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本『農場にくらして』

農場にくらして (岩波少年文庫 (511))

『農場にくらして』
アリソン・アトリー
上條由美子、松野正子 訳

『時の旅人』のカントリー・ライフが素晴らしすぎたアリソン・アトリーの自伝的作品。
少女スーザンを主人公に農場の四季を描く。
(原題は『カントリー・チャイルド』。こっちのほうが絶対いいのになー。)

『時の旅人』からドラマ部分を抜き取った感じで、
リンゴ部屋やバター部屋、キッチンガーデンのある農場は、
そのまま『時の旅人』の舞台でもあるだろうし、
仮装芝居の人たちがやってきて一緒に祝うクリスマス場面もよく似てる。

暗い森に潜む〈ものたち〉を恐れながら、恐れていることを気がつかれないように
通り抜ける場面は『グレイ・ラビットのおはなし』にもたしか出てくる。

そういう意味ではアリソン・アトリーの原点みたいな物語。
初期の頃に書かれた作品なので、文章が冗長でこなれていなかったり、
情報量が多すぎることもあり、ガツガツ読むような話ではないので、
一日に一章くらいののんびりペースで読みました。

部屋中の置物にヒイラギを飾るクリスマス、扉を開けて新しい年を迎え入れる新年、
カウスリップをつんでワインをつくる春、
敬意を保ちながら家族のように暮らす使用人たちとの関係などなど、
農場の暮らしが細部まで丁寧に描かれていて、
彼女の農場に対する強い愛が伝わってきます。

夢見がちな少女スーザンには仲の良い木と意地悪な木があったり、
家の中でいちばん話を聞いてくれるのが柱時計だったり、
その後のアトリーの幻想的なタッチが未完成ながら全編に発揮されてるのもよいです。

<読書メモ>

スーザンはベッドに横になって、数をかぞえました。何百も何百も。
毎晩、もっと何百も、眠ってしまうまでかぞえました。
毎日、かぞえつづけました。何百も、また何百も。
けれども、数には終わりがありませんでした。数は星よりもたくさんありました。
こうしてスーザンは、はじめて、無限を垣間見たのでした。

その時はじめて、スーザンの恐怖は消え、もう、それは豚ではなくて
ベーコンとハムなのだ、とやっと納得するのでした。

ラッズラブの小枝が、オークの衣装箪笥の衣服のあいだに置いてありました。
子どもたちは、この季節特有の湿った靄から健康を守るために、
その小枝の束を身につけて学校へ行くのです。

今朝、お父さんがスーザンに、今夜は月が出るから
ランタンはいらないだろうといいました。星を見上げたり、
ほのかな光が川むこうの大きな三角形の丘の後ろから
そっと近づいてくるのを見つめたりしながら、スーザンは待ちました。
月との待ち合わせ場所に来たのはスーザンが先で、月はおくれていました。

また、サンタクロースをつかまえそこねました。スーザンは、もちろん、
サンタクロースが実在しないことは知っていました。
でも、実在することも、知っていました。それはなににでもいえることでした。
人々はいろんな物のことを生きていないといいますけれど、
でも、心の中では、生きていることを知っています。

スーザン自身、もうちょっとで、なにかが起こるのを目撃できたことがあります。
そのなにかは、スーザンが行ってしまうのを待っているだけなのがわかりました。
窓越しに、誰もいない部屋をのぞきこむと、そこにはいつも、
やましそうなようすというか、驚きのざわめきのようなものがありました。

「わたしに気のある者なんか、ぜったい、おらんよ。
けんど、そのうちに、わたしのぴったりさんが来るさね」

やれやれ、とジョシュアは喜んでいました。もう、長い命ではない。
たぶん、これが自分の最後の取り入れになるだろう。
そして、そのあとは、神さまの取り入れだ、と。

雨は降りませんでした。取り入れは無事に終わりました。
でも、この先どんなことが起ころうとしているのか、だれにもわかりませんでした。
トムはいつも良いこと悪いことに備えて暮らしてきました。
与えられたものを受け取り、今日は失っても、また明日手に入れ、
快活さを失わずにすべてを受け入れました。

 

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