくつものターミナル駅を抱えず、
地方から乗り入れる鉄道はすべて東京駅に集約されることになった。
その後、山手線が環状に都心をつなぎ、
私鉄が山手線の各駅をターミナルとして郊外から乗り入れる。
結果として、郊外から都心へ集約し、都心から郊外へ分散していく
現在の東京の背骨が完成した、と著者は言う。
まさに鉄道が東京を作ったのだ。

東京駅というと私はまっさきに辰野金吾を思い浮かべてしまうが、
設計だけでなく、鉄道建設を請け負った建築会社、
松の木を一本、一本埋めていく基礎工事の様子など
東京駅の建設を通して、日本の近代が作られていく様が
エキサイティングに描かれている。
私のような建築ファンや鉄道ファンのみならず、
現在の東京の姿や街のあり方を考える上で参考になる一冊。

◆読書メモ

明治5年(1872年)、旧暦9月12日、日本初の鉄道、新橋~横浜間開通。
明治14年(1881年)、上野~青森、大宮~高崎間認可。
明治18年(1885年)、後に山手線となる品川線(品川~渋谷~新宿~赤羽間)開通。

東海道線の起点である新橋駅、東北線のターミナルである上野駅、
この都心の空白地帯に鉄道を通すことが決定。“中央停車場”と名づけられる。

「凡そ物には中心を欠くべからず。
猶ほ恰も太陽が中心にして光線を八方に放つが如し、
鉄道もまた光線の如く四通八達せざるべからず、
而して我国鉄道の中心は即ち本日開業する此の停車場に外ならず、
唯それ東面には未だ延長せざるも此は即ち将来の事業なりとす、
それ交通の力は偉大なり」
大正3年(1914年)12月18日、東京駅開業式典における大隈重信の祝辞

『タイアップの歌謡史』

タイアップの歌謡史
『タイアップの歌謡史』
速水健朗・著
洋泉社

戦前から始まる映画・CM・テレビドラマ・キャンペーン、
タイアップから生まれたヒット曲にスポットを当てた歌謡史。

タイアップというと80年代、90年代が中心だと思っていたけど、
『有楽町で逢いましょう』は有楽町そごうのコピーに始まり、
映画化、主題歌のヒットへと続くタイアップだったとか、
『東京音頭』は戦意高揚のために作られた(戦後は歌詞を変更)とか、
今まで知らなかった事実もいろいろ。

それでもやっぱりタイアップの全盛期は80年代。
資生堂のCMに起用された『裸足の季節』で登場し、
グリコのポッキー、SEIKOとタイアップしたデビュー当時の松田聖子。
『色・ホワイトブレンド』、『彼女とTIP ON DUO』、
『MUGO・ん…色っぽい』、『吐息でネット』、
能天気なタイトルを見ているだけで楽しくなる化粧品のキャンペーンソング。
当時はそれを普通に受け止めていたけど、
広告代理店がヒット曲やアイドルを作っていた時代だったわけだ。

「『ザ・ベストテン』は、『風のエオリア』(松下電器)、『ランナウェイ』(パイオニア)など、
スポンサーの日立と競合する企業のイメージソングもそのままオンエアした」
という話も当たり前のことかと思っていたが、
「森永製菓提供の『夜のヒットスタジオ』では、松田聖子は
グリコのイメージソング『風立ちぬ』を歌えず、B面の『Romance』を歌った」という。

「フォーク歌手がテレビ出演を拒否したのは、商業主義への反発だけでなく、
ラジオを中心としたタイアップビジネスに組み込まれていたため、
商売敵のテレビには出演しなかったというのが真相」とか
電通主催の西サモアを訪ねる「南太平洋裸足の旅」から
結果的に『時間よ止まれ』、『魅せられて』、『いい日旅立ち』
が生まれたとか、メディアとの関係も書かれているのだが、
そこらへんもっとつっこんで欲しかったところ。
よく調べてあるけど、本からの孫引きも多いので説得力が弱い。
できれば、タイアップの渦中にいた作曲家や代理店側の話が聞きたかった。
(イメージソングがどういう風に作られるのか、
キーワードを歌詞にどうやって入れていくのかとか興味がある。)

CMのイメージソング全盛から、歌番組のなくなった90年代には
アニソンやドラマの主題歌がマスメディアへの唯一の露出となり、
『スラムダンク』とまったく関係ない主題歌をビーイング系のZARDが歌ったり、
『ラブストーリーは突然に』のようなダブルミリオンが登場。
ヒット曲のほとんどがタイアップソングとなる。

今はシングルの売上げだけでヒットを計るのは難しい時代で、
「CDシングルではミリオンセラーを持たない倖田來未だが、
2006年5月に発表した『恋のつぼみ』は、
着うたフルのダウンロード数が200万件を突破している」
という指摘はけっこう重い。(『恋のつぼみ』もドラマの主題歌)

なんにせよ読み終わったあとで
無性に松田聖子が聞きたくなるという点で
私のような80年代歌謡曲好きにはよい本だと思う。

◆読書メモ

「旅で真に発見するものは、風景や事物ではなく“自分自身”である」
電通、藤岡和賀夫『ディスカバー・ジャパン』キャンペーン

『スター誕生』(1973年~83年)

リッチでないのに リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに ハッピーな世界などえがけません
夢がないのに 夢をうることなどは……とても
嘘をついてもばれるのです
(1973年に自殺したCMディレクター杉山登志)

松田聖子デビューの直前に山口百恵が引退を宣言、
山口百恵の宣伝予算が松田聖子のデビュー用に回された

ミノルタの『いまの君はピカピカに光って』と前後して、
オリンパスは大場久美子を起用(1979年)、ペンタックスは早見優(1982年)
カメラメーカー各社は男の子にとっての
理想の被写体(ガールフレンド)をCMに起用したのだ。

おニャン子クラブとは、テレビが仕掛ければ
素人でもアイドルになれるという実験のようなものだった。

華原朋美の「たのしくたのしくやさしくね」では
盛り上がる部分に曲の中で最も高い音符が連続し、
globeの「DEPATURES」では高音へと駆け上がるサビを
配置しているといったように、カラオケで歌う際に、
自己陶酔を味わうことができるような曲作りを積極的に行なっていた。

映画『私をスキーに連れてって』にも
西武観光、プリンスホテルら西武グループが全面協力、
登場するホテルもスキー場もすべて西武グループのものだった。

『東京から考える』

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム
『東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム』
東浩紀、北田暁大・著
日本放送出版協会

東浩紀と北田暁大、2人の論客が東京をテーマに討論。
西武によって作られた街、渋谷、
子供にセキュリティータグを持たせて監視する青葉台、
独自の文化が開発によって消えようとしている下北沢、
大型スーパーやレンタルショップが立ち並び、
同じように“ジャスコ化”する郊外の景色などから都市を考える。

たいした内容でなくてもわざと回りくどい言い方をしてるような
ポストモダンな言い回しはどうかと思ったり、
基本的に印象論でそれぞれの街を語っているので、
実際に住んでいる人から見たら異論もありそうだと思ったり、
知的レベルで都市を比較するのは高い目線から語られているようで
嫌な感じを受けたりするのだが
(「六本木ヒルズは資産はあっても知的資産は低そう」とか)
論じられている内容はなかなかおもしろい。

「サブカルチャーと都市の関係をどう考えるのか。
階級でもエスニシティでもなく、“趣味が街を作る”」
その例が秋葉原や下北沢だったんだけど、
今、街の個性を残そうとすると、テーマパーク的になってしまう、とか。
“ジャスコ化”してるという意味では、郊外も六本木ヒルズも同じじゃないか、とか。
『「ニート」って言うな!』とか『世田谷一家殺人事件』の話が出てきたかと思えば、
懐かしの『シティロード』や宮台真司『制服少女たちの選択』が話題になったり、
論客っていう人たちは本を読んでるというより、
論を弄んでいるような感じも受けたり。

◆読書メモ

たしかに、僕はリアルな身体としては郊外に住んでいたけれど、
ヴァーチャルな地元意識はむしろ渋谷とか港区にある。
でもそれもやはり偽物ですよ。北田さんにとっての渋谷は、
パルコ的イメージに象徴されるような虚構だという話があったけど、
僕にとっての渋谷はオンライン・ロールプレイングゲームみたいなものです。
キャラクターとしての僕はずっと渋谷にいる、でもそれはあくまでキャラでしかない、
プレイヤーとしての僕は青葉台にいるけど、リアリティはゲーム内空間にある。

そのとき、渋谷はイメージと全然違うと感じて、かなり絶望を感じたんですよ。
「もっとお洒落な街のはずじゃないか、話が違う」という感じで。

中学生ぐらいまでのときって、
いちばん生産的に都市を受容しているような気がしますね。
自分の目で見ていますからね。
情報の精度が違う。

若林幹夫さんは、『シティロード』や『ぴあ』について、
「60年代末の大学紛争=闘争を頂点とする「政治の時代」の後で、
その「敗北」の翳を色濃く残しつつ、
「文化」が新たな実践の場として浮上していったという、
当時の文化的・社会的状況とともにあった」と述べています。

『シティロード』的なものが敗北するきっかけとなったのは、
おそらく『Tokyo Walker』的な、大手出版社から出される、
それこそ「マニュアル」化された情報誌の登場だったと思うんですが、

『ぴあ』『シティロード』と『Tokyo Walker』を対照させると
70年代と80年代半ば以降の断層が見えてくるように、
『東京人』と『散歩の達人』を比較してみると、
80年代半ばと90年代半ばの断層が見えてくるように思えます。

猪瀬直樹『土地の神話』
東急グループの誕生

『パルコの宣伝戦略』
73年~76年 線開発 西武百貨店渋谷店とパルコを結ぶ「線」
77年~80年 面開発 ファイヤー通り、スペイン坂を開発、
パルコ界隈の「回遊性」が高まる。東急がハンズ(78年)、109(79年)オープン
81年以降 広域開発 スタジオパルコ、ショールーム開発、
東急がBunkamuraをオープン、公園通り/文化村通りという二大幹線ができあがる
西武と東急という資本によって渋谷が広告都市化していった

西武=広告都市と東急=広告郊外とは、メディアなどを使いながら、
シミュラークル的に都市を構築していこうという欲望の、
かたや「盛り場ヴァージョン」、かたや「住居ヴァージョン」なんだと思います。
広告都市と広告郊外、その共犯的な対照関係が
もっとも鮮明に現れるようになったのが、渋谷の開発が一段落し、
郊外育ちの団塊ジュニアが中高生となる80年代である。

「趣都」秋葉原の誕生と「広告都市」渋谷の「死」は
同じ事態の表裏であるような気がします。

アマポラス

昨年からの懸案であった寝具を一新しました。

2週間ほどあちこちの寝具サイトをのぞいたり、実店舗を見たりして
結局、買ったのはインビスタ(旧デュポン)の洗えるおふとん。
ふとんを洗いたかったわけではなく、
私はいまだに二段ベットを使用しているので、
シングルサイズの布団では入らない。
(シングルサイズ(100×210)だが、家のベットは90×180)
ジュニアサイズを買うかオーダーメイドしなければいけないのだが、
ジュニア布団はアンパンマンとかキティとかキャラクターものばかり。
(ミッフィーのジュニア布団がサイズぴったりで一瞬買おうかと思った。)
アレルギー対策用だと、シンプルな布団でジュニアサイズも豊富だったので
そこから選んだ、というわけです。
しかし、アレルギー対策布団って今いっぱいあるんだね。
こまめに洗ったり、掃除機をかけなきゃいけないとか、お母さんも大変だ。
アレルギーうんぬんはわからないけど、軽くて暖かいのは本当で、
ますます布団から出るのが嫌になったり。

枕はテンピュール、布団カバーはシビラというミーハーなセレクト。
テンピュール枕はミレニアムネックピローのSサイズを買ったのですが、
高さが合わなかったのか、普通に使うとむしろ肩がこる!?
上下をひっくり返すとちょうどいいんですが、そうするとネックピローの意味が……。
感動するほど眠りが改善されたりはしませんが、
あお向けでも横向きでも、首が固定されるので、なかなか使い心地は良いです。

シビラの柄はさんざん迷ってアマポラスに。
フローレスやパイサッヘ、カンポ、ソル、モザイクなども気になったのですが、
どうせシビラから選ぶならヘンな柄にしようと。
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“昔懐かしのおふとん”という感じが気に入ったアマポラス。
しかし、風邪引いたりしてたので、まだ袋から開けてない。

『不都合な真実』

不都合な真実
『不都合な真実』
アル・ゴア/著
ランダムハウス講談社

元アメリカ副大統領アル・ゴアによる地球温暖化への警鐘本。
同名映画の書籍化で、映画も本も大ヒット中。

最初に「アル・ゴアが環境問題」と聞いたときは、
政治的パフォーマンスだろうぐらいに思っていたのだが、
なかなか、どうして、30年間取り組んできたというだけあって、
非常に熱意の感じられる本です。
なにより、ビジュアルをいっぱい使って、
アル・ゴア自身の言葉で語る、わかりやすさがいい。
ところどころにはさまれている彼自身の話
(子供が交通事故で一命をとり止め、一番大切なものは何か、
大きな転換点になったこと、環境問題に目を向けさせてくれた恩師、
13歳で喫煙をはじめ、肺がんで亡くなった姉、同じく自然を愛する妻など)
は、アメリカの政治家らしい高潔でまっすぐなエッセイだなー
と思ったりしてしまうが、このエッセイがあることで、
地球への彼の熱意を信じられる気になる。

巻頭と巻末に妻ティッパーの写したテネシー州の川の写真があるのだが、
同じ川なのに巻頭で見たときと巻末で見たときではまったく違う印象を受ける。
啓蒙の書としては出色のでき。

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