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本『フェルマーの最終定理』

『フェルマーの最終定理』
著 サイモン・シン
訳 青木薫
新潮文庫

「フェルマーの最終定理」どころか、「虚数」も「無理数」も
「証明」や「定理」もほとんど忘れている私ですが、
フェルマーの最終定理を証明することがなぜ難しいのか、
証明することにどんな意義があるのか、
ピュタゴラスから始まって、この証明にまつわる歴史、
それに挑んだ数学者たちの困難と挫折、問題点が
ていねいに語られているので、証明が完成する場面では
そこにいたるまでの数学者たちの静かな情熱に泣ける。

数学者たちの物語のなかでも魅力的なのは、
決闘によって20歳の若さで亡くなってしまった
エヴァリスト・ガロア。
(フェルマーの最終定理を証明するのに、ガロアの
「群論」が使われている。)
また、差別の中でフェルマーの最終定理の研究に
一歩を踏み出した女性数学者ソフィー・ジェルマンに
カール・フリードリヒ・ガウスが出した手紙は
それだけで感動的だ。
フェルマーの最終定理の問題を考えているうちに
自殺を思いとどまったヴォルフスケールは、
彼を救ってくれた恩返しとして、この証明に懸賞金を残した。
(ヴォルフスケールは1908年に亡くなり、遺言が執行された。
懸賞金の期限は2007年だった。)

フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズは
「モジュラー形式と楕円方程式は関連がある」という
「谷山=志村予想」を証明することで、
フェルマーの最終定理は成り立つという方法をとっており、
そこには「コリヴァギン=フラッハ法」と「岩澤理論」の
アプローチが使われている。
といっても何がなんだかわからないと思いますが、
これが数式を使わず、なんとなくわかるような気分まで
噛み砕いて説明されているところがすばらしい。

確率の問題として、同じサッカー競技場に23人の人間が
いるとすると、だれか二人の誕生日が同じになる確率は
50%を超えるという話がでてくるのだが、
実際にFacebookで知り合い23人を無作為に選んで
チェックしてみたら、同じ誕生日が一組いました。
(一日違いのニアピンなら3組ぐらいいる。)

こういう感じで、わかりやすい問題もあれば、
数学者たちが夢見る神とか完全性の領域まで物語られていて、
この学問の幅広さや素晴らしさが
数学にあまり興味がない人でも感じられるようになっている。

◆読書メモ

数学以外の科学分野ではまず仮説を立て、実験によってそれを検証する。
そして仮説の誤りが示されれば、別の仮説がそれに取って代わる。
しかし数学においては、完全な証明こそがゴールである。
一度証明されるということは、永久に証明されることなのだ。

数学者たちはこの開かれたスペースで過ごすことになり、できれば
研究室のドアも閉ざさないのが望ましいとされている。
(ニュートン)研究所内を移動するときにも仕事の話がしやすいよう、
たった三階の建物だというのに、エレベーターの中にも黒板が
備え付けられている。部屋という部屋はもちろん、
トイレにまで黒板が置かれているのだ。

ピュタゴラスは、具体的などれかの数がもつ性質や、数同士の
関係、数が作るパターンを研究した。そうすることで、数というものは、
われわれが手で触れ、目で見ることのできる世界とは独立に存在すること、
そしてそれゆえに、数に関する研究は知覚につきものの不確かさを
まぬがれていることを悟ったのである。それはすなわち、
数を研究することによって、主観や偏見に左右されない、
それまでのどんな知識よりもいっそう完全な真理を見出せる
ということにほかならない。

彼ら(古代エジプトとバビロニア)は幾何学の基本法則をいくつか
発見したが、その動機は、毎年氾濫するナイル川のせいで
わからなくなる耕作地の境界線を復元することにあった。
幾何学(ジオメトリー)という言葉は、「土地(ジオ)を計る(メトリー)」
という意味なのである。

ピュタゴラス教団は事実上の宗教団体で、その崇拝物の一つが
“数”だった。数と数との関係を理解することで、宇宙の霊的神秘が
明らかになり、神々に近づけると信じられていたのである。

アウグスティヌスは『創世記逐語注解』のなかで、6が完全なのは
神によって選ばれたからでなく、完全性はこの数に内在しているのだと
論じた。「6はそれ自身として完全な数である。それは神が万物を
六日で創造されたからではなく、むしろその逆が正しい。
神が万物を六日で創造されたのは、この6という数が完全だからであって、
たとえ六日の業がなかったとしても、6の完全性はゆるがないであろう」

彼(ピュタゴラス)はハンマーの重さを調べてみた。その結果、
互いに調和し合う音を出すハンマー同士は、それぞれの重さのあいだに
単純な数学的関係のあることがわかった―ハンマーの重さの比が
簡単な値になっていたのだ。たとえば、あるハンマーの重さに対して、
その二分の一、三分の二、四分の三などの重さをもつハンマーは
いずれも調和する音を出す。一方、どのハンマーといっしょに叩いても
不調和な音を出すハンマーは、ほかのハンマーと簡単な重さの比に
なっていなかったのだ。

ケンブリッジ大学教授で地球科学者のハンス・ヘンリック・ステルムは、
いろいろな川の実際の長さと、水源から河口までの直線距離との
比を求めてみた。その比は川ごとに異なっていたけれども、
平均すると3よりも少し大きい値になることがわかった。ということは、
ある川の実際の長さは、直線距離のおおよそ三倍になるということだ。
実をいうと、この比はほぼ3.14なのである。これはπ、すなわち
円周と直径の比の値に近い。

ピュタゴラスの定理はすべての直角三角形において成り立つので、
直角そのものを定義することになる。ひるがえって、直角は垂線を、
つまり水平と垂直の関係を定義する。これを突き詰めると、
われわれが慣れ親しんでいる三次元宇宙における三つの軸の
相互関係が定義されるのである。つまり数学は、直角を介して、
まさにわれわれが生きているこの空間の構造を定義しているのだ。

それどころかパスカルは、確率論を使えば信仰も正当化できるとさえ
考えたほどだった。パスカルはこう述べた。「ギャンブラーが賭け事を
するときに感じる興奮の大きさは、勝ったときの景品に、勝つ確率を
掛けたものに等しい」そして彼はこう続けた。
「永遠の幸福という景品は無限大の価値をもつ。また、高潔の人生を
送ることによって天の国に入れる確率は、たとえどれほど小さいとしても
有限の値をもつ」したがって、無限大の景品に有限の確率を掛けた
ものはやはり無限大だから、信仰は―パスカルの定義にしたがえば
―無限大の興奮を得られるゲームだというのである。

無理数という概念の誕生は、数学にとってはとてすもなく大きな
前進だった。数学者はこのときはじめて、整数や分数からなる
身のまわりの世界のかなたを見たのである。そこからさらに、
新しい数を発見したり、創り出したりすることになってゆく。
十九世紀の数学者レオポルト・クロネッカーはこう述べた。
「神は整数を創られた。それ以外はすべて人間の創ったものである」

こうして、この二つの数は友愛の象徴となった。マーティン・ガードナーの
『数学のマジックショー』という本によると、中世には愛を育む護符として、
この二つの数字を彫りつけたお守りが売られていたという。
アラビアの数霊術師は、数学的な媚薬として、二個の果物それぞれに
220と284と彫り、一方を自分で食べ、もう一方を愛する人に与える
という方法を書き残している。

「数学には答えがある」というこの考え方は、
数学の“完全性”と呼ばれている。

生物学者を悩ませた問題は、このセミ(ジュウシチネンゼミ)の
ライフサイクルはなぜそれほど長いのか、ライフサイクルの年数が
素数になっていることに何か意味はあるのか、ということだった。

「諸君、私講師をするのに、どうして候補者の性別が問題に
されなくてはいけないのか。大学は公衆浴場ではないのだ」

しかしこの驚きをどう説明すればよいでしょうか。私の高く評価する
文通者ル・ブラン氏が変身を遂げたその人物は、信じがたい事実を
身をもって示されたのです。抽象性の高い学問一般、わけても
数の不思議に対するセンスの持ち主はめったにいるものではありませんが、
それも驚くにはあたらないでしょう。この崇高な学問は、その中に
深く没入するだけの勇気をもつ物にのみその魅力を現すからです。
習慣と偏見とにしたがうなら、女性がこの苦難にみちた研究に
従事しようとすれば、男性よりも無限に多くの困難に遭遇しなければ
ならないでしょう。それにもかかわらず、幾多の困難を克服し、
そのもっとも難解な領域に踏み入ることができたとすれば、その女性は、
崇高な勇気とすぐれた天分をもっているにちがいないのです。
多くの喜びをもって私の人生を豊かにしてくれたこの学問の魅力が
決して幻想ではないことは、あなたという方がそれを愛好しておられる
という事実によって、かくも喜ばしく私の前に明示されたのです。

ヒルベルトは数学界に活を入れ、あいまいさや矛盾のない
数学体系を打ち立てるという理想の実現のために協力を
得ようとしたのである。その理想を、ヒルベルトは自分の墓石に刻ませた。
我々は知らねばならない。
我々は知るであろう。

サイモン・シン『暗号解読』

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