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本『カレーライスと日本人』

カレーライスと日本人 (講談社現代新書)

『カレーライスと日本人』
著 森枝卓士
講談社現代新書

インドにはカレーライスという料理は存在しない、
というのはよく知られた話。
じゃあ、何をさしてカレーというのか、インドをめぐるカレー研究から始まり、
カレー粉が誕生したイギリスのC&Bへ飛び、
イギリス経由でカレーが入ってきた大正、明治の日本の歴史を追いかけ、
なぜ、かくも日本人はカレーが大好きなのかを検証する。

初版は1989年。なので、今とは多少事情が変わっていて、
「インディカ米はカレーによく合うが日本では輸入できない」
なんていう記述もある。
私が子供の頃はカレーといえば、ハウスバーモンドカレーだったけど、
今では、会社の目の前の店で本格的なインドカレーが食べれたり、
ナンもグリーンカレーもタイ式カレーもずいぶん一般的になった。

インドからイギリスに伝わり、イギリスでカレー粉が生まれ、
日本でカレールウが生まれ、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンが入る
という日本のカレーライス誕生物語にはワクワクする。

インドではライスではなくチャパティをカレーの主食とする地域もあるが、
イギリスが最初に植民地としたのがベンガル地方で、
ベンガルは米が主食だったので、ライス式のカレーがイギリスに伝わったとか、
最初に日本に伝えられたレシピでは、肉は羊や牛、鳥、またはカエル!で
野菜は葱、リンゴだけだったとか、(「リンゴが入っているのが
バーモンドカレーの専売特許でなかったことが妙におかしい」と著者は書いている)
ジャガイモ、タマネギ、ニンジンは明治に入ってきた「西洋野菜」で、
普及につれて、シチューとの合体でカレーの素材になったとか、
大量に作れて、ひと皿で飯もおかずもすむカレーは軍隊で重宝され、
軍でカレーの味と作り方を覚えた青年たちが農村に広めたという説や、
輸入品のC&Bのカレー粉を増量材で水増ししようという研究から、
国産のS&B印カレー粉が生まれたとか、おもしろいコネタが満載。

伝統的な日本料理だと思われている、
テンプラ、寿司、味噌、醤油も外国から入ってきたもので、
その受容性の高さこそが日本料理なんだなーとか、
実は東インド会社って歴史的にすごく重要かもとか、
歴史やら文化やらいろいろ経由してカレーライスが誕生した
と思うと、奥の深さにびっくりしたり、なかなかの名著だと思います。


◆読書メモ

現在のカレーの辛さの主成分である唐辛子がアメリカ大陸原産で、
おそらくこの大航海時代の交易でおとずれたヨーロッパ人によって
もたらされたからである。
インド料理でおなじみの材料、トマト、ジャガイモもアメリカ大陸原産である。
だから、カレーが現在のような形になっていくのにも、
大航海時代のヨーロッパが貢献していることになる。あの時代に、
あのようなかたちでヨーロッパとアジアのかかわりが持たれなければ、
いまのようなカレーにはならなかっただろうし、当然ながらイギリスを経由して
日本に紹介されることもなかっただろう。

同じように、同じ時期に日本に紹介されて、ものによっては受け入れられ、
ものによっては広まらなかったというごく当たり前の選択がおこなわれたのだろうが、
さも真新しいもののように、最近の女性誌で紹介されたりするアーティチョークなどが、
実はこんなに昔から入っていたということに妙なおかしさを感じる。

テンプラは安土桃山時代にポルトガルから入ってきた料理である。
テンプラということば自体、調理を意味するポルトガル語、temporeが
なまったものだ、などの説がある。もともと、日本料理には揚げ物はなかった。
寿司もルーツをたどると、中国の雲南省から、ビルマ、タイあたりにかけての
山岳部で、魚をご飯と一緒に漬け込んだ馴れ寿司にまで行きつくらしい。
味噌、醤油のような基本的な調味料も、やはり中国から入ってきて、
日本式に変化していったものだ。

「肉食の復活と、洋食という新しいシステムの出現に対して、
プロの日本料理人たちはそれを取り入れて伝統的な日本料理のシステムを
再構築することをしなかった。幕末の時期におけるシステムをそのまま固定化し、
みずからを化石化することによって、
伝統的なシステムをまもる方向にむかったのである。
以後、カレーライスやコロッケなどをとりこんでいく家庭の食事のシステムと
伝統的素材と技術にこだわる日本料理専門店との差が著しくなっていく。」
『外来の食の文化』

石毛直道は、植民地となったことがない日本人は、
特定の国家や民族に限定されたモデルをもたない欧米像を作り上げた
とも指摘している。植民地であった国は影響をストレートに受けているし、
明確な西洋のイメージも持っている。
日本国内でなら戦前のホテルや高級レストラン、現在のフランス料理店などは
フランス料理という明確なモデルを持っている。
対して、「洋食」の場合は、日本人が漠然とイメージした西洋一般であり、
日本で再編成された外来風の食事システムとなるという。

大正十二年の大震災は酷い被害をもたらしたし、古い秩序や価値観を
一新させてもいる。江戸時代からずっと畳敷きだったそば屋が、
いまみたいな椅子のスタイルに変わっていくのも
震災以後の建て直しのときからだった。そして、外見が変わるのと一緒に
メニューでも新しいものを受け入れている。カツ丼、ライスカレーなどが
登場するのもこのころからなのである。

もう一つの流れが東京、新宿の中村屋のカレーにはじまるインド式カレーである。
中村屋の創業者、相馬愛蔵はインドから亡命してきた独立運動のメンバー、
ラス・ビバリ・ボースを助ける。ボースはやがて相馬の娘と結婚して、
昭和二年に中村屋が喫茶部を設けたさいには、彼の協力でインド式カレーが
メニューに加えられることになる。これが、「本物のインド式カレー」ということで
大好評をはくし、中村屋の名物になっていく。
そして、そこからインド式カレーも根付いていき、
とくに戦後、数多くのインド料理屋が繁盛するという方向に結実する。
さらにこの流れは「エスニック」という東南アジアをはじめとする、
それまで知られていなかった味の世界が親しまれ、
ブームになっていく下地をつくる。

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