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本『Self-Reference ENGINE』

『Self-Reference ENGINE』
著 円城 塔
早川書房

『屍者の帝国』が読みたくて、その前に円城塔だよねと思って
読み始めてみた『Self-Reference ENGINE』。

 それから彼女には会っていない。もう死んでしまっているのだろうと思う。
 何といってもあれからもう、何百年かが経ってしまっているのだから。

冒頭のページにあるのがこの文章。

“イベント”が起こって、時間が過去から未来へと流れるのではなく、
過去も未来も無視して勝手な方向へ“時間構造”は流れている。
“巨大知性体”とよばれるネットーワークが
自然現象とか宇宙とかを管理している。
そういう世界(それもひとつじゃなくてパラドックスな世界)が舞台らしい。
ということはなんとなくわかるのだが、
あとはもう数理とSFが絡み合う言葉遊びのような世界で、
どのページをとってもビジュアル化不可能。

 僕たちは溺れているか、溺れかけているか、
 既に溺れてしまっているか、まだ溺れてなんていないのかの
 どれかの状態にある。無論、決して溺れないという可能性は存在する。
 しかし考えてもみて欲しい。魚だって溺れるのだ。

ストーリーを説明しろと言われると、さっぱりわからない。
じゃあ、つまらないのかというと、おもしろい。
下手な人が書くと、すごく自己満足的な気持ち悪い文章になると
思うのだが、この不思議な文章の波にのせられていたくなる。

SF小説には詳しくないので、個々のモチーフについては
よくわからないものも多いが、
自分が誰かに書かれたものであるという“被書空間”は
昔読んだ星野架名の『夢見たちのハーモニー』でも
使われていたなーと懐かしく思ったり。
(映画『主人公は僕だった』とかもそうですね。)

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本『リプレイ』

『リプレイ』
著 ケン・グリムウッド
新潮文庫

超今さら感がありますが、ループものの元祖『リプレイ』。
タイムループものは『リプレイ』(1988年)の前にも
SF小説にはよくある構成だったと思うし、
『ターン』とか『リピート』とか『リプレイ』を意識したものも多い。
映画なら『恋はデジャヴ』という傑作があるし、
『時をかける少女』だってループものだし、
最近だと『ミッション: 8ミニッツ』は同じ8分間を何度も経験する話。

ゲームでいうと、特にエロゲーは女の子が10人出てきたら
10回パターンをくり返さないといけないわけで、
それを意識的にゲームシステムに組み込んだのが
『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』で、
ストーリーとして展開させたのが『ひぐらし』かなと。
バッドエンドをくり返すことで真実にたどりつくという意味で
『魔法少女まどか☆マギカ』はエロゲー的だなと。

『リプレイ』が特徴的なのは周期が25年と長く
ほとんど人生もう1回やり直すようなもの。
最初は賭博で手軽に金持ちになってみて、
次は堅実な人生を送ってみて、
自棄になって孤独に引きこもってみたり、
リンダにジュディにシャーラにパメラ、
そのたびに女が違うのもおもしろい。

細田守監督が『時をかける少女』について
「青春には後悔がつきまとう」ということを言っていたけど、
「次こそはもっとうまくやってみせる」という後悔が
ループをくり返す。
『恋はデジャヴ』が典型的だけど、ループの結果、
人がたどりつくのは「かけがえのない1日1日がとても大切だ」ということ。
『リプレイ』はそういう意味でもやはりループものの代表作だと思う。

作者のケン・グリムウッドは2003年に
心臓発作で亡くなっているんですね。
なんだか彼自身がリプレイヤーで、
この人生では自分の経験を小説に書いて
作家になることを選択したみたいに思えます。

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本『エンダーのゲーム』

『エンダーのゲーム』
著 オースン・スコット・カード
訳 野口幸夫
ハヤカワ文庫

ジュブナイルSFの傑作として名高い、らしいのですが、
個人的に興味をもったのは『ロボット兵士の戦争』に出てきたのと、
もうすぐ映画化するということだったので。

6歳の少年がリアルな戦争を戦うために、
徹底的にシミュレーション・ゲームの世界で成長していく物語。
彼が6歳で放り込まれたバトル・スクールで生きていくためには、
ゲームに勝利しなければいけない。せっかく得られた友情や、
彼を叩き潰そうとする嫉妬さえもすべて一種のゲーム。
彼がどうやって勝利していくかというもおもしろさではあるが、
むしろ、勝利するたびに彼が孤独になり、
不安に苦しめられる姿が一番の読みどころ。
エンダーの心象風景を反映するゲームの中で、
彼は何度も何度も死ぬ。

物語のゲーム化、ゲームの物語化は今ではめずらしくないが、
1985年の小説なので、初期の作品だったのだと思う。
バーチャルな戦いこそがエンダーにとって本当の世界。

訳が読みにくく、ゲームの描写が弱く、
理詰めで展開されるヴァレンタインとピーターの台詞などが
わかりにくい。映画化が絶賛進行中なので、
この機会に新訳版がでないかと期待。

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