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本『挑まなければ、得られない』

『挑まなければ、得られない』
著 及川卓也
インプレスジャパン

グーグルでウェブ技術開発チームのマネージャーを務める
及川氏のブログを書籍化。書籍化にあたり、追記もされている。

著者の名前はなんとなく聞いたことがある程度だったのだが、
中には読んだことのある文章もあったので、ブログとしては
何度も拝見しているのだろう。
佐々木俊尚氏が序文を書いているが『2011年新聞・テレビ消滅』で紹介された
「コンテンツ・コンテナ・コンベア」ももともとは及川氏の概念だという。
この話が出てくる「ネット時代のメディア戦略」は必読。

頭の回転の速い人がする話はおもしろいという感じで、
ネットに対する考え方など、参考になる。

東日本大震災における「Hack for Japan」の活動については
ドキュメンタリーっぽく紹介されているのだが、
正直、本人が中の人だということもあり、熱意は伝わってくるが、
何をどういう風に進めた活動なのかはいまいちわからない。
かっこいいプレゼンを作って自分たちで感動した話を
聞かされてもなーという印象。

しかし、DEC、マイクロソフト、グーグルと渡り歩いた
エンジニア視点としていろいろ興味深い。


◆読書メモ

世界的な貿易は伝統的にずっと、アトムをやりとりすることで成り立ってきた。
税関を通るときに申告するのはアトムについてで、ビットは関係がない。
デジタル録音した音楽でさえ、流通はプラスチックのCDの形で行われ、
パッケージングや輸送、在庫のために相当な費用がかかっている。
この状況がいま、急速に変わろうとしている。これまで音楽は、
プラスチックというアトムに録音してから運ばれていた。
人の手でのろのろと情報を扱う他の媒体、本や雑誌、新聞、
ビデオカセットなども同様である。ところがいまでは、電子的データを
光の速度であっという間に、しかも安価に送れるようになった。
この形式だと、情報はどこからでも自由にアクセスできる。
アトムからビットへという変化に後戻りはない。もう止めることはできない。
(ニコラス・ネグロポンテ『ビーイング・デジタル ビットの時代』)

このような葛藤は、いつの時代にも起こることです。
DTPが普及しはじめた頃にも、熟練した写植や製版の職人の技が
失われて質が落ちるといわれました。このような場合に、
進む道は二つあります。一つは、旧来の技術を大切に守ること。
もう一つは、新しい技術の中で質を高めていくことです。
そのどちらが正しいというものではないでしょう。
(佐藤好彦『デザインの授業 目で見て学ぶデザインの構成術』)

そもそも人はミーティングのために会社に来ているのではない。
ミーティングをしているだけで仕事をしていると勘違いしている人が
たまに、いや、よくいるが、ミーティングで決まったことを実行するのが
仕事である。ミーティングなどは人から時間を奪う必要悪だ。

逆説的に考えると、類似の名前をつけることにより、
サイバースクワッティング(ドメイン名などの、インターネット上の
有数の識別子を、転売目的で取得するような行為)を行うことも可能だ。
有名タレントと類似の名前を持たせることにより、そのタレント目あての
ネットユーザーを自サイトに誘導できる。
物まねタレントやアダルト女優などでは、有名タレントをまねた名前を
付けることが多いが、これはネットのトラフィックを集めることにも
効果があるかもしれない。

HTML5は、現在のウェブを支えるHTMLの次期バージョンである。
ウェブページのレイアウトだけでなく、ウェブアプリが必要とする
各種API(Application Program Interface)が規格化されている。
HTML5のビデオ要素・オーディオ要素は、ウェブ標準技術のみで
ビデオやオーディオの再生を実現するものだ。
従来は、「プラグイン」と呼ばれるベンダー独自仕様の拡張プログラムを
ブラウザに導入しないと、再生は不可能だった。しかし、HTML5の
ビデオ要素やオーディオ要素を用いることにより、
純粋にウェブ技術のみで可能になりつつある。
また、コーデックとはデータの圧縮と伸張を行う技術であり、
音声や映像においてはアナログとデジタルの変換方式のことをいうが、
ビデオ用コーデックについては、どのベンダーからも自由かつ無料で
使えるものが提供されていなかった。米グーグルが2009年に
WebMと呼ばれるオープンソースのコーデックを公開したことにより、
解決の糸口が見えてきたともいわれる。

内容(コンテンツ)は王様だ。これははっきりしている。
人々が情報化時代について10年から15年くらい前に話していたとき、
私はそれが理解できなかった。コンテンツの管理と配布が、
社会的にその時代を規定するほど中心的なものになるとは
思えなかった。しかし、今ではそれがわかりはじめている。
低いS/N比が大きな努力を無駄にするのもわかるし、
タイムリーかつ的を射た情報の配信というのがどれほどまでに
価値があるのかもわかる。また、高品質のコンテンツを産出することが
それだけですばらしいビジネスプランになりうることも理解できる。

もう一度言おう。「高品質のコンテンツを産出することは、それだけで
すばらしいビジネスプランになりうる」。
伝統的かつ歴史的に見ると、優れたコンテンツ生成者が生き残るためには、
同時に優れた配信者でもなければならなかった。
あらゆるビジネスを成り立たせるために、新聞や書籍が印刷され、
配布されることを確認する必要があった。
今日では、これらすべてが変わった。新聞や書籍で作っていたのと
同じコンテンツを、電子技術を使って配信することができる。
たとえば、ワールドワイドウェブのようなものを通して。
(FeedJournal ジョナス・マティンソン)

「許可を求めることより許しを乞う(謝罪する)方が簡単である。
ひたむきに仕事をすれば、深刻なダメージや危険にあう可能性は低い。
間違った決定による時代が、長期的に見て、
みんなの許可を得るために待つ時間を上回ることはない』
(3Mの社是)

ジャーナリズムとしての使命をまっとうしようとするなら、
メディアの本来の姿は、報道の本質を追求することにある。
ビジネスは別だ。ときとして両立できなかもしれないことは
知っているはずだし、そのことは常に意識しなければいけないはずだ。
極端な話、報道機関として組織を維持するためのコストは、
営利企業として利潤をあげることとは
まったく別の方法で確保してもかまわなのだ。
だが、そのようにジャーナリズムを語りながら、一方では、
ネットではすべての記事が無料で流通してしまうので、
これでは報道機関としての役割を果たせないと語る。

続けてきたことは立派なことであり、これからも続けていくべき
ことも多いだろうが、「続けてきた」という事実を免罪符のように扱って、
思考停止してしまうことになっていないかは、考えてみたほうがいい。
特に、現在ビジネスの現場で(とりあえず)続けるという判断を
している人は、「勝ち逃げ」を狙っている40代、50代世代が多い。
彼らは今を静かに暮らしたい人たちなのだ。壊さないのは誰のためでもない、
自分のためだったりするのだから、だまされちゃいけない。

イノベーションのジレンマとは、ハーバード・ビジネススクール教授の
クリステセンが1997年に発表した概念だ。企業は既存顧客の声を
聞きすぎるあまり、新しい市場の創造を行う新たなライバル敗れることを言う。
既存顧客を満足させるために行うすべての改善は、
持続的なイノベーションであり、価値観を根本から変えるような
ライバルが行うイノベーションは、破壊的イノベーションといわれる。

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