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『テレビゲーム教育論』

テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ 勉強してるんだから
『テレビゲーム教育論 ママ!ジャマしないでよ 勉強してるんだから』
マーク・プレンスキー/著
東京電機大学出版局

テレビゲームは有害なものではなく、子供たちは学校で学ぶよりも、
よりポジティブで、役に立つことをゲームから学ぶことができる、と主張する本。
『ダメなものは、タメになる』は、現在のテレビゲームや連続ドラマは構成が複雑で
理解するためには高い能力が必要になる、
として“ゲーム脳”を否定した画期的な本だったが、
この本はさらに一歩進んで、子供たちはゲームをプレイすべきだし、
親はそれを奨励し、積極的に学習に利用しようと提案する。

デジタルテクノロジーで育った若い世代を“デジタルネイティブ”、
歳を取ってからデジタル環境に渡ってきた世代を“デジタル移民”と呼び、
「今の子どもたちには、私たちの世代を教えるために設計された
古い教育システムは機能しない」と言う。

「実際、ゲームのなかに多くの学習プロセスが埋め込まれている。
ゲームのなかで子どもたちは、誤った判断をした時に悪い結果を受け取りながら、
失敗を通して繰り返し挑戦するなかで、賢いやり方を学んでいる。
これは、毎学期末に試験をして成績を付けられて成績表を持ち帰るという
繰り返しよりも、子どもたちの学習(子どもたちの精神的発達にも)にはよほどよい。」

ゲームを教育に利用するといっても、“エディテインメント”のような
“絵のついたドリル”ではなく、親と子で一緒にチームを組んで『ディアブロ』や
『エイジ・オブ・エンパイア』をクリアする例や、学校の教材として『ミスト』や
『シビライゼーション』を活用している例を紹介している。
家庭でのゲームの使用は親子の新しいコミュニケーションになるし、
学校でのゲームの利用はまったく新しい教育システムをつくるだろう。

「生徒にもはやひとつの学校に入学して専攻をひとつに決める必要はなくなる。
オンラインの標準カリキュラムにアクセスして、
好きなオンラインコースを選ぶだけでよくなる。」

「最近では、身体的な健康だけでなく、
プレイヤーの精神的な健康を改善するためのゲームも市場に出てきている。
A Journey Through the Wild Divine
指先にバイオセンサーを装着してゲームをプレイする。このゲームでは、
心をリラックスさせることでゲーム中のボールを宙に浮かせたり、
火を灯したりといった動作を行なう。ゲームはセンサーから
プレイヤーの生理的な状態を読み取って、結果を表示する仕組みになっている。」

「彼(NASAのアラン・ポープ博士)は、むしろこの技術が子どもの集中力改善、
特にADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもたちのために役に立つと考えた。
このゲームで、子どもたちの脳のガンマ派をベータ派に変えて、
集中力維持の仕方を教えることができるのだ。」

「アースクエイク・イン・ザ・ジップランドは
両親の離婚を経験した小さな子どもが直面する、感情的な問題を扱ったゲームだ。
否定的な思考や子どもの自殺などの問題を扱っていて、
子どもたちが心理的な傷や困難な状態から立ち直るのを助けるために開発された。」

子供がゲームから何かを学んでいることを理解するためにはどうするか、
子供とゲームについて話をする方法など、かなり具体的に親へのアドバイスが
のっており、親でも教師でもない私には、少々うるさいくらいなのだが、
親のためのゲームガイドとしてよい本だと思う。
個人的には『ライフ・アンド・デス』(盲腸手術、脳外科手術をテーマにしたゲーム)
がちょっと懐かしく、モッド(ゲームの改造)がおもしろそうだと思った。

「もちろん、不思議なポケモンクリーチャーは現実には存在しないし、
本当に人を殺すのはゲームではない。それを教えるのは、あなた(親)なのだ。」

◆読書メモ

移民たちにとって情報とは、将来利益を得るために他人の目に触れないように
隠しておくものだったが、デジタルネイティブたちは、
特にオンラインで最初に情報提供する存在になることで利益を得られると考えている。

ウェブカムは、デジタルネイティブたちのもうひとつの情報共有ツールだ。
自分の部屋やペット、奇妙なものを流し続けるほど価値があると考えられている。
一方、移民たちのウェブカムとは、自分の子どものベビーシッターが
ちゃんと働いているかを監視するというような、セキュリティのための利用が通常だ。

今や軍では、パイロット候補生にあらゆる軍事飛行フライトシミュレーションゲームを
マスターしていることを当然のこととして求める。そこで期待されているのは、
飛行機の飛ばし方についてというよりは、飛行時に生じる、なぜ、何を、
という戦略的思考の部分の学習だ。

ゲームは単独で存在するのではなく、
ひとつの巨大な学習システムや社会システムの一部として存在しており、
それが子どもたちを深くのめりこませているということだ。

トゥーンタウン
アラン・ケイのスクエーク

これらのゲームで行なっているのは従来の自習教材を強化したものとという以上に、
世界中で集まれるひとつの教室を作っているという側面がある
米陸軍シミュレーション・トレーニング・アンド・インスツルメンテーション部門
プログラムエクゼクティブ・オフィサー

それはゲームを若いデジタルネイティブたちが自分のメディアとして捉え、
理解され、信頼され、楽しまれているからだ。ゲームが親たちの言葉ではなく、
自分たちの言葉で語りかけてくれると感じているからなのだ。

最近のケータイの高級機種は、
すでに90年代前半の頃のパソコン並みのパワーを持っている。
最もシンプルな音声機能のみの機種でも、1969年に宇宙船を月面着陸させた時に
使用されていたコンピュータよりも複雑で高性能なチップが搭載されているのだ!

ある大人のゲームプレイヤーが、第二次世界大戦を戦った
退役軍人の父親と一緒に戦争シミュレーションゲームをプレイしたとき、
いかによいつながりを持つことができたかをとても感傷的に語ってくれた。

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