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『宇宙開発の50年 スプートニクからはやぶさまで』

宇宙開発の50年 スプートニクからはやぶさまで (朝日選書 828) (朝日選書 828)
『宇宙開発の50年 スプートニクからはやぶさまで』
武部俊一/著
朝日新聞社

1957年に打ち上げられたスプートニクから、
2007年に小惑星イトカワを観測したはやぶさまで、
人工衛星や探査機にスポットをあてた宇宙開発50年史。

最初の犠牲となったライカ犬の話など、興味深い話題が満載。
著者は元々、朝日新聞の論説委員なので、技術的な話よりも、
読み物としておもしろく書かれている。
(現場で取材した朝日新聞記者の話や、新聞に掲載された人々の声も
掲載されていて、当時の雰囲気を伝えている。)

宇宙開発50年史を振り返ってみると、それがいかに
米ソ競争の歴史だったのかがよくわかる。
現在の通信衛星や気象衛星、惑星探査の技術は
軍事と科学の狭間から誕生したのだ。
(月着陸と冷戦終結により、宇宙開発は失速していく)

現在も続けられている国際宇宙ステーションも、元はと言えば、
ソ連の宇宙基地ミールに対抗するためのものだった。
競争相手のいなくなった今、建設はゆっくりと進んでいる。
(ロシアもこのプロジェクトに参加している)
日本は共通システム運用経費の12.8%を負担、
日本の搭乗権も12.8%で、6人のうち3人はロシア枠、
日本人飛行士は2、3年に1回、出番が回ってくる。
(若田飛行士や野口飛行士が搭乗したのは、彼らが優秀だったから
だけでなく、搭乗権があったんですねー。びっくり)

本を読んで驚いたのは、かなり多くの人工衛星が
打ち上げに失敗していることだ。(宇宙飛行士の死亡は
ソ連のソユーズで4名、スペースシャトルで14名)
そして、人工衛星って、ずっと地球を回っているものかと思ったら、
使命が終わると、大気圏に突入させてるんですね。
そのほか、衛星を加速させるために惑星の引力を利用する
“スイングバイ”方式とか、知らなかったこともいっぱい。

個人的にはリアルタイムで記憶している
パイオニアやヴォイジャーの話が特におもしろかった。
私が子供のころもっていた『宇宙のひみつ』という本には
パイオニアが運ぶ異星人への手紙が大きく載っていたけど、
この銘板は、男女のヌード像が物議をかもしたそうだ。
(「発案者のカール・セーガンは「地球外よりも
内に向けたメッセージとしての意義の方が大きかった」と語っていた。)

1972年に地球を出発したパイオニアは、
2002年、30周年を祝って送られた電波の合図に、
22時間10分後に返信している。
電波でも片道11時間以上かかる120億キロのかなたを飛んでいた。
2006年には電源が尽きたのか、返信はなかった。
今ごろは地球から140億キロほどかなたを飛んでいる。
1977年に打ち上げられたヴォイジャー1号、2号は、
木星、土星、天王星、海王星を経て、1号は2004年、
2号は2006年、太陽風の境を越えて飛び続けている。


◆読書メモ

1957年11月、スプートニク2号に乗ったライカ犬は、
(犬種ではなく、ロシア原産サモエド系の雌イヌ)
モスクワ郊外の道で拾われ、宇宙犬に育てられた。
初めから片道切符で、衛星が大気圏に突入して炎上する前に
安楽死させる予定だったが、打ち上げから数時間後、
キャビン内の過熱やストレスで死んでしまった。

1963年ヴォストーク6号に乗り、「私はカモメ」で有名になった
初の女性宇宙飛行士テレシコヴァだが、
(「ヤーチャイカ」(こちらカモメ)とは無線のコールサインだった)
ひどい宇宙酔いに見舞われ、パニックに陥って、地上とひと悶着起こした。
交信もしばらく途絶え、予定された作業も一部中止された。
(5ヵ月後に引退した彼女は、飛行士と結婚している)

東京五輪の国際中継のため静止通信衛星シンコム3号が
打ち上げられたのは、開幕の2ヵ月前、1964年8月19日だった。

アポロ11号の4ヵ月後、1969年11月19日に月に着陸した
アポロ12号のチャールズ・コンラッド船長の第一声は
「ニール(アームストロング)にとっては小さな一歩だったが、
私にとっては大きな一歩だ」

文化大革命中の中国が1970年4月24日、打ち上げた
第一号衛星は、技術実験や科学観測よりも、
政治的なデモンストレーションを使命とし、毛沢東主席を讃える歌
「東方紅」のメロディーを20メガサイクルの電波で送信しながら地球を巡った。

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コメント

私の好きだった映画「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」の主人公の男の子が、「どんなにつらい状況だって、あのライカ犬よりはマシだ」と思って自分の孤独な状況を耐えていたのがすっごく印象的で(つらさを耐える方法としてすっごくけなげで、しかも共感できた)、ライカ犬のことって、妙に心の中に残ってます。そっか。あのライカ犬は、すぐに、死んじゃったんだねえ(悲)。

私がもっていた『宇宙のひみつ』にライカ犬の写真が載っていて、
「かわいそうに地球に帰れなかった」と書かれてました。
このキャプションを今でも覚えてるぐらいだから、
子供心にも印象に残ってるんだよね、ライカ犬。

この本によると、その後、実験用に乗せられた2匹の犬は、無事に帰ってきて、
記者会見までしたんだそうです。そのほか、カエルやクモ、ハエ、サルなど、
人間を乗せる前にいろいろ実験したんだとか。

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