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本『冬の日のエマ』

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『冬の日のエマ』
著 ペネロピ・ファーマー
訳 山口圭三郎

エマとシャーロット姉妹の三部作、第二作。
夢の中で雪景色の中を飛ぶということ以外、
記憶に残っていなかったのもどおりで、
三部作の中ではいちばん完成度が微妙。

『ある朝、シャーロットは…』は文字通りシャーロットが主人公で
離れて暮しているエマは名前しか出てこない。
『夏の小鳥たち』も主人公はシャーロットで、
エマはわがままな妹として登場する。
『冬の日のエマ』ではやっとエマが主人公なわけだが、
自分勝手な彼女にはなかなか共感しずらい。

夢の中では彼女が出会うのは「泥水ぱちゃ子」と呼ばれたボビー。
デブでどんくさい彼は学校でもからかわれており、
夢と現実を通して、彼と友情を育むことでエマ自身が成長する物語だ。

エマは『夏の小鳥たち』でもジンジャーという男の子に好かれているし、
ボビーもきれいで、ほっそりしたエマに憧れている。
現実では仲良くなれない憧れの異性と、
夢(別次元)で二人だけの世界を過ごし親しくなる、
というのは男女を逆にすればそのまま少女マンガのプロットになる。

全編、暗い雪の風景に閉ざされているのに加えて、、
ボビーが母親から愛をきちんと受けていなかったり、
エマのイライジァおじいさんが年をとっていったり、
物語のあちこちに暗い影がある。
夢の中でどんどん時間を遡り、最後にたどり着くのが、
生命の源である原始の海。(ここらへんの風景はほとんどエヴァ。
エデンの園を否定しちゃうのはキリスト教圏の文学としてはめずらしい。)
最終章の時間の遡り方やオチのつかないエマとボビーの関係も
描写が追いついていないまま終わってしまう感じ。

それでもこの物語にインパクトがあるのは、
やはり雪景色の中をどこまでも飛んでいく、
その孤独な風景だと思う。


◆読書メモ

エマを飛びつづけさせたもの―それはなにだったのでしょう。
とにかくそれは、エマの心の中からやってきたものではありませんでした。
それは、エマからすこしはなれたところに、じっと立って、
エマをはげましていました。それは、エマの自尊心とか決心より、
ずっとずっと強力なものでした。それは耳では聞き取ることができない、
心だけが聞き取ることができる声で、エマをはげますのでした。

「とにかくその人はいっているんだ―時間とはそのようなものだって。
みんなが考えているように、時間というものは、まっすぐには
進まないんだって。ぐるぐる輪を描いて―そう、スプリングのように、
ぐるぐる渦巻きのように進むんだって。」

「論文を書いた人がいうには、ときどきスプリングは、
力を加えれば、押さえつけられて、重なり合う。
だから時間のある部分が、一瞬、時間のほかの部分に
非常に近づくことが可能だ―つまり、いまぼくは『現在』に
生きていて、しかも二百年前の『アメリカ独立戦争の時代』の
すぐ近くに生きている、ということもいえるわけだ。
だからぼくは、たぶん、独立戦争当時の戦闘場面を見ることが
できるかもしれないんだ。」

「たとえばぼくがいま、戦争の始まる場所のすぐ近くにいたとする。
それで、ぼくは一生懸命そのことばかり考えていたとする。
そしてまた、たくさんの人たちも、その戦争のことを考えていたとする。
こうしたことが、みんなのこうした考えが、時間のスプリングをぐっと押す
……と、ぼくは戦場のすぐそばに近づいて、戦闘場面を見ることができる。
いやたぶん、その戦争が起きた過去の時代と場所に帰ることも、
可能なんだ――。」

明日になっても、いまわたしがつけた足跡は、残っているだろう
……それから、そのつぎの日、一週間後、二週間後……
そしてついに、雪は消えてしまうだろう。

「そうね、空を飛ぶのは、それはすばらしかったわ。」
それからエマは、長い間だまっていました。
「もう二度と、空を飛ぶことはないわね、わたしたち?
また飛ぶことがあると思う、ボビー?」

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