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本『ハーモニー』

『ハーモニー』
著 伊藤計劃
早川書房

『虐殺器官』に続いて、伊藤計劃。
『虐殺器官』の後の世界が舞台らしいが、
人間の残酷さが『虐殺器官』なら、
人間の優しさが『ハーモニー』であり、
コインの裏表みたいな作品。どちらも人を救わない。

2008年12月にこの小説を発表して、
2009年3月に伊藤計劃は肺ガンのため早世。
自らの死を自覚していながら、
健康が管理され、病気で死ぬことはない社会で、
自殺を夢見る少女たちを描く。
それはどんな感情だったのだろう。

単行本のカバーはシライシユウコ。
森田季節の『ともだち同盟』もシライシユウコで
こちらも死にたがる少年少女の物語。

 なぜ人は何かを書くと思う。
 さあ。
 文字は残る。もしかしたら永遠に。永遠に近いところまで。

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本『都市と消費とディズニーの夢』

『都市と消費とディズニーの夢
―ショッピングモーライゼーションの時代』

著 速水健朗
角川oneテーマ21

ショッピングモールから見た都市論。
ショッピングモーライゼーションとは、
都市部や郊外にショッピングモールが増えているということではなく、
「都市の公共的な施設やスペースに競争原理が導入され、
効率化、ショッピングモール化」が進んでいるという話。

たとえば、病院内にスターバックスができるとか、
サービスエリアが民営化したことで地元の名物を売るなど
営業努力をするようになったとか、
東京駅の駅ナカ、羽田国際ターミナルの江戸小路、
東京スカイツリーのソラマチなども“ショッピングモール化”の例。

「六本木ヒルズがショッピングモールである」というのも
私はすんなり受け入れらるのですが、著者によると
違和感を覚える人が多いそうで、
「海外のショッピングモールを体験したことがある人、
アメリカでもサンタモニカやサンディエゴの都市型モールに
行った経験がある人であれば、理解しやすい」のだそうだ。

「サンディエゴのショッピングモール」というドンピシャに
驚いたのですが、ダウンタウン再生の成功例として
1985年開業のサンディエゴ・ホートンプラザの話がでてきます。
私は1990年ごろ、サンディエゴで1ヵ月過ごしたことがあり、
ホートンプラザには何度も行きました。
壁や床がカラフルな色に塗られていて、通路はうねうね
まがりくねっていて、変なところにエスカレーターがあり、
通路の向こうに見えている店に行こうとしても
なかなかたどり着けなかったりという楽しい迷路のような
ところでした。当時は日本に大規模なショッピングモールはなく、
ファーストフード、シネコン、ファッション関係の店など
が詰まった広い空間はそれだけでずっといても飽きない場所でした。

そのほか、サンディエゴのバスのターミナルや乗り換え駅には
そこそこの規模のショッピングモールが必ずあり、
入っているテナントはだいたい同じだったのですが、
「どこそこのGAPの店員がかっこいい」とか
「○○モールの映画館は何曜日が安い」とか聞いて
あちこち見て回ったりしました。
(ただし、数年前にサンディエゴに仕事で行ったときに
ホートンプラザを再訪したら、さすがに老朽化が進んでいたのと、
こちら側がショッピングモールに慣れてしまっていたので、
当時のような新鮮さはまったくなくて残念でした。)

本を読んでいてもうひとつ思い出したのが、
ウディ・アレンとベット・ミドラーが共演した『結婚記念日』という映画。
原題が『SCENES FROM A MALL』で、全編、ショッピングモールが
舞台となります。話自体はまったくおもしろくないのですが、
広い吹き抜けに水が流れていたりするショッピングモールを
当時(1990年公開)はうらやましいと思ったものでした。
このロケ地どこだったんだろうとさっき調べてみたら、
ロスのビバリー・センターでした。こちらも数年前に
行ったことがあるのですが、改装もしているだろうし、
さすがに気がつきませんでした。

日本で同じような場所を探すなら、
ディズニーランドのワールドバザールだなあと当時思ったし、
六本木ヒルズやシオサイトができたときは、
ホートンプラザみたいなところが日本にも増えたなあと思ったので、
テーマパーク、都市、ショッピングモールというこの本に出てくる
3つの関係はすんなり納得できるのです。

欲をいえば、2倍~3倍の長さになってもいいから
個人的には個々のショッピングモールについて、
写真や構図など、もっと説明がほしかったところ。
六本木ヒルズとミッドタウンはショッピングモールといっても
だいぶ違う気がするし、逆にいうと、さいたま新都心と川崎の
ショッピングモールってなんとなく似ている気がする。
本に出てくる成城コルティをはじめ、仙川や経堂など
最近できた駅のショッピングモールはすごく似ている。
そこらへんの雰囲気ってやはり行ったことがないと通じないかなと。


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本『恐るべき子供たち』

『恐るべき子供たち』
著 ジャン・コクトー
訳 高橋洋一
求龍堂

そういえば読んでないよね、という感じで図書館で借りてきました。
全編、詩のような物語なので、訳によってイメージがだいぶ変わると
思いますが、求龍堂版を選んだのはたんに図書館にあったのが
これだけだったから。

ジャン・コクトーのデッサン62点が収録されているので、
前半はほとんど絵本。

ポールとエリザベート、近親相姦的な姉弟に
眺めている人としてジェラールがからんで
モンマルトルの部屋で小さな世界をつくるという構図は
ベルトリッチの『ドリーマーズ』みたい。
(というか『ドリーマーズ』があきらかに『恐るべき子供たち』
を意識して作られてるわけですが。)

『ドリーマーズ』の彼らにもまったく共感できなかったけど、
『恐るべき子供たち』の子供たちもまったく勝手な人たちだよね。
大邸宅に住みながら、自分たちだけの小さな空間を死守しようとする
その世界観は嫌いじゃないです。

萩尾望都のコミック版や映画版も見てみたい。

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本『ゾウの時間 ネズミの時間』

『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』
著 本川達雄
中公新書

いわずと知れたベストセラー本。
1992年発売だからもう20年前。その後、本書に書かれていることに
新たに発見や異説もあったかもしれないが、
「動物の時間は体重の1/4乗に比例する」を中心に、
「サイズや支持系のことを考えに入れると、
動物のデザインが見えてくる」を明快に解説している。

タイトルを『ゾウのサイズ』ではなく『ゾウの時間』としたとこが秀逸で、
実際にはサイズの話がほとんどなのだが、
「ゾウやネズミは人間とは異なる時間で生きている」
という感覚はとても新鮮。

(そしてゾウやネズミというわかりやすい動物よりも
ヒラムシやクチクラやサンゴやヒトデの話が多いので、
これらの生物にあまり興味がない私としては
後半はやや疲れました。)

ネズミはネズミが生きるに適したサイズであり、
ヒラムシはヒラムシに適した支持系(消化器官とか呼吸器とか)
をもっている。当たり前の話だけど、生物がなぜそのサイズであり、
その形なのかには、進化の歴史や深い理由があるわけだ。

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本『フェルマーの最終定理』

『フェルマーの最終定理』
著 サイモン・シン
訳 青木薫
新潮文庫

「フェルマーの最終定理」どころか、「虚数」も「無理数」も
「証明」や「定理」もほとんど忘れている私ですが、
フェルマーの最終定理を証明することがなぜ難しいのか、
証明することにどんな意義があるのか、
ピュタゴラスから始まって、この証明にまつわる歴史、
それに挑んだ数学者たちの困難と挫折、問題点が
ていねいに語られているので、証明が完成する場面では
そこにいたるまでの数学者たちの静かな情熱に泣ける。

数学者たちの物語のなかでも魅力的なのは、
決闘によって20歳の若さで亡くなってしまった
エヴァリスト・ガロア。
(フェルマーの最終定理を証明するのに、ガロアの
「群論」が使われている。)
また、差別の中でフェルマーの最終定理の研究に
一歩を踏み出した女性数学者ソフィー・ジェルマンに
カール・フリードリヒ・ガウスが出した手紙は
それだけで感動的だ。
フェルマーの最終定理の問題を考えているうちに
自殺を思いとどまったヴォルフスケールは、
彼を救ってくれた恩返しとして、この証明に懸賞金を残した。
(ヴォルフスケールは1908年に亡くなり、遺言が執行された。
懸賞金の期限は2007年だった。)

フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズは
「モジュラー形式と楕円方程式は関連がある」という
「谷山=志村予想」を証明することで、
フェルマーの最終定理は成り立つという方法をとっており、
そこには「コリヴァギン=フラッハ法」と「岩澤理論」の
アプローチが使われている。
といっても何がなんだかわからないと思いますが、
これが数式を使わず、なんとなくわかるような気分まで
噛み砕いて説明されているところがすばらしい。

確率の問題として、同じサッカー競技場に23人の人間が
いるとすると、だれか二人の誕生日が同じになる確率は
50%を超えるという話がでてくるのだが、
実際にFacebookで知り合い23人を無作為に選んで
チェックしてみたら、同じ誕生日が一組いました。
(一日違いのニアピンなら3組ぐらいいる。)

こういう感じで、わかりやすい問題もあれば、
数学者たちが夢見る神とか完全性の領域まで物語られていて、
この学問の幅広さや素晴らしさが
数学にあまり興味がない人でも感じられるようになっている。

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本『虐殺器官』

『虐殺器官』
著 伊藤計劃
ハヤカワ文庫

「おもしろい」とか「すごい」とかいろんなところで聞いていた
『虐殺器官』をやっと読みました。
これ読んでしまうと『ジェノサイド』とか色褪せますね。
最初から子供殺されてるし。

 泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を
 突っこんでいるのが見えた。

 まるでアリスのように、轍のなかに広がる不思議な国へ入っていこうと
 しているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、
 頭蓋の中身を空に曝している。

これが冒頭。主人公は特殊部隊の軍人として、仕事であれば
人を暗殺するし、必要な場合はためらわず子供を撃つ。
しかし、その殺意も痛みも引き受けていない。
そんな彼が延命装置を止めた母親の死に対してだけは自分を責める。

(言い方があまり適切でないですが)人がジェノサイドの物語に
惹かれるのは、人間は本質的に残虐なのか、という問いを
誰もが一度は思い浮かべたことがあるからだと思うのです。
『ジェノサイドの丘』に書かれたようなルワンダの虐殺は
特定の地域で偶発的に起こった悲劇なのか、
同じ状況になれば、自分は隣人を鉈で殺戮するのだろうか。
「愛する家族や恋人や国を守るために戦う」のなら、
同じ理由で幼い子供を撃ち殺せるのだろうか。

SFなんだけど、ソマリアのブラックホーク・ダウンや
ハリバートンが兵站を担当してたり、民間軍事請負業者とか、
現在のリアルな世界観がベースなので、どこからフィクションなのか、
わからなくなる。
認証による管理社会、“オルタナ”による代替現実などは
今でも似たような技術がありますね。

文学、映画、音楽と広範にわたる「スノビッシュでディレッタントな」
会話に魅了されます。
ユダヤ人の大量輸送にIBMの計算機が使われたという話は
『IBMとホロコースト』という本をみつけたので読んでみたい。

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本『ゴルフ場殺人事件』

『ゴルフ場殺人事件』
著 アガサ・クリスティー
訳 田村隆一
ハヤカワ文庫

クリスティー3冊目。
タイトルに「ゴルフ場」と出てくるけれど、ゴルフ関係なし。
墓穴が掘れるなら、「庭園殺人事件」でも良かったのかも。

ミスリードというか、犯人はこいつかもと思わせておいて
こいつなんでしょ、と思わせておいてまた逆転。
クリスティーのミステリーは犯人を当てることが目的ではないので、
まあ、いいんですが、いつも意外すぎるというか、伏線微妙。

殺人事件以上にラストをもっていくシンデレラ。
ヘイスティングは『スタイルズ荘の怪事件』で突然プロポーズして
振られているので、毎回、容疑者や関係者に恋しては撃沈する
寅さんのような役回りなのかと思ったら……。

「日本の力士」とか「日本人の一座」とか、ちらっと書かれていますが、
1923年当時、フランスにおける日本人の立場ってどうだったのかしら。


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本『海賊のジレンマ』

『海賊のジレンマ
ユースカルチャーがいかにして新しい資本主義をつくったか』

著 マット・メイソン
フィルムアート社

パンク、海賊ラジオ、リミックス、MOD、グラフィティ、オープンソース、
ヒップホップなど、法の定まっていないグレーゾーンで発展してきた
若者文化についての話。

ここでいう“海賊”が何をさすのか、理解するまでにちょっとかかったのですが、
「デジタル情報の扱いをめぐって、私たちの社会に揺さぶりをかける人々」
という巻末解説の説明が適しているでしょう。
たとえば、音楽をサンプリングして、一部の音を強調したり、
再編集することで生まれる“リミックス”は著作権侵害か?
リミックスがパクりとして止めたりされなかったので、
その後のディスコやヒップホップが発展した。
ファッションの世界では服のデザインのコピーは自由に行なわれており、
一流デザイナーのデザインややがて一般に安く広まり、流行のサイクルが回る。
修道女が始めた子どもたちのための“パーティー・ルーム”は、
孤児院で育った青年により“ロフト”となり、
フラワー・パワー思想の“ディスコ”となった。

訳が悪いのか、原文からして読みにくいのかわかりませんが、
個々のエピソードはとてもおもしろいのに、
全体として“海賊のジレンマ”とは?というのがつかめなかったです。
(違法ダウンロードを取り締まるより、iTunesのように同じ土俵で
競争してしまったほうが社会は発展する、という話のようですが。)

原書が発売されたのが2008年と4年も前。
ネットの話をするのに、この時間は致命的で、
オーマイニュースの例とか今ではだいぶ事情が変わってます。

マドンナが最新曲のMP3ファイルと思わせて、
KaZaAで彼女自身の罵声をばらまいた話とか、
(おかげで彼女の評判は悪くなるわけですが)
『今夜はトークハード』の名前がちらっと出てきたりしたのが、
個人的にツボでした。

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本『ニートの歩き方』

『ニートの歩き方』
著 pha
技術評論社

京大を卒業して、すごく暇な会社に就職したものの、
毎朝決った時間に起きて満員電車に乗って通勤して、
気が合わない人ともコミュニケーションするという生活に耐えられず、
ニートになった著者によるニートのススメ。

“働かざるもの食うべからず”っていう考えが
そもそも間違ってるんじゃないか。働くことに楽しみを感じる人は
それでいい。でも耐えられない人は無理して働くことなんかない。
生き方なんて人それぞれでいい。というのがこの本の論理。

働くことで得られるのは、たぶん、達成感だったり、
自分が社会に参加しているという意識だったり、
そしてもちろん生活していくためのお金。
著者は、こうした達成感や自己実現、社会とのつながりは
今ならネットで代替可能だという。
Twitterでゆるく人とのつながりを保つことができるし、
ブログで自分の意見を発信することもできるし、
うまくいけば小銭だって稼ぐことができる。
(「自分はうまくいっている例」とことわってはいるが、
著者はアフィリエイトなどで月8万円ほど稼いでいる。)
逆にいえば、ネットがなかったら、ニートとして生きていけなかったと。
これはすごく今風のおもしろい考え方だと思う。
働くことで得られるはずのものをネットが代替してくれる。

ニートといっても著者は引きこもりではなく、
シェアハウスで友だちとゲームしたり、近所の公園を散歩したり、
自炊したご飯をおいしいと感じたりして、毎日を楽しく過ごしいる。
そして、人生で本当に大切なのはそういう日常なんじゃないの?
と言われると、働くことのほうが不幸にさえ思えてくる。

「働かないこと」をやや正当化しすぎだなーとは思うのだけど、
会社に勤めるという働き方がすべてではないというのは、
ここ最近のノマドだったり、ベンチャーだったりにも通じる、
新しい生き方ではないかと思う。


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