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本『ゴシックハート』

ゴシックハート
『ゴシックハート』
著 高原英理
講談社

“ゴシック”の精神について、ゴシック建築からゴシック・ロマンス、
現代のゴスロリまで広く論じた本。
語られるテーマは、人外、怪奇と恐怖、様式美、残酷、身体、
猟奇、異形、両性具有、人形、廃墟と終末、幻想と幅広く、
例として出てくる文学、絵画、コミックも、
『フランケンシュタイン』、『アッシャー家の崩壊』、
三島由紀夫、澁澤龍彦、サド、江戸川乱歩、稲垣足穂、
『芋虫』、『のろいの館』、ハンス・ベルメール、
『攻殻機動隊』、『ヘルター・スケルター』、『デビルマン』、
『エヴァンゲリオン』となかなか魅力的なラインナップだ。

以下の文章などは『エヴァンゲリオン』について
今まで読んだものの中で一番納得できた。
「これは、ごく普通の、信念に乏しく勇ましくもない現代日本の少年が、
君にすべての決定を委ねると言われてただ困惑し、
結局は愛ですらない性的な衝動でしか世界を測れなかった、
という情けない実態を露呈させた物語と言ってもよい。」

また、廃墟に関する次の文章にも共感する。
「洋の東西こそ違え、古城の壁に穿たれた狭い窓を仰ぎ見るときに
訪れる何かが語られる。
幾多の手懸りをもとに足穂が伝えようとする最も肝要なものは
「さながら野外テーブルのおもてを掠めた小鳥の影のように、
われわれの脳裡に閃く何いうともない気懸り」
としか言えない何かなのだ。
それはフリードリヒにもあり、『ヴェルーシュカ』にもグラックにもあった。
ばかりか街でふと見つけた工場跡や壊れゆく無人の住居にもあるものだった。
現在の静かな物思いの根拠として、同時に非在の彼方を偲ばせるよすがとして、
あらゆる廃墟にその気懸りはあり、それをこそ私は「懐かしい」と言う。」

私自身、ゴシック建築や廃墟には強く惹かれるものの、
猟奇や残酷、両性具有となるとちょっと引く。
『エヴァ』におけるグノーシス主義の話も、話が難しいというよりは、
こういう哲学的語りにありがちな文体が難しくてよくわからなかった。

ただ、ゴシックな精神というものが、たんなる趣味嗜好、
好悪にとどまるものではなく、現実からの逃避というか、飛翔、
それがなくては生きられない、幻想の世界なのだということは理解できた。
そう思って見ると、ゴスロリ少女たちのギリギリのラインで生きている
という感じもわからないでもない気がしてくる。


◆読書メモ

ゴシックのスタイルは本質的に過去の遺産の変奏と言ってよい。
ただしその過去は実のところ一度もあったことのない架空の過去だ。
ゴシックは十八世紀ヨーロッパの合理主義に反発し
敢えて非合理的な中世に憧れる意識の書き残した物語を起源としており、
そこに語られる中世の世界とは、古い建築の印象から形成された、
歴史的事実によらない幻想だからである。

あまり意識されていないかも知れないが、
ゴシック・ロマンスには作者が十代から二十代の頃に書かれたものが多い。
『ヴァセック』はベックフォード26歳のとき、『ウィーランド』はブラウン27歳、
『吸血鬼』はポリドリ24歳、『マンク』はルイス21歳、
『フランケンシュタイン』はシェリー21歳のとき刊行された。
ただしベックフォードは22歳で『ヴァセック』を書いたことがわかっており、
『マンク』脱稿のさいルイスは19歳、また『フランケンシュタイン』の
執筆開始はシェリー18歳のおりとされる。
どちらかと言えばこれらは当時の若者の文学だったのだ。
しかも「良識」からは憎まれるセンセーショナルな内容を持つ。

古くはプラトーンの『饗宴』に出てくるエピソードも有名だろう。
かつて人間には男性・女性・両性、という三種類があり、
みな丸い体にそれぞれ四本の手と四本の足を持ち、
また同じ顔を二つ、性器も二つ持っていた。
ところが人間たちはその不遜さから神々に挑戦しようとしたため、
ゼウスによって体を真っ二つにされ、以後、人はその半身を恋うようになった、
という話である。当時のギリシアらしく、かつて球体の身体のとき
両性具有だった者は分割された後に男性・女性の結合を、
男性だった者は男性同士、女性だった者は女性同士の結合を求めるのだ、
として、異性愛とともに同性愛もまた当然の帰結と語り、
こういう話になると現在なら必ず加えられる「だから男は女を、
女は男を求めるのが当然だ」という異性愛絶対主義の結論を予め否定している。

ハンス・ベルメールは1902年、技師の息子として
シレジアのドイツ領カトヴィッツに生まれた。
技師としての職業訓練を受けた後、絵画・イラストレーションを描き、
商業広告デザイナーとなるが、1933年、ナチズムへの抵抗として
一切の「有用な労働」を放棄し、弟とともに、家にあった工具を用いて
少女の人形の制作を始める。このとき作られた人形はその腹の中に
覗きパノラマが仕込まれ、臍の穴から覗き、左胸のボタンを押すと
機械仕掛けで場面が変わるようになっていたという。

グノーシス主義
この世界は支配欲にとらわれるばかりの
愚かな造物主(デーミウールゴス)の創造した誤ったものであり、
その過ちを知ることのできる者たちにとっては権力の牢獄である、
とする思想と考えればよいだろう。
世界の外から来る叡智を得ることによって世界全体の規範が
不正であることを知り、そこからの脱出を図ろうとする反逆的な思想である。

人間はその霊を研ぎ澄ませばプレーローマ(現世界の外にある真の世界)から
流出してくる輝きに反応できるが、デーミウールゴスにはできない、
という結果となる。人間は造物主より優れた可能性を持つという意味だ。
そして自己の内にある微かな光の自覚によってプレーローマとのつながりを
回復した人間はこの世界を離れて飛翔し、真の世界へ帰還することができる、
というのがグノーシス神話の結論である。
これに対しデーミウールゴスは、自己の創造した世界から
人間たちを逃がさないよう、人間に肉体的死を与えて
地上の生存への執着をいだかせ、真の世界を忘却させた。
さらにアルコーンと呼ばれる邪悪な下位支配者を従え、
星と地上の運命を操作させ、そればかりか、人間の肉体にも罠を設けた。
特に著しい罠は性欲である。人間はその霊の本来の属性が
両性具有であったことを忘れ、一方の性だけしか自己に自覚せず、
そのため、もう一方の性への欲望によって地上を離れることができなくなった。

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