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本『次に来るメディアは何か』

次に来るメディアは何か (ちくま新書)
『次に来るメディアは何か』
著 河内孝
ちくま新書

新聞、テレビの衰退については、『2011年新聞・テレビ消滅』
『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』などでも書かれているので、
前半の広告収入の減少に苦しむアメリカの新聞や日本のテレビの現状は、
ある程度、もう知っていることではあるが、じゃあ、
既存のメディアが崩壊した後はどうなるのか、というお話。

新聞がなくなったらジャーナリズムは誰が担うのか、
ブログなどのニューメディアが代わりになれるのか、
という問いかけは結構重要。

生き残るためにはテレビ・出版・ネットを統合する
メディア・コングロマリットが日本でも誕生するだろうと、
著者は予測する。
メディア・コングロマリットの組み合わせはやや強引だし、
大規模メディアだけが生き残ったところで、
ネット時代に重要性を増すのは小さなメディアが果たす役割だろう
と思うと、著者の未来予想図には疑問も残る。
そもそもメディアとは何かということが、もっと問われるようになるのでは。


◆読書メモ

(一)広告収入が激減する中で、新聞社が20世紀の後半に行ったような
調査報道を行ってゆくだけの予算配分は可能なのだろうか。
(ニ)(ブログ、電子新聞など)ニューメディアは、政治的党派性や財政的理由など
さまざまな利害に対して、既成のジャーナリズム以上に脆弱なのではないか。
(三)そしてオンライン・ジャーナリズムは、新聞社が維持してきた
職業的ジャーナリズムが担っている諸価値を維持して行けるのであろうか。
(ジョン・ケリー)

「私たちが今日、ここで議論すべきは、どうやって(既存の)新聞社を
救うかではなくて、どうやって多様なジャーナリズムを助長し強化するのか、
ということであるべきです。なぜならジャーナリズムの未来は、
新聞社の未来とは直接、関係がないからです」
(ハフィントン・ポスト創業者アリアナ・ハフィントン)

「明らかに若い有権者は、ニュースを読んだり、イベントに参加するだけでなく、
それらを人に伝える伝送体になりたいと考えている。
同時に、彼らはプロが選んだニュースという伝統的なフィルターよりも、
常につながっている友人から推薦されたメールやビデオを優先する。
しかし、これは考えてみれば、政治における最古の手段である
“口コミ”の現代版なのだ」(NYT、08年3月27日)

地上波のデジタル化によって、日本に割り当てられた電波の中で、
一番使い勝手のよいVHF帯を使っている地上波テレビ放送局を、
UHF帯に引っ越しをさせる。そのあと空いた周波数を使って、
携帯電話の移動体通信や、さまざまな「テレビジョン以外の放送」を
行なえるようにする。
(一)道路全体を無線ランが使える空間として自動車の
端末(ETCでもいいし携帯でもいい)とつなぎ、
衝突防止やさまざまな情報流通網として活用するITS(次世代道路交通システム)
(ニ)発電所、事業所、家庭の間を、インターネットによって結び、
効率的な給配電調整を行なうスマート・グリッド計画
(三)先端医療機関と全国の病院をつないだ「E-医療システム」
(四)学校、研究施設をつなぐ「E-教育システム」

(一)日本のメディア界は、四大メジャーと二つのユニークな独立グループによる
6グループに集約されてゆくだろう。
(ニ)四大メジャーとは、NHK、フジ・メディア・ホールディングス、
読売新聞・日本テレビグループ、朝日新聞・テレビ朝日グループである。
(三)独自のメディア・グループが二つ生まれる。
経済情報の総合化を目指す日本経済新聞グループと、
まったく毛色が異なるが、ジャニーズ事務所、エイベックス、吉本興業連合
などによるコンテンツ制作と番組販売のメディア・グループ「JAY」である。
(四)通信キャリアーとの組み合わせは、KDDIが朝日グループに、
ドコモはフジ・メディア・ホールディングスに、
ソフトバンクは読売グループと一体化する可能性が高い。


本『ファストファッション戦争』

ファストファッション戦争
『ファストファッション戦争』
著 川嶋幸太郎
産経新聞出版

自分を振り返ってみても、この冬買った服はユニクロ、無印、ネット通販。
ジーンズは今までサムシング(リーバイス)、GAPで選んでいたのが、
今年はユニクロで2本も買ったし、ユニクロがひとり勝ちしたり、
西武有楽町店がつぶれたりするわけだと思う。

ユニクロをはじめとするファストファッション各社の動向をまとめた本で、
ユニクロvsH&M、しまむらvsフォーエバー21、無印良品vsZARA、GAPと、
流通システムや傾向の似ている会社同士を比較している点がわかりやすい。
ただ、基本的に「動向をまとめた」だけなので、各社の違いとか、
今後、ファッション業界がどうなっていくのか、といったことは見えにくい。

この本を読んだ後に次のニュースを読んだら、
非常に理解しやすかったので、
ファストファッション業界を一覧するにはよいと思う。
【2010年大予測】北海道、都心…全国で“アウトレット戦争”勃発!?

あと、個人的に銀座のH&Mが元ガスホールだってことに衝撃。
流通システムについては以前読んだ『ユニクロvsしまむら』がわかりやすかった。

◆読書メモ

国内のジーンズの市場は約8000万本と推測されている。
そのうち、ユニクロでは約1割の800万本を扱っていると見られる。
これにジーユーの100万本が上乗せされるのことになるわけだ。
ちなみに、日本のジーンズ業界最大手はエドウィンで年間販売本数は
約1000万本、次いでリーバイスストラウスジャパンが400万本。
以下、リー、ビッグジョン、ボブソンなどが続く。

本『ウルトラマンになった男』

ウルトラマンになった男

『ウルトラマンになった男』
著 古谷敏
小学館

初代ウルトラマンのスーツアクターをつとめた古谷敏さんの回想録。
表紙をめくると、素顔の古谷さんの写真が載ってるんだけど、
大部屋クラスとはいえ、東宝の俳優さんだけあってなかなかのハンサム。
身長が高くてやせていて、細くて長い手足。
『ウルトラQ』のケムール人を演じたことで、
「君をイメージしたヒーローだから、ぜひウルトラマンを」と話がくる。
しかし、いつか映画でメロドラマを演じることが夢の古谷さんは、
マスクで顔を隠して、テレビに出ることに悩む。

初代ウルトラマンはすべて初めてづくしなので、
マスクをかぶって演技することの苦しさは著者以外、誰も理解してもらえない。
少し動いただけで、汗だくになるし、息が苦しくて長時間は動けない。
特殊効果である火や水は命にさえかかわる。
休憩時に人のいないところにいって、毎日こっそり吐いていたなんて話も。

「ウルトラマンは宇宙人だよ」という以外、なんの情報もなく、
どんな演技をしたらいいのかもわからない。
腰を落としたポーズは、ナイフをかまえたジェームズ・ディーンがモデルだとか、
毎日、鏡の前で300回、スペシウム光線のポーズを練習したとか、
著者の努力が伝わってくるエピソードも。

ゴジラアクターで有名な中島春雄さんがネロンガを演じたときは、
本気のアクションがとても大変で、
「ウルトラマンが戦った怪獣で一番強かったのは?」という質問に
「中島さん」と答えている。
また、『ウルトラセブン』で念願のメロドラマを演じさせてもらったときの
相手役がまだ少女の松坂慶子だというのも驚き。
映画からテレビへと時代が移っていくことの寂しさも
文章のあちこちで語られている。

著者はその後、『ウルトラセブン』で隊員役を演じた後、役者を辞め、
怪獣ショーなどのプロモーション会社を設立。
1991年に会社を解散してからは、消息不明となり、
成田亨展に顔を出したことから、ひし美ゆり子から連絡が入り、
彼女たち、昔の仲間の応援があって、この本が出版されたという。
(最近だと『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』などに特別出演している。)

そういう経緯のせいか、会社の解散やその後の詳しい事情にはまったく触れず、
基本的に美しい昔話がつづられている。
全編が「○○さんは、いい人だった。僕は大好きだ」といった調子。
もちろん、嫌なこともたくさんあっただろうけれど、
人間、何年もたって、昔の仲間に暖かく迎えられて、
そうそう悪いことなんて語る気になどなろうはずもない。

ウルトラマンを辞めようと思いながら乗ったバスで、
ウルトラマンに夢中になっている子供たちに会って、
決心を変える話なんて、ちょっと出来すぎのエピソードなんだが、
ウルトラマンなんだから、それでいいかなという気がする。


◆読書メモ

「それから、仕事場でのことだけどね、私も仕事をしていたからわかるんだけど、
仕事中はどんなに苦しくても、つらくても、一緒に働いている人たちに
嫌な思いをさせてはいけないよ。楽しく仕事をやらないとね、いいものはできないよ。
嫌なことがあっても、顔に出したり、態度に出したり、人にあたったり、
物にあたったり、大きな声を出したりしては、絶対にだめだよ。
どんなに苦しくても、笑顔でいつもいるようにね、それが一番いいことなんだよ」

本『グーグル時代の情報整理術』

グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)

『グーグル時代の情報整理術』
著 ダグラス・C・メリル、ジェイムズ・A・マーティン
ハヤカワ新書juice

元グーグルの最高情報責任者(CIO)の
ダグラス・C・メリルが、失読症だった子供時代、
それを克服して学んだ認知科学、恋人の闘病などを通して、
築き上げた自らの情報整理術を語った本。

普通のライフハック本と違うのは、整理術のハウトゥではなく、
著者が人生をどう生きるかという話をしているところ。
著者にとって、整理術は仕事を効率化するためというよりは、
脳に与えるストレスを減らすためにある。

たとえば、「9時5時の勤務時間は産業革命の工場労働から
生まれたもので、当時は理にかなった、効率的な勤務体制だったが、
今では時代遅れで、ストレスを与えるライフスタイルだ。
可能ならば上司にかけあって9時5時の勤務時間を変えるべきだ」という。
まずは脳に負担のかからないライフスタイルをめざせと。

認知科学の知識が発揮されているところでは、
「人間の短期記憶は一度に5~9個の物事しか保持できない。
ある作業から別の作業に移るときには、短期記憶に保持していた
情報をいったん追い出す必要がある。
だから人間の脳は“ながら作業”には不向きだ」と説明する。

特に心に残るのは、ガンで亡くなった恋人の話だ。
闘病生活のストレスで、病気のことや薬のこと、医師の話など、
彼らは情報にうまく対処できなくなる。
そのときに心のエネルギーや余力を残すためにこそ、
整理術は必要なのだと著者は言う。

「あなたが抱えている困難が何であれ、情報のえり分けはそうたやすくはない
ということだ。しかし、情報のえり分けは今まで以上に重要になっている。
したがって、危機に直面する前に、今すぐあなたなりの方法で
情報のえり分けを実践してほしい。これからの人生で、
極めて重要な情報を突然理解しなければならなくなるときがきっと来るはずだ。
あなたにとってちんぷんかんぷんな情報を。しかも、そんなときに限って、
それを理解する心の余裕はない。しかし、情報をえり分ける習慣が
身に付いていれば、情報を理解し、頭を冷静に保つことができるはずだ。」

「検索を前提に情報を管理しよう」、
「情報は「えり分け」て、本当に必要なことだけ記憶しよう」
というのが著者の整理術の基本。
そのためのGメールの使い方なども出てくるが、
「完璧な整理術などない」ので、
自分に必要なツールを選べばいいともいっている。

仕事とプライベートのバランスを取ることなど無理なので、
グーグルカレンダーで仕事用とプライベート用のカレンダーを
一緒に管理して、いかに仕事とプライベートを融合させるかを
考えたほうが現実的だという主張もなるほどと思う。
プライベートのつまらない空き時間(レジに並んでいる時など)に
仕事のメールをチェックするのは理にかなっているが、
レストランで親しい人と食事をしているときに
メールをチェックするのはプライベートをないがしろにしているだけだと。

Gメールやグーグルカレンダー、グーグルドキュメント、
キンドル、Firefoxなど、掲載されているツールの使用方法に
それほど目新しいものはないが、
なんのために整理術が必要かという著者の話は
(ちょっとストレスフリー的ではあるけれど)わりと大事なことだと思う。


◆読書メモ

ページをざっと読みながら、重要だと思われるところに
カラー・ペンで☆マークをつけて、ひとつの章を読み終わったら
☆マークをつけた文章や段落だけ読み返し、
情報の目的に応じて蛍光マーカーで色分けする。

電子メールに常に集中力をそがれているなら、
休憩時にのみメールを確認するようにする。

整理術の原則
・脳の負担がなるべく少なくなるように、生活を組み立てよう。
・なるべく早く、頭の中から情報を追い出そう。
・“ながら作業”は一般的に効率を低下させる。
・物語を使って覚えよう。
・いつもそうしているからといって、そうしなければならないわけではない。
 (9時5時の勤務構造に慣れているからといって、それに従う理由はない。)
・知識は力ならず。知識の共有こそ力なり。
・思い込みの制約ではなく、現実的な制約をくぐり抜ける術を身に付けよう。
・自分で決め付けるのではなく、自分自身に心から正直になろう。
・制約を無視すべきケースを知ろう。
・エンジンをかける前に、どこへ向かっているのか、
 どうやって向かうのかを明確にしよう。
・目標の達成方法に幅をもたせよう。
・情報を整理するのではなく、検索しよう。
・本当に記憶の必要な物事だけを記憶しよう。
 (そのためには、情報を「えり分ける」ことが必要だ。)
・大きなかたまりを、小さなかたまりに分けよう。
・週一回、重要な情報を見直す時間を設けよう。
・完璧な整理術などない。
・あとで検索しやすいように、デジタル情報には関連キーワードを追加しよう。
・文脈の変化を見越して、メモを取っておこう。
・文脈の似た仕事をまとめて行なおう。
・仕事とプライベートのバランスを取るのではなく、融合させよう。

脳は意思決定も苦手だ。

脳のエネルギーを無駄にしないためにも、記憶すべき情報をえり分けよう。

仕事であれプライベートであれ、知識をため込むのではなく
共有することで、はるかに効率を上げ、ストレスを減らすことができる。
独りで仕事をするのではなく、チームを作ろう。
得意なことと不得意なことを正直に認めよう。得意でない仕事を
ほかの人に引き受けてもらい、その人を信頼しよう。
さらに、自分より頭がよく、経歴、視点、スキルが異なる人々と
常に仕事ができれば、いっそう効果的だ。自分の知識を提供し、
相手にも知識を提供してもらおう。そうすれば、あなたは
相手から学ぶことができる。相手もあなたから学ぶことができる。
その結果、双方の仕事の効率が上がる。

本当に恐ろしいのは、誰かに任せることを学ばなければ、
自分にとって本当に重要な仕事にいつまで経っても集中できないということだ。

目標は、完璧な整理術を築くことではない。それは不可能だからだ。
重要なのは、その方法の限界を把握し、それをうまくくぐり抜ける方法を
見つけ出すことだ。

検索は、誰かがインターネットに投稿した情報を探し出すためだけに
あるのではない。自分自身の情報にも検索を活用すべきなのだ。
電子メールを自分宛のメモとして利用する場合は、一日後、
一週間後、一年後にメールを検索することを念頭に置いた
キーワードを追加しよう。
検索を利用することを想定に入れて、足場を組もうということだ。
文書、連絡先、予定、メールなど、重要な情報をなるべくクラウドに
保存するようにしよう。そうすれば、どこにいても、あなたにとって
重要な膨大な情報にアクセスできる。必要になったら、検索すればいい。
そうすれば、あわてることも、混乱することも、ストレスをためることもない。
毎日の呼吸が少しラクになるはずだ。
何といっても、検索は“酸素”なのだから。

“仕事とプライベートのバランス”という言葉を口にする人々の話に
よく耳を傾けてみると、大半の人々が言っているのは、つまるところ
「仕事の時間を減らしたい」ということだ。
より現実的な目標は、ストレスを減らし、イライラを取り除き、
生産性を上げ、人生の喜びや困難とうまく付き合いながら、
仕事とプライベートを融合させることだ。

仕事とプライベートは別個のものではないと認識することが重要だ。
仕事を優先すべきときも、遊びを優先すべきときもあるという事実を
受け入れよう。プライベートな時間を作るために仕事を抑える必要はないし、
プライベートを仕事の二の次にする必要もない。

本『劒岳 点の記』

劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))

『劒岳 点の記』
著 新田次郎
文春文庫

映画を見てから読んだ原作。
映画もそうとう地味な話だけど、原作はさらに地味。

前半で剱岳の下見、後半ではまず地形偵察、
撰点(三角点の建設場所を選ぶ)、木材を運搬して造標(三角点を建てる)、
そして、やっと測量(山の頂上など各地点から三角点を計測)。
そのたびに、立山周辺の山に登り、測量の際には
雲の切れ間を待つという、途方もない労力がかけられている。
一歩一歩山を登るようなこの本のスローな展開は、
測量隊の地道な努力とシンクロし、そこがこの本のおもしろさだと思う。

最大のクライマックスである剱岳登頂ですら、
かなりあっさり書かれているが、
剱岳にかける男たちの静かな情熱はちゃんと伝わってくる。

主人公である柴崎測量官は、軍の上層部には圧力をかけられ、
少ない予算や期限に苦しめられたり、県の職員に冷遇されながら、
グチひとつ言わず天幕暮らしを続け、測夫たちの苦労をねぎらう、
日本のお役人の鑑みたいに描かれている。
映画では浅野忠信がその存在感をあまり発揮せず、
最初、浅野忠信だとわからなかったくらいなのだが、
役柄を考えると、この静かな意志を感じさせる演技で正解だったのだなと。

生田くんの生意気さや長次郎の親子の葛藤とか、
剱岳登頂の順番とか、結構映画オリジナルの部分も多い。
山岳部との交流は原作のほうがずっとすっきりしていて好感がもてる。

ほかの山岳小説を読んだことがないので、
“山岳小説の白眉”かどうかは判断できないが、
天幕で野草の入った味噌汁を飲んでみたいなという気分になりました。

本『世界一おバカなセレブ語録』

世界一おバカなセレブ語録

『世界一おバカなセレブ語録』
著 ルーシー・ケイヴ
ブルース・インターアクションズ

仕事の待ち時間に何か気楽に読めるものをと思って手にとってみた。
セレブのおバカな行動や発言を集めた本。
原本が2005年発売で、この翻訳が2007年発売。
読んでる今が2010年だから、旬が大切なセレブとしてはいささか古い印象。
当時、旬だったのだろう、マライア・キャリーやブリトニー・スピアーズ、
ジョージ・W・ブッシュなどの発言が多い。
ヘザー・ミルズもポールと別れちゃったし。2009年9月に亡くなった
パトリック・スウェイジの発言も2つほどありました。

笑いのツボが違うのか翻訳がイマイチなのか、
下ネタとかゲロネタとか、どこがおもしろいのかよくわからない発言があったり、
著者の突っ込みがいまひとつだったり、期待したほどの内容ではなかったのが残念。

しかし、“セレブ”って定義がよくわからない。
単なる有名人じゃなくて、血統を含むものだと思ってたんだけど。
(だからパリス・ヒルトンはセレブで、叶姉妹はセレブじゃない。
日本でセレブといえるのは結婚前の紀宮くらい?)
『デート・ウィズ・ドリュー』には、『スタンド・バイ・ミー』や『グーニーズ』の
元人気子役コリー・フェルドマンが出てきて、
(お世辞も含めて)「君はセレブだから」と言われてるんだけど、
彼はセレブなのか?


◆読書メモ

「僕は子供が大好きだ。僕も以前は子供だったんだ」
トム・クルーズ

「テレビを見ていて、世界中の飢えた子供たちを見ると、かわいそうで
涙が出てくる。あれくらい痩せられたらいいなとは思うけど、
ハエにたかられたり、死んだりするのはごめんだわ」
マライア・キャリー

「十字架ってセクシーよね。前に裸のオトコがついてるんだもの」
マドンナ

「俺が体を鍛えたのは、脳みそを持ち運ぶためだ」
シルヴェスター・スタローン

「両親には感謝している。特に、父と母に」
グレッグ・ノーマン

「まず、はっきりさせておきたいのは、貧しい人が全員殺人者ではないということだ。
たまたま裕福でなかったからというだけで、人を殺そうと思うわけではない」
ジョージ・W・ブッシュ

「ジェームズ・ボンドとベッドに入ったら、義足を取り外すの。実は銃になってるってわけ」
ヘザー・ミルズ(ポール・マッカトニーの妻、交通事故が原因で左脚が義足に)
 

本『ネットがあれば履歴書はいらない』

ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書)

『ネットがあれば履歴書はいらない』
著 佐々木俊尚
宝島社新書

佐々木さんの新刊。
最近では、ITリテラシーをやさしくレベルアップする本を書かれることも多く、
個人的には『2011年 新聞・テレビ消滅』のようなタイプの方が好きだが、
いずれにせよ、この人の本は、
いつも新しい視点を提供してくれるところがおもしろい。

『仕事するのにオフィスはいらない』ではノマドワークスタイル、
今回はネットによるセルフブランディング。
どちらにも共通するのは、もう会社の看板背負って仕事する時代じゃなくて、
ネットの利点を生かせば、個人の能力ひとつでどこでも働けるんだという話。

個人の能力で勝負できるのは、なんだか「イケメンに限る」みたいに、
「能力のある人に限る」話だなぁという気もするんですが、
それぞれがそれぞれの働き方をする時代で
そのためにもセルフブランディングが必要、という点は納得。

読み終わってさっそくエゴサーチをしてみたのだが、
Twitterのつぶやきと同姓同名さんとマラソン大会の記録で
検索結果が埋まってました。
なるほど、これでは婚活にも就活にも役に立たない。
セルフブランディングが必要ですな。

というわけで、ブログも実名にしよう!と思ったのですが、
いろいろと躊躇する理由もあって数日悩みました。
(著者は必ずしも実名じゃなくて通名でもOKとしてるが、
今さらペンネームとかハンドル名ってのもなー。)

実名ですべてのリスクを背負うことの不安ももちろんあるけど、
オンとオフはなるべく分けておきたいのに、それができなくなる
というのも大きな理由。
(たとえば、身元が最初からわかっているTwitterでは、
仕事のグチとか、仕事に絡む発言はできない。
だからTwitterって“自分フィルター”の必要なツールだと思う。)
まったく知らない他人や、仲のいい友人にブログを見られても気にしないが、
ちょっとした知り合いにブログを見られるのは抵抗があるのも本音。
ただ、もうオンとオフの境界自体が意味がなくなっているなとも思う。

後半はネットでセルフブランディングを行なうためのツールが
紹介されているのだが、Twitterをはじめ、画面が小さい上に
モザイクだらけなのは、いかがなものか。
画面が美しくないし、何より操作方法がわかりにくい。
ユーザーIDをそのまま公開できないのは理解できるが、
(セルフブランディングを薦める本なんだし、
Twitterは基本、オープンなんだから、
ユーザーの許可をとって載せてもいいと思うけどね。)
コメントはそのままでもいいだろうし、アイコンは差し替えればいい。

自分の情報をどこまで出すべきなのかといった話や
Twitterの活用術は参考になりました。


◆読書メモ

インターネットが日本で使われ始めたころは、インターネット空間は
「バーチャル」だと盛んに言われた。しかし、昨今のインターネットは、
バーチャルの人間関係もリアルの人間関係も同列でパラレル。
どちらかが嘘で、どちらかが真実ということはない。
そこに区別を設ける必然性は、もはやなくなっているのだ。

このような検索エンジンに対応しているウェブのサービスを
実名ないしペンネームなどの共通した名前で、
数ヵ月ほど利用してもらいたい。検索結果の件数を増やせるだけでなく、
検索結果上位に自分の名前が出てくることを実感できるだろう。
加えて、エゴサーチの検索結果上位に自分が発信した情報を
埋めることができるようになり、ネガティブ情報を検索結果下位へ
押しやることができるようにもなる。

映画『ただ、君を愛してる』

ただ、君を愛してる スタンダード・エディション [DVD]

『ただ、君を愛してる』

宮崎あおい再発見第2弾として見てみた、のだが……。
そもそも、この映画を今まで避けてきたのは、
ポスターの綺麗すぎる映像に「なんだかなー」と思ってたわけで、
大学の近くにある不思議なほど美しい森とか、
なんだかもう、綺麗というより、「なんかこれCGですか?」みたいな
うそっぽさなんだよね。

宮崎あおいの不思議ちゃんぶりとか、
玉木宏の純情大学生とか、
ふたりが好演しているので、まあ、見れますが、
逆に言うと、このふたりじゃなかったら、どんなサムイ映画になったことか。
黒木メイサの美人マドンナもなんだかな。

それでも宮崎あおいのアヒル口とか、
メガネを外したらかわいかったというベタさとか、
「好きな人の好きな人を好きになりたかったの」とか、
彼女の存在がある間はよかった。
問題はラスト30分、宮崎あおいがスクリーンから姿を消した後で、
いや、もう、何これ。この安易な展開を
玉木くんと黒木メイサだけでひっぱってくのは無理。

公開された2006年ってまだ純愛ブームの頃だっけ?
これで観客が泣くだろうと思ってるほうもヒドイし、
実際に「感動して涙が止まらなかった」というレビューを見ると
なんだかゲンナリしますな。
たとえ、同じ展開でも主演が宮崎あおいなんだから、
演出次第でもっと別の泣かせ方ができたはず。

大学内の描写とか、同級生たちが玉木宏に手を振って別れていく場面が
『あすなろ白書』みたいだと思ったら、
監督の新城毅彦は『あすなろ』の演出もしてるのね。
小出恵介、青木崇高と一部『初恋』とキャストがかぶってますが、
『初恋』と違って、こちらはお気楽な大学生。小出くんはこっちのほうが似合ってるかも。
あと、映画に出てくるカメラがキヤノン製だったのに、ちょっと「ふーん」と思いました。

映画『アバター』

アバター

『アバター』
at 新宿バルト9

話題の『アバター』を見てきました。
先に見た人から、「3Dで字幕を追うのは疲れるし、
映像に集中できるから吹き替え版の方がいい」と聞いていたので吹き替え版に。
しかし、吹き替え版って朝9時と夜24時しかやってないんだよな。
で、はじめて、ミッドナイト上映に。
(席は普通にとれたし、空いてたけど、
開演を待ってるときや、3時という中途半端な時間に終わったときに
のんびりお茶できる場所がバルト内にあるといいですね。)

結果、吹き替え版にして本当によかった。3D映像を堪能できました。
すでにいろんな人が言っているように、
ストーリーはアレですが、映像は本当にすごい。
映画自体が「3D映画の可能性」のプロモーションビデオみたい。

奥行き感がそれほど強調されてるわけじゃないんですが、
3Dになったことで、もうCGなのか実写なのか関係ない、
アバター・ワールドを味わえる。
時々、メガネをはずしてみたんですが、2Dでも映像は綺麗だけど、
世界観がうそっぽくなってしまう。ましてや家庭のDVDでは
(ストーリーもアレだし)、絶対、楽しめない。
まさに、映画館で3Dで見ることで本領を発揮する映画。

映画が終わってメガネを外したときに、
ちょっと、帰ってきたジェイクみたいな気分になったんですが、
どうせなら“アバター”としてバーチャル・ワールドに潜入する話でも
よかったのにと、ちょっと思いました。
ストーリーから透けてみえる、異民族間の理解とか、自然との共生とか、
メッセージがややうるさいかなと。
でも、戦闘シーンや宇宙空間はやっぱ3Dだよなとか、
どんな映画なら3Dに向いているのか、考え始めているところで、
もう『アバター』は「3D映画の可能性」というプロモーションに成功してるわけで。

ジェームズ・キャメロンが来日したときの記者会見で、
「宮崎駿の影響は?」と質問されて、
キャメロンはていねいに「もちろん僕は宮崎アニメが大好きだよ」
というような返答をしていましたが、まあたしかに、
『ラピュタ』みたいな空に浮かぶ島とか、『未来少年コナン』みたいなロボットとか、
『ナウシカ』や『もののけ姫』みたいな自然との共生とか、
類似点を指摘したくなる気持ちもわからなくはない。
でも、これはジェームズ・キャメロンが宮崎アニメの影響を受けた、
というより、キャメロンも宮崎駿も、同じものの影響をうけている世代だから
似ているだけじゃないですかね。(その元ネタが何かは私にはわかりませんが)
映画関係者であれば、宮崎アニメは当然のように見てるはずだけど、
なんでもかんでも宮崎駿や押井守の影響だと思いたがるのはどうなのか。
(ストーリー自体がベタなんで、私は『ポカホンタス』を思い出したし、
ブルーマンの『ダンス・ウィズ・ウルブズ』なんて声もあるみたいだし。)

そして、このすごい映像をどうやって作っているのか、
当然ながら気になりますが、エンドクレジットを見る限り、
主なデジタルスタジオは、WETAとILM(ジョン・ノールの名前もあった)。
ニュージランドでロケもしている。
『ロード・オブ・ザ・リング』を見たとき、「もうCGで山でも滝でも妖精の国でも
作れるんだ」と思ったけど、『アバター』に関しては、むしろどの場面で
ロケをしてるのか(実写なのか)、さっぱり検討がつきません。
モーションキャプチャー関連のクレジットも多く、
アバターたちはモーションアクターが演じているのかと思ったら、
メイキング映像を見る限り、役者本人がちゃんと演じてますね。

メイキングを見て驚いたのは、ヒロイン役のゾーイ・サルダナをはじめ、
先住民ナビィを演じてるのが、みんな黒人系の役者だってこと。
たんに、エキゾチックなイメージが欲しかったのか、
白人vs黒人という異民族間の対立を暗に示しているのか。
役者を元にしたナビィのキャラクターは、少し鼻が低くなって、
眼が離れている造形。サム・ワーシントンやシガーニー・ウィーヴァーと違って、
ナビィを演じる役者の素顔は映画には登場しないわけです。
はじめ不気味に感じたネイティリが、映画が進むにしたがって、
だんだん、かわいく見えてくるのは、ゾーイ・サルダナ自身の魅力もあるはずですが。
途中、チラっと出てくる球状の中で撮影しているのは、
『なぜコンピュータの画像はリアルに見えるのか』で解説している、
Paul Debevecのリアルなデジタル・ダブルを作成するやつですね。
この技術があれば、アバターも簡単にできるのか。

最後に役者について。
ゾーイ・サルダナは『バンテージ・ポイント』でレポーター演じてた子。
シガーニー・ウィーヴァーとここで共演してますね。
『センター・ステージ』では、バレリーナ役だったから、
もともとダンスの素養はあるのかも。
ネイティリのしなやかな動きは彼女自身が反映されてるのかな。

ミシェル・ロドリゲスはそろそろ女性隊員以外の役をやってもいいのでは。
彼女の恋愛映画とかアリな気もするんだけど。

映画『アバター』のヒロインに独占インタビュー!
『アバター』みたいになると役者は自分がどんな映画に出てるのかわからなくなりそうだけど、アーチェリーや乗馬のトレーニングもちゃんとするんですね。
『アバター』でカットされた濡れ場、DVDでは特別版に収録か?
ネイティリの格好はすでに18禁だと思いますけどね。

『アバター』3D全方式完全制覇レビュー
このエントリー、参考になりますね。もう同じ映画を見てるといっても、どの映画館で見たか、3Dか2Dか、
字幕か吹き替えか、BDかDVDかネットか、それぞれの環境で、まったく違う印象になるかもしれません。

映画『イングロリアス・バスターズ』

イングロリアス・バスターズ オリジナル・サウンドトラック

『イングロリアス・バスターズ』
at 新宿武蔵野館

タランティーノ最新作ですが、
タランティーノはうまくなったのか、ヘタになったのか、
笑っていいのか、笑えないのか、
今ひとつ、どうとっていいのかわからない作品でした。
いや、おもしろかったんだけどね。

ナチス側より、ナチスを殺そうとする側の方が、
残酷に見えるのは意図的なものでしょう。
銃撃戦よりも、引き金が引かれる前の会話の緊迫感がタランティーノ。
第1章なんか完璧です。
この会話の緊迫感を引っぱっているのが、
クリストフ・ヴァルツ演じるランダ大佐。
会話のスマートさや笑顔が、本当に怖い。

ブラッド・ピットはこういう役がやりたいお年頃なんだろうけど、
あきらかにミスキャスト。アホっぽいトークで、残酷なリーダーという
この役は別の人が演じたほうが、もっとおもしろくなったはず。
笑えるはずの場面で笑えなかったのは、ブラッド・ピットのせいでもある。

ショシャナ役のメラニー・ロランは、赤いドレスを着ているときよりも
カフェの場面(茶色の毛糸のキャスケット、私も欲しい)の方が美人。
フランス映画に出ている彼女を見てみたい。

ツォラーを演じたダニエル・ブリュールは、悪い人にもいい人にも見えて、
若い頃のユアン・マクレガーみたいだと思ったら
『グッバイ、レーニン!』の子だった。おじさんっぽくなっちゃったかも。
実際の彼ではなく、スクリーンの中の彼に
ショシャナが同情しちゃうというがいいね。
しかし、プロパガンダとはいえ、あんなに人殺しまくっているだけの映画、
見ていて飽きないのかしら。(撮影は映画にも出てくるイーライ・ロス)
そして、全ての監督はきっとスクリーンに火をつけたいと思っているに違いない。
この実に映画的なシーンが映画的に見えないあたりが、
この映画の惜しいところでは。

あと、『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』のティル・シュヴァイガーとか
(あいかわらずいい男だ! 出番があれだけだったのが残念。)
役不足感は否めないダイアン・クルーガーとかも出演。

ゲッベルスがどんな映画を作っていたのかググってみたら、
ゲッベルス本人の写真がシルヴェスター・グロートとそっくりでびっくり。


映画『初恋』

初恋 プレミアム・エディション [DVD]

『初恋』

『剱岳 点の記』の宮崎あおいが少ない出番ながら
あまりにもかわいかったので、今年のテーマのひとつが
「宮崎あおい再発見」だったりするのですが、
今年最初に見る映画としては我ながらどうかと思うセレクト。

「三億円事件の犯人は女子高生だった」という奇抜なストーリーにもかかわらず
タイトルが示すように、これは初恋の物語。
三億円事件自体はたんなる時代背景みたいなものです。

宮崎あおいの68年ファッションをはじめ、ジャズ喫茶、学生デモなど、
当時の雰囲気だけでなく、そのころの青春の彷徨を再現、
というか、ほとんど60年代、70年代の青春映画のパロディーみたい。
当時の映画のアングラさとか、たら~っとしたノリとか、
意味深な表情のアップとか、やたらと暗い室内とか、
そんなものまで再現されているので、懐かしいというか、
タルいというか、この雰囲気が楽しめないとついていきにくい。

宮崎あおいの存在感は、主演が宮崎あおいじゃなかったら、
この映画は成り立たなかったろうと思う。
路上に座り込んでしまう場面とか、そこらへんの女の子だと
ただただタルい、意味不明のシーンになってしまうが、
宮崎あおいだと孤独感や喪失感を表現できる。

ちょっとびっくりしたのは、髪型のせいもあると思うが、
頭をなでられて笑った顔とか、かつての裕木奈江によく似てる。
そう思うと裕木奈江のポテンシャルってすごかったんじゃないかと、
今さらながら、惜しい人をつぶしてしまったんじゃないかと。
まあ、裕木奈江の笑顔が「男を誘ってる」と言われたのに対し、
宮崎あおいの笑顔は男子より女子受けするかわいさだけど。

ある意味、宮崎あおいより重要な役どころの小出恵介ですが、
本人が何かのインタビューで「『初恋』は荷が重かった」と語っていたように
役柄に求められる冷たさとか、当時の醒めた感じとかが
小出くんのキャラクターとあっていない。
精一杯、好演してますが、もっと何考えてるかわかんないような顔じゃないと。
しかし、今の若者でこの役ができる役者もそうそうおるまい。

彼が読んでいた本が気になって、DVDを巻き戻してみたりしたけど、
フランス語タイトルでわからず。
ググってみたら、どうやらサルトルの『嘔吐』や『壁』で、
宮崎あおいと出会う場面が『ランボー詩集』のようです。

本筋ではないとはいえ、三億円事件はもう少しサスペンスな演出が
あってもよかったかも。本当にこんなユルユルな感じで実行されたんですか?
ネットで「あの殴られた騒動はなんですか?」って質問を見つけたけど、
今の子は学生デモもなんだかわかんないんだね。
三億円事件も私だってリアルタイムでは知らないし、
事件が世間に与えたインパクトや意味なんてわかろうはずもない。
岸という小出くんの役名や、ジャズ喫茶にたむろする若者たちも
あの時代に何らかの共感をもてない世代だと理解不能なんじゃないか。
(逆に言うと、私のような1968年好きは、この映画が描く、
時代の雰囲気だけでも、それなりに楽しめる。)

亮役の宮崎将は本当に宮崎あおいのお兄さんらしいが、
どちらかというと旦那の高岡蒼甫の方が向いている役。
ユカ役は68年ファッションも気だるいヌードも似合う美人だが、
台詞のしゃべり方が68年っぽくないと思ったら小嶺麗奈だった。
全体的に役者たちは、このアングラっぽい映画の雰囲気を
ちゃんとつかんでいたと思う。
(岸の父親の弁護士(?)だけ、大事な台詞を言っているので、
もっと重みのあるしゃべりができる人がよかったなと。)

本『プレゼンテーション Zen』

プレゼンテーション Zen

『プレゼンテーション Zen 
プレゼンのデザインと伝え方に関するシンプルなアイデア』

著 ガー・レイノルズ
ピアソン・エデュケーション

人前でパワーポイントを使ってプレゼンをする機会はほとんどないのだが、
ビジュアルでものを伝えること、クリエイティビティの向上は、
今年(というかずっと)の課題のひとつなので、参考になればと思って読んでみました。

シンプル、ストーリーテーリング、余白、ビジュアルなどの重要性を説く本なので、
本自体が、カラーの写真と、わかりやすい見出し、本文構成でできており、
さらっと読めて、内容がすっと頭に入るという良いプレゼンの見本になっている。

パワーポイントの箇条書きの文章をそのまま読み上げ、
スライドがそのままプリントアウトされた資料が配られるプレゼンって
(内容はともかくとして)見るイベントとしては最悪につまんないよな
と常々思ってたんですが、この本もそうしたプレゼンの常識を捨て去るべき
というところから始まっている。

スライドは、メッセージを伝えるべき美しいビジュアルとわかりやすいテキスト
で構成され、あくまでスピーチを補完するもの。スライドにすべてをつめこむなら
プレゼンターは必要ない。細かい情報などは配布資料として後から渡して、
聴衆はプレゼンを聴くことに集中してもらうべきである、
というのがこの本の推奨するプレゼンの基本。

ただ、このプレゼンを成功させるためには、「核となるテーマは何か?」
「なぜそれが重要なのか?」ということを吟味し、それを伝えるための
ストーリーテーリングを練りこむ必要があり、非常に準備が大変になる。
おまけにスピーチもうまくないとね。
でも、こうしたプレゼンのほうが、ずっとおもしろいし、何より聴く人の心に残る。

親日家の著者らしく、プレゼン向上のヒントとして、
マンガやタイトルにもある禅、柔道、駅弁などがあげられているが、
日本人としては、やや過大評価されすぎな気も。

プレゼンの機会がない私にも実践的
(というか都合のいい)アドバイスとしては、
「アイデアを練る段階では、パソコンの前から離れて、
ペンと紙でアイデアを視覚化しろ」ということと、
「アイデアを生み出すためには仕事から離れて
一人きりでのんびりする時間が必要」ということ。

スティーブ・ジョブズをはじめ、優れたプレゼンのお手本や
画像サイトなども紹介されているので、
クリエイティビティ向上のために、
まず、こういうのを見ることから始めてみようと思う。


シンプルなスライドがスピーチを引き立てる好例として
紹介されていた『Inbox Zero』のプレゼン。

スティーブ・ジョブズのプレゼンテーション
Apple Events

TED会議


◆読書メモ

『本当の自分を見つける文章術』 ブレンダ・ウェランド
『アイデアのちから』 チップ・ハース、ダン・ハース
『マンガ学:マンガによるマンガのためのマンガ理論』 スコット・マクラウド

人は仕事から離れた時間をもっと増やした方がいい。
浜辺をゆっくり散歩する。森の中をジョギングする。
サイクリングに出かける。コーヒーショップで新聞の日曜版を
読みながら4~5時間過ごす。こうした時間の中で、
我々の創造的精神は活性化される。

ペチャクチャ・ウェブサイト

「アイデアさえあれば、機械を使わなくても沢山のことができる。
そうしたアイデアを得た時点で、機械が役立ち始めるんだ……。
たいていのアイデアは、砂浜に棒で書くことで十分に対応できるものだ」。
(アラン・ケイ)

リーガルパッド、モレスキンのストーリーボード

「他者は我々にインスピレーションを与え、
情報は我々に知識を供給し、訓練はパフォーマンスを向上させる。
しかし、物事を解明し、新たな発見をもたらし、
独創的な答えを探り当てるためには、静寂の時間が必要である」。
(エスター・ブーフホルツ)

もし、たった一つの事しか聴衆の記憶に残らないとしたら、
それは何であって欲しいか?

私としては、1枚のポストイットに1つずつアイデアを書いていく方が
望ましいと思う。そして私は「シャーピー」のマーカーを使うことにしている。
なぜか? 1枚のポストイットではスペースが足りなかったり、
シャーピーでは書けないくらい詳細な情報が含まれていたりする場合、
そのアイデアは複雑すぎるのだ。簡潔さは明快なコミュニケーションに
最も欠かせないものである。さらに、ポストイットを使うと、
全体の構成や流れが自分にとってしっくり来るまで、
何度も並び替えることができる。
(ナンシー・デュアルテ)

自分にこう問いかけよう。スライド上でテキストを使って表現した情報のうち、
写真(あるいはその他の適切な画像やグラフィック)で置き換えられるものは
どれだろうか? 何かを描写するためにテキストを使っているとしたら、
それは画像に置き換えた方がおそらく効果的だろう。

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禅の世界から学ぶことのできる最も基本的なものの一つが、
集中(マインドフルネス)である。禅は日常生活と「信仰生活」を区別しない。
瞑想は決して現実からの逃避ではない。
実際、日々の単純作業でさえ瞑想の手段になる。
自分の行動や判断は、頭の中の一種のプログラムに基づいた、単なる
自動的な反応に過ぎないことに気づけば、余計な考えを追い払うことができる。
皿を洗うときは、嫌がらず、皿を洗うことに集中しよう。
手紙を書くときは、手紙に集中するべきだ。
そして、プレゼンテーションをするときは、プレゼンテーションに集中すべきである。

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