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本『ハーモニー』

『ハーモニー』
著 伊藤計劃
早川書房

『虐殺器官』に続いて、伊藤計劃。
『虐殺器官』の後の世界が舞台らしいが、
人間の残酷さが『虐殺器官』なら、
人間の優しさが『ハーモニー』であり、
コインの裏表みたいな作品。どちらも人を救わない。

2008年12月にこの小説を発表して、
2009年3月に伊藤計劃は肺ガンのため早世。
自らの死を自覚していながら、
健康が管理され、病気で死ぬことはない社会で、
自殺を夢見る少女たちを描く。
それはどんな感情だったのだろう。

単行本のカバーはシライシユウコ。
森田季節の『ともだち同盟』もシライシユウコで
こちらも死にたがる少年少女の物語。

 なぜ人は何かを書くと思う。
 さあ。
 文字は残る。もしかしたら永遠に。永遠に近いところまで。

◆読書メモ

「映画とか、絵画とか。でも、持久力という点では本がいちばん頑丈よ」
「持久力、って何の」
「孤独の持久力」

<優しさは、対価としての優しさを要求する>

「でも、本は重くてかさばるよ、持ち歩くには」
「うん、重くてかさばるから持ってるんだよ、霧慧さん。
重くてかさばるのは、いまや反社会的行為なんだ」

「わたしたちは、未来に生きてるんだよ」
ミァハはその一見ポジティブに聴こえる言葉とは裏腹に、
憂鬱そうな口調でため息をつき、
「未来は一言で『退屈』だ、未来は単に広大で従順な魂の郊外と
なるだろう。昔、バラードって人がそう言っていた。SF作家。
そう、まさにここ。生府がみんなの命と健康をとても大事にする
この世界。わたしたちは昔の人が思い描いた未来に
閉じ込められたのよ」

まるでマーク・ロスコの抽象画。上半分は蒼く、下半分は黄色。
陽炎、重なり合う花弁、そうしたかすかな揺らぎさえ
マチエールの流跡。

だから、ここには償いのひまわりが黄色く花開いている。
昔ながらの方法で、けれどいまだに確実なやり口。
一時期の戦後社会は、こういうひまわりを世界中に植えつけた。
(略)改造されたひまわりは地中深くに張った根から、
養分と一緒にストロンチウムやらウランやらを健気にも
吸収させられて、土壌をきれいに掃除したあとその生涯を終える。

わたしはそこで、ようやくあきらめを学ぶ。ミァハの死を経て、
あのミァハにもどうにもならなかったという事実を受け止めて、
ようやく世界に失望し、その失望のままにやり過ごす術を学んだのだ。

鳥から放り出された紳士たちは、頭から淡々と、整然と、
まるでルネ・マグリットの絵画
のように落下する。

「昔の人の想像力が、昔の文学や絵画が、
わたしにはとってもうらやましいんだ、トァン」
「どうして」
「誰かを傷つける可能性を、常に秘めていたから。
誰かを悲しませて、誰かに嫌悪を催させることができたから」

わたしたちは皆、世界に自分を人質として晒しているんだね。
そんなふうに答えたらミァハがにっこりと笑う。
そうだよトァン、そのとおり。

人間は進歩すればするほど、死人に近づいてゆくの。
というより、限りなく死人に近づいてゆくことを進歩と呼ぶのよ。

「だからね、わたし、カラダが生きてて、変化するもので、
永久とか永遠なんてものはなくって、生きるって苦しくて痛いもの
なんだ、ってはじめて実感したの。これが生きていることなんだって。
この苦しさが、人間が生命である証なんだって。」

まるで人が永遠に生きることが常識となって、それが不意に
奪われたという不条理さを、明るく優しい色で覆い隠して
いるかのように思える。参列者も参列者で、ライトイエローや
エメラルドグリーンの喪服が目立った。

「国家的に癌撲滅や禁煙を大々的にはじめたのが
ナチスドイツだって知ってるか」

一度、わたしの知らない料理らしきものが延々と映し出されている
メディアチャンネルを見かけたことがある。あれは何、と父に訊くと、
ああ、あれは二分間憎悪、って言うんだ、と父は答えた。

ハイドリヒトとヒムラーはナチスの親衛隊から肥満を排除しようとした、
と冴紀教授は言う。ヒムラーの夢はすべてのドイツ民族が
菜食主義者になることだったと。

報道に規制をかけているのは、ウェルテルの仲間を出さないためだ。
連鎖的に発生する複数の自殺は、ウェルテル効果と呼ばれる。

「フィクションには、本には、言葉には、人を殺すことのできる
力が宿っているんだよ、すごいと思わない」

「権力が掌握しているのは、いまや生きることそのもの。
そして生きることが引き起こすその展開全部。
死っていうのはその権力の限界で、そんな権力から
逃れることができる瞬間。死は存在のもっとも秘密の点。
もっともプライベートな点」
「誰かの言葉、それ」
「ミシェル・フーコー」

なぜ人は何かを書くと思う。
さあ。
文字は残る。もしかしたら永遠に。永遠に近いところまで。

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