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『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ!』

世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ! コレクターが追い求める「幻の切手」の数奇な運命

『世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ!
コレクターが追い求める「幻の切手」の数奇な運命』

ヘレン・モーガン/著
光文社

1847年、モーリシャス島で初めて発行された切手は
全部で1000枚しか発売されず、
「POST PAID」とするべき文字を「POST OFFICE」
と印刷していたために、稀少さから多くのコレクターを引きつけた。
オレンジ色の1ペニー切手と、ブルーの2ペンス切手は
“ポストオフィス”と呼ばれ、現在、残っているのは26枚
(真贋のはっきりしないものを入れれば27枚)。
本書ではポストオフィスをめぐる、発行の謎、
コレクターとディーラーたちの取り引き、
切手発見にまつわるエピソードをつづっている。

この本を読むまで、ポストオフィスなんて切手が存在することも
知りませんでした。このポストオフィス、どのくらい高額かというと、
1971年、日本人コレクターが、1ペニーと2ペンス切手の貼ってある
封筒を購入したときの価格が1億2000万円、
同じ封筒が1988年、ほかのコレクターに渡ったときの価格が
380万ドル、だそうです。一般人には絶対買えません。

実は、小学生の時に切手収集をしていたことがあるのですが、
単に図柄として綺麗かどうかがポイントで、
ウルトラマンカードか何かと同じように考えていたので、
同じ切手は“ダブり”だと思って、人にあげたりしてました。

ポストオフィス切手自体は図柄がそれほど魅力的だとも
思えないのですが、(実際の写真はここ
当時の総督夫人レディ・ゴムの舞踏会の招待状に貼られていたとか、
モーリシャス切手が有名になって古い手紙の束を探してみたら、
この切手が発見されて高額で売れたとか、
いくぶん逸話もまじったそのエピソードにはわくわくします。

私はめずらしい切手があると、水につけて封筒からはがしていたけど
(それが正しいはがし方だと切手収集の本に書いてあった)
現存するポストオフィスの中で、一番魅力的だと思うのは、
未使用のブルー・モーリシャスではなく、
封筒ごと残っている“ボルドーの手紙”。
モーリシャス島と交易のあったボルドーに届いたこの封筒には
イギリスやフランスを経由してきたスタンプがいくつも押してあって、
(モーリシャスからボルドーまで手紙が届くには85日かかった)
それだけで当時の雰囲気が伝わってきます。
このように切手が貼ってあって、消印が押されている封筒を
“エンタイア”と言って、ものによっては消印が残っている切手のほうが
価値があったりするというのも納得。

たんなる切手収集と区別して、郵趣家、フィラテリスト
という言葉が出てくるが、このコレクターたちの変遷がまたおもしろい。
1900年頃であれば、世界の切手を全てコレクションすることも
現実的に可能だったわけですが、
今となってはポストオフィス1枚とっても超金持ちでないと買えないわけで、
めずらしい切手が市場に出てくるのは、コレクターが死んだ時、ってのがまた。
その中で、日本人コレクター金井宏之が一時期は6枚も
ポストオフィスを所有していたってのがすごい。そんな人もいるんだ。

切手1枚とっても、そこにはいろんな歴史があるわけで、
そこが切手収集の一番の魅力だろうし、
ていねいな取材で、この本はそこをうまく伝えている。
今では家のどこにあるのかわからない私の切手帳を探して、
開いてみようかという気分になりました。

◆読書メモ

イギリス王室に仕える男が、ジョージ皇太子にこう話したという。
「殿下、ご存知ですか。どこぞの大バカ野郎が、たった1枚の切手に
1450ポンドの値をつけて競りおとしたそうですぞ」
するとのちのジョージ5世はこう答えた。
「ああ、その大バカ野郎は私だ」

初RUN

あけましておめでとうございます。

さて、今年はまじめに走るよ、ということで早速、初RUN。
グラウンドをぐるぐる走るのは去年で懲りたので、
「この辺で走れる場所はないか」と親に聞いたところ、
「犬の散歩や走っている人は農道を使っている」とのこと。
で、確かに、ほぼまっすぐで、車も時々しかこない道が
ずーっと続いているのはいいんですが、
(5kmで折り返したけど、まだずーっと続いてたよ)
山のふもとなので、往路はずーっと登り道、向かい風。
真理マラソンの時のような川風対策の練習だと言い聞かせて走りましたが、
基本的に景色は変わらないし(目の前に甲斐駒と田んぼ)、
なかなか辛いコースでした。

『Flashdance...What a Feeling』(こんなのも入れてみたよ)は
予想以上にパワーアップ曲でしたが、
甲斐駒と田んぼとフラッシュダンス、そして向かい風、
ってミスマッチというか、なんかのギャグみたい。

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今朝の甲斐駒。

『走ることについて語るときに僕の語ること』

走ることについて語るときに僕の語ること
『走ることについて語るときに僕の語ること』
村上春樹/著
文藝春秋

ねーさんをはじめ、私の周囲のランナーたちから
大いなる共感をもって受け止められている
村上春樹が「走ること」について語った本。
この本を読みながら年を越しました。

「なぜ、走るの?」
「走るのって辛いだけで、どこがおもしろいの?」
ランナーであれば、一度や二度、聞かれた経験のある質問。
そしていつもうまく答えられたことがない。
ランニング本を作って、いろんなランナーに会って、よくわかったのは、
結局、私たちは美容とか健康とかタイムとかのために走っている訳じゃない
ということ。じゃあ、何のため?、というのは人によって微妙に異なるので
やっぱりうまく答えられないんだけど、私の場合はひと言でいうなら、
「強くなりたいから」なのかなと、この本を読んで思いました。

「長距離ランナーの孤独」とか、走っているときの自分との対話とか、
努力の結果で得られるタイムとか、ゴールした時に得られる何かとか、
そういう漠然としたものを、村上春樹はちゃんと言葉にしているので、
ランナーにしてみれば「よくぞ言ってくれました」って感じなのでは。
(さすがに100キロマラソンについては、理解の範囲外。
「もう誰もテーブルを叩かず、誰もコップを投げなかった」
という素敵なサブタイトルがついていますが、
これが「筋肉の革命議会」のことだとは。うーん、まだまだ経験したくない。)

フルマラソンを人生に例えるランナーってのは結構いるんだけど、
たしかに「生きること」と「走ること」はどこか似ているのかも。
村上春樹が「嫌なことがあるといつもより少しだけ長い距離を走る」
という気持ちはよくわかる(実際にやったことはまだないけど。)
おおげさに言えば、人生の苦しみとか生きることの困難を
走ることで乗り越えようとするわけだ。
あるいは、走ることで乗り越えられる自分になろうとする。
(まあ、私の場合は、「仕事でむかつくことがあった」程度の困難なのですが。)
もちろん、走ることと人生はリンクしているわけではないので、
その距離を走れたからといって、人生の困難が減るわけじゃないのですが、
まあ、それでも走るのがランナーなので。

「少なくても最後まで歩かなかった」というサブタイトルには、
へっぽこランナーでごめんなさいって感じなのですが、
私は村上春樹ほどストイックな人生観のランナーではないので、
とりあえず「歩いたけど、完走しました」というのをめざしたい。


◆読書メモ

一般的なランナーの多くは「今回はこれくらいのタイムで走ろう」
とあらかじめ個人的目標を決めてレースに挑む。
そのタイム内で走ることができれば、
彼/彼女は「何かを達成した」ということになるし、
もし走れなければ、「何かが達成できなかった」ことになる。
もしタイム内で走れなかったとしても、やれる限りのことは
やったという満足感なり、次につながっていくポジティブな手応えがあれば、
また何かしらの大きな発見のようなものがあれば、
たぶんそれはひとつの達成になるだろう。
言い換えれば、走り終えて、自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)
が持てるかどうか、それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。

昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。
長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、
それは過去の自分自身なのだから。

誰かに故のない(と少なくても僕には思える)非難を受けたとき、あるいは
当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、
僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。
いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。
そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。
いちばん底の部分でフィジカルに認識する。
そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、
ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。

走りながら、自分の身体の組成が日々変化を遂げているという感触があったし、
それは心嬉しいことでもあった。三十歳を過ぎた今でも、僕という人間の中には、
まだそれなりに可能性が残されていたのだなと感じた。
そのような未知の部分が、走ることによって少しずつ明らかにされつつあるのだ。

人は誰かに勧められてランナーにはならない。
人は基本的には、なるべくしてランナーになるのだ。

こういうものすべて「夏バテ対策」というよりは、あくまで身体が自然に
「そうしてください」と求めてくることなのだ。
毎日身体を動かしていると、そういう声が聞こえやすくなってくる。

もし忙しいからというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、
走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。
僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」を
ひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。
暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。

与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に
自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、
それはまた生きることの(そして僕にとってはまた書くことの)
メタファーでもあるのだ。

「苦しい」というのは、こういうスポーツにとっては前提条件みたいなものである。
もし苦痛というものがそこに関与しなかったら、いったい誰がわざわざ
トライアスロンやらフル・マラソンなんていう、
手間と時間のかかるスポーツに挑むだろう?
苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、
自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、
僕らはその過程に見いだすことができるのだ。

そんな人生がはたから見て-あるいはずっと高いところから見下ろしてー
たいした意味も持たない、はかなく無益なものとして、
あるいはひどく効率の悪いものと映ったとしても、
それはそれで仕方ないじゃないかと僕は考える。
(略)少なくとも努力をしたという事実は残る。
効能があろうがなかろうが、かっこよかろうがみっともなかろうが、
結局のところ、僕らにとってもっとも大事なものごとは、
ほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。
そして本当に価値のあるものごとは往々にして、
効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。

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