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母親讃歌ラップの謎

先日、ねーさんとK嬢との間で話題になった母親讃歌ラップ。
長くなるけど、最近の若者文化に感じる違和感とも重なるので
書いてみる。
元ネタは速水健朗氏が書いていたコラムで、
母親への感謝を歌ったラップについて。

速水さんがあげていたのは同時期に発売された2曲、
SEAMO『MOTHER』 (2008年5月7日発売)
LGYankees『Dear Mama feat.小田和正』  (2008年5月9日発売)
だったけど、ググったらさらに2曲ありました。
かりゆし58『アンマー』 (2006年7月5日発売)
K DUB SHINE『今なら』 (2004年2月4日発売)

私はこのうちSEAMOの『MOTHER』がスーパーで流れていたのを
聞いたんだけど、正直、びっくりした。

 「明日朝7時に起こして」と言って
 あなた時間通りに起こしてくれて
 しかし 理不尽な僕は
 寝ぼけながらに言う言葉は「うるせぇ!」
 こんな繰り返しのルーティーン いやな顔ひとつせずに
 あなた 毎日起こしてくれた
 どんな目覚ましより温かく正確だった

母親へ感謝を捧げること自体はもちろんかまわない。
しかし、この言葉の幼稚さは何なのだ。
そして、てらいもなく捧げられる「お母さんありがとう」。
そのストレートさにむしろ薄気味悪いものを感じた。

で、ほかの曲も視聴してみたんだけど、
「色んな意味でSorry Mama」
「ホントいつもしてた親不幸
そのうち連れて行くよオアフ島」
(「親不孝」と「オアフ島」が韻を踏んでる気持ち悪さ)

この薄気味悪さを感じてるのは私だけじゃないようで、
「母親メッセージ系ラップに感じるものすごい違和感について」
というエントリーがうまくまとめている。
(速水さんの『ケータイ小説的。』が引用されてるのも近いものを感じます。)

細野晴臣は「SEAMOを“青年の主張”で
『MOTHER』はかっこ悪い」と批判してます。
「細野晴臣、「SEAMO」「青山テルマ」「 SoulJa 」をdisる」

こうやって並べてみると4つの曲はすごくよく似てる。
「貧乏で、苦労させて、パクられて泣かせたこともあって、
だけど感謝してる、産んでくれてありがとう」
というストーリー。
私は最初、お約束のストーリーがベースにあるのかと思ったんだけど
(車の前に飛び出した子供を助けようとして事故にあうとか、
目の見えない心優しい少女のために角膜を提供するとか、
そういう“お約束”ストーリー。)

で、見つけたのが次のコメント
「2pacの曲は米ラップ界の規定「母親もの」なんですが、
男子が皆刑務所にいくのが義務づけられている黒人社会では、
母親だけが親である、という単純な政治が背景になっているのが母親賛歌ラップ。
しかしこれが紋切り型になり過ぎで最近は酷いですね。
殺し屋の目にも涙、というテーマでお母さんについて歌い、
かつみんなこういうのを好む。」

2Pacについては何年か前(1996年)に射殺された
黒人ラッパー程度の知識しかなかったんですが、
彼のその名も『Dear Mama』は有名らしいですね。
歌詞と日本語訳はこちら
彼のお母さんは黒人解放を訴えたブラックパンサー党員で
牢獄で彼を産んだとか。そういう背景があるので、
『Dear Mama』の「母さん、感謝してるよ」には意味があるわけです。

私が知らなかっただけで、“母親讃歌ラップ”というジャンルが
黒人ラップにはすでにあったわけで、貧乏、暴力、感謝のモチーフも
この時点でそろっているし、父親不在なのも説明がつく。
それをパクったというか、自分のレベルで書いたら、
「刑務所」が「学校さぼった」になるんだろう。

元ネタがわかったところで、私的にはわりとすっきりしたんだけど、
それと同時に最初の4曲に感じた違和感(というかむしろイライラ)
って、たぶん「本気が感じられない」ことが原因なんだと思う。
彼らにしてみれば、本当にお母さんに感謝してるんだろうけど、
わかりやすいお涙頂戴ストーリーになってしまっていて
それを聴いて「感動した」っていうのって、すごく上滑りな感じがする。

古い例をあげると
沢田知可子の『会いたい』って曲が1990年にヒットしたけど、
恋人の死を歌ったこの曲に涙した女の子たちは、
おそらく恋人の死など経験していない。
そこに自分の小さな失恋を重ねて泣いているだけだ。
ちなみに『会いたい』の作詞は沢ちひろ、作曲は財津和夫。
wikiによると沢田知可子は応援してくれていた先輩を
交通事故で亡くしているけど、歌詞は沢ちひろのフィクション。
恋人を亡くした本当の痛みなどこの歌にはない。
(だからこそ簡単に失恋を重ねられる名曲になったんだと思う。
本当の死が描かれていたら簡単には涙できない。)
それと同じような「お母さんありがとう」を感じるのです。

一応、言っておくと、私だって母には感謝してるし、
母親讃歌に感動することを笑う気持ちなど微塵もない。
だけど「ありがとう」なんて、思ってるからこそ、
そんな簡単には口にできない。
「ありがとう」、「大好き」という言葉の軽さと
注意されたから頭にきて家族を殺害する動機の軽さは
表裏一体な気がするっていったら、うがちすぎでしょうか。

DVD『主人公は僕だった』

主人公は僕だった (Blu-ray Disc)
『主人公は僕だった』

「自分の人生の中では誰もがみな主人公」という歌詞がありますが、
これは、自分が小説の主人公だと気がついてしまった男の話。

着想はおもしろいけど、これが映画としておもしろくなるかどうかは
役者と演出がキモになると思うが、
きまじめな国税局の役人をウィル・フェレルが好演し、
ていねいで静かな演出もよい。
文学的ナレーション(この物語自体が小説だから)も心地いい。

エマ・トンプソン、ダスティン・ホフマン、クイーン・ラティファと
芸達者なキャストの中でも、マギー・ギレンホールが光っていた。
おばさん顔の彼女がこの映画ではとってもキュート。

『スモーク』のように、コーヒーを飲みながら、
静かな休日の午後に素敵な小説を読んだような気分になれる映画。


クリスマスツリー点灯式

オペラシティのクリスマスツリーが完成しました。
前に初台にいたときも、わりと楽しみにしていて、
今回、初台に戻ってきて、「あー、今年はツリーが見れるんだな」と思ったり。

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11月10日 まだ足組みだけ。

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11月13日 まだかなー。

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11月17日 完成?

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11月20日 点灯式。5、4、3、2、1……、

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点いた!

実際にはカウントダウンが終わっても、周りのライトだけ点いて
ツリー本体が点灯するまで数秒、間があったりしました。
ボジョレーヌーボーがふるまわれたり、
BIGBELLとTFM少年合唱団のミニライブが行なわれたり
意外に楽しかったのですが、寒かった~。

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おまけで11月14日の世界糖尿病デーの都庁の青いライトアップ。
青くなったりピンクになったり、ライトアップの仕組みって
どうなってるんだろう? フィルターかぶせてるのか、
電気的に制御できるんだろうか。


ハッピーアワー

最近(といっても1ヵ月以上前の写真もあったりして
今さら感もあるのだが)、食べたものとか。

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『パークハイアット』のデリロール。
2つ買って、スライスしてもらったら、結構かわいい。
ハッピーアワーならこれで600円。

毎度、“ハッピーアワー”にしか行かないのだが、
「お待ちの○○様~」、「フォークとナイフはご入用ですか」、
「お持ち帰りのお時間は」などのハイアットプレイに疲れる。

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『base』のハワイアンスタイルバーガー。

3時とか5時過ぎとか、半端な時間だからなのか、
いつ行っても他に客がいない。大丈夫なのか。
1000円台のハンバーガーはお高いけど、
パンからトマトまで、素材にこだわってます、という実直な味。
オススメの食べ方3つが書いてあって、
フォークとナイフを使って、パンとステーキ感覚で食べる、
という方法を教えてくれたのもポイント高い。
この食べ方だとアメリカンバーガーもキレイに食べられます。

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『タヒチアンノニカフェ』のノニチャイ・ラテ。

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サラダボール。

チキンライティはいまひとつだったけど、サラダボールはOK。
のんびりできるので、時間があるときには良いです。

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おまけでコンビニで売ってたハロウィン菓子パン。
味はコンビニ並みだが、かわいい。

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『chair cafe』のサンドイッチ。

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『chair cafe』。好きな椅子を選んで座ってください、
というコンセプトがコジャレてます。

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イベント空間っぽいので、あまり落ち着けないところが残念。

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『ユソーシ』のどんぶりランチ。

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『ysoshi(ユソーシ)』。お座敷にクッション。
和コンセプト感が漂いますが、嫌いじゃないです。
ただし、クッションは意外と座りにくい。

映画『アフタースクール』

アフタースクール

『アフタースクール』
at 早稲田松竹

「甘く見てるとダマされちゃいますよ」
という宣伝コピーから予想はつくので
1回目のドンデンはひっかからなかったけど、
2回目、3回目は小気味よくだまされる。
ラストにいたってはだまされることが心地いい。

冒頭、大泉洋が「休みだから、大丈夫」と言う。
この台詞から見ている方は勝手に「長い休みってことは
学校の先生か何かかな」と想像する。事実、彼の職業は教師だ。
そんな風に、ささいな台詞やディティールに観客は想像力を働かせ
登場人物たちの気持ちや背景を勝手に構築して、彼らをわかったような気になる。
例えば、堺雅人を送り出す常盤貴子の表情がやけに寂しそうだったり、
出社する堺雅人の台詞がまるでもう帰ってこない人の言葉のように感じたり、
もちろん、その中のいくつかはミスリードなのだが、
観客はむしろ自ら進んでだまされているのだ。

『水曜どうでしょう』をはじめ、大泉洋出演作をほとんど見ていないので
彼の人気がいまひとつ理解できなかったのだが、
(彼は女より男にモテる?)
この映画の大泉洋は、同級生にこんな奴いたらいいな、
と思わせる“いい人”を嫌味なく演じている。

田畑智子は久しぶりにスクリーンで見た。
美人ではないけど、なかなかかわいい。
最初、「彼女がクラブで一番人気のホステスなんて無理がない?」
と思ったものの、「愛嬌があるからああいうタイプが好かれるのかも」
と勝手に納得。(その時点でもう術数にはまってるんですけどね。)


映画『おくりびと』

「おくりびと」オリジナルサウンドトラック
『おくりびと』
at 新宿ピカデリー

追悼・峰岸徹というわけで見てきました。
最初、この映画のタイトルを聞いたとき、
「誰が見たがるんだ、そんな辛気臭い話」って思ったんだけど
公開後、聞こえてくるのは好評価ばかり。
モントリオール映画祭グランプリ受賞もあって大ヒットを記録中。
そんな好評価を前提に見たこともあって、
見ている間は私もおおむね好印象。

重くなりがちな死というテーマを
納棺師という仕事を通して、むしろ軽めに
ユーモアさえ交えて描いている点など感心。

ストーリーはほぼ予想通りの展開で、
吉行和子にいたっては登場したとたんにフラグが立つほど。
そのほか、納棺師という仕事に対する感銘を
本木雅弘が台詞で全部説明しちゃうこととか
遺族からの感謝のエピソードはひとつで十分じゃないかとか、
広末涼子演じる妻のわかりやすい拒絶の台詞と
これまたわかりやすい夫の仕事を認める台詞とか、
笹野高史の「門」という言葉の説明っぽさとか、
難点ではあるものの、この映画の中心ターゲットが年配層であり、
観客のほとんどが納棺師という職業を知らないということを考えるなら
これくらいのわかりやすさはむしろ親切なのかも。

実際、観客の多くは年配女性で、
映画の要所要所で笑い、泣き、しているわけなのだが、
私も含めて多くの人は映画のストーリー自体よりも
「自分が誰かを送ること」をどこかで想定して
泣いているんじゃないかと思ったり。

妻役の広末は最近のテレビドラマの存在感のなさにくらべると
ずっといい演技をしているんだが、それでもニコニコ微笑みながら
花に水をやる様子だとか、どうにも鼻につく。
目がへの字になった笑顔は般若にしか見えなかったり。
一方の本木雅弘は眉を八の字に下げた悲しそうな顔もうまい。
(妻を亡くした夫の役で存在感のある役者がいるな
と思ったら山田辰夫だった。さすが、いい顔してます。)

食事をする場面が何度も出てくるのは、
山崎努の台詞が表わすように、食べること=生きること、なんだろう。
映画を見た後、お腹が空いて、唐揚げを選んでしまったのは偶然ではない。

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