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本『アンデルセン童話集 2』

アンデルセン童話集 (2) (岩波少年文庫 (006))

『アンデルセン童話集 2』
アンデルセン
大畑末吉 訳
岩波少年文庫

『アンデルセン童話集 1』は『おやゆび姫』や『みにくいあひるの子』など、
いかにも子供向けの童話!という感じの話でしたが、
『童話集 2』は『人魚姫』、『マッチ売りの少女』など、
アンデルセンの中でも暗い話満載で本領発揮という感じです。

靴を汚したくなくて白いパンを踏んだため、
泥の中に沈んでしまった『パンをふんだ娘』とか、
病気の男の子のために咲いた花(『天使』)とか、
解説のいうところの「深い宗教的な諦念」が感じられます。

『人魚姫』は子供の頃は、助けてくれた人魚姫から王子を奪うなんて、
隣の国の王女はひどい!と思っていたんですが、
今読むと徹頭徹尾、人魚姫の片思いですね。

「王子のへやの外のビロードのクッションで寝てよろしい、
というおゆるしが出ました。」なんていう一文もあって、
これってセクシャルなメイドみたいなものじゃないの?
(倉橋由美子版では人魚姫は愛人として書かれてるとか。)
王子にとって人魚姫は結婚相手どころか、恋愛対象ですらなかったのでは。
人魚姫が王子を殺しに行くのが、
新婚初夜のあとのふたりの天幕だというのもなんだか気持ち悪い。

さらに、人魚姫は海の泡になって終わり、
ではなくて、泡から空気の精となり、300年のあいだ、よい行いをすると、
「不死のたましい」を授かり、神さまの国へのぼっていけるというラストでした。
妹は「なにその苦行」と言ってましたが、ほんとだよ。

一方で、『野の白鳥』でエリザがさまよう森の描写の美しさとか、
子供向けの本ではわからなかったアンデルセンの魅力も感じられた巻でした。


<読書メモ>

「小さい時、よくわたしの前かけをふみつけたけれど、
大きくなったら、わたしの心をふみつけはしないかと、それがしんぱいだよ。」

世の中のすべてのものは、紙の上に描きうつすことができるものだということを、
青銅のイノシシにおそわっていたからです。しかも、フィレンツェの町は、
そのページをくる人にとっては、一さつのりっぱな絵本なのです。

こうして、大きい天使も小さい天使も、みんな声をそろえてうたいました。
祝福を受けたあのよい子も、引っ越し日のがらくたものやくずの中にまじって、
せまい暗い通りに投げすてられた、ひからびた、みすぼらしい野の花も、みんないっしょに。

王子は姫に、いつまでも、ここにいるようにといいました。
そして、王子のへやの外のビロードのクッションで寝てよろしい、
というおゆるしが出ました。

小鳥のことを、だれよりも深く思いやって、
どうかしてなぐさめてあげたいと思っていたヒナギクのことは、
だれひとり思いだす人はありませんでした。

「だが、わしの読んだ本というのは、
日本のえらい天子さまよりおくられてきたものじゃ。
うそいつわりであるはずはない。」

それというのも皇帝が、心臓のあるほうのがわを、
いちばん上だと思っていらしったからです。
そうです。心臓は皇帝の場合でも、左がわにあるんです。

まわりの草のなかやコケの上には、なん百というホタルが、
みどりいろの火のように光っていました。
手でそっと一本の枝にさわりますと、まるで流れ星のように、ふってきました。

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