« 本『ゴルフ場殺人事件』 | トップページ | 本『フェルマーの最終定理』 »

本『虐殺器官』

『虐殺器官』
著 伊藤計劃
ハヤカワ文庫

「おもしろい」とか「すごい」とかいろんなところで聞いていた
『虐殺器官』をやっと読みました。
これ読んでしまうと『ジェノサイド』とか色褪せますね。
最初から子供殺されてるし。

 泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を
 突っこんでいるのが見えた。

 まるでアリスのように、轍のなかに広がる不思議な国へ入っていこうと
 しているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、
 頭蓋の中身を空に曝している。

これが冒頭。主人公は特殊部隊の軍人として、仕事であれば
人を暗殺するし、必要な場合はためらわず子供を撃つ。
しかし、その殺意も痛みも引き受けていない。
そんな彼が延命装置を止めた母親の死に対してだけは自分を責める。

(言い方があまり適切でないですが)人がジェノサイドの物語に
惹かれるのは、人間は本質的に残虐なのか、という問いを
誰もが一度は思い浮かべたことがあるからだと思うのです。
『ジェノサイドの丘』に書かれたようなルワンダの虐殺は
特定の地域で偶発的に起こった悲劇なのか、
同じ状況になれば、自分は隣人を鉈で殺戮するのだろうか。
「愛する家族や恋人や国を守るために戦う」のなら、
同じ理由で幼い子供を撃ち殺せるのだろうか。

SFなんだけど、ソマリアのブラックホーク・ダウンや
ハリバートンが兵站を担当してたり、民間軍事請負業者とか、
現在のリアルな世界観がベースなので、どこからフィクションなのか、
わからなくなる。
認証による管理社会、“オルタナ”による代替現実などは
今でも似たような技術がありますね。

文学、映画、音楽と広範にわたる「スノビッシュでディレッタントな」
会話に魅了されます。
ユダヤ人の大量輸送にIBMの計算機が使われたという話は
『IBMとホロコースト』という本をみつけたので読んでみたい。

◆読書メモ

(略)「濡れ仕事(ウェットワークス)」と呼ばれることがあった。この名前は
冷戦時代から暗殺仕事をさす隠語として、ジョン・ル・カレやグレアム・グリーン
の小説で使われてきた。

戦闘前に行われるカウンセリングと脳医学的処置によって、ぼくらは
自分の感情や倫理を戦闘用にコンフィグする。そうすることでぼくたちは、
任務と自分の倫理を器用に切り離すことができる。オーウェルなら
二重思考(ダブルシンク)と呼んだかもしれないそれを、テクノロジーが
可能にしてくれたというわけだ。

ヒエロニムス・ボッシュの描く地獄絵が、どこか楽しげであるのと同じ意味で。

夜の暗闇のなかで持ちこんだ物の痕跡を黙々と消し去るぼくらは、
まるでキャンプファイヤーの道具を片づけているティーンエイジャーのようだ。
ただし、ぼくらの祭りのほうはこれから始まるのだが。

「理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の
対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉の
もつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね。」
「異国の文字は、ことばでありながらことばでない、と。それはテキスタイルと
同じようなパターンや図像に近いわけですね」
「意味情報を消失しているわけだからね―正確に言うなら、ぼくらが意味情報を
取得できない、ということだが。異国の文字でスクラブルをやったら、
できあがったボードはほとんどアートにしか見えないだろうな」

「地獄はここにあります。頭のなか、脳みそのなかに。
大脳皮質の襞のパターンに。目の前の風景は地獄なんかじゃない。
逃れられますからね。目を閉じればそれだけで消えるし、
ぼくらはアメリカに帰って普通の生活に戻る。だけど、
地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭のなかにあるんですから」

いつかウィリアムズが、面白い小説はないか、と訊いたことがあった。
手持ちの小説は全部読んじまった、と。どういうのがお好みですか、
とアレックスが訊きかえすと、そうだな、エンターテインメントがいい、
とウィリアムズは答えた。セックス、ドラッグ、バイオレンスだ。
するとアレックスは笑って聖書を差し出したのだった。

「最近ある代理店のトラフィック分析に目を通したんですが、
ウェブでいちばん勤勉に日記を書いているのは、日本人ですよ。
その量といったら、あの国の国民はリアルで抑圧された感情を、
ウェブに解放しているんじゃないかと思うくらいに」

「あれは一種の都市伝説に近いわね。話が伝わるたびに単語の数は
増えていった。ボアズが最初にその話に触れたときは、四つだった。
ウォーフが書いた論文では七つになって、そのあと雑誌やラジオ、
テレビで触れられるたびに、イヌイットが持つと『言われる』雪を表す
語根の数は増えていったの。けれど、実際に調べてみると一ダースも
ないというのが本当のところ。それだったら、英語だってイヌイットに
劣らないくらい雪を表すことばを持っているわ」

ブライアン・イーノも「パルプ・フィクション」を観てこう言っていた。
カリフォルニアの女性は、生き生きした女(ファム・ウィタール)には
なれても、運命の女(ファム・ファタール)にはなれない、と。

J・G・バラード『太陽の帝国』

観光都市であるプラハは、とにかくオルタナが充実している。
店という店に、街路という街路に、これでもかというくらいの情報が
貼りつけられている。それら溢れかえった文字情報が、百塔の街である
プラハの景観に、香港のネオン群か、リドリー・スコットが創造した
ロサンゼルスのような混沌を付け加えてしまっていた。
存在しないネオンによる、現実の風景への膨大な注釈の山。
店の種別、営業時間、ミシュランの評価。代替現実(オルタナティヴ・
リアリティ)は観光客むけの広告が幾重にも折り重なるカスバと化していた。

この古さと曲がりくねった道、そしてカフカのイメージが、
ぼくにこの街を迷宮のように見せている。ボルヘスが描いた
ラテン・アメリカ的なそれとは違う、ヨーロッパの青く暗い光に
うっすらと浮かび上がる、冷たい迷宮に。

「ただね、歴史的事実としてなんだけど、当時の政府はそんな正確に
国民のことを知っているわけじゃなかったの。
十年以上前の国勢調査がすべてだった。そんな状態から誰が
ユダヤ人かを効率的に記録し、分析し、分類し、集合させることが
できるようになったのは、パンチカードのおかげね。ユダヤ人を
強制収容所に運ぶというのは、人類の歴史始まって以来の
大規模集団輸送だったし、ナチスはそれを可能にするために、
計算機による運行管理と記録を導入していたわ。IBMの大型計算機よ。
当時はまだコンピュータはなかったけれど、すでに計算を行う
大型機械は産業用に存在していたから」
「IBMの計数機なくSては、ユダヤ人の大量輸送は成しえなかった、と」
ぼくは確認するように語る。「コンピュータは暗号解読のために生まれ、
弾道計算によって育てられた、というが、コンピュータの父親も
どうやら戦争の影から逃れられないらしいね」

「アメリカ人がそう意識しているかどうかにかかわらず、現代アメリカの
軍事行動は啓蒙的な戦争なのです。それは、人道と利他行為を
行動原理に置いた、ある意味献身的とも言える戦争です。」

耳にはまぶたがない、と誰かが書いていた。目を閉じれば、
書かれた物語は消え去る。けれど、他者がその喉を用いて語る物語は、
目を遮蔽するようには自我から締め出すことができない。

「ゲーテはこう書いた。軍隊の音楽は、まるで拳を開くようにわたしの
背筋を伸ばす、とね。われわれが空港やカフェで聴くように、
アウシュビッツにもまた、音楽は在った。目覚めを告げる鐘の音、
歩調を合わせる太鼓の響き。どれほど疲れきっていても、
どれほど絶望に打ちひしがれていても、タン、タン、と太鼓がリズムを
刻めば、ユダヤ人たちの体はなんとなくそう動いてしまう。
音は視覚と異なり、魂に直に触れてくる。音楽は心を強姦する。
意味なんてのは、その上で取り澄ましている役に立たない貴族の
ようなものだ。音は意味をバイパスすることができる」

オーウェルは「動物農場」でこう書いた。すべての動物は平等である、
一部の動物はさらに平等である。自由をもつ者が、その自由を守る
ために人々を監視する。

「人間の行動や思考は、脳内の膨大なモジュールの連合として
生成されるものです。行動や判断のライブラリを参照しながらね。
良心もそうです。生存にプラスである協力的行動、利他的行動を
とるよう、人間の神経回路は接続されています。良心の座は、
人間の脳に実体としてあるんですよ。眼窩前頭皮質や上側頭溝、
扁頭体に分散する特定の座標ですね」

「あの話はディズニーの作った記録映画が元なんだそうだ。
そのドキュメンタリーじゃたしかにレミングが大量に河に
飛びこんじゃいるが、それはヤラセだった可能性が高い。
映画のなかで解説されていた場所はレミングの繁殖地じゃ
なかったし、レミング自体もイヌイットから購入したのを
なんとか飛びこみに見せかけた、って話もある」

見ているんじゃない、叫び声が聴こえないかどうか、
耳を澄ませているんだ、と。人が大勢死ぬときはものすごい
唸り声が聴こえるんだ。何十、何百の叫び声が合唱になって、
それらを束ねたものすごく太い声の柱を、インドの空に
打ち立てるんだよ。兵士たちはその声の柱を「リゲティ」と
呼んでいた。だれか現代音楽に造詣の深い兵士が名づけたのが、
いつの間にか広がったんだそうだ。「二〇〇一年宇宙の旅」
のトリップ場面でかかっていた曲のコンポーザーの名前らしい。

世界はたぶん、よくなっているのだろう。たまにカオスにとらわれて、
後退することもあるけれど、長い目で見れば、相対主義者が言うような、
人間の文明はその時々の独立した価値観に支配され、それぞれの
時代はいいも悪いもない、というような状態では決してない。
文明は、良心は、殺したり犯したり盗んだり裏切ったりする本能と
争いながらも、それでもより他愛的に、
より利他的になるよう進んでいるのだろう。

« 本『ゴルフ場殺人事件』 | トップページ | 本『フェルマーの最終定理』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/27590/46659218

この記事へのトラックバック一覧です: 本『虐殺器官』:

« 本『ゴルフ場殺人事件』 | トップページ | 本『フェルマーの最終定理』 »