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本『閉じこもるインターネット』

『閉じこもるインターネット グーグル・パーソナライズ・民主主義』
著 イーライ・パリサー
早川書房

グーグルのパーソナライズドは人によって検索結果を最適化する。
「アップル」と検索すると、ある人には「リンゴ」を、
ある人には「アップル社」の検索結果を表示する。
便利な機能だが、これがすべての検索結果に渡ると、
人は自分の見たいものだけしか見なくなる。
しかも、自分が見たいものしか見ていないのだということに気がつかない。
他の人には別の検索結果が表示されているということも知らない。

「自分の見たいものだけしか見ない」というのは
震災以後、強く感じるようになったことだ。
私のTwitterのタイムラインには同じような考え方の人が並ぶ。
なぜなら、その人の考え方に賛同するからフォローしたのだから。
そうでない人のツイートはだんだん見なくなる。
アンフォローするか、メインのリストから外してしまったから。
そうすると、「だって、“みんな”そう言っている」というとき、
“みんな”とは自分の同じような意見の“みんな”となる。

Facebookは“いいね!”という共鳴の文化だから、
賛同される意見は上に表示されるけれど、
反対意見は書き込みにくい。

2003年、キャス・サスティーンは『インターネットは民主主義の敵か』
において、「ネットはカスケードを加速させる」と懸念を表明した。
自分の興味のあることしか検索しなければ、
自分の興味の範囲外のことや意見から遠のいていくだろうと。
当時は、そういう考えもあるのか、ぐらいに思っていたのだが、
この危険性はどんどん強くなっていうように思う。

しかも、今では、パーソナライズされた個人データはビジネスになる。
たとえば、旅行サイトで「ハワイの格安航空券」を検索したなら、
航空券を買わなかったとしても、「ハワイの格安航空券に興味のある人」
というデータがどこかで売られ、以後、ブラウザーの横には
ハワイや航空券の広告が表示されるようになる。
こうした「行動リターゲティング」はすでに行われている。

マーク・ザッカーバーグは「アイデンティティはひとつだ」というが、
誰もがいつでもどこでも公明正大でいられるわけではない。
ましてや、クリックや“いいね”を元にしたアイデンティティは
私そのものではないのに、私のデータとして利用されるのだ。

かつて人々が夢見たオープンなインターネットはどこで変化したのか。
立ち止まって考えてみるために必要な一冊だと思う。

◆読書メモ

『孤独なボウリング』ロバート・パットナム
『レクサスとオリーブの木』トム・フリードマン

マラソン完走と書かれた友達の日記や、オニオンスープの作り方などの
説明記事は「いいね!」ボタンをクリックすることが多いので
フィルターバブルを通過しやすい。これに対し、
「ダルフール、過去2年間最悪という流血の1ヵ月を経験」
と題された記事などは「いいね!」ボタンをクリックしにくい。
パーソナライズされた世界では、刑務所にいれられる人が増えているとか
ホームレスが増えているとか、重要だが複雑あるいは不快な問題が
視野にはいることが減ってしまうのだ。

アマゾンは、あらゆる機会をとらえてユーザーからデータを集めようとする。
たとえばキンドルで本を読むと、どこをハイライトしたのか、
どのページを読んだのか、また、通読したのか行ったり来たりしたのか
といった情報がアマゾンのサーバーに送られ、
次に購入する本の予測に用いられる。
キンドルを使い、ビーチで電子書籍を読んだ翌日にログインすると、
読んだものに応じてサイトが微妙にカスタマイズされる。
ジェームズ・パターソンの新刊をずっと読んでいて、
ダイエット本はチラ見しただけなら、スリラー系の本が増え、
健康系が減ったりするわけだ。

9月14日、FBIはハイジャック犯の名前を発表し、
犯人らに関する情報提供を呼びかけた。
ともかく、その日、FBIはマック・マクラーティという人物から
連絡をもらう。元ホワイトハウス職員で、アクシオムという
あまり知られていないがすさまじい利益をあげる企業と取締役だった。
ハイジャック犯が公表されると、アクシオムではデータバンクの
検索がおこなわれた。19名のハイジャック犯のうち11名について、
その経歴や現住所、同居している人々の名前など、
米国政府も知らなかったことが数多く判明したのだ。

つまりラザーゲートは、オンラインと放送メディアの相互作用を示す
好例なのだ。しかしここから、放送の時代が完全に終わったとき、
どのような形でニュースが流れるのかは
まったくと言っていいほどわからない。そのときに向かって
我々はすさまじいスピードで進んでいるというのに。
放送の時代が終わったあと、ニュースはどのような形になっているのか?
どのような形で流れるのか? どのような影響力を持つのか?
このことを、我々はいま、考えてみなければならない。

(リチャーズ・)ホイヤーはまた、次のようにも書いている。
そうではないという証拠があるにもかかわらず、我々は、
世界は目に見えるとおりのものなのだと信じてしまいがちだ。
見えなくなってもお菓子がこの宇宙から消えたわけではないと
いうことは大人になるにつれてわかるようになるが、
大人になってもつい、見たままを信じてしまうことが多い。
これは哲学者が素朴実在論と呼ぶもので、
ついはまってしまう危険な行為である。事実はすべて掌握しており、
そこに自分が見いだしたパターンもまた事実だと思いがちなのだ。

では、情報分析官あるいは世界を正しく把握したいと考える者は
どうすればいいのだろうか。まず、我々が現実だと思うものは
多くが誰かの手を経由しており、ゆがんでいると認識する必要がある。
メディア、第三者、人の心がもつさまざまな要因によって編集され、
操作され、フィルタリングされていると認識する必要がある。

世界の「イメージをできるかぎり明確に把握するためには、
情報以外のものも必要である……
情報が通過してくるレンズについても熟知していなければならない」
とホイヤーは書いている。

このゆがみという効果も、パーソナライズでフィルターが
我々に突きつける問題だ。
フィルターバブルは我々が見るものと見ないものをより分ける。
そして、レンズと同じように、我々が体験する世界をいつのまにか
ゆがめてしまう。我々の精神活動と外界の関係に干渉する。
拡大鏡のように、狭い領域の知識を拡大してくれるという側面もある。
しかし同時に、我々が接する範囲を制限し、我々の考えた方や
学び方に影響を与えてしまう。優れた判断やすばらしいアイデアに
つながる微妙な認知的均衡を崩してしまうかもしれない。
創造性は精神と環境のかかわりから生まれるものなので、
イノベーションにも悪影響があるかもしれない。

「人々が欲しいと思っているのは、世界にむけて発信されたものでは
ありません。自分が見たい、あるいは知りたいと思うことに
関係のあるものなのです」フェイスブックCOO、シェリル・サンドバーグ

フェイスブックはまったく違う方法でパーソナライゼーションをおこなう。
もちろんクリックも追跡しているはずだが、フェイスブックでは、基本的に、
なにを公開し、誰とやりとりしているかからアイデンティティが導かれる。
これはグーグルと大きく異なる。だいたい誰でも、エロいもの、
くだらないもの、ちょっと恥ずかしいものなど、
ステータスアップデートで友達に公開するのがはばかられるようなものを
たくさんクリックしているはずだ。逆もまた真である。
わたしは、ときどき、ハイチ再建の詳しいルポルタージュや政治問題など、
ほとんど読みもしないリンクを共有する。
そういう人物だと友達から見られたいからだ。
このように、グーグルの自分とフェイスブックの自分は人物像が大きく異なる。
「クリックしたものがあなた」と「シェアしたものがあなた」はまったく違うのだ。

製品やサービスについて詳しい情報を提供するインフォマーシャルが
深夜に放送されるのは、広告料金が安いからだけではない。
そういう朝のとても早い時間帯というのは人が暗示にかかりやすいからだ。
日中、太陽の光を浴びていれば絶対に買わないはずのスライサーにも、
この時間だと飛びついたりする。午前3時ごろというのは、
1日のうちで一番、差し出されたモノをつい買ってしまう時間帯なのだ。

我々は、過去に見聞きしたものを信じる傾向があるのだ。(略)
これはいずれも人間心理の基本的メカニズムだ。
しかしこれにパーソナライズドメディアが組み合わせると
悩ましい状況が生まれてしまう。自分のアイデンティティが
自分を取りまくメディアを形成し、そのメディアから、自分がなにを信じ、
なにを重視するのかが決まる。リンクのクリックはそれに興味があると
信号を発することに等しく、つまり、その関連の話を見かけることが増え、
そういう情報にばかり接するようになる。
自分ループにとらわれてしまうのだ。
しかもアイデンティティが正確に表現されていないと、
ステレオから残響が聞こえるようなおかしなパターンが生まれる。

このような人物が一番の武器だと見せてくれたのがごくありふれたもの
―類語辞典―だったので、わたしはとても驚いた。
世論を変えるためには同じことをさまざまな形で表現できなければ
ならないからだそうだ。同じことでも激しい表現から
ごく控えめな言い方まで、幅広い表現方法がある。

グーグルには「邪悪になるな」という有名なモットーがあるが、
このモットーはこのような懸念を和らげようとするものだと考えられる。
グーグルが邪悪だとは思わないが、なろうと思えばなれるだけの
ものを持っているように見えると、グーグルの検索エンジニアに
ぶつけてみたことがある。にやりと笑いが返ってきた。
「そのとおり。我々は邪悪じゃありません。
邪悪にならないようにできるかぎりの努力をしています。
でもそうなりたいと思えば……いつでもなれますよ」

ナップスターの共同創設者でフェイスブックの初代社長となった
ショーン・パーカーも、ハッキングに興味を持ったのは、
それが「社会を再構築するものだから。社会が大きく変化するとき、
その原動力となるのは事業でも政府でもなく、技術なんだ」
とヴァニティ・フェア誌のインタビューにこたえている。

同時多発テロのすこしあと、たまたま読んだ記事がハイファーマンの
人生を変える。テロはたしかにおそろしい出来事であるが、米国人が
再び市民生活で団結するきっかけになるかもしれないという記事だ。
ハイファーマンは、そこで紹介されていたベストセラー
『孤独なボウリング』を買って読んでみた。「夢中になりました。
技術の活用でコミュニティを再生し、強化できるかもしれないという考えに」
この問題に対する彼の答えがミートアップだ。

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