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本『ウィキペディア・レボリューション』

ウィキペディア・レボリューション―世界最大の百科事典はいかにして生まれたか (ハヤカワ新書juice)
『ウィキペディア・レボリューション
世界最大の百科事典はいかにして生まれたか』

著 アンドリュー・リー
ハヤカワ新書juice

ウィキペディアの誕生と現状を追った本。
ウィキペディアについては、web2.0のわかりやすい例として、
一時期さんざん持ち上げられたけど、近年はその問題点を指摘する本が多い。
『ウィキペディア革命』『ウィキペディアで何が起こっているのか』
本書はそのバランスがとてもよく、ウィキペディア以前の百科事典の歴史、
ストールマンによる“コピーレフト”の考え方から、どのようにウィキペディアが
発展していったのか、そしてどのように変わっていったのかを詳細に描いている。

その後、ボットによる記事の大量作成やユーザーによるドット・マップの作成
などを経て、ウィキペディアの記事は増え続け、問題も表面化する。
有名なものとして、グダニスクとダンツィヒの編集合戦、
広告掲載をめぐってスペイン版ウィキが分裂した「スパニッシュ・フォーク」、
シーゲンソーラー事件、宗教学の終身教授と身元を偽ったEssjay騒動
などの詳細がおもしろい。

フリーの精神で始まったはずのウィキぺディアが、発展するにつれ、
ユーザーの善意を信じるだけではいられなくなる。
トロール、ソックパペット、荒らしなどを経て、ウィキペディアは
厳格なルールや管理主義が必要とされていく。
後半に書かれた、この問題点は非常に重要。
それをたんに批判するのではなく、なぜそうなってしまったのか、
具体的な経過があるので、簡単には否定できない。
ウィキペディアは今も壮大な実験の最中であり、
その成否はインターネットの可能性と限界を象徴するものになるだろう。


◆読書メモ
(※行頭文字下げは引用。それ以外はまとめ書き。)

映画『クイズ・ショウ』にも登場するヴァン・ドーレンは、
クイズ番組のやらせが発覚し、コロンビア大学の教授職を失う。

 多くの人々が知らないのは、その後の彼の人生だ。彼は教師と執筆業を
 なりわいとしてつつましい生活を送りながら、権威あるブリタニカ百科事典の
 著書および編集者として、新たな道を歩み始めたのだ。
 1962年、彼は百科事典について先見的な見解を述べる。
 それは、まさしく将来のインターネットで実現する出来事であった。
 「世界は急激に変化している。したがって、百科事典も先進的でなければならない。
 百科事典は、政治においても、哲学においても、科学においても、安全な立場に
 甘んじていてはいけないのだ。30年後に認められるものは、
 現在ではあまりに先進的に見えるものだ。もし、2000年でも認められる
 百科事典を作ろうとするなら、1963年では大胆に見えるものでなければならない」

 バーナーズ=リーは、ワールド・ワイド・ウェブを使って文書を共有するという
 アイデアを試すに当たって、高解像度の文書の処理に適したNeXTキューブ・
 コンピュータを利用した。彼が1991年2月に初めて開発したウェブ・ブラウザは
 NeXTコンピュータ用だった。しかし、彼は単に読み取り用の「ブラウザ」を
 作るだけではなく、より壮大な計画を抱いていた。
 実際、彼は自身のプログラムを「ブラウザ・エディタ」と呼んだ。
 彼が開発したNeXT上のプログラムは、ウェブ・ページを読み込んで
 表示するだけでなく、変更して保存することもできた。
 これこそ、バーナーズ=リーが当初から思い描いていた機能だった。
 ウェブによる情報の読み書きによって、共有を行おうというものだ。

ジミー・ウェールズ、ティム・シェル、ラリー・サンガーが最初に取り組んだ
オンライン百科事典『ヌーペディア』は、投稿者や編集者は博士、教授、専門家に
限られており、記事が完成するまでにはピア・レビューなど7つのプロセスを
必要としたため、最初の年に完成した記事はわずか12個だった。
プロジェクトを迅速化するため、オープンでシンプルな編集システムとして、
ウィキの採用を検討する。

アップルの『ハイパーカード』に魅せられたウォード・カニンガムは、
自身が開発したハイパーカード・ツールにコラボレーション機能を追加。
Perlでこのインターネット版を開発し、ブラウズ中のページをユーザーが
簡単に編集できるサイトを作成した。これがウィキになる。

大文字をふたつ使って単語をつなげると、リンクが作成される。
単語の途中にコブができるので“キャメルケース(ラクダ表記)”と呼ばれ、
YouTube、MySpaceなど、大文字と小文字の組み合わせは、
ドットコム用語の定番となった。

RTFA
記事を読め! (Read the friggin article!)

 オックスフォード英語大事典(OED)の寄稿者の中には、教授や貴族もいたが、
 大半は呼びかけに応じた一般の人々だった。ウィンチェスターは、『博士と狂人
 ――世界最高の辞書OEDの誕生秘話』の中で、「狂人」であるウィリアム・
 チェスター・マイナーのエピソードを語っている。マイナーは合衆国陸軍の南北戦争の
 生き残りだったが、「異常な常軌を逸した行動」が高じて、ランベスの通りで
 「罪のない労働者」を撃ち殺し、精神異常の犯罪者としてブロードムーア精神病院に
 収監されてしまう。彼は1881年ごろ、書斎で「閲覧者へのアピール」を読み、
 OEDプロジェクトについて知る。それから21年間、彼はプロジェクトに協力しつづけ、
 「個々の単語、句、構文の文学史的証拠を高めることへの貢献は、
 フィッツエドワード・ホール博士の貢献に次ぐ」という賛辞を受けた。
 1891年にマイナーとマレーが面会するまで、OEDの関係者たちは彼が
 ブロードムーア精神病院に収容された狂人であり殺人者であることを知らなかった。

 技術業界には、「ハンマーを持つ人には、すべてが釘に見える」という有名な
 言い回しがある。

 ジンボ(ジミー・ウェールズ)は、この点がウィキペディアのすばらしい側面だと
 言っている。誰もが参加できて、みなで協力し合うという点がね。だが、
 そういう人々は、われわれが殺し合いをしているのに気付いていないのだ。
 われわれは、日々殺し合いをしている。テレビ・ゲームとか、くだらないことを
 めぐって。あるいは、誰かが駐車場所を間違えたとかいう理由でね。
 ウィキペディアは、人間性を映し出す暗い鏡を自分自身に向けて掲げているんだ。
 (ジェイソン・スコット)

 中国語、日本語、韓国語(この3つをCJKという)

 日本のウィキペディア編集者があえてユーザー名を登録しようとしない理由の
 ひとつとして、自分の身元を明かさない2ちゃんねるの「完全な匿名性」の普及が
 挙げられることが多い。

 ユーザーにユーザーIDが付けられていると、討論は批判のし合いになりますが、
 匿名システムでは、意見や情報を批判されたとしても、誰に怒ればいいのか
 分かりません。また、ユーザーIDがあると、サイトの常連が権力を持つようになり、
 ユーザーは反論しにくくなります。完全な匿名システムでは、つまらなければ
 「つまらない」と言える。情報はすべて平等に扱われる。正しい主張だけが通る。
 (西村博之)

  (日本語版ウィキペディアは)2005年には、世界で3番目に規模の大きい
 ウィキペディアだったが、フランス語とポーランド語に抜かれてしまった。
 日本語版にはrambotのようなソフトウェア・ロボットの一括追加による急上昇が
 見当たらないのだ。つまり、匿名ユーザーが大半を占める日本人ウィキペディアン
 たちは、手作業でひとつずつ、コツコツと記事を追加していっているということだ。

簡体字と繁体字の表記が論争の種になっていた中国版では、
ユーザーがプログラムを作成し、ボタンによって表示を選択できるようになった。
中国版には、中国本土(cn)、台湾(tw)、香港/マカオ(hk)、
マレーシア/シンガポール(sg)の4つの表記と、簡体字と繁体字、
計6つのオプションがある。
このソフトは同じ問題を抱えるセルビア語版とカザフ版も救うことになった。

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