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本『あしながおじさん』

あしながおじさん (岩波少年文庫)

『あしながおじさん』
ジーン・ウェブスター
岩波少年文庫

マーク・トウェインつながりで『あしながおじさん』
(ジーン・ウェブスターはマーク・トウェインの姪の娘)。


子供のころも大きくなってからも何度も読んでいるので、それほど新鮮味はないのですが、
某イベントで「『あしながおじさん』って源氏物語だよね。
いつごろからジュディを恋愛対象として見てたんだろう」
という意見があったので、そう思って読んでみると
たしかにジャーヴィーぼっちゃま、ちょっとキモい(笑)。


学費援助を決めた時点ではジュディの容姿は知らないはず。
(「あたしは美人なんです。ほんとうですとも。部屋に鏡が三つあるのに、
それに気づかなかったら、あたしは相当なおばかさんです。」とジュディは書いている。)
最初に会ったのは入学から7ヶ月経った一年生の5月、
ルームメイト、ジュリアの叔父さんとして大学を訪問している。

次に大学を訪問するのは二年生の1月。
4月にジュリアとともにニューヨークに呼び、夏には農場で過ごしている。

ここらへんからルームメイト、サリーの兄(プリンストン大生!)に対してライバル意識が感じられる。
三年生のクリスマスはジュリアの家で会っていて、夏はパリを案内しようと言って断られている。
四年生は卒業式まで特に記述がない。
で、8月に再び農場で会う。


ちなみにジャーヴィーぼっちゃまとジュディは14歳違い。
卒業時は22歳と36歳だから、まあたいした歳の差でもない。


昔読んだときは女子大の学生寮生活にめちゃくちゃ憧れました。今読んでも楽しそうだ。
しかし、女性に参政権のない時代だと思うと、ジュディはだいぶ進歩的な考えの女性である。


 

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本『ツイッター創業物語』

ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り

『ツイッター創業物語』
ニック・ビルトン
日本経済新聞出版社


2014年発売時に途中まで読んだのを再読しました。
創業者たちのドロドロの人間ドラマは『ソーシャル・ネットワーク』として映画化された
ベン・メズリックの『facebook』と並ぶおもしろさ。

4年経っているので多少、状況は変わっているものの、
むしろユーザー減とか身売りとか言われつつTwitterは生き残ってますね。


Twitterが日本で流行り始めたのは2009年頃だと思うけど
(広瀬香美が「ヒウィッヒヒー」とか言ってた頃です)、
Facebook のマーク・ザッカーバーグのような会社の顔がいないなと感じていたのですが、
それもそのはず、創業して3年くらいの間に4人CEOが変わっている。


創業者は4人。

エブ・ウィリアムズ
Blogger創業者。Bloggerをgoogleに売却後、Odeoに出資。
OdeoのプロジェクトからTwitterが生まれる。2代目CEO。


ノア・グラス
Odeo創業者。Twitterのネーミングはノアによるもの。
Twitterランチ後、会社から追い出される。


ジャック・ドーシー
Twitterのプロトタイプをつくり、初代CEOとなるが、
エブとの確執により2008年10月、追い出される。その間にSquareを創業。
2011年3月、エブを追い出し、Twitter に復帰。現CEO。


ビズ・ストーン
Blogger時代からエブを支持。ともにgoogleからTwitterへ。
エブ追放後、同じくTwitter を去るが、
2017年5月、ジャックに請われる形でTwitter に復帰。
Pinterest のアドバイザーでもある。
『ツイッターで学んだいちばん大切なこと』という著書もあり、
日本ではこの人が比較的知られているかも。


Facebook もそうだけど、スタートアップが急激に成長していくなかで、
創業者たちの友情は壊れる。
ユーザーの急増にシステムは追いつかなくなり
(Twitter のクジラは当時当たり前のように発生しましたねー)、
会社の方向性や経営をめぐって争いが起こる。


本書がジャックに対して辛口なのは創業者4人のうち3人が彼に追い出されているので、
公平にインタビューしても彼のことを悪く言う人が多くなるのはしょうがない気がします。


2014年時点ではまだTwitter は「社会を変革する」ととらえられていて、
その頃の勢いは今見ると眩しいくらい。

スタートアップを起動に乗せて、マイクロソフトかgoogleあたりに高く買ってもらうというのは
当時のアメリカンドリームだったわけだけど、
今、あの頃の輝きを保っているところはどれだけあるんだろうか。

YouTube →googleが買収
Flickr →Yahoo!が買収
Instagram→Facebook が買収

 

本『羊と鋼の森』


羊と鋼の森

 

『羊と鋼の森』
宮下奈都
文藝春秋

 

前情報なく読み始めたので
「羊と鋼の森」が何を意味するかわかったところで、おーっという感じ。

 

映画化してるけど主人公や双子よりも
秋野さんの配役が気になると思ったら光石研。わりと納得。

 

 

本『ハックルベリー・フィンの冒険』

ハックルベリー・フィンの冒険(上) (岩波少年文庫) ハックルベリー・フィンの冒険(下) (岩波少年文庫)

『ハックルベリー・フィンの冒険』
マーク・トウェイン
岩波少年文庫

知名度的には『トム・ソーヤの冒険』の方が有名だが、
アメリカ文学史的に評価が高いのは断然『ハックルベリー・フィンの冒険』。

男の子らしい冒険に満ちた『トム・ソーヤ』に対し、
アルコール依存症で子供に暴力をふるう父親から逃げ出し、
逃亡奴隷ジムとともに旅するハック。
インジャン・ジョーがどこか哀れみを誘う悪党だったのに対し、
ハックが出会う王様と公爵はどうしようもない詐欺師だし、
復讐にしばられてお互い殺しあっている一族とか、もっとずっとシビアだ。


某カフェを「ハックルベリーみたいな気分になれる場所」
と紹介していたサイトがあったけど、実際に読んだことないんだろうなと。


ハックにとって逃亡奴隷を助けるのは「悪いこと」なのだが、
それでもジムを助けることを選ぶ場面がすばらしい。


岩波少年文庫に収録されるのは意外にも今回が初。
人種差別的言葉が使われていることと無関係ではないと思う。
(アメリカでは実際に発禁になっていた時期や図書館もあるという。
本書では訳者の強い意図により使用されていない。
方言による口語体という特徴もあえて省略されている。)



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本『家族最後の日』

家族最後の日

『家族最後の日』
植本一子
太田出版


最初の章からお母さんとの(一方的な)訣別の話なので、
なかなか重くて先に読み進める気にならず、
夏休みに実家に持っていくのもちょっと躊躇しました。


家族だからわかりあえるということはもちろんなく、
うちはこんな風にこじれてはいないけれど、
ではちゃんと向き合っているのかというとそれも難しい。


知っている人の名前がちょこちょこでてきて、あああの人らしいなと思ったり。
逆に本のなかで厳しく書かれてしまった人たちはどうなんだろう。
SNS時代だとはいえ、ここまで晒されることを子供たちを含めて周りの人たちは覚悟していないだろうに。


率直なところが魅力ではあるのですが、『かなわない』に続き、
う〜んと思ってしまう本でもありました。

 

本『戦う操縦士』

戦う操縦士 (光文社古典新訳文庫)

『戦う操縦士』
サン=テグジュペリ
光文社古典新訳文庫

先日、目の前を歩いていた中学生か高校生くらいの女の子が
「ミサイルで突っ込んだ人は日本のためになると思ったんだから
人生のミッション達成してるんじゃない」と話してました。

それは本当に彼にとって人生のミッションなのか。

『夜間飛行』、『人間の大地』によりすでに作家として成功していたサン=テグジュペリが、
1940年のフランス軍偵察飛行の経験をもとに「何のために戦うのか」を書いた一冊。

1942年の出版。『星の王子さま』が1943年。
1944年、軍に復帰し、7月、やはり偵察飛行の任務中に消息を断つ。


文中に2度「屠場」という言葉が使われているが、巻末にフランスと日本の違い、
現在ではこれが差別的表現であることを断った上で原文に忠実に翻訳したという説明がある。

昔の作品や映画にはよくあることなので、時代背景なども踏まえた上であれば
原文のままのほうが望ましい。ヘタに別の言葉に置き換えたりカットするほうが問題ではと思う。

 

 

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本『クマのプーさんと魔法の森』

クマのプーさんと魔法の森

『クマのプーさんと魔法の森』
C.ミルン
岩波書店

(現在、絶版。内容はだいぶ違うと思うけど
『プーと大人になった僕』公開にあわせて再販すればいいのにな。)

『クマのプーさん』の原作は、大人への道を歩きだそうとする
クリストファー・ロビンが森を出ていくところで終わる。
実在のクリストファー・ロビンはあまりにも有名な子供になってしまったため、
物語の中の少年のイメージにずっと苦しむことになる。

本書は1974年、54歳のクリストファー・ミルンが書いた自伝。
父A.A.ミルンが亡くなるまで絶縁状態だったというC.ミルンだが、
この本ではクリストファー・ロビンだった自分をきちんと受けとめているようで、
父への複雑な想い、プーが生まれた背景となった田舎での少年時代を綴っている。

父の名前が重すぎて作家にはならなかったC.ミルンだが(なんと本屋になる)、
森の描写は詩的で美しい。
一度、ここから離れて、過去の自分と決別しなければいけなかったことを思うと
プーの物語のラストがより切なく感じる。

「プー、ぼくのことわすれないって、約束しておくれよ。ぼくが百になっても。」
プーは、しばらくかんがえました。
「そうすると、ぼく、いくつだろ?」
「九十九。」
プーはうなずきました。
「ぼく、約束します。」と、プーはいいました。
『プー横丁にたった家』


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本『海からの贈物』

海からの贈物 (新潮文庫)

『海からの贈物』
アン・モロウ・リンドバーグ
新潮文庫

須賀敦子『遠い朝の本たち』で取り上げられていた1冊。
飛行家リンドバーグの妻であり、自身も飛行士であり、
6人の子供の母であるアンが休暇で訪れた離島で綴った書。
エッセイというより深い思索に満ちている。

吉田健一訳について、『遠い朝の本たち』の解説末盛千枝子は
「男性文学者の手になるのが残念」と書いているが、アンの思想は
フェミニストというより男前なのでこの固い文体があっている気がする。
(「女性的でわかりやすい」と評される落合恵子訳は
意図的な意訳が多すぎる説もあり。現在、絶版。)

リンドバーグといえば1932年に有名な誘拐事件で長男をなくしている。
この本が書かれたのは1955年。
1957年頃から夫リンドバーグは長年にわたる愛人との交際を始めている。
夫婦が向きあうことについて書かれた部分なんかもそう思って読むとなかなか意味深である。

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本『トム・ソーヤーの冒険』

トム・ソーヤーの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

トム・ソーヤーの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)

 

 

『トム・ソーヤーの冒険』
マーク トウェイン
岩波少年文庫

 

お前なら行けるさトム 誰よりも遠くへ〜♪

 

子供向けの本がうちにあったので何度か読んでいるはずのトム・ソーヤー。
岩波少年文庫版をあらためて読んでみると、
教会や学校の描写にマーク・トウェインらしい風刺が散りばめられていて、
ここらへん子供が読んでもあまりおもしろくないだろうなという感じ
(大人が読んでもあまりおもしろくない)。

 

エミーに夢中だったのにベッキーが転校してきたとたん、
エミーに冷たくしてベッキーを口説き始めるとか、トムって結構嫌なやつ?
そんなトムの気を引くため別の男の子と仲良くしてみせるベッキーもどうなのか。
(ここらへんは子供向け本では適当にぼかされていたんだろうと思う)

 

それでも家出して海賊ごっこをしたり、殺人事件に巻き込まれたり、
宝探しをしたり、洞穴で迷子になったりといったあたりの展開は
さすがにめちゃくちゃおもしろい。

 

混血のインジャン・ジョーが悪者だったり、
ハックが黒人ジェイクをいいやつだと言いながら
一緒に食事をするところは見られたくないと言うあたりが
1876年南部の物語だと思う。

 

表紙イラストはノーマン・ロックウェル!

 

本『日のあたる白い壁』

日のあたる白い壁 (集英社文庫)

『日のあたる白い壁』
江國香織
集英社文庫

江國香織の絵画エッセイ。
ホッパーの絵を「旅人のなつかしさ」と言うあたり、
この人は書評にしても絵画評にしても説明しにくい感情を的確に言葉にすると思う。

「旅人のなつかしさというのはつまり、不安や疎外感を前提としたなつかしさ、
対象には拒絶されているなつかしさだ。」

ドラクロワの『花の習作』やマネの『海にとび込むイザベル』、
ムンクの『お伽の森の子供たち』など、代表作ではなく、
こんな絵も描いてたんだ!的な作品を取り上げているのも江國香織らしい。

ピエール・ボナール展が9月にあるのでちょっと行ってみたい気になりました。

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