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本『ヒロインズ』

ヒロインズ

『ヒロインズ』
ケイト・ザンブレノ
西山敦子 訳
C.I.P.BOOKS

韓国における『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒット同様に、
日本でも新たなジェンダーの動きが生まれている。
『ヒロインズ』の日本語訳刊行はそんな中で2018年のちょっとした事件だったと思う。


フィッツジェラルドの妻ゼルダ、トム・エリオットの妻ヴィヴィアン、
ポール・ボウルズの妻ジェイン……、大作家の影となり、
作家としての才能を認められることなく精神を病んだヒロインたち。


無名の作家であり、夫の仕事にともなって移転をくりかえす著者は
彼女たちに強く共感し、彼女たちの物語を綴る。


著者の不安定な精神状態を反映するように、
ヒロインズの物語と著者の日常が交錯するので、
今ここで書かれているのはゼルダのことなのか、著者自身のことなのか、
それともさらに別のヒロインのことなのかわからなくなり、
さらにあちこちの小説、伝記や手紙からの引用も多く、
文体に慣れるまでは読むのに苦労しました。


くりかえし綴られるのは「書くことは生きること」
という著者とヒロインたちの魂の叫び。


「才能がない」とされた作家は書く資格がないのか、
でも才能のあるなしって誰が決めるの?


現代であれば別の診断が下されたかもしれないヒロインたち。
抜歯や馬の血清、電気ショックと当時の治療は
彼女たちの精神状態を悪化させたのではと思うものばかり。


フィッツジェラルドとゼルダについては予備知識があったものの、
ヴァージニア・ウルフやアンナ・カヴァンなど未読の作家も多く、
あらためて読んでいきたいです。


<読書メモ>

スタインがフィッツジェラルドやヘミングウェイと交流するあいだ、
アリス・B・トクラスは隣の部屋で彼らの妻たちとささやかなおしゃべりをした。


「これまで書かれたつまらない本はすべて、この土地にたどり着いて死ぬのです」

「フィッツジェラルド氏は小説家(ノヴェリスト)、
フィッツジェラルド夫人は新商品(ノヴェルティ)」


結婚一年目の妻たちを襲うあの実存的疎外感については、
これまでじゅうぶんに伝えられてこなかった。


ある意味で、世間から「病気」と認められることによってのみ、
厳格な境界を超えたふるまいが彼女に許されたとも言える。


彼女は、一日に四時間のガーデニングを勧められた。
サイラス・ウェア博士は、神経の張りつめていない幸せな女性になるためには
「できるだけ家庭的な生活を送る」こと、
「ペン、絵筆、鉛筆の類いを握らない」ことが必要だと確信していた。


「ここでは私は誰でもない。私には顔がない。このすばらしい仲間たち、
みんな茶色のサージの服を着ているこの人たちが、
私からアイデンティティを奪いとってしまった。私たちはみな冷酷で、寄る辺ない」


死の翌年、トムはノーベル文学賞を受賞した。
(その二年後には、バートランド・ラッセルも。
ふたりのノーベル文学賞受賞者とベッドを共にしたのは、
あとにも先にもヴィヴィアンだけなのでは)


「女性は絶え間なく自分を見続けねばならない。
自分自身についてのイメージが絶えず自分について回るのだ。」


「私は自分自身のことを、舞台であると同時に観客でもあるとよく理解しています。
ただし絶対に、著者ではありません。」


女性向け雑誌から依頼されたフラッパーについての記事にはこう書いている。
「ここで私が言っているのは、移り気で危なっかしい、
明日には死んでしまう人物として自分を実験する権利のことだ」。


「狂気こそが、彼女の選んだ意識のありかたなのだ。
この意識を通して、彼女は芸術を生み出している」


ルチア・ジョイスは叫ぶ。「私だって芸術家なの!」

「いまのゼルダはゴーストタウンだ、とても住めない」

「ときどき、ゼルダと僕は現実に存在するのか、
僕の小説のなかの登場人物なのか、わからなくなる」


伝説によると、自殺を試みて銃を発砲したけれど失敗し、
次の夏にも滞在したければフルタイムの付き添い看護師と一緒に、
とホテル側から言い渡された。もちろん、いまやそのホテルは観光名所になっている。
彼が泊まったスイートルームは熱狂的ファンの予約で埋まる。
ホテルの隣にあるマンション開発会社の名前は〈ザ・フィッツジェラルド〉だ。


書きなさい。とにかく、何がなんでも書きなさい。
うまく生きられず自分がめちゃくちゃになってしまったら、それについて書いて。
そこから学びなさい。そう伝えた。あなたがこれまでしてきた経験が、
文学の題材としてふさわしくないなんていうくだらない言葉を、
絶対に、絶対に信じてはだめ、と。


スコットからゼルダへの手紙。
「君は狂気におちいりながら、それを天才と呼んでいたんだ」。


「私は書かなければいけません。書くのをやめれば、
私の人生そのものが、惨めな失敗だったということになってしまいます。
他人の目にはすでにそう映っているでしょうが、自分にとってもそうなってしまう。
それでは、死を勝ちとったことにならないでしょう。」


傑作が書けないのなら、なぜ書くんです? 医者たちはゼルダにそう訊いた。

 

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