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『ウィキペディアで何が起こっているのか』

ウィキペディアで何が起こっているのか―変わり始めるソーシャルメディア信仰
『ウィキペディアで何が起こっているのか
変わり始めるソーシャルメディア信仰』

著 山本まさき、古田雄介
九天社

ウィキペディア日本語版が現在抱える問題点について追求した本。
企業や省庁による編集問題やイオンド大学事件、
西和彦ページ削除など、実際に起こった事例や、
ウィキペディア側、アンチウィキペディア側のインタビューを通して、
変わりつつあるソーシャルメディアを考える。

この本で、ウィキペディア日本語版の一番の問題点とされているのが、
誰も責任をとる者がいないこと。
(英語版には、ウィキペディア財団や創始者ジミー・ウェールズ氏という
代表者が一応いる。)
性善説によるユーザーの自治をめざすウィキペディアは
悪意のある参加者を排除できない。

ウィキペディアに「管理者」はいるが、
彼らは基本的に一般ユーザーのひとりであり、
ブロックや保護の操作ができる権限をもっているにすぎない。
管理者は投票によって選ばれ、
書き込みがガイドラインに違反していると判断された場合、
措置を取ることができるだけで、彼らが積極的に「運営」をしているわけではない。
裁判などの問題に発展した場合は、アメリカのウィキペディア財団に直接、
訴えるしかなく、現実的にはとてもハードルが高い。

そもそも、こうしたウィキペディアの自治の仕組みというのを
初めて具体的に知ったので、「みんなで運営する」という精神が
わりと崇高に流れているのにびっくり(お題目だけだろうと思っていた)。
そして、黎明期ならともかく、ユーザーが増え、
ウィキペディア自体の注目も高くなった現在、
その理想がかなり揺らいでいることもわかった。

「書き込み」は誰かが責任を取らなくてはいけない。
2ちゃんでは匿名性の責任をひろゆきという個人がひとりで負っている。
(この指摘はわりと目からウロコ。
本来、書き込みに問題があった場合、
訴えられるのは書き込んだ本人であるはずだが、
2ちゃんの場合は、ひろゆきが訴えられる。
ひろゆきが責任を負っていることで、2ちゃんの匿名性は維持されている。)
ウィキペディアの場合は、この責任を誰も取らない。

ウィキペディアが抱えてる問題は、
ソーシャルメディア全体を代表するものだとか、
Google版ウィキペディア『knol』の試みとか、
いろいろおもしろい指摘は多いのだが、
著者(2人いるけど中心となっているのは山本氏)の主張が強すぎて、
なぜイオンド大学の事例が、ネット全体の問題になるのか、
いまひとつ説得力が弱いところや理解しにくいところも。

「みんなの意見は案外正しい」けど、「真実」ではなかったり、
「案外正しい意見」では、ジャーナリズムになり得ないとか
そもそも「みんなの意見」って何さ、
ということを考えるきっかけにはなりました。

◆読書メモ

著者がウィキペディアと対照的な例として上げているのが、
ニュースサイトDiggの事件。
次世代DVDの暗号化鍵についての書き込みやリンクを
Diggが削除したところ、ユーザーは「検閲だ」として猛反発。
数日後、Diggの設立者ケビン・ローズは以下のコメントを発表。
問題となった暗号化鍵そのものがコメントのタイトルとなっていた。
はたしてこのような気骨のある態度をウィキペディアは示せるだろうか、
というのが著者の主張。

「けれども今、何百という物語を見て、
そして何千というコメントを読んで、はっきりした。
あなたは大企業に屈服するより
Diggが戦って倒れるのを見たいのだ。
あなた方のいいたいことがわかったので、ただちに我々は
コードを含んでいる記事やコメントを削除することをやめる。
そしてその結果、何が起きたとしてそれを受け入れるだろう。
たとえそれで負けたとしても、我々は戦って死ぬのだから。」

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