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本『哲夫の春休み』

『哲夫の春休み』
著 斎藤惇夫
岩波書店

小学生のときにいちばん好きだった本が
『冒険者たち―ガンバと十五匹の仲間』。
1983年に11年ぶりの新作『ガンバとカワウソの冒険』が出たときには
サイン会に行った。「次はまた10年後ですかね」と笑っていたけど、
『哲夫の春休み』は2010年出版、なんと27年ぶりの新作である。

あとがきによると、28年前、『ガンバとカワウソの冒険』を終えて、
すぐに準備をはじめていたという。
自分自身の少年時代をたどることによって
「世界に向き合う子どもの心の中を探る旅に出よう」、
「それまで試みた動物ファンタジーでは描きようのなかった《不思議》、
とりわけ人の心に深い陰影を与える《時間の不思議》を、
すぐ此処、《縁側》が、《うつつとゆめ》《あの世とこの世》の境である
私たちの国の風土の中で、探ってみようともしていました。」

ある意味、ネタバレですが、これは知っていて読んだほうがいいと
思うので、書いてしまいますが、2年前、著者の息子、斎藤哲夫氏が
39歳で夭逝したことにより、机の中に眠っていた原稿と再び向き合い、
この物語が完成することになります。

その息子、哲夫くんが小学校を卒業し、
中学生になる前の春休みに、父の故郷、長岡を訪ねる物語。
電車の中で偶然出会った順子(なおこ)おばさんの若い頃の思い出に
哲夫が入り込んでしまったり、
今はもうなくなってしまったはずの父の実家を訪ねたりする不思議な旅は、
斎藤惇夫版『トムは真夜中の庭で』。

しかし、どうしても全編にただようのは死の影。
哲夫自身、順子おばさん、順子おばさんの娘みどり、
それぞれの物語は重く、やや唐突で、後半の展開は村上春樹的な奇妙さ。
最後のほうはその重さに、なかなか読み進められなかったほど。

おそらく息子の死と向き合うために著者が書いた物語なので、
最終的にはそれぞれが再生へと向かっていくのですが、
“夏休み”ではなく、“春休み”に象徴されるように
今にも雪が降りそうな肌寒い曇り空ばかりが心に浮かぶ。
構成的にも難が多く、読みやすくもないのですが、
それがそのまま著者の心の軌跡になっているようにも感じる。

「ひとは、けっして、幸せになるために生きているんではないってことだよ」
という台詞がこの物語を現わしているように思います。

◆読書メモ

なんだろう、『見るなの座敷』のあとにあるものって。
もしもね、もしもよ、他のひとには全くわからなかったにせよ、
誰かがほんとうに見たものが、
たとえばね、このお話のように誰かを好きになって、
他の誰も見なかった四季の移ろいを十一の座敷で見たとしてね、
でも、最後に見てはいけないものまで見てしまってね、
好きになったひとがそれでいなくなってしまったとしてね、
それでもまだそのあとに見るものがあるとしたらね、
ウグイスが飛んでいってしまったあとによ、
それは一体何なのだろうと思うのよ。
まだなにかあるのだろうかって、ね。

あの子は、今そのことをすっかり忘れているようだが、
いつか、ずっとあとになって、おとなになってから、もう一度、
うさぎとやまがらのことを、思い出すことがあるかもしれん。
きっと、そのときようやく、自分がしてしまったことの
ほんとうの意味を知るだろうて。小鳥を殺すことは、
自分を殺すことと同じだってことをね。
ふたをしておいた心のどこかが破裂して、
ふたがとんでいってしまう日が必ずくる。
そのときがようやく、うさぎとやまがらへの供養になる。
それでも、けっして、おそくはないからの。

「いいかい、ひとは、けっして、幸せになるために生きているんでは
ないってことだよ。そんなものは、
自分でそう思うかどうか、それだけのことなのだよ。
ただただ、深く感じとるために生きているってことだよ」

なにを深く感じとるか……、きっと、それは、哲夫が口にするものみんな、
哲夫が耳にするものみんな、哲夫が手や肌で触れるものみんな、
哲夫の心をよぎるものみんな、それを、深く感じとるということなんだろうて、
思ったんだて。
そうやって生きた人が、今になると、一番すてきに、
一生懸命に生きているって思えてきたのでね。
ぼんやりしていると、みんな目を、耳を、心を通り過ぎていってしまう。
あとにはなあにも残らない。

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