« 本『ナラタージュ』 | トップページ | 本『残花亭日暦』 »

本『インド夜想曲』

『インド夜想曲』
著 アントニオ・タブッキ
訳 須賀敦子
白水uブックス

【私のハマった3冊】お湯が身体を温めるスピードで心を温めてくれる“風呂本”
紹介されていたので読んでみました(宣伝乙)。

失踪した友人を探してインドを旅する幻想的な物語。
旅行記のようでいて、それはどこにもないインド。

「人間一生のうちには、ホテル・スアリに泊まるということもありうる。
その時はそのことがさして幸運とは思えないだろうが、
思い出のなかでは(思い出というものはいつもそうだが)、
あの匂いや色彩や洗面台の下にいる昆虫など、
直接的な肉体感覚がある程度濾過されてみると、
なまの印象はうすまって、現実よりはましなイメージができあがる。
過ぎさった現実は、大体において、実際にそうだったよりも改善される。
記憶はおそるべき贋作者だ。その気がなくても、時間の汚染は避けられない。
こうして、いくつものホテルが僕たちの空想の世界を満たしている。
コンラッドやモームの本に出てくるホテル。
キップリングやプロムフィールドの小説からとったアメリカ映画のホテル。
僕たちは、まるでそこに行ったことがあるような気がしている。」

おそらく実名のホテルもたくさん出てくるし、
巻頭にはその名前は地名まで明記されているのに、
作者がはたしてインドを旅したことがあるのか疑うほど、
それぞれのホテルは夢の中に出てくるようにとらえどころがない。
旅の途中ですれ違う人々もどこか夢の中にでてくる人のよう。

それでも不思議な旅に連れてってくれるという意味で
これはまぎれもなく旅行記なのです。


◆読書メモ

夜熟睡しない人間は多かれ少なかれ罪を犯している。
彼らは何をするのか。夜を現存させているのだ。
モリス・ブランショ

見るという純粋行為のなかには、かならずサディズムがある、
と言ったのは誰だったろうか。

「この肉体の中で、われわれはいったいなにをしてるのですか」
僕のそばのベッドで横になる支度をしていた紳士が言った。
「これに入って旅をしてるのではないでしょうか」と僕は言った。
彼が言った。「なんて言われました?」
「肉体のことです」僕がこたえた。
「鞄みたいなものではないでしょうか。
われわれは自分で自分を運んでいるといった」

「人間のからだは、もしかすると、ただの見せかけかも知れない。
それは、われわれの実質を隠し、われわれの光、
あるいは影を厚く覆っている」

「(ペソアの)臨終の言葉をごぞんじですか」
「『そこにある眼鏡をとってくれ』です。ひどい近眼だったので、
あの世に眼鏡をかけて行こうとしたのです」

「わしらはみな死人だということが、まだわからないのか。
わしは死人だ、この町も死んでいる。
戦いも、汗も、血も、栄光も、わしの権力も、みんな死んでしまった。
なにもかも死んだ。なにもかも無駄だった」
「そんなことはありません」僕は言った。「なにかは、かならず残ります」
「なにが」と彼は言った。
「あんたの思い出か、あんたたちの記憶か。ここにある本か」

「あなたはカルカッタに行ったことがあるの?」
僕は首を横にふると、彼女は言った。
「行かないほうがいい」クリスティーヌは言った。
「まちがっても行ってはだめよ」
「きみみたいな人は、生きているうちにできるだけいろいろなものを
見るべきだと考えているのかと思った」僕は言った。
「ちがう」彼女は言った。「できるだけ見ないほうがいい」

« 本『ナラタージュ』 | トップページ | 本『残花亭日暦』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/27590/54470190

この記事へのトラックバック一覧です: 本『インド夜想曲』:

« 本『ナラタージュ』 | トップページ | 本『残花亭日暦』 »