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映画『(ハル)』

『(ハル)』

いまさらであるが、追悼森田芳光ということで『(ハル)』を見る。
1996年の公開当時は映画館で見たのだけれど、
今ではHuluで見たいときに見られる。

パソコン通信を舞台にしたメールのやり取りというのは
さすがに時代を感じる。
ハンドル名という響きも懐かしく、このころには、
ネット上の自分と、実際の自分という区別があったのだなと。
(「RTしよう」という言葉が出てくるが、
「リアルタイム会議室」、いわゆるチャットルームのことなんだけど、
当時、そんなふうに呼んでましたっけ? もう「リツイート」しか思い浮かばない。)

画面の大半をチャットのやりとりやメールが
埋めつくす手法は、相当、斬新だったと思うが、
パソコン通信の雰囲気を表現するためには、これで正しかったと思う。
むしろ、当時見ていたときは何の違和感も感じなかった気がする。
あらためて見てみると、メールで語っていることが必ずしも真実ではなかったり、
(ハルが明らかに嘘をつく場面では文字が赤くなっている)
淡々とした日常生活との対比がよく出ている。
メールの内容もごくごく普通のもので、
その後の『WITH LOVE』のように、
わざとらしく2人の距離を縮める感じがないのもいい。

日常生活はすごく静かな映画で、
深津絵里の恋人を失った喪失感を抱えている感じが
とてもいい。(彼女がちゃんと笑うのはラストだけなのだ。)
私は深津絵里を特別好きではないのだけど、
この映画の彼女は本当にいいと思う。

内野聖陽もちょっと爽やかすぎるんだけど新鮮。
戸田菜穂演じるローズは、明らかに『ノルウェイの森』の緑のパロディーで
何度も深津絵里が村上春樹の本を並び替えたり、
(『ノルウェイの森』の隣に『ダンス・ダンス・ダンス』を置くのだけど、
あれはなぜなんでしょうね。)
亡くなった恋人の名前が春田だったりする。

そのほか、ハルの元カノが当時、ちょっと目立ってた山崎直子。
今、調べたら山崎努の娘だとか。切れ長美人でした。
あと、深津絵里に言い寄る役で宮沢和史とか。

静かな映画の中で、大きく動の部分が新幹線なのだが、
あれは名シーン。
実際にはパソコン通信で知り合った人があんな風に
出会ったりしないとは思うんだけど。
(また蛇足ですが、当時はリアルタイムで
NIFTYの映画フォーラムにいたので、公開したときは話題になりました。
といっても当の映画フォーラムはシスオペ辞任騒ぎに揺れていたのだけど。)

映画のラストの台詞は予想がつくのだけれど、
あそこはやっぱり実際に声が欲しかった、
と見た当時も思ったっけ。


本『本当は怖いソーシャルメディア』

『本当は怖いソーシャルメディア』
著 山田順
小学館101新書

タイトルは釣りみたいなもので、
サブタイトル『2015年「メディア融合時代」を考える』が本当のところ。

「フェイスブックがユーザー数をどんどん伸ばし、
フェイスブックフォンの発売まで計画して、ヴァーチャル共和国の
建設を目指す。グーグルがオープンなアンドロイドOSをつくり、
SNSに進出し、グーグルテレビをつくる。アマゾンが単なる書籍リーダー
ではない「Kindle Fire」というタブレット端末を発売する。
また、既存のプリントメディアの雄である新聞社が必死になって
自社サイトの課金化を図り、『ウォールストリート・ジャーナル』紙は
フェイスブック内にページを開く。
このようなことは、みな同じ一つの流れなのである。」

FacebookとAndroidとKindle、Hulu、グーグルテレビ、既存の新聞社、テレビ局、
メディア融合時代はみんなが同じ土俵でパイを奪いあっている。
まだ勝者は決まっていないけれど、結果として既存メディアはレベルを落とし、
SNSはそれに代わるものを生み出していない。

「ところが、現在のところ、ネットはこのプロフェッショナリズムと
モラルを崩壊させる方向に進んでいる。また、価値のある情報には
対価を払うという習慣さえ、読者から奪おうとしている。
「ニュースも情報も、エンターテインメントも、みんなタダで手に入る」
とユーザーに思わせたことで、ネットは大躍進をとげ、
ついにソーシャルメディアを生み出した。
しかし、ここでなにかが、確実に失われた。
プロフェッショナリズム、モラル、公益性……などがない世界を
想像してみてほしい。現在の既存メディアの経営はどんどん悪化している。
そのため、広告を取るのに血眼になっている。
これが進むと、ジャーナリズムは読者の方向を向かなくなり、
広告主や権力に媚びることになる。日本村のユーザーが泣いて喜ぶ事態、
マスコミが本当にマスゴミになる日がやってきてしまうだろう。」

全体の書き方が著者のいう「おっさんのタワゴト」みたいなところがあり、
話の本質がとらえにくいのだが、この危機感はもっておくべき。

フェイスブックの本質はフラタニティやソロリティなど、
大学の社交クラブであり(このへんは『facebook』がよく描いている)
「お友達になれるのは同じ階層に属する人たちだけ。
じつはリアル社会の階層化をネットに移し替えているだけ」
だということは、あまり大きな声で言われないけど、重要なポイント。

ジョブズが「常に愚かであれ」と言ったのは、
スタンフォードのエリート学生に向かってであり、
シリコンバレーはつねに高学歴のエリート層によって形成されている
というのも、今のネット社会を考える上で必要なこと。

私たちはもうソーシャルメディア上で本音なんか言えないんだ
ってのも共感。

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