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本『都市と消費とディズニーの夢』

『都市と消費とディズニーの夢
―ショッピングモーライゼーションの時代』

著 速水健朗
角川oneテーマ21

ショッピングモールから見た都市論。
ショッピングモーライゼーションとは、
都市部や郊外にショッピングモールが増えているということではなく、
「都市の公共的な施設やスペースに競争原理が導入され、
効率化、ショッピングモール化」が進んでいるという話。

たとえば、病院内にスターバックスができるとか、
サービスエリアが民営化したことで地元の名物を売るなど
営業努力をするようになったとか、
東京駅の駅ナカ、羽田国際ターミナルの江戸小路、
東京スカイツリーのソラマチなども“ショッピングモール化”の例。

「六本木ヒルズがショッピングモールである」というのも
私はすんなり受け入れらるのですが、著者によると
違和感を覚える人が多いそうで、
「海外のショッピングモールを体験したことがある人、
アメリカでもサンタモニカやサンディエゴの都市型モールに
行った経験がある人であれば、理解しやすい」のだそうだ。

「サンディエゴのショッピングモール」というドンピシャに
驚いたのですが、ダウンタウン再生の成功例として
1985年開業のサンディエゴ・ホートンプラザの話がでてきます。
私は1990年ごろ、サンディエゴで1ヵ月過ごしたことがあり、
ホートンプラザには何度も行きました。
壁や床がカラフルな色に塗られていて、通路はうねうね
まがりくねっていて、変なところにエスカレーターがあり、
通路の向こうに見えている店に行こうとしても
なかなかたどり着けなかったりという楽しい迷路のような
ところでした。当時は日本に大規模なショッピングモールはなく、
ファーストフード、シネコン、ファッション関係の店など
が詰まった広い空間はそれだけでずっといても飽きない場所でした。

そのほか、サンディエゴのバスのターミナルや乗り換え駅には
そこそこの規模のショッピングモールが必ずあり、
入っているテナントはだいたい同じだったのですが、
「どこそこのGAPの店員がかっこいい」とか
「○○モールの映画館は何曜日が安い」とか聞いて
あちこち見て回ったりしました。
(ただし、数年前にサンディエゴに仕事で行ったときに
ホートンプラザを再訪したら、さすがに老朽化が進んでいたのと、
こちら側がショッピングモールに慣れてしまっていたので、
当時のような新鮮さはまったくなくて残念でした。)

本を読んでいてもうひとつ思い出したのが、
ウディ・アレンとベット・ミドラーが共演した『結婚記念日』という映画。
原題が『SCENES FROM A MALL』で、全編、ショッピングモールが
舞台となります。話自体はまったくおもしろくないのですが、
広い吹き抜けに水が流れていたりするショッピングモールを
当時(1990年公開)はうらやましいと思ったものでした。
このロケ地どこだったんだろうとさっき調べてみたら、
ロスのビバリー・センターでした。こちらも数年前に
行ったことがあるのですが、改装もしているだろうし、
さすがに気がつきませんでした。

日本で同じような場所を探すなら、
ディズニーランドのワールドバザールだなあと当時思ったし、
六本木ヒルズやシオサイトができたときは、
ホートンプラザみたいなところが日本にも増えたなあと思ったので、
テーマパーク、都市、ショッピングモールというこの本に出てくる
3つの関係はすんなり納得できるのです。

欲をいえば、2倍~3倍の長さになってもいいから
個人的には個々のショッピングモールについて、
写真や構図など、もっと説明がほしかったところ。
六本木ヒルズとミッドタウンはショッピングモールといっても
だいぶ違う気がするし、逆にいうと、さいたま新都心と川崎の
ショッピングモールってなんとなく似ている気がする。
本に出てくる成城コルティをはじめ、仙川や経堂など
最近できた駅のショッピングモールはすごく似ている。
そこらへんの雰囲気ってやはり行ったことがないと通じないかなと。


◆読書メモ

日本からは世界的に有名な建築家の安藤忠雄が、そのコンペに
参加しましたが、彼の主張は、「事件の根幹は異文化間の対立にあった。
その軋轢から生じた都市の空白を埋めるのは、建築ではない」
というものでした。つまり、ここに建てるべきは建築ではないと
主張したのです。

新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』
『ハーシーチョコレートの物語 揺れ動くアメリカン・ドリーム』
『ディズニー化する社会 文化・消費・労働とグローバリゼーション』

第二次世界大戦末期、ベルリンの司令本部に連合国が迫り、
敗戦までは時間の問題という時期のアドルフ・ヒトラーは、
自分の執務室にこもり、自らが世界征服の暁に建造しようと
夢見ていた世界首都・ゲルマニアに建設する建物の
デッサンにいそしんでいました。

この時にウォルトが語った新事業とは、鉄道が走る
アミューズメント施設の構想でした。つまり、のちに
ディズニーランドとして結実するテーマパークのアイデアは、
この鉄道博から発想を得たものだったのです。

ディズニーランドの入り口を抜けると「メインストリートUSA」
というアメリカの典型的な田舎町の目抜き通りを再現した通りが
広がっています。まず、ウォルトは、この通りを実際の町よりも
縮尺を小さくつくることで、郷愁を誘う心理的な効果を生みました。

またそれだけでなく、見るものの視界に町がすっぽり収まるように
「強化遠近法」の手法が使われています。アーケードに並ぶショップは、
二階部分の方が小さくなっており、さらに通りの道幅も奥の方が
わずかに狭くなるように操作されています。
(『ディズニーランドという聖地』)

都市間の出入りを制限し、その出入りのチェックをすることで
犯罪ゼロを目指す。このウォルトの発想が移民差別であったと
いうわけではありません。高速ジェット機のチケットを購入することが
できる者にしか開かれていない都市がEPCOTなのだとすれば、
実はディズニーランドの中が平和であり、犯罪が行なわれないという
原理とよく似ています。

パサージュとは、「ガラス屋根に覆われ、常に大理石を張った
通路になっていて、建物ブロックをまるまる貫いている」(『パサージュ論』)
通路であり、その両側にはエレガントな店が並んでいました。
つまり、このパサージュとは、ショーウィンドーの並ぶアーケードの
祖先といったところでしょうか。

安全なショッピングモールですが、外は飢えたゾンビたちで
囲まれています。中の人々は、ゾンビがこんなところまでやってきて
いることを不思議がります。
「本能と記憶で、やつらが以前していたことをしているのさ。
ここは、生前のやつらにとって重要な場所だったのさ」
つまり、彼らはゾンビになっても本能的にショッピングモールに
来てしまうのです。この作品には、人は死んでも消費し続ける
生き物であるという消費社会への皮肉の意が込められています。

一九七〇年の時点で、フランスの批評家のジャン・ボードリヤールは
ショッピングモールを「未来都市の規模にまで拡大された
ドラッグストア」と評しています。(『消費社会の神話と構造』)

その田園調布の街を開発したのは、田園都市株式会社という、
東京の都市計画に尽力した事業家の渋沢栄一が、
イギリスの都市計画家エベネザー・ハワードの提唱した
田園都市構想に影響を受けて立ち上げた会社です。
これは、のちに東急電鉄へと発展する、
東急グループの母体の会社です。

玉川高島屋SCは、坪あたりの売り上げでいうと
「全国SC平均の三倍という驚異的な水準を保って」いるという、
現在に至るまで日本でもっとも高級なショッピングモールなのです。

船橋ヘルスセンターは、健全な娯楽施設であることを
アピールするために、未婚カップルの入場は禁止されていたのです。
しかし、その発想は、時代遅れになりつつありました。

日本のシッピングモールは、一九八〇年代には主にGMSが
核テナントに入ることで発展しますが、一九九〇年代以降は、
シネコンやフードコートなどのテナントが入ることで、
時間消費型に転換しました。

彼らクロックスピープルは、人種も文化も使用言語も宗教も
ばらばらです。彼らは富裕層ではありません。東は「異国の
リゾート地で過ごすていどの経済力を備えたグローバルな
上層中流階級」と彼らを名付け、「ショッピングという共通言語」
が彼らを深く結びつけているのだと指摘します。
言い換えると「ショッピングが支えるグローバルな階級意識」
ということになります。

ジャーナリストのトーマス・フリードマンは、マクドナルドの
チェーンが進出するような「中流階級が現れるレベルまで
発展」した国同士は、もはや率先して戦争を行わないという
仮説を説いています。一九九九年の時点での話です。


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