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本『ヒロインズ』

ヒロインズ

『ヒロインズ』
ケイト・ザンブレノ
西山敦子 訳
C.I.P.BOOKS

韓国における『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒット同様に、
日本でも新たなジェンダーの動きが生まれている。
『ヒロインズ』の日本語訳刊行はそんな中で2018年のちょっとした事件だったと思う。


フィッツジェラルドの妻ゼルダ、トム・エリオットの妻ヴィヴィアン、
ポール・ボウルズの妻ジェイン……、大作家の影となり、
作家としての才能を認められることなく精神を病んだヒロインたち。


無名の作家であり、夫の仕事にともなって移転をくりかえす著者は
彼女たちに強く共感し、彼女たちの物語を綴る。


著者の不安定な精神状態を反映するように、
ヒロインズの物語と著者の日常が交錯するので、
今ここで書かれているのはゼルダのことなのか、著者自身のことなのか、
それともさらに別のヒロインのことなのかわからなくなり、
さらにあちこちの小説、伝記や手紙からの引用も多く、
文体に慣れるまでは読むのに苦労しました。


くりかえし綴られるのは「書くことは生きること」
という著者とヒロインたちの魂の叫び。


「才能がない」とされた作家は書く資格がないのか、
でも才能のあるなしって誰が決めるの?


現代であれば別の診断が下されたかもしれないヒロインたち。
抜歯や馬の血清、電気ショックと当時の治療は
彼女たちの精神状態を悪化させたのではと思うものばかり。


フィッツジェラルドとゼルダについては予備知識があったものの、
ヴァージニア・ウルフやアンナ・カヴァンなど未読の作家も多く、
あらためて読んでいきたいです。


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本『月は無慈悲な夜の女王』

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)

『月は無慈悲な夜の女王』
ロバート・A・ハインライン
矢野徹 訳
ハヤカワ文庫

『夏への扉』が有名なハインラインの代表作。
『夏への扉』が「結局君はその幼い少女が美しく成長するのを待ってたんだよねっ」
という感じのタイムトラベル・ロマンスなので、本作も甘め路線かと思っていたら
月の独立をかけた革命というバリバリのSF超大作でした。


1965年の作品で、月と地球の対立には冷戦時代の雰囲気や
人種差別に対する皮肉を感じますが、電話線を使ったコンピューターとの通信網や、
自我をもったAI、世界の中で中国が大きな決定権をもっているあたりは
1965年とは思えないほど予言的な設定です。


原題は『The Moon Is a Harsh Mistress』。
「ミストレス」を「夜の女王」と訳す邦題にしびれます。

(ここらへんのSF邦題はほんとかっこいい)

私は「無慈悲な」部分が気になって自意識をもったコンピューター、マイクが
どこかで人類を裏切るんじゃないかとドキドキしながら読みましたが、
この作品の中でまちがいなく一番魅力的なキャラクターがマイクで、
ラストのほうの彼のセリフには泣きました。


「マン、この人は馬鹿じゃなしですか」

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本『種まきノート』

種まきノート―ちくちく、畑、ごはんの暮らし

『種まきノート』
早川ユミ
アノニマ・スタジオ

アジアのカラフルな布や自給自足のご飯がおいしそうで読んでみました。

著者は若い頃からマレーシア、タイ、インド、ネパールなど
アジア各地を旅したり、少数民族と暮らしたりしているので、
アニミズム的な自然信仰がすんなり根づいてるんだなと思います。

(考え方としては理解できるんだけど、
「土を通して身体が宇宙とつながってる」とか言われると少し引くのだ。)


それでも自分が作ったものを食べたときの幸福感
(これって「満足」や「おいしい」じゃなくて「幸せ」なんだよね)とか、
ああ、わかる〜と思うこともたくさんありました。


小さなコミュニティや自給自足の生活、薪を割って作る器にご飯にお風呂って、
「楽しい」だけではないだろうと推測するので
単純に「素敵!」と憧れたりしませんが、アジアの布をちくちくするのはとても楽しそう。


「神さまは、カとミ、だから火と水のこととききました。」

 

本『虐殺のスイッチ』

虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか (出版芸術ライブラリー)

『虐殺のスイッチ』
森達也
出版芸術社

図書館の予約で困るのは、予約した本がいつくるかを選ぶことができないこと。
『魔女と魔女狩り』のあとに『虐殺のスイッチ』を読んでいる私を見て
妹が苦笑していましたが、たんにこのタイミングで図書館から本がきただけなのです。


とはいえ、魔女狩りも集団パニックによる虐殺のひとつです。
(本書では「高揚した信仰がもたらした集団ヒステリー」と書かれている。)


そのほか、関東大震災時の朝鮮人虐殺、ナチスによるユダヤ人大量虐殺、
スカルノ政権によるインドネシアでの虐殺、
カンボジアのクメール・ルージュによる大量虐殺、ルワンダのフツ族によるツチ族虐殺など、
近年の虐殺事件が紹介されています。


「人が人を殺してはいけない理由などない」というのは衝撃的だけど本当のことで、
通常の場合、宗教や理念などで人は人を殺さない。
それが戦争や虐殺になると簡単に人が人を殺す。


人は弱い生き物で、群れて生きることを選択した。
「集団化」は容易に「虐殺のスイッチ」になる。学校のいじめと虐殺は構造が同じ。
日本という国は集団と相性がいい。ネット時代は集団化のリスクを肥大化させつつある。
とここまでは納得。


「人はなぜ人を殺すのか」
「人はなぜこれほど残虐になれるのか」
「人はなぜか優しくて善良なままで人を殺すのか」といった命題を本書は考え続けますが、
それに明快な答えがでてるわけではありません。

でも考え続けることが大切。

捕鯨問題が「日本の食文化」ではなく
「ナショナリズムのアイコン」だというのも腑に落ちました。



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本『魔女と魔女狩り』

魔女と魔女狩り (刀水歴史全書)

『魔女と魔女狩り』
W.ベリンガー
長谷川直子 訳
刀水書房

魔女狩りの社会的面について論じた本を探していてこちらを手にとりました。
原著が2004年、訳書が2014年の出版なので
この手の本ではかなり最近の研究書であり、J.K.ローリングの名前も出てきます。

著者のウォルフガング・ベーリンガーはドイツ史研究者ということで
本書もほとんど論文(全472ページのうち索引、年表、参考文献、原注が112ページをしめる)。

近世ヨーロッパの当時の著作や古今の研究論文の引用、人物や地域の
固有名詞がポンポンでてくるので読むのに集中力が必要で読了するのに1ヵ月かかりました。
魔女狩りや歴史の基礎知識も必要なので内容をちゃんと理解できているかはだいぶあやしいです。

先に読んだ『図説 魔女狩り』では
「魔女狩りとは、何らかのかたちでヨーロッパ・キリスト教文化の影響下にある地域で、
近世という時代に集中して起こった、すぐれて文化的・宗教的・時代的に
特異な社会現象だったのである。」と書かれています。

本書では植民地時代のアメリカからアパルトヘイト政権のアフリカ、
そして現代においても「魔女狩り」は頻発しており、
地域や宗教に限らない「人類学的事象」であると論じられています。
(日本は歴史的に魔女狩りの行われなかった数少ない例外になるらしい)

魔女狩りは異端審問のように教会や国の指導で上から行なわれたというより
民衆という「下から」の圧力によって行なわれたという見解や、
天候不順による飢餓、幼児の死など不幸が降りかかってきたとき
それがすべて「魔女のせい」にされたこと、
社会不安や富の不平等による妬みも魔女パニックの引き金になったこと、
フェミニズムやカルト宗教との関連などなど、
興味深い指摘はいっぱいあったのですが咀嚼しきれていません。

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本『思いわずらうことなく愉しく生きよ』

思いわずらうことなく愉しく生きよ (光文社文庫)

『思いわずらうことなく愉しく生きよ』
江國香織
光文社文庫

江國香織作品の姉妹は仲がいい。
「麻ちゃん」「育ちゃん」と呼びあう感覚は同じ姉妹でもうちにはないものだけど、
離婚した両親やそれぞれ家を出て暮らしている姉妹でも、
同じ記憶を共有していることでいつまでたっても「家族」だというのはなんとなくわかる。


江國香織作品の恋人や夫婦たちはするすると不倫したり浮気してしまい、
それを非難する方が野暮に感じてしまうのだけど、
今回はそんな奔放な生き方が「のびやかすぎる」と少し自嘲ぎみに語られている。


そして江國香織作品には旦那への依存度が強い女性がしばしば登場するが
今回の麻子はDVがからむので作品全体が少し重い。


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本『散歩で出会うみちくさ入門』

散歩で出会うみちくさ入門 —道ばたの草花がわかる! (生きもの好きの自然ガイド このは No.12)

『散歩で出会うみちくさ入門』
佐々木知幸
文一総合出版

先日のピクニックの帰り道、駒場公園から下北沢まで歩きました。

野草に詳しい人に花の名前を教えてもらいながら、
ブロック塀から顔を出しているカラスノエンドウを見つけたり、
あちこちにスミレが咲いているのに気がついたり、
線路脇に菜の花が群生していたり、これがとてもおもしろかった!


ちょっと視点を変えるとただの雑草だと思っていたものが
とてもかわいい花に見えてきます。


そのときに教えてもらったのがこちらの本。
道端の草花を著者は「みちくさ」と呼び、線路や道路脇、駐車場などの
「みちくさスポット」や楽しみ方を解説してくれます。


植物好きがこうじると自然崇拝が宗教みたいになってしまう人も多いのですが、
この著者はあくまで道端の「みちくさ」として愛でてるところが好感がもてます。


「視線をみちくさの高さにまで下げられ人だけが、
春の女神の美貌に触れることができるのだ。」とか
「自由自在に伸びまくるかれらに畏敬の念を持ちながら、
ただ憎むだけでなくその姿を楽しむ余裕を持ちたい。」とか、
みちくさ愛に満ちた文章も楽しい。



本『真夜中のパーティー』

真夜中のパーティー (岩波少年文庫 (042))

『真夜中のパーティー』
フィリパ・ピアス
猪熊葉子 訳
岩波少年文庫

『トムは真夜中の庭で』のフィリパ・ピアスの短編集。

小学生たちがニレの木を倒そうとする『牧場のニレの木』、
川でみつけたイシガイをめぐる少年たちの『川のおくりもの』、
いずれもトムと同じくらいの少年少女の視点から語られていて、
どの子供たちも無邪気でも無垢でもなく、それでいて子供独自の視点なのがよい。


大人には見えないものが見えているわけじゃなくて、大人にはできない見方をしている。

子供が主人公でも優しくてかわいい話ではなくて、どこかシビアでほろ苦い後味が残る。

 

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